宝飾業界自体がニッチな業種として認識はないのかもしれませんが、以前からするとニッチな業界といってもよいかもしれません。つまり、宝飾品をつける場所もなければ機会もないということであれば、目的として宝飾品を買う必要がない訳です。
舞踏会とは言いませんが、宝飾品を身に着け出かける場所は高度成長期後半からバブルにかけて、各種パーティーを含め各レストランなどもドレスコードを設け、あらゆる場所で身に着ける機会がありました。
1977年夏頃、米国に在住し、ビバリーヒルズの宝飾店にいたころの話ですが、場所柄、富裕層といわれる人々が毎日のように出入りをしておりました。勿論、顧客もいれば、初めてのお客様がご来店することも珍しくなく、そのお店ではそれなりの宝飾品の販売が毎日のように行われていました。勿論、基本はご予約ということになるのですが。
特に週末のお客様に関しては難しい方が多く、もっと言えば初ご来店のお客様が多かったように思います。何故なら宝飾品なのに緊急購入の方が多かったからです。他店では取り揃わずに当該店にやってくる人々でした。
ある日『店頭の飾っているルビーのネックレスは購入できる?』といったシンプルな質問を入店するなり、問いかけてきました。『勿論、購入は可能ですが、どのようなご要望でしょうか?」スタッフが質問をすると『明日の土曜日にパーティーがあり、新しいドレスに合うネックレスがないの』。『ネックレスの事はすっかり忘れていたの。今持っているネックレスではどれも合わないと・・・。気持ちがブルーだったのよ』といきなり話しまくった後にお話しを伺うとなじみのお店には気に入ったものがなくて、諦めかけた帰宅時にこのお店の前を通り、店頭にあったルビーのネックレスが目に入ったとのことでした。
私はいくら大事なパーティーと言えどそこまで拘るのかとも思い対応をしていましたが、ご主人の大切な取引先のオーナーの自宅に招かれたということで一か月も前から服装の準備をしていたということでした。
結論を述べると当時5千万ドル(現在のレートで約7700万円)程のルビーのネックレスをその場で小切手(当時のアメリカは個人小切手が主流)を切り、お持ち帰りになりました。
いわゆる、欧米諸国では一般的な場所や機会とは言えませんが日常的に宝飾品をつける場所があり、そのコーディネイトが習慣的に行われ、自分の好みの組み合わせができないとパーティーそのものに出掛けないという人もいるくらいにその環境は身近なものです。
過去の日本の場合もイコールとは言えませんが、日常的に着替えることやTPOといったものを意識する環境もあり、宝飾業もこぞってそのような機会を創造しておりました。
現在はTPOそのものに拘りもなく、また、販売する側もそこまでの努力をせずに売るのではなく、売れるものを探し、販売に繋げるという状況です。 つまり、販売する環境を創造する事もなく、ニッチな環境そのものを作り出したのも業界そのものといえるかもしれません。
ただし、ニッチな業界であればニッチな業種に特化をしたビジネスモデルも考えられます。それは今後の課題となるのです。
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