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2026年5月7日木曜日

ゴールデン・ウイークには!?

  GWに久しぶりに映画を見ました。『プラダを着た悪魔』です。

 ハリウッド映画の醍醐味を十分に満喫できる映画でした。20年ぶりの第2作なわけですが、主演のメリル・ストリープにしてもアン・ハサウェイにしても20年も時が経ったのかと思うほど色あせておらず、昨今のCGを使った作品とは違い、永遠のハリウッドを感じた作品でした。

 作品の中では沢山のブランド品を着こなした出演者たちの立ち振る舞いやそれぞれのブランドがここぞとばかりに協力を惜しまない商品提供や演出の協力があり、皆がこのファッションのあふれた作品に何かを託しているようでした。

 考えるに高度成長期からバブルにかけて、日本でも多くのOL達が仕事終わりのディナーに出掛けるためにブランドのスーツやドレスを着こなし、華やかな社会をそれぞれが演出をしていたような気がします。

 現代のようにファストファッションがあふれかえり、彩もくすみ若い女性たちも何故かくすんだような社会を感じていては経済も回らないだろうと感じています。

 以前であればジャージで街を闊歩し、ブランド店にそのまま入店するなどのエチケットを欠いたお客は殆どおらず、ブランドやお店に対してのリスペクトもありました。

 一つの例がジャージを着てセカンドハンドのブランド品を持つという文化がいつ芽生えたのかを分かりませんが、大きな意味では現代の標語のSDG’sに一見即しているようにみえますが、本来のブランド品やTPOというものを理解をしていないまねごとのように見えます。

 作り手や売り手の心を買い手が理解し、初めてブランド品というものの意味があります。作り手は決して想像をするような使用方法にはなっていないはずです。

 しかし現実には多くのブランドにはファンドが付き、本来の作り手の製作意図や状況を無視し、売上主義に徹し、ブランドの製品も良いものだけとは限らない状況にもあるのです。

 バブルの頃はOL達がブランド品を身に纏い街中を闊歩し、現代は欧州車が街中を走り回り、一見似たような現象にも見えますが、経済を一部決まった場所でしか動いていないことも感じています。

 今回『プラダを着た悪魔』を見て感じたことは、やはり生活の中にあるお洒落さであり、昨今のお金の回り方にない華やかさを感じ、はるか昔の記憶が呼び戻されたような気がしました。

 ブランドのステータスというものは、本来ステータスを持ち合わせた人々に寵愛され始めてブランドにステータスが生まれるものであり、ブランドを持つ事がステータスではありません。

2026年4月27日月曜日

納税の仕組みへの疑問!?

 今更ではありますが消費税についての話です。本来売上税であるこの税を何故に消費税とするのかは理解に苦しみます。

 以前物品税というものがあり、やはり消費者が15%負担をするといういわゆるぜいたく税に類するものでした。これは最終的に小売業者が15%の預かり税として国庫に納付をするというものでした。

 勿論この方法には業者番号という当時の大蔵省が認可していた許可番号を持っていることが前提で流通の中で管理をされていました。

 何が言いたいかというと本来消費税というなら最終的な小売業者が預かり税として納税をすれば済む内容であろうと思うわけです。つまり、メーカーや卸業者の手を煩わせることなく、小売店にしても納税する金額は消費者からもらう10%だけで良いのでシンプルなわけです。

 この消費税に関しては一見国庫に入る金額は同じように見えますが、実際には国税に入る仕組みからすると、実質売上税ですから法人税との二重取りになる仕組みのようにも見えます。

 特に中小企業からすると売上からの資金繰りに組み込まれる類の資金ですから複雑なわけです。本来はこのややこしさがなければもっと経理が簡単になると思っています。

 つまり、消費税に関しては小売業から単純に売上の10%を徴収し、メーカー、卸に関しては単純に法人税を徴収するといった風にすると、半期中間での消費税の見越し納税の手間や税務署その物の業務の軽減にもつながることだと思います。

 我々納税者にとってよくわからない組織である国税局、税務署は国民のプライバシーを扱っているわけですが、本当に効率的に機能をしているのかどうかも疑問に思うところもあります。

 先日、国税局の職員が詐欺電話に引っ掛かり納税者情報を自分のスマホで写真を撮り、LINEで情報を漏洩していたという事件がありました。ニュースその後の報道がないのも不思議です。個人のスマホが情報の集積場所である職域に持ち込めることもビックリしました。

 匿流詐欺に情報が国税局職員の個人スマホから流れたという事は全国で起きている老人一人暮らしや、老夫婦の家に押し入り大金を盗んでいる事件も合点がいきます。

 なぜ、特定の民家に迷いなく入り、高額な金品や持ち去ることが可能なことなのかと考えると、その家主の財産状況を把握していれば、迷いなくその家に侵入が出来る訳です。

 うがった見方だとよいのですが、一連の見えにくい組織である国税局、税務署といったたぐいの役所は財務省の傘下におり、その財務省が日本の真ん中で役所を動かしていることへの不安はあります。果たしてどこまでの企みがあり、どこまでそれは危ういのだと考える訳です。


2026年4月24日金曜日

市場の変化!?

   海外から日本へのダイアモンドの買付が活発なって久しいのですが、これは都市鉱山といわれた金と同様に日本でのリセールダイアモンドを買付にきているものです。

 イスラエルからきているパートナーから連絡があり『カズさん2ctアップのダイアモンドが見つからない』という内容でした。

 鉱山会社がダイアモンドの採掘を抑え始めていることは再三このブログでも書いてきましたが、実際にはカナダをはじめ多くの鉱山で閉山を計画している情報が入ってきます。

 勿論、現在の需要の弱さもあり、また採掘のコスト高などの理由が主たる理由ではありますが、採掘量の低迷はカラーダイアモンドや大粒ダイアモンドの希少性をさらに高めています。

 5ctアップのものになると実際に再販物が出てくることは稀で所有者の殆どが富裕層なわけですから手放す理由がありません。そうなると新規に採掘がされたものを販売することになるわけですから、その数の減少はやむを得ないという事になります。

 1ct以下に関しては過去数百年、特にこの百年は技術も進みとてつもない量のダイアモンドが掘り起こされましたから、現況はダブついている状況で逆の意味で売れないのはやむを得ないのだろうと思います。ファッションや文化の変化もその要因です。

 現在国内にある業者所有の一部の大粒ダイアモンドは稀に換金の意味も含めて拠出されることはありますが、ほぼほぼ在庫を持っている業者はいないです。特に主流であった日本国内のインドの業者においても、ここ数年大粒からは手を引いていましたので量は限定的です。

 それでは今後の展開はという事になりますが、しばらくはこの状況が続き、新たな動きが出始めると思っています。其れは現在状況が悪化をしている大手の採掘業者の在庫です。大粒、良質の原石を彼らはまだまだ所有をしているはずです。その拠出タイミングにもよりますが、先祖返り的な市場が現れるような気がします。それはB to Cのシステムが構築をされた上で裏資産という形にもできるものだと思います。

 何故なら、現在GIAではブロックチェーン方式を導入し、ダイアモンドの履歴を明らかにしたグレーディングレポートを発行していますが、多くの場合このシステムを望まないとしていないように聞いています。

 一方、新しいトレンドとして、昨今のニューリッチは所有会社で正面から購入し、棚卸として管理し、妙な裏金購入を考えてはいない節もあります。

 いずれにしてもダイアモンドが資産としての価値を失わない限り、その存在は失われる事はないのです。

 

2026年4月23日木曜日

無用の長物!?

  金融襲撃AI『ミトス』、単純に表現するとこうなるAIについてG7諸国をはじめ頭を抱えていますが、時すでに遅しといった感もあります。

 私自身の考えではAIは本来人間に欠ける部分を補うために存在をするはずのものだったと思っています。

 つまり、身体的ハンディキャップがある人に対して、そのハンディキャップ部分を補うために存在していれば良いものだと考えています。例えば原子炉の中には人間が入ってはいけないわけです。そこにAI搭載ロボットが代わりに入ってその役割を果たすとか、身体的であれ精神的であれ、人間の足りない部分を補う事で十分だと考えています。災害用ロボットもまさにその役割を果たすものです。

 人間の今の姿はアミノ酸のような生き物から進化を続け、自然の中で必要として今の五体、五感を培い、数十億年かかって今の形態に進化したわけです。ある意味完成形なわけです。

 しかし、その完成形を享受できない人や老いによりその機能が低下してしまったり、何らかの事故で欠損してしまったりといったものを補う役割をAIが担うのであれば理解が出来ます。

 実際にはその面もありながらも反面、AIの登場により人間にとって必要としない進化が進んでいるように感じています。

 単純に言うとスマホを100%使っている人がいるとは思えませんし、十人十色の使い方を100人の人が使ったとしても今のスマホの機能を100%使うことはないであろうと思います。

 その状況からさらに進化をさせることをそれぞれのメーカーが考え、考え得る範囲の進化をさせているのならまだしも、更にAIが創造をした機能なり役割を現代のスマホに搭載をしようとしています。

 『無用の長物』という言葉がありますが、各メーカーは販売をしたいがための新製品という事で進めているのでしょうが、一部の特殊な人々以外が使用することのできない機能を搭載し、開発することに意味があるのだろうかと思います。

 その結果何が起きているかというと、金融のバブル化とAIの過剰な競争と人間が手の打ちようのない怪物を作り上げているわけです。

 日本では人手不足の解消のためのAI化を進めている感を出していますが、実際には米国で起きている現象はレイオフです。つまり、失業者を生み出しているわけです。その同じようなシステムは日本に持ち込んでも人手の足りているところに持ち込まれ、実際に機能をしているとは思えません。

 実際に、多くの小規模飲食店で採用をされていQRコードによる注文システムは、結果的にはスタッフを手持ち無沙汰にさせたり、年配客には注文は直接で構いませんといった形で対応をしています。大規模なアメリカ型のレストランならまだわかりますが、接客がメインの小型飲食店に必要とは思えないシステムは結果的にはその業種の衰退を招くことになると感じています。


2026年4月18日土曜日

イスラエルの理由!?

   最近、仕事柄イスラエルの事について聞かれることも多いのですが、一番聞かれることは『イスラエルは何故あれほど争いを好むのか?』という事です。

 勿論基本的に争いが好きとか嫌いという事ではないと思います。イスラエルとの付き合いは40数年になりますが、私自身が宗教や文化にもそれほど興味があるわけではないので詳しい要因を述べる事が出来るのかというと十分ではありません。

 ただ一つ言えることは宗教的な要因を前提に話すと真実が見えないような気がします。何故なら本来イスラム教徒はユダヤ人を庇護のもとに置く人種であると教義に示されているからです。つまり、現イランにも他のイスラム諸国にも多くのユダヤ教徒は存在する訳です。

 これは宗教上の原則として同じアブラハムの元にあるという事を前提としていますので、宗教を前提とせずに考えたほうが良いのかなと思います。

 つまり、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じ宗教ですがキリスト教は2000年程前に、イスラム教は1400年ほど前にそれぞれその時代に本来の自分達が信ずる宗教の形ではないとイエスなり、ムハンマンドにより分派されたものなのでモーセやノアといった予言者を認め合っていることは共通をしています。中東のこの地区において発祥した宗教が起源という意味では同じものといえるのです。

 それでは何故という事になりますが、本来イスラム教徒の地であるべく現イスラエルの地にユダヤ人の国を建国した事に始まります。

 ユダヤ教は民族宗教という根本はあり、イスラム教は人種、国籍問わずという基本があります。それ故に2000年ほど前にローマ軍の制圧により、世界に散ったユダヤ人はいつか民族の地、その地(カナンの地)に戻ろうと努力を続けてきたのです。その運動がシオニズムといわれてきました。

 それが結果的には第二次大戦後、国連のパレスチナ割譲によりこの地にイスラエルの地を建国することになり、それが近隣のアラブ連合の反発を招きパレスチナ紛争が勃発します。

 それ故イスラム教の中でのシーア派のトップであり、イスラム原理主義を掲げる現イラン政権はユダヤ人をこの地から追い出すべく、あらゆる手段をとりヒズボラ、ハマス、スンニ派を通じて攻撃を加えてきました。また、ユダヤ人を地上から抹殺することを掲げてきたハマスやヒズボラはイランの支援を受けその実行をしてきたわけです。10.7のハマス襲来はそんな中で行われ、多くの乳幼児や妊婦、カップルを中心に殺戮したことは戦慄を覚えます。

 つまり、イスラエルからすると今回徹底的に現イラン政府を叩かなければこれから何十年、何百年と同じことを繰り返すことになると考えています。それ故にネタニヤフの支持は40%止まりですが、この戦争の指示に関しては90%の支持が集まっているわけです。

 イスラエル国民の大半は戦争を好んではいません。これはイスラエルに多くの友人持つ私は確信をしています。日本国民ももし北朝鮮が日本を徹底的に滅ぼすという事を国是としていたなら、日本であっても専守防衛の元攻撃をするのではないかと考えます。

 勿論、イスラエルの中にも過激派はいます。全てを肯定する訳にも、今回の戦争にも賛同するつもりはありません。

 

2026年4月15日水曜日

百貨店の存亡!?

