いつも思う事ですが、昭和に時代は今よりも人口も少なく、あらゆる情報も今ほどは行き渡ってはいませんでした。しかし、現代の我が国は地方のあらゆるところで過疎化が起きており、シャッター商店街も散見されます。
勿論、都市に人口が集中していることもありますが、それにしてもあまりにも顕著な状況があります。その反動なのか都市や他の地方から移住する人々もだんだんに増えてきています。特に子育て,教育に対する自治体の支援の強化の成果でもあるのだと思います。
しかし、根本的なところで解決がされていないのでこの現象に歯止めが利く状況にはありません。まずはその根本の解決はその要因、原因を紐解かなければなりません。
その要因には行き過ぎた進化があると思っています。つまり、過度の情報や、物理的な利便性というものがあります。例えば、車の長距離輸送が可能になり、以前ほど人手も掛からなくなってきました。また、情報も地方にいても都会にいてもさほどの差はなくなりました。更に言えば、それぞれの地方の特産物であった物の大半が輸入をされるようになってきて地方の産業に影響を与えるようになっても来ました。
上記した内容は目で見える変化であり、現象です。簡単に言うと殆どの事において地方での手間暇が掛からなくなったという事です。私の場合で言うと故郷の北海道夕張市は今でこそメロンで有名ですが、以前は石炭の町として日本の経済を担っていました。当時の人口が確か13万人で現在は5,000人余りです。石炭が石油に代わり、その役割は終わり人口の減少に歯止めが利かなくなったのです。
ここでは、その時代は地方も含めて活況を呈していたにも拘らず、あらゆるものが進化し、経済規模が大きくなる毎に地方が縮小していくという現象は他にも起きていると感じるのです。
例えば、銀行ですが効率化を図るためにカウンター業務を減らし、ATMを多く設置したかと思うと、ネットバンキングが普及すると、今度はATMを減少させようとしています。その為に多くの行員が職場を失いましたが、結果的には銀行のロビーに客があふれ、スタッフを新たに契約社員として増やしています。
もう一つの例でいえば、居酒屋などでQRコードで顧客のスマホでメニューからのオーダーを受けていた居酒屋は姿をどんどん消しており、一見システムで効率を上げようとしたのですが、そのほどの規模ではないので結果的には顧客離れが起き、お店自体が立ちいかなくなったという例です。つまり、どちらも消費者目線ではなく、システムを使う事が効率を上げると考えた為の失敗です。
効率を上げるという事は一方で危険もはらんでいるという事です。前述の内容は全て効率を考えた結果、成果が上がらなくなったという例です。
話はかけ離れているように思われるかもしれませんが、一つには昨今の例ではGMO問題があります。投資や金融参加は容易になりましたが逆に、今回のようなサイバー攻撃に合うという利便性に隠れた危険性がそこにはあります。
長々と書きましたが、デジタル資産の危うさの反面アナログ資産のような希少性と物理的に犯しにくい資産というもの重要性というものをここで立ち止まり考えてみることは大事ではないかと思っています。