  百貨店の決算報告がなされ、多くの百貨店が結果としては前年を大きく割った状態になっていました。

 多くの百貨店の社長はその原因を高市総理の発言による、中国人観光客の激減とし、現時点でのイラン、アメリカによる紛争が要因になり、今後も状況も思わしくないという見解を述べていました。

 もし、本当にそう思っているのなら百貨店の社長は残念ながらお辞め頂いたほうが良いと思います。何故なら不振の要因は中国人観光客の減少はではなく、他の要因のほうが大きいという事です。また、今後の展開において言い訳が先に来るような言葉の置き方をしているようであれば今後が見えてはいないという事です。そうであれば、同じく辞任をしたほうが良いとおもいます。

 外国人旅行客は決して減ってはいないし、むしろ増えている状況です。更に言えば宿泊、観光、体験というジャンルではむしろ成績を伸ばしていますが、ただ一つ買い物だけは減少をしているという状況です。

 現状の百貨店という形態そのものが劣化した状況にあり、その劣化も多くは自滅型という残念な結果で、たまたま外的要因により成績を上げてきました。本来の専門店的要素を盛り込んだ多角化が百貨店のの大きな要素であり、その内容の独自性により百貨店それぞれの特徴が出ていたものです。

 しかし、多くの百貨店はバブル以降経験不足の経営者が担う事により、安全運転と勘違いをし、デバロッパー化し不動産業者よろしくテナント業にまい進してきました。顕著なブランド等の集めることにより、どのデパートもその特徴を失いその役割を終えてきました。その典型が多くの電鉄系百貨店で併合されたり、廃業を余儀なくされてきたのです。

 冒頭の各百貨店の首脳の説明を聞いていると本来の姿を取り戻す難しさを感じるのです。つまり、現状の多くの首脳は現場上りも少なく、自分達がどの様な顧客を相手にしているという認識がありません。

 それぞれに地区の顧客のニーズに合わせるという独自性や各百貨店の独自性というものを失い、ハイブランドの販売力に頼るという形態は既に光を失っています。

 以前であれば、それぞれの百貨店が海外からブランドを発掘し、日本に紹介をするという形態でしたが現在はすでに実績があり、販売力のあるブランドに好条件を出して招へいをするという形態です。しかし,これは両刃の刃にも満たない戦略で、顧客が定着すればそのブランドは独自店舗を出すという『軒先を貸し母屋を取られる』状況に陥っているわけです。

 いつになったら自らのアイデンティティーに気が付くのかを待つしかないのか、滅びるのを眺めることになるのか、昔のスーパー『ダイエー』を見ているような気がします。

2026年4月13日月曜日

オークション!?

  オークションの重要性というものが高まる予感がします。その根拠として株式の崩壊の可能性を根拠としたいと考えます。何故なら一つには米国のAI半導体関連の企業の有利子社債等の膨張具合が気になるという事があります。

 つまり、株を含めて調達をした膨大な資金の返済が本当にできるのかという事が気になり始めています。何故ならその調達資金に見合った収益や実績が上がっているのかという事です。

 昨今、話題の中心でもあるAIに関しても米国と日本の違いを考えても明らかですが、米国のAIに関して言えば人手削減が主たる目的であり、日本では人手不足解消という一見似て非なるものです。

 しかし、日本では米国型のシステムを導入するケースも多く、人手が間に合っているところにシステムが採用されているミスマッチが目立ち、、うまく機能をしているとは思えません。

 半導体も皆が同じ目的で採用できるわけではなくEV用であったり、ロボット用であったり、その他のシステム用であったりと採用別で生産されているものですから、EVの売上の不振予測が出るとEV用の半導体に特化してしている企業は当然不振に陥ります。

 また『過ぎたるは及ばざるがごとし』そのままで必要のないAI機能はいくら優れて次世代用といっても現況にマッチしていなければ、それは無駄な進化にすぎません。

 つまり、これらの状況は容易に予測がつく現況になってきたときに、これらの企業の株はどのような反応をするかはいうまでもありません。『風が吹けば桶屋が儲かる』式の説明でしたが、実際に既に起こり始めていることです。

 結論は私の友人たちにも多いのですが、今の半導体やAIブームに乗った株に投資をしている人々が多くみられ、これらの人々がこの好機に購入をした高級品や 高級車があります。

 ざっくばらんに言うとこれらを手放す時期がきたと考えています。現に高級中古車市場ではこの手のオークションが活況を呈しており、ブランド品等の中古市場も皆さんご存じのように多くの買取販売店を頻繁に目にするようになっています。昨今は地金買取で目立っていましたが、現状上がりきった地金相場より中古ブランド品の売買が買取のチェーン店の現状です。

 これは過去の歴史を振り返っても質屋ブームや現代まで続く買取ブームはバブル崩壊後の現象でもあります。ただし、当初は必ずしも買取店の買取品評価は正当ではなく、多くの問題も起きていましたが、相場が安定し、市場も明確になってくると更なる公平正当性が必須となります。その結果オークション形態の変化と重要性が増すものと考えています。

 しかし、従来の金融市的な日本型のオークションではなく、またサザビーズ、クリスティーヌ的なオールドタイプとも違う新たな形態を構築することが必須であるとも考えます。

2026年4月9日木曜日

富裕層の行動!?

  格差社会が取りざたされてから久しいと思いますが、呼び方も以前であれば『億万長者』という言葉で括られていましたが、個人資産が一兆、二兆といった数字が普通に出るようになった現代においては数億円の資産では富裕層とは呼べないのかもしれません。

 私も周りにも何人かの富裕層と呼ばれるような人々がいますが、彼らの特徴として必ずと言ってよいほどゲストハウスなり、別邸を所有しています。それは決してステータスでもなんでもなく、自らの交友関係の重要性の認識からだとおもいます。

 彼らの共通している特徴はあまりSNSを見ないとか、プライバシーの公表を好まないとか、一見して秘密主義かなと思うような行動をとるのですが決してそうではありません。

 単純に世俗的なものに興味がないか、誰かを対象に比較をするといったことに重要性を感じていないように思います。特徴ある情報に影響をされることもなく、自らの判断で自らの指向に沿って行動をするという傾向にあります。それ故に事業を成功させ、大きく資産を所有することになったのだろうと思います。

 高級車も決してステータスではなく単なる趣味であったり安全だからとか居住性が良いからといった選び方で、決して外国車だからといった意味で購入する人はほとんどいません。ブランド品などもブランド品だから購入するというより、良いものを選んだ結果それがブランド品だったという事です。

 ステータスとは決してそのものを持っているからという事ではなく、それなりの人々に選ばれることによりその物がステータスとなるのです。

 職業柄、多くの富裕層に接してきましたが、彼らの特徴はお金を使うことに特徴があります。決して意味のない無駄な消えていくお金を使いません。お金があるからといった条件ではなく、簡単に言うと自らの美的センスや耐久性があるとか資産性があるといった本人達は勿論このような下衆な気持ちでというよりは自然に選び抜いているという特徴があります。

 これは宝石の5条件である美観性、希少性、耐久性、携帯性、そして換金性に通じるところがあります。

 また余談ではありますが彼らのゲストハウスや別邸には必ずと言って良いほど特注のワインセラーが設置されています。それも単なるステータスや見栄という事ではなく、重要な来客をおもてなしをする為に用意をしているもので、珍しいワインや高級なワインでおもてなしをする事により、貴方をどれくらい大事に思っているかをゲストハウスいった秘匿性の高い所に招き、稀有なワインでもてなすことにより伝えているのです。

 彼らの行動には特徴があります。それは余計な情報を耳に入れない、アウトドアを楽しみ、運動を欠かさないといった健康な自らの身体により、物事の判断を率先して行うという事です。

 つまりは意識しているかどうかは別にして非常に合理的な行動をベースにして生活をしているという事です。一般大衆は合理的な生活という現実的な生活をしなければなりません。

 

2026年4月8日水曜日

GDPの数字⁉

  市場価格の伸び率を表す名目GDPに対して、実質GDPの伸び率が2025年の数字を見ると名目4.5%の伸び率の数字と実質GDPは1.1%の伸び率の数字を見るとさらに乖離が始まっていると感じます。

 つまり、スタグフレーションの始まりというか既に始まっているといってもよいのでしょう。不況下のインフレであるスタグフレーションの特徴として貨幣の実質的価値が下がっていることを表していますが、壊れかけのバブルの状況でもあると思います。

 昭和のバブルは格差というより日本人一億総バブルな状況でしたが、現在のバブルは格差が顕著な状況にあります。デリバティブといった金融社会が背景にあり、実質的な価値を1にも10にも見せる環境でお金を回すという事を前提に行っていますが、これは膨らみ易く、萎み易いという特徴でもあります。

 揺るぎないものは現物なのですが、その典型の金相場も先物という形でやはり膨らませています。十数年前にロンドンの金市場を運営していたロスチャイルド銀行が金市場から手を引きました。なぜだろうと考えていましたが現在を見ていてその意味が理解できるような気がします。

 これらの状況を考えると資産として、やはり現物がお勧めといえるのです。つまり、現物は不動産であれ、金であれ、ダイアモンドであれ無くなりません。不動産に関して言えば使用していれば価値があるわけです。まして、手放さなければ最低限のリスクで済みます。勿論、価値として絶対ではありません。現状のイラン問題もあり、戦火の中や災害の中での不動産はあまり意味がないかもしれませんが現物は残ります。

 しかし、株で言われる手放さない塩漬けといわれる手法は一番リスクの高い方法になります。特に資産をあまり持たない人々にはそれが顕著に現れます。一方、富裕層に関しては空売りをはじめ、資金がある故の逃げ抜ける方法があります。勿論それは10億、100憶の世界ではありません。

 つまり、バブルの崩壊が起きると中途半端な資産家ほどリスクが高くなります。お金のない人や株を持たない人、そして極端な資産家にとってはそれほど多くのリスクでもありません。

 今後、長期で考えるのであればやはり資産としては現物を持つべきなのであろうと改めて感じすわけです。


2026年4月6日月曜日

資産!?

 久しぶりにハワイを訪れました。

 以前に比べやはり日本人は少なかったように思いますが、日系人や在住日本人の多さにはやはり脅かされました。

 

私自身あまりハワイに大して憧れを持っているタイプでもないので、今回は特に予定も入れず、車で島内を巡ったり、不動産の見学をしてきました。その際に驚いたのはハワイのおよそ半分はカメハメハ財団の持物で残り半分の内の50%が連邦の、つまり基地や公共施設であり、個人所有の販売ができるものは全体の6%程度しかないという事でした。

 ホテルに宿泊している間にも色々なアプローチがありました。ホテルの所有権の一部を持ちませんかというお誘いもあり、資産という話が随所に聞かれ、改めて資産を考える事の重要性を感じたわけです。

 普段は大粒ダイアモンドを資産としてお勧めをしている立場ですが、現状、市場にあまり出回らないサイズのものは特に資産性を持つわけです。しかし、ビジネスとして成り立つのだろうかと思うほど市場には大粒のダイアモンドが見当たりません。

 購入を希望通りでお勧めすることの難しさは数十年感じてきたことですが、ここ数年は特に感じます。

 以前にも富裕層よりダイアモンドの方が少ないという事を書いたことがありますが、まさに今はその時代でお金があるからダイアモンドが買えるというものではないのです。お金があり、更に何時でも支払う事が出来、ダイアモンドが目の前に現れたらすぐに購入決定できる状況でなければ手に入らないのが現在の大粒ダイアモンドなのです。

 資産としての投資は当たり前ですが、長期、分散、積み立てという基本であることは言うまでもありません。長期であっても株のように銘柄によっては下がるものもあります。ましてや株の買い増しはあまり利口な手法とは言えません。それであれば長期の分散という事になります。

 では何に分散するかというと国債もあるでしょうし、金もあるでしょう。そこにダイアモンドを選択肢として入れることは考え得る一つと言えます。何故なら誰しもが手に入れる事が出来ないし、自らの判断で手放す事が出来、登録制ではないので税務上に関しての難しさもありません。ある意味都合の良い資産だと考えられます。また過去50年のデータ上では5ct以上のものは値下がりをしていません。(特殊な条件が付けば別ですが)



 投資ではなく投機になるような昨今の投資事情です。NISAをはじめ本当に国が進めてよいものなのかという事もあります。注釈として『あくまでも個人の責任において投資をしてください』という文言が必ず付くことも首をかしげます。国が自信のないものを率先して進めてよいのかどうかという事です。

今回のハワイ訪問では資産を改めて考えさせられました。

2026年3月31日火曜日

何故、現物か!?

  現物に対しての実質的価値が下がった貨幣を考える現在、更に実質的価値よりも過大評価をされている金の価値とはどれくらいだろうか。現在は先物を前提として評価がされているように見えるが実質的な金の価値は需給で考えると半額($2200/lb)くらいではないかと思います。

 順に考えると株価が高いといっても対現物に対する価値は半額となり、数字的資産は現物の価値の半額と考えられます。つまり、同じ資産を持っていても大量に持っている人と少量で持っている人ではその意味合いが大きく違います。

 株価が大きく値を上げていますが実質的価値はそこまではなく、大量に株を持っている人はあまり気に掛けずにいることのできる価値が、少量の株を保留している人々にとっては株が伸びてきていてもそれほど大きな価値にはなっていないという事です。

 総合的に何を言っているのかというと、やはり現物資産を持つべきですよという事です。つまり、デリバティブ等で巨大化した株価や金融資産はそれこそ風船状態で実質的価値は見た目とは違いますよという事です。

 それぞれの国の貨幣価値はもともと金の保有率がベースとなっていますから、先物等で膨らませられた金の実質的価値はその半額とみてよいのだろうと思います。つまり貨幣価値が低いという事です。

 株価が上がって貨幣価値が下がる現象は現代の経済病といっても過言ではありません。株価が上がって換金をして現物資産を買おうとした時にはそれほどの価値のあるものが買えないという事になりかねません。

 時代がどのように変わってもやはり現物の強さは変化をしません、何故なら貨幣をはじめ多くの金融商品は基本は現物の代替物にすぎません。

 現代のIT,AI半導体株がいくら高くてもその先の進化物が現れるとその価値は失われます。しかし、いつの時代もそれらはアナログ、現物を原型にして変化をしているに過ぎないのです。

 唯一不変なものは変化です。変化は常に有りきですが、一番変わりやすいものはソフトです。変化のしやすいものは価値も変化がしやすいことは歴史が物語っています。

 

2026年3月27日金曜日

富裕層へのアプローチ!?

  格差社会という言葉はあまり好きではありませんが、現実にはますます顕著になっているような気がします。

 現実に今回のイラン問題で原油価格の高騰で起きるであろう物価上昇や品不足に不安を多くの人は持っていると思います。しかし、富裕層といわれる人々からは殆どその言葉を聞くことはありません。

 実際に今回のイラン問題に関係なく資本主義は動いていて、この原油高で多くの利益を上げている人もいれば、軍需関連の株を持っている人もいるでしょう。

 それはさておき、メルセデスの最高級ブランド『マイバッハ』の一号店が神戸に新設されますが、神戸の特に旧外国人居留地区には多くの高級外車やハイブランドの大型店が並びます。

 ハイブランドの調査でこの地区の可能性や実績が彼らのターゲットに合っているという事を関係者から聞き及んでいます。

 私自身この地区の可能性を感じ5年ほど前にこの地区にビジネスの拠点を持ちたいと思い、この地区にパートナーを求めました。

 ただ、現実には富裕層という部分での理解がなければ、どのようなアプローチを富裕層に掛けるかがわかりません。つまり、販売をかける側が富裕層を理解しなければ、品揃え、サービス、ケア等のレベルを創造することが出来ません。

 宝飾業界は残念ながら失われた30年間で富裕層に対しての対応は同じく失われてしまいました。これは致し方がないと考えることもあります。何故ならバブル崩壊後は本来の宝飾品販売とは異なる値引き販売や大量販売に身を置くことが当たり前とされてきたからです。

 本来の富裕層は皆が手に入れることは出来ない物や皆が受けることの出来ないサービスを享受することを望みます。しかし、現実には希少性の高いものまで値引きがらみの販売を行ったり、購買側も高率の値引きを要求することもいまだに見受けられます。これは決して相手が本来の富裕層ではなく、たまたまお金を持っている人の対応です。いつでも価格を気にせず購入できる人が本来の富裕層です。

 今まではそれでも何とかやってきましたが、現実に地金の高騰もあり宝飾業界では品不足に陥り、更にダイアモンド鉱山の閉鎖も重なり、富裕層向けの品揃えをすること自体が困難な状況にあります。

 商品の供給側としてもどのような姿勢で販売店が販売を行うかが重要になります。何故なら品物のキャッチボールを無駄には行えません。特に高額品は輸送時の保険代にしても決して安くはありませんし、販売機会の消失をでいるだけ避けたいという気持ちがあるからです。

2026年3月24日火曜日

現況の厳しさ!?

 このところイラン対アメリカ、イスラエルの戦いもあり、地金が暴落と言って良いような価格の下落を招いています。

 しばらくを続くであろうこの現象は、トランプ大統領が戦いの終息を試みてもイスラエルが簡単にはOKしないであろうと考えます。それは基本的にはイスラム教徒のイランを中心としたシーア派はユダヤ人の地上からの抹殺を唱えているわけですから、イスラエルにとっても死活問題で徹底的に叩きたいと考えているでしょう。

 原油の高騰は地金をはじめ金融商品を不安定にしている要因でもありますが、金に関しては本来の実質的価値よりも元々高値がついています。その為しばらくはこの状況に変わりはないと考えますが、長期的には再度上昇する可能性はあります。つまり、元々は実質的価値ではなくバブルの価値ですから、現況の変化によっては再度現物資産としての投機価値として上昇する要因があるのです。

 地金の価格の上昇や今回のイランの現況に翻弄される日々ですが、少し引いて展望してみると、この状況の終焉には新たなビジネスチャンスがあることも事実です。

 宝飾業界においては景気の悪化(一般的な経済を指します)や文化の変遷により需要が収縮し、更には多くのダイアモンド鉱山の閉山に伴い、大粒ダイアモンドやカラーダイアモンドの供給が減り、更にはジュエリーそのものの需要も少なくなりました。

 しかし、一方では高額商品や高級車の需要は拡大し、その市場でのチャンスは間違いなく増えています。ここで勘違いをしてほしくないことは経済が回るには市場にお金が回ることですが、今は金融にお金は余っていますが、市場にはお金が回ってはいません。

 それは一般の民衆は、将来の不安での投資や余剰所得を狙っての金融参加を行っていますが、それは経済にとっては反面状況を悪くしていることでのあることを理解することです。

 つまり、大金を投資している一部の富裕層にとっては都合の良い話でありますが、一般的な投資と思っている人々にはそれほど良い環境ではないという事です。投資は経済を動かすといった一般論は過去のものであることは現況が物語っています。

 ただ、宝飾業界にとってはこの一部のあぶれたお金を使いたがっている人々が存在をすることも事実です。それは以前よりさらに顕著になり、ターゲットがより絞りやすくなってきたという事です。

 勿論、それらの商品を手配できる能力と資金力があることが前提ですが、高額商品を手に入れる事が出来ない業者は退出を余儀なくされる事実もそこにはあります。ここにも格差が起きうることも忘れてはいけません。

2026年3月14日土曜日

懸念⁉

  普段書いていることとは少し違いますが、今、イランと中東諸国の状況が気になります。

 しかし、もっと気になるのが、この状況下原油の価格上昇に合わせて行われる政府の政策です。それは財政出動することによる価格抑制のための政策です。

 ただでさえ日本の財政への不安から円安の続く中で、目先のガソリンの価格を抑えるために財政出動をすることのデメリットがあまり論じられていません。つまり、財政出動イコール更なる円安の懸念です。

 円安が進めば当然輸入品の価格が上がります。更にせっかく手を打っても円安でその効果が限定的になることです。それは円安は原油だけではなく他の製品や原料にも関わってくることです。

 いつもの事ですが目先の人気取りを前提として政策は『国民のために』というフレーズが必ず付いてきますが、国のためになっているのかを問いたいのです。原油リスクは何十年前からわかっていることです。

 現在は筑波大学、以前は東北大学で海藻から原油を採るという研究がなされ、実際にもトラクターなどをそのガソリンで走らせていたと思います。今の時点ではコストが合わないことは理解をしていますが、いずれ世界最大の石油輸出国になる可能性があると研究結果で出ていたはずです。

 しかし、その研究はとんと進みません。勿論石油業界の事情もあるでしょう。しかし、その事を見越して政策を行うことが『国の為』の政策であり、国が行わなければならないことではないのかと思うのです。

 政治ごっことは言いません。一次産業を含め、国を根本から変える政策を打ち出す政治家はいないのでしょうか?

 自給率20%台の国の危うさは気にならないのだろうか?

 技術大国であった国の威信はどこに行ったのだろうか?

これらすべて政治家が進めることではないのかと感じる訳です。

 目先の財政出動への懸念を感じているのは私だけでしょうか?

2026年3月6日金曜日

特別感!?

  昨今の宝石業というものの難しさは材料費の高騰もさることながら、市場の縮小と文化の変異だろうと思います。

 つまり、販売方法がアップグレードされていなければ販売そのものが苦難という事です。

 例として、現在の平均価格はまともな価格で考えれば小売で200万円相当になると思います。原材料の金をベースに5g使用の宝飾品であれば宝石抜きであっても40万~50万円になると思いますが、そこに宝石を施すとすぐに100万円越えになり、それでも、それは最もシンプルなものになります。

 しかし、現実には宝飾品に慣れ親しみ、購入を考える方達はやはり個性的なそれなりのものをお望みになります。そうなるとやはり200万円前後の価格帯が富裕層が好み、購入する事となるです。

 過去高額品としてなじんでいた価格帯は現在は平均価格帯の層になるという事になります。ファッションリング的なものは100万円以下で展開が可能かもしれませんが、今購入力のある富裕層は決してファッションリング的なものを望むとは思えません。

 今までに100万円相当が限度としていた販売員はその知識と技術を上げるか、販売店自体のレベルを上げる必要性があるわけです。

 以前にも書きましたが、飛行機のファーストクラスに乗る人はなぜに高額な価格を出してまでそのクラスに乗るのかという事です。移動を快適にしたいという事もありますが、そこに乗る自らのステータスに対する満足感やプライオリティーがあるのです。

 それは乗務員の質の高さや提供されるサービスや食事の選択などがあり、乗客が如何にも特別扱いをされているかを実感するような人選と教育がされているのです。

 それでは日本の一部の宝飾店と百貨店を除き、果たして一般的な宝飾店や百貨店はその接客が出来ているのだろうか?

 過去、バブル期の終焉を迎え、現在に至るまで多くの宝飾業者は価格競争に励み、更に高値からの値引き販売をし、本来得ることのできる利益を放棄してきました。単純に言えば顧客に納得をした高額を支払ってもらう接客やサービスを行ってきたのかという事です。

 殆どの場合自己満足な顧客サービスと保身を前提とした企画に終止をしていたのではないのだろうか?と感じているのです。

 高度成長期やバブル期は見よう見まねで西欧風な接客と共に、老舗の料亭かと思わんばかりの接客をしていました。それ故に顧客層も満足をし、高額を支払い、納得をしていました。決して販売員たちが理解をしていたわけではなく、真似事であったかもしれません。

 しかし、結果的には顧客の納得のいくような接客をしていたことになったのです。当時の販売員はそれが当たり前だと思っていたと同時に値引きをする発想がありませんから、精いっぱいの努力をし、それが身についていたのです。その頃は販売員もレベル訳が行われ、メーカーから表彰をされて、特別扱いを受けていたので、顧客の気持ちを理解していたのだと思います。

2026年3月3日火曜日

金相場との兼ね合い!?

  金相場が、ここ数日の有事により値を上げています。有事の金、さらに言えば有事のドルという事で日本にとってはダブルショックの追い打ちです。

 石油にしても、今回のホルムズ海峡閉鎖により値を上げていますが、金も石油も決済がドルですから、ダブルで値が上がるという日本にとっては近い将来の物価上昇の予兆といってもよい状況が続いているわけです。

 特に我々宝飾業に携わる者としてはのっぴきならないことなわけです。一般商品に至るまで高額品というジャンルに入り、多少の値上げでは追いつきませんのである意味良いチャンスかもしれません。

 つまり、以前書いたように宝飾業界というニッチな市場でどう生き抜くかという事を真剣に考えなければなりません。安易な特価や値引きで物を売ろうとしたら、最終的には自分の首を絞めることになりかねません。しかし、現実には過去数十年の悪しき慣習というものは残っていますので、現実に無理をしなくてはならない状況があります。

 勿論、それを踏まえた上で、という前提で高額品を売るという事がどの様なことなのかを真剣にとらえ考える必要があるのです。

 まずは、高額品の購入する人々は何を望んでいるのかという事を考え、更に言えばそれに対して自分達が出来る事は何なのか?という事を考えなければなりません。つまり、自分達がそのことを理解しているのかという事を考える良い機会でもあると思っています。

 高額購入者の生活や嗜好が解っていなければ、そこをくすぐることは出来ません。つまり野球をしたことがない人が野球道具を売る事が出来ないように、贅沢や栄光思考のない人には高額品をを理解することは出来ないし、販売することもできません。

 本人が必ずしも贅沢や栄光思考がある必要はないと思っています。しかし、その思考を理解していないと自己中心的な自分のレベルでの売り方をするしかないのです。それは一番悪い状況なわけです。

 冒頭にあるように金の価格の上昇傾向はこの有事が落ち着くまでは続くのでしょう。しかし、その後も金価格の下落自体は大きくは期待が出来ません。つまり、既存の宝飾業に関しては氷河期に入る可能性があるわけです。

 本来の高額品を販売する方法論を見つけたところが、この状況に関係なく推移していくのだろうと思います。いずれにしても安売りとは縁のない業種に既になっていることを感じなければなりません。

イスラエルの立場!?

  米国とイスラエルのイラン攻撃が、もっぱらのニュースとなっているいますが、現在はイスラエルのベン・グリオン空港も閉鎖しており、日本人旅行者も足止めされています。

 今朝のニュースで5人の日本人が大使館の用意をした車で隣国のヨルダン・アンマン空港まで送り届けられたようですが、経験からするとあまり意味がないと思います。

 つまり、内容を聞くとアンマンからのフライトの予約ができている人だけという事とそのあとは自分でやってくれという事です。イスラエル国内にはまだ数十人の日本人旅行者が空港で足止めをされているニュースは流れていません。

 前回のイラクの時もそうですが日本政府の対応には疑問符が付きます。当該国から出たらあとは自分でやってくれといった対応は先進他国ではあまり考えにくい対応です。海外日本人を守り、帰国させるのも国防ではないかと考えるからです。

 今回もイスラエルの対応は何としてもイスラエル国民をイスラエㇽに帰国をさせるという対応をとっています。当初6日までの空港閉鎖をアナウンスしていましたが、海外のイスラエル人への帰国への対応に今夜(3日)から帰国便への対応をとっています。

 私自身40年以上もイスラエルに行っていますので、同じような経験があります。しかし、当時は今よりも深刻な状況で(現状深刻ではあります)アイアンビームのようなシールドもありませんでしたし、スカッドミサイルが迎撃用にあった程度でした。その頃はイランというより、PLO(パレスチナ解放機構)が発射したミサイルでしたが、幸いダイアモンド取引所の中にもシェルターがありますので、意外と安心していました。

 しかし、本当のところ、多くのイスラエル国民は戦闘することは望んでいないし、立場の違いですが、中には『これでイランからの核の恐怖を排除できる』と彼らからの立場で今回の攻撃を喜んでいる人々がいることも事実です。

 別にイスラエルの側に立つつもりも今回の攻撃を肯定するつもりもありませんが、何事もどちらのサイドで物を見るかで正義が変わります。例えば、ロシアのウクライナ攻撃は明らかに市民対象ですから国連の定義から言えばテロ攻撃です。しかし、ロシア語圏の人間を守るためといえばロシア国民の大半はプーチンを支持しています。

 どうであれ民間人、特に子供が犠牲になることは許しがたいし、それぞれの国のトップを

排除するためにゴルゴ13にでも依頼して熊じゃあないけど駆除してもらいたい気持ちです。

2026年2月25日水曜日

付加価値型!?

   前回、ニッチな市場への参加の仕方として先見性型と付加価値型という考え方があると書きました。敢えて言うと、スタートアップ企業と老舗企業といった違いなのです。

 宝飾業界という付加価値型のニッチな市場の対処の仕方として、まずは顧客が望む付加価値というものを理解する必要があるのです。

 市場を以前にも書きましたが、400人乗りの旅客機と考えるとわかりやすいかもしれません。旅客機すべてがエコノミークラスであった場合は実質運航は赤字になります。

 運賃を東京~ニューヨーク間の運航原価は全て(燃料費、駐機代、人件費、リース代等)含めて約50,000,000円といわれています。エコノミー運賃120,000円とすると400人で48,000,000円となり、実質赤字という事になります。

 ここで航空会社はファーストクラス、ビジネスクラス、プレミアムエコノミークラス、エコノミークラスに分けることにより、その採算性を上げます。

 ファーストクラス10席、ビジネスクラス50席、プレミアムエコノミークラス80席、エコノミークラス150席合計290席となります。

 エコノミークラス120,000円、プレミアムエコノミークラス360,000円、ビジネスクラス800,000円、ファーストクラス1,500,000円と設定すると

Fクラス 10 X 1,000,000=10,000,000

Bクラス 50 X       500,000=25,000,000

Pクラス 80 X   240,000=19,200,000

Eクラス 150 X    120,000=18,000,000

合計 72,200,000円となります。

 当然利益の確保はでき、更に乗務員が少なく済み、さらに言えば燃料費も少なくて済みます。

 問題はファーストクラスの人々が何ゆえにエコノミーの8.5倍にもなる金額を出すのかという事は移動が楽だからという理由だけではないのです。全てにおいて相応のプライオリティ―の扱いを受けるという事です。単純に言うならエコノミーの8.5倍の扱いを受ける訳です。

 現在、展示会等で高額購入者がどれほどの扱いを受けているかという事を考えてほしいのです。過去の展示会等では高額購入予定者と一般来場者では商談席から飲物に至るまで明らかに違いがありました。

 ニッチなマーケットでは何をどうすればよいかというヒントになれば幸いです。


2026年2月24日火曜日

現状を見る!?

  コロナ禍が過ぎ、1兆円の大台を回復した宝飾業界の売上ですが、23年、24年、25年と微増ではありますが、確か現在は微増、微増で1兆2千億円市場とはなりました。しかし、バブル期の3兆5千億円という数字を知っている身としては何とも寂しい思いもあります。

 何故なら、昨今の地金をはじめ材料費の値上がりを考えたら、販売数はざっと3割から4割減という事になるのかもしれません。

 つまり、金額の数字的には微増しているといっても販売数の激減という内容となると単価が上がり、数字が伸びていると取りがちですが、問題は原価高のための単価アップなのか、本当の意味での付加価値としての単価アップなんかの問題です。

 昨今はハイブランドジュエリーの躍進が伝えられますが、それでは一般の宝飾品の販売はどうなんだという事になります。つまり、セグメントすると業界として数字的には表面上ハイブランドの数字に引っ張られていますが、実際宝飾業界は危機に面しているといってもいい訳です。

 私が以前から書いている宝飾業界はニッチな市場だという意味が裏付けされたこととなりますが、その事の自慢をしたいわけではなく、如何な対処が必要なのかという事です。

 前回にも書いていますが、ニッチな市場へのアプローチは色々ありますが、ニッチ市場では大規模成長を期待することはできず、利益拡充という観点を大事にする必要があります。

 ではニッチな市場とはどんなものか?

 食品市場の中でビーガンとなるとかなりのニッチな市場ですが、この中でビーガンの食種類を持つことでビーガン市場の中での占有率は小規模企業でも大きくなります。何故ならここには大規模企業が参入しにくいからです。

 現在ピックルボールという卓球とテニスの間のような競技が流行り始めていますが、アメリカではプロも存在する競技です。日本ではまだまだニッチな状況にあります。ここへは大きなスポーツメーカーが参入するには小規模すぎるが、このスポーツのラケット等の道具に参入できるのは小回りの利く小規模企業なわけです。このスポーツの将来をどう見るかにより成長の幅も変わってきます。

 冬季オリンピックは終了しましたが、目についたスポーツのスノーボードの裏面のサインの多くが『YONEX』とあったことを気に留めた視聴者も多いと思います。まだ殆どのスポーツメーカーが目に留めない頃にヨネックスでは参入し、北京オリンピック以降の4年間でも2.7倍の売上をしているそうです。

 新しいニッチな市場とは将来を見据えた戦略が低投資で実現可能であるという事になりますが、一方、旧態依然としたニッチな市場というものが存在し、それが宝飾業界をはじめ、伝統工芸や着物業界などの、一見廃れ行く業界という事になります。

 しかし、市場というものはマスであれ、ニッチであれ、シェアをとることを前提とした戦略が必要なわけです。ただ、アプローチが違うという事です。特にニッチ市場に関してはさらにアプローチ方法の多様さがややこしいのです。

 ニッチ市場に関して言えば、先の先見性か、付加価値というよう私は分けています。特に宝飾業界で言えば付加価値という事になるのです。

 

2026年2月21日土曜日

ニッチな市場へのアプローチ!?

  依然、宝飾業界がニッチな市場であるという内容で書きましたが、その対策は?といったお話をいただきました。

 以前であれば婚約指輪をはじめ、ある意味の成功体験や記念にといった時の対象として、宝飾品は当たり前のように取り上げられていました。

 その以前というのもすでに数十年前の話となりますが、高度成長時代バブル時代と右肩上がりの時の象徴的な存在でもあったわけです。つまり、大規模を前提としたプロモーションも打てたし、その見返りも十分にありました。

 現在はフィンテックの時代になり、金融市場が異常に膨らみ、資産家といわれる人々は増えたのですが、現金や使えるお金を持っている人々は少なく、さらなる市場の縮小化が進んでいます。つまり、宝飾市場のニッチ化が成立しているわけです。

 しかし、それでも富裕層は少なくなったとしても存在する訳です。今お金を使える人々、宝飾品に興味のある人々は間違いなくおりますが、そこへ向ける商品が宝飾業界には少なく、またそれを販売できる能力のある人々も少ないことも事実です。

 ハイブランドは販売能力のある人がいなくても広告宣伝力が与える満足感は突き抜けているので販売は可能なわけで、何より富裕層が必要と感じているものがそこにはあります。それは商品だけではなく、ブランド所有欲というものを満たしているからです。

 そこでニッチな市場へのアプローチですが、宝飾品に興味がある人は幸い多くいます、しかし、多くの人々は購入することはできません。しかし、現状は買えない人へもアプローチをかけているわけです。これは経費の無駄使いなわけです。

 現状の展示会が、どれくらい集客ができるかということに終始していますが、これは意味がありません。購入できる人が何を望んでいるかということをリサーチしていないからです。それは来場者の買い上げ率を見ればわかります。お金を持っていても必要のないものは買いません。

 つまり、宝飾品を必要としている人々に出会っていないわけです。であれば、どこでその出会いがあるかということになりますが、それは簡単ではありません。

 それではということですが、富裕層が宝飾品を必要とする場所を創出する事が出来れば、おのずから宝飾品の購入につながるわけです。また、その対象の人々も前述したように少ない訳ですから、その人々を対象にしている分には経費の使い方は少なくなるわけです。

 しかし、一人当たりに使う経費はおのずから大きくすることができるということになりますから、単純に言うと何千万円も買わない人に経費をかけるより、販売者側にとっても購入できる人に掛けたほうが効率的なわけで、かける総額も少なくて済むわけです。

 購入者も買わない人々と同じ扱いをされるより、より良質な扱いを受けたほうがより購入意欲が湧くわけです。宝飾品を必要とする場所を創出するという事は実は経費の削減にもつながり、その経費というものは本来、宝飾品では原価となるものでもあるわけです。

 但し、これを行うには知識と経験やそのアイディアが必要となるわけで、それは本来の宝飾業といわれる人々の土台でもあるのです。

 

2026年2月19日木曜日

健全なダイアモンド市場⁉

  以前にも書きましたが、デ・ビアスというマンモス企業がダイアモンドの価格をコントロールしていたのが1970年代までで、その後は徐々に他の鉱山会社の台頭や世界の経済環境の変化により自由市場へと進んできました。

 当初、若気の至りもあり、デ・ビアスという怪物にに反発をしていたこともアンチ・デ・ビアスであったイスラエルでのダイアモンドビジネスに携わってきた一つの要因でもありました。

 1970年代後半、私自身米国に在住しており、本格的には米国のユダヤ人との関わりからダイアモンドディーラーの道を歩き始めました。当時のダイアモンドの約85%のシェアを占め、ダイアモンドの価格のコントロールをしていたデ・ビアスのシステムに対しては他の日本の宝飾業者のほとんどが疑問を持っていなかったように私自身の何の疑問もなく、そうゆうもんなんだと思っておりました。

 ある時、ロサンゼルスの大手のダイアモンドのサイトホルダーのオーナーから大粒のダイアモンドを見せられたことがありました。最初はレプリカかと思うような大きさのその石は紛れもなくダイアモンドでした。

 『このダイアモンドの価格はいくらだと思う?』と聞かれて、私は『想像もつかない』と答えました。

 『分からなくて当然だよ。このサイズ、この品質は出身の南アフリカの鉱山で見つかったものを買い付けたものだからね。いくらの値段でも付くよ。』といわれ、単純に私は

 『じゃあ、デ・ビアスから買ったの?』と尋ねると『彼らはこんなダイアモンドを我々には売らないよ。これは友人の鉱山会社から直接譲ってもらったものだよ』

 私は(エッツ、デ・ビアスを通さないダイアモンドってあるんだ)単純に驚き、それが私のダイアモンドのビジネスの原点になりました。因みにそのダイアモンドをその後、自身がディールすることになるとは、その時はみじんも思ってはいませんでした。

 そこからダイアモンドは自由市場で価格は市場原理で決まることが健全だと考えるようになり、ロサンゼルスの知人の勧めでイスラエルへの関わりが出てきました。

 現在の日本の市場においては多くのダイアモンドはインドで研磨されたものが市場を占め、価格の不安定さも、現状の厳しさに拍車をかけています。(金融市の存在も要因の一つ)

 現状は言われるようなダイアモンドの価格の下落という風評があり、その一部は間違いがありません。ラボグロンの台頭をはじめ、市場でのだぶつき、需要の低迷、リサイクル市場での在庫、色々要因はあります。-

 但し、という言葉を使えば全てのダイアモンドではないということは以前にも書きました。

大粒、カラー、一部のファンシーシェイプがそれですが、実際には市場原理が生きていて、顧客が欲するもの、グレードの枠にとらわれない美しいもの(例えば同じSIクラスでも内包物がセンターではなく、見えにくいサイドにあるもの)は、やはり価格が下落をしているとはいえず需要のあるものは決して安くはありません。

 以前から価格はグレードで決まるわけではないと述べていますが、グレードが目安であることは間違いではありません。しかし、同グレードが同じ価格かと言ったらそうではないということです。まさに市場原理です。


2026年2月18日水曜日

唯一不変なものとは、変化のみ!?

  仕事柄イスラエルに行くようになって半世紀近く経ちます。

 現在は大使館の勧めもあってワインの輸入も行っていますが、一貫して彼らとの仕事はやりやすいと感じています。何故なら昔から言われているようにビジネスにおいて人間関係は大きな要因ではないということです。

 勿論、その中での人間関係の構築というものは出来上がってくるので、家族のようになったパートナーもおります。昔よく聞いた『握手をしながら殴り合う』といったスタイルで、互いの利益になるのであれば、討論もするし喧嘩もするといった経験を何度もしています。

 彼らは自分の利益にも還元されるのであれば誰であっても『扉を開けて』迎えてくれます。

 日本の会社であれば、名前の聞いたことのない会社であれば無視をしたり、ぞんざいな扱いをしたりしますが、彼らの中にあまりそのような姿を見たことがありません。

 特に当初はアンチ『デ・ビアス』であったイスラエルのダイアモンド業者と取引をすること自体が色々と非難をされる状態ではあったので、あえて新地を求めてといった心情でした。

 その頃のデ・ビアスはイスラエルのダイアモンド業者潰しに必死な状況で、色々な圧力をロスチャイルド銀行などから受けておりました。結果的にはその行動が自らの足元を揺るがし、現在の身売り同然のデ・ビアスとなっていくのです。

 当時イスラエルのダイアモンド業者は国策で無利子で銀行からの融資を受けておりましたが、その一部の銀行がロスチャイルド銀行の傘下に入ることにより、ダイアモンド業者への融資を絞り、有利子とすることによりダイアモンド業者への圧力としていったのです。

 返済期限に迫られた業者は研磨済みダイアモンドの安売りをすることにより、その窮地を乗り越えようとしました。結果的にデ・ビアスはそれらのダイアモンドを市場から買い集める事に終始することになり経営状況を悪化させ、旧ソビエトからの原石買取を諦めざるを得なくなり、それまでコントロールをしていた市場を開放せざるを得ない状況になり、その後のロシアの台頭ということになります。

 イスラエルの業者は一貫してダイアモンドを自由市場での扱いという事を続けてきました。それは市場をコントロールする事よりも自由市場の方が汎用性が高く、また多くの変化を受け入れやすくし、多くの人が参加をできるといった市場開放といった彼らの概念に近いのかなとも思います。

 前述した彼らの考え方はワインビジネスであれ、ダイアモンドビジネスであれスタイルが同じという事が、私にとって新たな事業であるワインビジネスの導入がスムースであった要因と捉えています。

 新たなものを受け入れることに臆病になる必要はなく、最悪なのは現状を展望することなく惰性で続けることの大罪です。扱っているものが恒常的なものであればあるほど、取扱者の変化が必要なのです。『不変のものとは、変化のみ』なのです。


金相場の行方⁉

 現在は利益確定売りと思われる状況で金相場が若干の下落をしていますが、今後の展開を考えると中期的にはまだまだ価格は緩やかではあるが上昇をするような気がします。

 金相場というのは以前は有事や経済の悪化が続くと上昇をする傾向がありましたが、現状は必ずしもそうではありません。勿論、ウクライナをはじめ中東情勢はありますが、多くの要因は米ドル、もっと言うなら貨幣価値の低下が、背景にあり、各国の(特に中国の)地金買い漁りがあり、更には行き過ぎたバブル状態の証券市場への懸念が金相場を上げていると考えています。

 現状は半導体株を含めAI関連等の影響により株式市場を持ち上げていますが、ここにきて、投資先行型の株に対しての不信感というより、不安が金相場を上げる要素になっているのです。

 つまり、投資というのは結果ではなく、収益が出て結果が出ます。現状の半導体やAI株に関しては投資の結果株価を押し上げていますが、いまだ投資に見合った収益が出ているとは言えません。現代の技術の進化は著しく、開発途中で間もなく市場化とされる頃には新たな技術が開発をされます。

 開発をされ進化することは良い事なのですが、市場が追い付いてはいません。顕著な例として『スマホ』があります。沢山お機能が搭載され、それなりの価格で販売をされていますが、この機能を使いこなしている人々は何パーセントいるのでしょうか?0.数パーセントだろうと思われます。

 市場で機能をしない、もしくは利用者の少ない先進技術は収益には繋がりません。つまり、より良い未来型の先進技術に関しては否定をしませんが、現状で収益を上げるかどうかは別の話です。

 それらの内容が株式市場への懸念として広がっている現状をあります。その技術に人々が追い付けば勿論収益につながります。多くの国で少子化が進み、高齢化が進んでいます。それは現状では高齢化の人々のための技術ではなく、先進国の少子化の未来に役立つ技術ではあります。しかし、地球全体で考えたときに人口が増えていることも事実です。

 どちらへ転がるのかという遠因も地金相場を押し上げている現象につながっていると考えています。この状況がしばらく続くことを考えると金相場が上昇をする現象が続くと考えています。しかし、長期的にみるとどこで利食い売りや暴落につながるかを考えることは意味がないのです。

 人々はその感覚で投資を行い、AIは過去のデータの産物ですから行き先を示唆することはないのです。

2026年2月16日月曜日

ニッチな市場⁉

  宝飾業界自体がニッチな業種として認識はないのかもしれませんが、以前からするとニッチな業界といってもよいかもしれません。つまり、宝飾品をつける場所もなければ機会もないということであれば、目的として宝飾品を買う必要がない訳です。

 舞踏会とは言いませんが、宝飾品を身に着け出かける場所は高度成長期後半からバブルにかけて、各種パーティーを含め各レストランなどもドレスコードを設け、あらゆる場所で身に着ける機会がありました。

 1977年夏頃、米国に在住し、ビバリーヒルズの宝飾店にいたころの話ですが、場所柄、富裕層といわれる人々が毎日のように出入りをしておりました。勿論、顧客もいれば、初めてのお客様がご来店することも珍しくなく、そのお店ではそれなりの宝飾品の販売が毎日のように行われていました。勿論、基本はご予約ということになるのですが。

 特に週末のお客様に関しては難しい方が多く、もっと言えば初ご来店のお客様が多かったように思います。何故なら宝飾品なのに緊急購入の方が多かったからです。他店では取り揃わずに当該店にやってくる人々でした。

 ある日『店頭の飾っているルビーのネックレスは購入できる?』といったシンプルな質問を入店するなり、問いかけてきました。『勿論、購入は可能ですが、どのようなご要望でしょうか?」スタッフが質問をすると『明日の土曜日にパーティーがあり、新しいドレスに合うネックレスがないの』。『ネックレスの事はすっかり忘れていたの。今持っているネックレスではどれも合わないと・・・。気持ちがブルーだったのよ』といきなり話しまくった後にお話しを伺うとなじみのお店には気に入ったものがなくて、諦めかけた帰宅時にこのお店の前を通り、店頭にあったルビーのネックレスが目に入ったとのことでした。

 私はいくら大事なパーティーと言えどそこまで拘るのかとも思い対応をしていましたが、ご主人の大切な取引先のオーナーの自宅に招かれたということで一か月も前から服装の準備をしていたということでした。

 結論を述べると当時5千万ドル(現在のレートで約7700万円)程のルビーのネックレスをその場で小切手(当時のアメリカは個人小切手が主流)を切り、お持ち帰りになりました。

 いわゆる、欧米諸国では一般的な場所や機会とは言えませんが日常的に宝飾品をつける場所があり、そのコーディネイトが習慣的に行われ、自分の好みの組み合わせができないとパーティーそのものに出掛けないという人もいるくらいにその環境は身近なものです。

 過去の日本の場合もイコールとは言えませんが、日常的に着替えることやTPOといったものを意識する環境もあり、宝飾業もこぞってそのような機会を創造しておりました。

 現在はTPOそのものに拘りもなく、また、販売する側もそこまでの努力をせずに売るのではなく、売れるものを探し、販売に繋げるという状況です。 つまり、販売する環境を創造する事もなく、ニッチな環境そのものを作り出したのも業界そのものといえるかもしれません。

 ただし、ニッチな業界であればニッチな業種に特化をしたビジネスモデルも考えられます。それは今後の課題となるのです。

2026年2月14日土曜日

宝飾業界の危機⁉

  現代の宝飾業の難しさは素材の高騰もありますが、従事者の低レベル化も大きな要因になっているのだと考えます。

 これは能力というより、現代の風潮や社会背景といった、ベースとして宝飾業が必ずしも向かない時代であるということです。高度成長時代からバブルにかけては一般庶民も背伸びをし、上の生活レベルを目指していた時代です。

 つまり、ステイタスというものをある意味、物やライフスタイルに求めており、少しでも良質のものを身に着け、それが高額であってもそこに生活の目標を置いていた時代です。

 その一番のターゲットになったものが欧米の富裕層であり、その生活スタイルでした。多くの人々はその生活スタイルやファッションに魅了され、そこを目指していたと思います。それは昨今の中国の成長の中にも見られました。ブランド品を買い漁り、海外旅行に憧れ、宝飾品を身に着け、それを買うために背伸びをしたり仕事を頑張ったりしていたように思います。

 現代においてはカジュアル化が進み、服装もどちらかというとラフになり、ビジネスにおいても服装のカジュアル化が進み、OLなども服装のTPOをそこまで意識することが無くなりました。

 それは、ブランド品においてもセカンドハンドで良いという風習もあり、ステータスの意味合いも大きく変わってきたといえるのではないかと考えます。以前であれば他人が使用したものを身に着けるということは考えられず、むしろ羞恥なこととしてとらえていました。

 服装が変わると当然、宝飾品もカジュアルな小さ目なものとなりますが、現状小さな宝飾品が地金の高騰や素材の高騰もあり、決して小さな宝飾品に見合った価格ではなくなったということを感じます。それを販売しようと思うとそれなりの技術と知識が必要とされるのです。さらに前述をしたように宝飾業界の従事者自身がカジュアル化し、決して本来の宝飾品を販売するような風情をしていないということです。

 展示会等においてもデザイナーと称して意味不明な服装をしている者もいれば、ネクタイをだらしなく、しない方がマシなような服装をしていたりと、現状でもお買い上げになるのは富裕層ですから、それらの顧客を迎えるに相応しい格好というものがあると考えます。

 しかし、これは現代社会の現象というより、この業界の現象といえるのではないかと考えます。つまり、他の業種であれば、高級レストランであったり、高級ホテルであれば決して前述のような風情で仕事に赴くことはないと思います。身なりもですが所作においてもそれなりの対応をしていると思います。

 冒頭に書いた宝飾品の仕事に携わる人々の低レベル化というものはある程度は仕方ないと思いますが、経営者たちの教育に対する思考がマヒしているとも言えます。

 宝飾品を販売する為の本来の姿に戻らなければ、欧米と違って文化としての宝飾品がない日本においては業界自体の消滅につながることは避けられないかもしれません。勿論、宝飾品が無くなるわけではなりませんからそこに見合った土台が必要だということです。

2026年2月12日木曜日

ラボグロンの長所⁉

  ラボグロンについて宝飾業から見た存在を書いていると否定的になっているように見て取られているようですが、そうではありません。ラボグロンを否定しているわけではなく『工業製品』としての別物であるということを書いているつもりです。

 勿論、必要であるから誕生し、存在しているのであって、その分野は以前天然のダイアモンドが担っていた部分を安価で更なる性能で存在しています。

 現在、宝飾品の代替商品としての側面が多く取り上げられていますが、実際には究極の半導体材料として期待をされているものです。

 耐熱率、伝導率の高いラボグロンはEVの航続距離の延長や5G/6Gの通信の高速化、省エネ化などの革命を起こすといわれています。また、放射能センサーや量子コンピューターのメモリとしての活用や不純物の少ない生体性は人工関節のコーティング等にも応用の可能性があり、他の医療機器にも応用できる可能性は大です。

 真に天然のダイアモンドという天然が故の内包物がある希少性とは相反する素材だといえます。それは宝飾品にありがちな内包物はラボグロンよっては不良品でもあるということになります。さらに、超高出力レーザーや光学機器への使用はどのような環境下においても(例えば宇宙)コスパの良い素材といえるでしょう。

 不良品(言葉は悪いですが)においては宝飾品への転用というカテゴリーもあり、今後その分野が広がることも考えられます。安価ではあるが宝石の条件としての希少性や換金性というものがない『工業製品』ということなので、資産性、投資として考えるのならやはり『天然』ということになります。

 ファッションというジャンルで考えればプラチナや金以外の素材を使ったアクセサリーとしてラボグロンを考えれば汎用性も高まるのではないかと考えられます。

2026年2月9日月曜日

昨今の展示会⁉

  先週末、とある展示会をのぞかせて頂きました。

 展示会の内容がどうのこうのより、展示会の存在意義を感じました。

 多くの百貨店が行ったいることと聞きますが、展示会当日の売上の大半が事前に作られたものを持ち込み展示会の売上としているという実態です。外部から見ていると異様な虚飾にも映ります。

 印象として何より感じるのは展示会というマーケットが既に存在をしていないということです。その要因としては顧客のニーズが百貨店の提供している内容と大きな差異があるということです。勿論、リサーチという一般物流では当たり前のプロセスを一切踏んでいないという内容に多くの参加テナントもメーカーも疑問に思っていないということです。

 大きな組織で動いているために一種の洗脳という状況にあり、当たり前の事と捉えているのだろうと思います。中でも成果を上げている売り場は顧客へのアプローチを含め、知識の豊富さが顧客への安心感や興味を持たせていることが要因だろうと感じました。。

 つまり、百貨店の売り方やキャンペーンに関わらず、独自色を打ち出し、その世界観を創出しています。ハイブランドなどもその例でしょう。しかし、そのハイブランドにも終焉を迎えそうな雰囲気を感じます。本来のブランドというものを販売員が理解をしていないような気がしました。それは、顧客に品物を見せる状況でも感じ、そこに手荒さを感じるからです。

 テナントというものは百貨店のコバンザメと揶揄をされ始めて数十年も経つのだろうか。しかし、多くのメーカーはその状況に危機感を募らせダイレクト市場への探りを続けてきました。それは今はやりのインフルエンサービジネスへの適応や、宝飾展でのエンドユーザーへの直接販売などです。

 それではテナントの今後はというとその寄生主となるサメの最後のエネルギーを如何に利用し、自らの行き先を決めていかなければなりません。メーカーの企画販売などではなく、独自の販売網の確立と独自の製品の確立化に注力をしなければ存在の意味を失います。

 宝石業は本来徒党を組める業種ではありません。それが現在のハイブランドジュエリーの始まりでした。現在のハイブランドに関してもその陰りを感じるのはその基本である独自色を失ってきたからだと感じています。

2026年2月6日金曜日

ダイアモンド価格の仕分け⁉

  ダイアモンドの価格の下落を報じられて半年も経とうとしています。

 昨日旧知の友人達との会食でとある一人から『カズさんダイアモンドの価格が、人造ダイアモンドのせいで下がっていると聞いたよ。』と言われ、一般の人々にもその話題が浸透しているのだと改めて感じました。

 『ダイアモンドの価格が落ちているというのは本当だよ。ただ、それは人工ダイアモンドのせいというよりこの数百年でとてつもない量のダイアモンドが採掘されてきたというのが正解かなあ』と何気なしに流しておきました。何故ならここ数か月同じような質問が多く少しうんざりしているところもあるからです。

 勿論相手が宝飾業に携わっている人であればもう少しきちっと説明もしますが、食事会の席でもあることからの対応でした。

 ダイアモンドは以前であれば全体の価格傾向で話をすることもできましたが、現代では諸事情が重なっていますので、一概には言えません。

 つまり、コロナ以降ダイアモンドの需要が落ちてきたということがあります。出かける機会も減少し、ジュエリーを身に着ける機会が減り、更にファッションのカジュアル化が主な要因だと思っています。

 そこで先ほど出てきたラボグロン(人工ダイアモンド)の問題です。当初はそれほどの影響も出ていませんでしたが、量産可能な工業製品ですから中国での大量生産が始まり、市場に大量に出回ることになります。

 天然のダイアモンドの需要が減り、研磨量の少なくなってきたインドの研磨業はラボグロンへのシフトを組むことになります。中国産の研磨はもとよりインド産まで研磨作業に入り、当然価格は下がります。現在研磨原価で1ctサイズで40ドルから50ドルまで価格は当然下がりました。

 さて、天然のダイアモンドですが、現況を考慮し、数年前から減産及び、閉山を含めて採掘会社も対応をしてまいりましたが、市場在庫の量は想像以上の為価格の下落を招いております。

 しかし、採掘をしないということは希少石である大粒サイズやカラーダイアモンドも採掘をされないということですから、この辺は逆にさらに希少になってきます。

 つまり、減産、閉山による影響はダイアモンドの価格細分化へと移っていきました。

 大粒及びファンシーカラー、ファンシーシェイプ用の原石はもともとラウンドの物より数量も少なく、ラウンド小粒(研磨済み1ct以下)が主流であるときには全体の需要に対しての問題はありませんでしたが、現状になってくるとその存在が際立ってきます。

 現在は大粒のダイアモンドは勿論の事、ファンシーカラーや長めのファンシーシェイプのダイアモンドは需要に対して供給もなく価格が上昇傾向にあります。

 需要に対しての価格上昇は何もダイアモンドの限ったことではありませんが、現状は極端に供給の少ないものに対しての需要が多く、そのカテゴリごとの価格が上昇をしています。

 一つの要因として現状はおおかた富裕層用しか需要はありません。しかし、それらの供給はさらに少なく、それらのカテゴリーおいては決して価格の下落が起きているとは言えません。つまり、簡単に言うと需給の比率の問題です。

 更に、1ctサイズであったとしてもピケといわれる多少内包物が多いものであっても裸眼できれいなものは需要があり、やはり価格は上昇を始めています。しかし、明らかにグレード表記良質で価格が高いものについては価格が減少をしています。

 昨今の地金の高騰を見ていても貨幣の価値が損なわれ始め、現物資産に目が行き始めた時代です。ダイアモンドの価格が今後どのようになるのかは一概に結論は出せませんが、ダイアモンドが換金性の高い資産であることは言うまでもありません。



2026年1月29日木曜日

ダイアモンドの価格⁉

  先週よりイスラエルに出張し、本日戻りということとなり、新鮮なうちにということでデスクに向き合っています。

 何が新鮮かということですが、買い付けに当たり価格の変動というより硬化です。つまり、以前と比べて、価格での交渉の余地の小ささです。

 ラフ(原石)の取引所の人出の少なさもさることながら、研磨済み取引所の人々の少なさもあり、結果的には旧知の事務所を渡り歩くこととなりました。

 結論をいうと絶対的流通量の少なさと、カラーダイアモンドへの偏りがちな取引所となってきたといってもよいのでしょう。30~40年ほど前という古すぎて恐縮な例ではありますが、コマーシャルなアイテムもそうですが、大粒もふんだんに取り扱われていた印象があり、実際にもそうでした。

 そして、カラーダイアモンドという小さな市場に目を向けている業者は非常に少なく決してメインのアイテムとはいいがたい状況で価格もむしろこちらのほうが誘導しているような状況でもありました。

 つまり、鉱山などの閉山や採掘業者の減産といった中で、ラボグロン(ここにダイアモンドをつけることは業者間では認めません)の市場の拡大といった中で1ct以下のサイズの物の値下がりも後押しし、更にイスラエルで言えば研磨の大半がインドへ移行をしているということもあり、取引所での絶対量が減ったといえるのです。それ故の余地のなさとも言えます。

 そんな中、大粒とファンシーカラーで商いを行う業者が増えてくることは必然と解釈しますが、そんな中鉱山の減産、閉山ということが重なり、一般的なものと同時に大粒やカラーダイアモンドも採掘量が減るわけですから、もともと希少性の高い分野のものはより一層希少性を増すわけです。

 多くのイスラエルの業者が工夫を模索する中、自らジュエリーの生産に向かうものや販売のスタイルを変化させるものが多くなってきた印象もあります。

 それ故に、彼らも交渉を受けたくても受けにくい状況にあるわけです。といっても当方も事情がありますから見合った価格への交渉が必要になるわけです。

 今回の買付の難しさはそんなところにありました。この状況の反映は早ければ半年後、一年後、2年後には日本の宝飾業界にも表れてくるのでしょう。

 しかし、その後の工夫がなければ業界そのものから退場を余儀なくされるのです。

 一般的なメディアではダイアモンドの値下がりが報道されており、その大きな要因にラボグロンなども取り上げられています。確かにその部分は事実です。しかし、いつものように深堀が出来ていません。それは過去何百年と採掘をされているものですから、市場の大量在庫ということもあり、そこにラボグロンの件があることも事実です。

 しかし本来の宝石質で資産性の高いものということになれば、別のストーリーが出来上がってくるのです。今後もしばらくの間は混とんとするのでしょう。

2026年1月20日火曜日

宝石ですか?工業製品ですか?

  ラボグロンダイアモンドについて数回触れてきましたが、天然ダイアモンドとラボグロンは何が違うのかという質問がありました。

 古来から宝石の条件として美観性、希少性、耐久性、携帯性そして換金性というのが本来謳われてきたもので、近代においてはそれがより明確になってきていました。しかし、一部の業者により何から何まで販売を前提とした宝石という言葉の乱用もあり、その線が市場では怪しいものになってきましたが、世界的には前述の条件を前提に価値を踏襲されてきたものです。

 まずは、ダイアモンドというネーミング自体が天然と宝石を前提としています。

 前述の条件を前提とすると希少性、換金性のないラボグロンは宝石ではありません。しかるに、あえて炭素の結晶構造を持った人工物はラボグロンと称し、ダイアモンドとは呼称しにくいのもプロの人々から言うと至極当然なのかなとも思います。

 婚約指輪のシェアの中で米国では40%のシェアを持つようになったと報道が行っていましたが、これは少し大げさではと考えます。確かに以前から比べるとシェアは大きくなってきていますが、渡米をしていても実感としてはそれほどの店舗が扱っているわけではありませんので、ネット販売における、婚約指輪のシェアといえば納得をする内容です。

 米国ではブルーナイルの歴史にあるようにネットで婚約指輪を手配する男性も多く、米国社会ならではの現象かと思います。

 ラボグロンはサスティナブルであるとか価格が手ごろであるとか、天然のネガティブキャンペーン的な販売も行っていますが、実際にはラボグロンも製造過程では高電圧の電気を消費します。さらに、本来同じ土俵の上っているものではありません。

 婚約指輪に宝石を選びますか?

 工業製品を選びますか?

ということで、そのどのチョイスをする男性を人生のパートナーと考えますか?ということです。


 

2026年1月16日金曜日

ラボグロンダイアモンドとは何ぞや⁉(2)

 さて、中国で大量生産が始まるようになるとあらゆる現象と影響が出てきました。

 次回へ

前述部分までが前回の最終部分でしたが、その続きです。

 中国で大量のラボグロンの生産が始まり、その研磨は多くの天然ダイアモンドが研磨されているインドでの研磨となったのです。

 日本の一部企業も乗っかりマーケティングが始まり、皆さんの知るところと訳ですが、その際には謳い文句としてSDG’sを掲げ、天然ダイアモンドは自然破壊に繋がるなどと謳っておりました。しかし、その時期においても天然ダイアモンドの半額とか4割などと価格に関しての遡及を行っていました。

 以前、ラボグロンはいずれキュービックジルコニアの二の舞になると書いたことがあります。天然ダイアモンドの研磨のし過ぎで研磨の作業が無くなっていたインド研磨企業は当初中国などからラボグロンの研磨を請け負っていましたが、さらなる仕事を確保するためにラボグロンの製造機そのものを導入し、ラボグロンの研磨にまい進するようになりました。

 そのころになるとデ・ビアスなどは同じようにラボグロンのためのブランド(Light boX)を立ち上げ、いち早くラボグロンの安売りを始めます。つまり、天然を守るためにラボグロンつぶしを始めたわけです。

 しかし、現実にはインドので大量生産と大量研磨はあっという間にデ・ビアスの手を汚さずとも価格の崩壊が始まります。現在では天然ダイアモンド価格の指標であるラパポートレポート上では天然ダイアモンドの価格の3%がラボグロンの市場価格とされています。

 今回の日本での国際宝飾展などではラボグロンは天然の10分の1といったようなコメントが出されていましたが、実際にはそれ以下の価格となるのです。そうなるとデザインであったり、造りであったり、ブランディングで売るといった本来の売り方にならざるを得なくなるわけです。

 基本的なことはブライダルであったり、ジュエリーとして自らを飾るときに天然なのか、人工なのかということになるのです。これはまさに人々の価値観であり、豊かさによるものだと思います。

 自分の婚約者から受け取るダイアモンドの指輪が天然なのか人工なのか?

 工業製品を贈るのか?天然の恵みを贈るのか? 

 更に現在行われている国際宝飾展なるものを見ていてもリサイクルジュエリーであったり、アクセサリーであったり、ラボグロンのコーナーがあったり、展示会そのものが既にまがいであるような気がするのは私だけでしょうか?

 忘れないでください。これらのビジネスは天然の宝石が存在し、その華麗なビジネスが存在して初めて、成り立っているのです。

2026年1月15日木曜日

ラボグロンダイアモンドとは何ぞや⁉(1)

  ラボグロンダイアモンドの事は前回書いていますが、現在、行われている国際宝飾展なるものの中にラボグロンダイアモンドのコーナーがあります。そこがTVの取材を受けたこともあり、問い合わせが数件ありました。この宝飾展を前述のように表現することもいかがなものかと思いますが、そのことは置いときましょう。

 極端な問い合わせとしては『なぜラボグロンというのか?』という問い合わせもありました。一時はカルチャーダイアモンドという名もありましたがいわゆる養殖真珠をカルチャーパールと呼ぶようにでありますが、研究所で成長させてという意味合いでラボグロンという命名がされているのです。

 実際には工場で大量に生産されている工業製品ですから、表現方法としてもいかがなものかと思います。実際に元々は宝飾用として生産されたものではありません。光学用ないし工業用として製造をされたものであり、以前は天然のダイアモンドを工業用として質の悪いダイアモンドを使用していました。また、光学用としては小さなサイズの良質な天然ダイアモンドを使用していました。

 人工のダイアモンドを生産して光学用として使用することの必然性は当然です。しかし、だんだん大粒のものが製造する事が出来ると別の目論見を持ち始めた中国の企業は早速宝飾業界にアプローチを始めました。勿論それまでも同種の人工ダイアモンドは製造されており、実際に販売もされておりました。ただ、品質的には黄色からブラウンのものも多く一部の(特にアメリカ)宝飾店では1990年代半ばから販売をされておりました。

 私自身米国でのビジネスをしておりましたので取引先の宝飾店で発見すると『本物の店で人工ダイアモンドを販売していて問題はないのか?』と尋ねると決まって『GIA.GGを持っている人間がお店にいて説明ができるので何の問題もない。』といっていたのを思い出します。

 しかし、現実にはGIA自体は2003年に初めてラボで確認をしたといっておりました。勿論、そんなはずはありませんが、その時点での看破方法は完全ではありませんでしたので、それ以前にグレーディングしたダイアモンドへの心配があり、そのような発表があったのだろうと認識しています。

 さて、中国で大量生産が始まるようになるとあらゆる現象と影響が出てきました。

 次回へ

2026年1月10日土曜日

天然とラボグロン⁉


  ラボグロン(人工)ダイアモンドが現れて30年がたとうとしています。現実に市場に現れてという意味ですが、実際には1980年代には当時のソビエト連邦製のものが出回っていてということです。

 そのソ連崩壊によりそのマシンが米国に渡り、1990年台半ばには市場で目にするようになりましたが、品質や大きさがさほどではなく大きな市場になることがありませんでした。

 2010年代になると中国での生産が多くなり、世の中の知られるところとなりましたが、価格はそれほど大きく天然のダイアモンドとの差もなく(天然の約40%程度)、大きさもさほどのものではありませんでした。しかし、その後インドでの天然ダイアモンドの研磨が少なくなると、インドの研磨工場の多くがラボグロンの研磨を開始し、更にラボグロンの大量生産まで自前で始めるようになると瞬く間に価格が下がりました。

 現在のラボグロンの価格は天然の約3%を目安とされるまでに下落をしました。つまり大量生産をすることが可能なものですから当然といえば当然の結果ともいえます。

 およそ45年ほど前にも経験がありますが、当時はキュービックジルコニアが現れて、天然のダイアモンドと見分けがつかないという触れ込みで販売をされ、1ctがプラチナ枠で100,000円で売られていました。しかし、3年後にはシルバー枠で5,000円という価格になっていたことを思い出します。

 ただ、現代のラボグロンに関してはダイアモンドであることには違いがありません。勿論、看破方法は確立されてはいますが、見た目も輝きも天然とは違いが殆どありません。

 ここで天然との違いはどこにあるのかというと天然に関して言うと唯一無二であること、そこに歴史上の物語が付与され、さらに言えば換金性が高いということです。一方、ラボグロンに関して言えば大量生産であるという意味で言えば背景的な物語はありません。また、換金性という意味で言えば殆ど皆無といえるでしょう。つまり、天然品と工業製品の違いです。

 それではラボグロンの長所は何なのか? 昨年の夏に米国へ行った際にビバリーヒルズで2軒ほどの豪華な宝石店が開業をしていました。はてと思い覗いてみましたがきれいなパーティー用のジュエリーが陳列されており、数千万から数億円するようなハイジュエリーが並んでおりました。

 しかし、実際には数十万から数百万円程度の価格帯であり、驚いていたところラボグロンの専門店でした。なるほど売り方だなと思い、そこの社長と少し話したところ、まだお店を立ち上げてか2年程であるということでした。

 話の内容から、米国に限らず欧米諸国にある文化がその需要を支えており、例えばアカデミー賞に関わらず、それを身に着ける場所が多々あり、数億円出さなければならないような場面でさえ、数百万円で済むとなれば如何な富裕層でもありがたいのではと考えます。以前はアカデミー賞の受賞者は某ハイブランドからのレンタルで参加をしていたものです。

 日本では残念ながらなかなかそのような場所は少なく、ラボグロンを扱っている業者もプチペンダントや立て爪といったシンプルなものにすることが多く、意味合いから言えばキュービックジルコニアの二の舞になるのではと懸念をしています。

2026年1月8日木曜日

AIの収益性の検証⁉

  AIに対して決して否定的な考えを持っているわけではありませんが、現在の半導体を含めたAIブームにはいささかの懸念があります。

 それはAIは既に現在までのほとんどのデーターを読み込み、AGI(汎用人工頭脳)時代に入っているに関わらず、さらなるAIの開発が行われています。

 自動車の例にもあるように一般の公道で一般車両がF-1のエンジンを積んでいても意味がありません。勿論、自動車メーカーは未来の自動車のための技術を得るためにF-1を走らせているのですが、一般車両には必要のないものです。スーパーカーといわれる特殊な車であったとしてもそこまでのエンジンは必要がない訳です。

 つまり、現代のAI開発においてはまずは一般社会で活用できるものという考え方を持ち、新たなAIに投資をするよりも、AIによる収益性の確認をすることが必須であり、実体経済に即したAIの活用が必要であり、一般人が誰も活用のできないものに収益性を求めることはできないのです。

 開発、投資も必要であり、そこに金融が乗っかり、時代を回すことは必要だとは思っています。しかし、現実は社会経済を回さなければなりません。

 F-1もスーパーカーに使うエンジンのためにだけに走らせているのだとしたら、ただのマスターベーションに過ぎません。一般車両に汎用されて初めて経済を回すことになるのです。

 現代のAI、半導体のブームによる金融の世界はあまりにも危ういように思います。歴史にあるようにブームに走ったものはいずれ終焉を迎えます。

 わが国でもこぞって投資を促そうとしていますが、本当に大丈夫ですか? と問いたいのです。国民の将来の責任を自己責任で負わせようとしていませんか?

 『過ぎたるは及ばざるがごとし』という言葉がありますが、真にその懸念があります。現実的に如何にAIの収益性が経済に及ぼしているかという検証がもっと具体的にあってもよいのではないかと思うのです。


2026年1月7日水曜日

なぜにダイアモンド!?

  ダイアモンドを特に生活に必要がないとか、高価だという人もいますが、本当は人生の長い期間で考えると潤いとか長生き、豊かさ、充実とかいった事に必要なもので、その気持ちを持っていられるかどうかで人生が変わると脳科学者もいっています。

 勿論、いろいろな意味で必要だと感じて現状のダイアモンドビジネスに対しての懸念や現実を綴っているのですが、ダイアモンドの最も必要な側面は前述の精神的な面が多いことも重要なポイントだと改めて感じたわけです。

 過去の経験の中でいかに多くの人々の喜びの声や感動を感じてきたであろうかと思うと、改めて自分自身が考える余地があると思うのです。

 長い間ダイアモンドのディーラーという職業の反面、小売りのサポートや講習会やセミナー、時にはTVのMCなど多くのダイアモンドを通した仕事をしてきましたが、共通しているのは人々に如何に喜びを与えることができるかということが主題であったことを、改めて見返す気持ちを取り戻したような恥ずかしい気持ちも含め、今年の課題としようと思っています。

 現在は百貨店の売り場のサポートなども行っていますが、多くの場合ダイアモンドのハードの部分を説明することが多いのですが、今後はもう少しソフトの部分も考えてみようなどと思っています。

 自分のブログであってたまには見返すことも良し、と改めて感じました。というより宝石というものは過去の歴史の積み上げが、その価値でもあるような気が改めてします。

ダイアモンドの2026年⁉

  昨年来続いているデ・ビアスの身売り問題やNWT(カナダ)での2030年までの全鉱山の閉山問題とダイアモンドビジネスにおいては歴史上最も厳しい時代が到来するのが今年であろうと思っています。

 一度収まったラボグロンの需要の活性化も新たな問題点(ダイアモンド業界にとって)として浮上をするでしょう。つまり、一度は価格の暴落により関心を失いかけられたラボグロンに対してファッション系の新たなプロモーションにより、息を吹き返してきた部分も出てきています。

 ここ数年の1ct以下のダイアモンドの値下がりは鉱山のモチベーションも下げ、採掘に対しての希望を失わせるには十分な市場になってきています。そこに更なる市場でのラボグロンとの競合は大きな光を失わされてきました。

 過去にはダイアモンドを語る場合にはダイアモンドの総合的な話、例えばダイアモンドの価格は今上がっていますよとかこのようなカットが売れていますよといった漠然として話で事が済んでいました。

 しかし、現代はダイアモンドのサイズや形、品質や色等などの組み合わせで、価格が下がっているとか上がっているといった、それぞれのタイプや組み合わせにより価格がどうかといった話をしなければなりません。

 1ctのダイアモンドは価格が下がっていますが、形の長いファンシーカットは需要が上がってきていてむしろラウンドより高くなっているといった過去ではあまり考えられなかったことが起きています。

 勿論大粒3ctアップのところは価格が上昇し、ここではダイアモンドの本来の価値に順守しており、1ctまでの大きさはトレンドに左右され、大粒のものは需要と供給に影響されます。

 大粒は採掘の減少により、価格は上昇に向かいますが、1ct以下に関しては更なる苦境に立つことになるのです。

 更に大粒に関してはGIA(米国宝石学会)などが積極的に行っているブロックチェーンの採用により更なる資産性が浮き彫りになるでしょう。ただ、特に日本の業界はどこまでそこに対処ができるのかということも課題となります。

 そして、今年の何よりの課題として出てくるのは、現代の環境です。ジュエリーを身に着けない環境やステータスを意識しない文化は何よりダイアモンド業界の暗部です。

 ネガティブなことが多い年になる半面、新たな需要の創出がしやすい年になるとも言えます。原点に戻った考え方は過去に戻るのではなく、未来の市場の創出につながりやすくなるのです。ただし、原点である品格や知識といったものを身に着けることが何より大事のなるのです。

2026年1月6日火曜日

常識というもの⁉

  新年が明けてあっという間の1週間が経とうとしていますが、アメリカのエクアドル襲撃などのニュースが飛び込み、世の中の常識というものが音を立てて崩れていくような気がしているのは私だけでしょうか?

 勿論、その件だけではなく、日経の高値明けから始まり、ここ数年来続いている地金の高騰は金にと止まらず、プラチナ、銀、パラジウムなど実際のバリューではなく、金融の底上げ的な高騰などは過去の事例にはありません。

 過去の事例にないことは当然、如何なAIといえども測りえず、だれの予測も当たる可能性もあり、外れる可能性もあるわけです。

 そして、金融というものは本来経済の安定に必要な要素であったはずなのに、経済をより不安定化しているように感じます。つまり、根拠のない価値観がはびこり、経験のある人々にとっては不安要因であり、経験のない人々には我々のバブル時代のような浮ついた高揚感の中に浸るという時を迎えています。

 歴史だけを考えればいずれネガティブな状況になることが必須であり、時代から考えると数字が落ちないにも関わらず、価値が落ちていくという状況で収まるような気もします。つまり、インフレです。

 品格とステータスが価値という時代に終わりを告げるのか、効率と数字という、アナログとデジタルの価値判断がうまく融合してくれる時代になるのか?

 現代の半導体やAI産業に浮かれているのは産業界というより、その両方に浮かれているのが金融界であり、それを憂いてしまうのは私だけでしょうか?

 AIは1のものを100にすることはできるのでしょう。しかし、0のものを1にできるとは思えません。もっと、政治も経済も足元を見てほしいと思うのです。

 常識というものが時代とともに、場所や文化とともに変わってくることは否定をしません。しかし、それは人々にとってよりより便利に都合よく変わってきたはずです。しかし、現在の常識の変化は人々を不幸にしているように感じます。

 そして、その度合いは増々大きくなっていくような気がします。一人の人間に使うことのでいない富が集中し、そのことだけでも貨幣の価値を下げる例として十分な根拠となります。

 誰も測れない常識は、すでに常識ではないのです。 異常なのです。

2026年1月2日金曜日

2026年への懸念⁉

  明けましておめでとうございます。

 2026年、午年はどのように迎えるべきかと思い悩んでいるところもありますが、新年の参拝でのおみくじは『大吉』と気持ちは少しホッとした気分で新年を迎えました。

 昨今のAIブームに始まり、それに関連した半導体等の株の高騰もあり、幾分金融の世界では浮ついている部分も感じます。

 金融の世界は昔から水物といわれていることもベースにあり、いささか投資ではなく、投機というギャンブル的な要素が十分にあるものが経済の中心を担っていることも、この午年に関しては不安な要素ともなっています。

 AIそのものも過去のほとんどのデーターを読み込み来るところまで来ている感じもしますが、さらなるAGI(汎用性人工知能)ブームも来ており人類はどこまで人工知能を開発し、何を望んでいるのか理解に苦しんでいる部分もあります。

 我々のようなアナログをビジネスのベースとしているような業界はもはや必要がなくなってきたのかと思う反面、AIそのものはアナログをいかに効率よく機能させ人手の効率性を高めるものであるべきと考えており、その需給というかバランスが崩れ始めていることも不安です。

 AIは未来を作れるのではなく過去を如何に整理をし、未来の創造するための材料を提供しうるかという観点が本来の姿で、AIが未来を創造できるわけではないということを誤解してはならないと思っています。

 人々は食事をし、洋服を着、快楽に身を任せる部分があり、それらを作り得るものは全てがアナログの世界です。

 第一次産業を効率よくし、例えば自給率を上げるための手助けとしてのAIは大いに結構であり、産業革命としても十分な役割を担う事が出来ます。しかし、現在の一部の人間のためのAIの進化は金融という本来であれば経済の潤滑油的なポジションを押し上げ、経済の主役になろうとしています。しかし、経済の主役はデジタルであれ、アナログであれ貨幣が主役です。

 昨今の金融のふくらみのスピードは度を越しており、金融商品が先行をし、本来の物が供給されるスピードをはるかに上回っています。インフレを加熱させることとなり、貨幣の価値が下がるわけです。

 この間の貨幣の価値がいかに失われたかということは皆が実感していることでもあります。

貨幣が市場へ回って初めて経済が動くのであって、デジタルの世界で動き回る数字の貨幣には未来を担う役割はないと考えています。

 ダイアモンドビジネスという世界へも同じように本筋からそれ始めた部分も見え始めています。ステータスというものが役割を終えることはありません。フェイクなステータスの創造は人々が生きていく部分では何の役にも立ちません。ステータスはアナログの中に存在します。

 AIへの過度な期待というものは経済を陳腐化させ、人々から活気というものを失わせることにもなるでしょう。