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2026年7月2日木曜日

貧困の連鎖!?

  貧困の連鎖という言葉があります。これは世代的に貧困家庭の子供は貧困になるというように使われることが多いと思いますが、これが国家にも当てはまってくるような予感がします。

 絶対的お金というものが一定であれば誰かが儲かれば誰かが損をするというのが構図です。もし、お金は足りなければ刷れば良いというような考えであればお金の価値が下がるだけです。

 つまり、誰かが黒字であるという事であれば、一方で誰かが赤字なわけです。単純に言えば政府が赤字であれば国民は黒字でなければ、本来おかしい訳です。しかし、現在はこのバランスの中に国民、政府、企業、外資というものが内包され、一部企業と、外資が超黒字で日本国政府と国民だけが赤字という状況が現状です。勿論、外資の黒字を日本に反映させることは殆ど不可能です。

 金融というものは本来経済を動かす潤滑油的要素を持っているものですが、その潤滑油がお金なわけですが、その潤滑油のタンクがどんどん膨張し、市場にお金が回らないのが現状です。勿論その金融という潤滑油のタンクの中で生きている人々は裕福です。

 経済は低迷をしても市場の技術力は低価格で量産できるものを提供してきました。それが貧困であってもファストファッションを着用し、スマホでSNSを駆使している若者にはその環境を理解しうる思考を持たせないでいるのです。

 気が付いた時には20代で生活保護を受ける状況になってしまいます。現在、生活保護を受けている20代の若者は3万人になろうとしています。勿論彼らが将来子供を産み育てる環境になりにくいことは容易に想像が付きます。

 これが国家の貧困の連鎖です。元を質せば少子化問題の40年間の野放しと自給率の低下問題の無策だと思っています。つまり、少子化問題に抜本的な政策が打ち出せず、更に国内に一次産業が少なくなる現象を止められずにいたことは政治の貧困であることは否めません。

 カナダのある大学の研究所で、日本の今の現状はとても不思議で『薬物依存者が少なく、移民も少ない。更に失業率も決して高くない。他国で貧困の要因とされていることは殆どない』

 結論として政治の貧困が現状の日本の困窮の要因であるとしています。私自身はそれに官僚の意識の低さと見識の無さを付け足したいと思います。

 何故なら国会議員の8割がたが役人出身と世襲議員であることを考えると国家国民が貧困にあえいでいることを言葉でしか認識がないのだろうと思います。

 これらの要因が日本国家の貧困の連鎖を想像させる要因なのです。

2026年6月29日月曜日

金のモメンタム!?

  金相場の躍進が止まり、そのモメンタムが陰り、それは半導体、AI株にもその予兆が出ているような気がしてきました。

 これらの現象はいずれ必ず起きてくる状況であることは歴史が証明をしています。産業革命や2000年代のITバブル崩壊にもある様にある一定の喫水線を超えたときに限界にぶつかるという事です。

 分かりやすく言うと豊作貧乏という現象が起きるという事です。つまり、過剰供給は必ずしも良いことではなく、結果的にはバランスよく適量にすべく廃棄も必要になるという事です。

 生産性が上がることにより、市場の容量を超えたものが出来ると価格の下落を生みます。本来は生産性を上げる技術は進化として称えられることではあるのですが、『過ぎたるは及ばざるがごとし』という事でバランスが必要です。

 AI、IT化が進むことにより弊害が起きることを想定しバランスを取らなければならないが、今の米国式スタートアップ起業や市場への供給はバランスというフィルターを通していないためにSNS上で起きている問題点を解決できないでいます。つまり、情報量やその弊害のバランスや精査が行われる前に利益ありきで進むために起き始めている現象です。それは物でも情報でも一緒だと考えています。

 一人の人が仮に10兆年の資産が出来たとしても、これが社会や市場に還元出来る訳ではありません。お金は経済の血液であるという言葉が懐かしく感じられますが循環しない血液は致命傷です。

 今、その現象が世の中を席巻している怖さがあります。必要でないものを作り出し、それが金融という化け物のエネルギーになっており、その掃き出し口になっていた金や株式に異常が出始めているという事かもしれません。

 実際の金価格は需給のバランスで決まらなければなりませんが、現状先物というふくらましにより相場が動いています。現物は増えませんが数字は膨らみ、その限界が来ると下降が始まります。つまり、実数に近づき始める動きを始めます。それが今でしょう。

 我々のダイアモンド業界においてもそうでした。デ・ビアス社がコントロールをしていた時点では需給のバランスが取れていましたが、自由市場に近くなり大量に採掘がはじまり過剰供給が始まると1ct以下の量産品は価格が下がり始めました。特に品質の調整が行われなくなると低品質の物が市場を席巻し、ダイアモンドの価値そのものを危うくし始めたのです。

 勿論、大粒の採掘量自体が増える訳ではありませんので、大粒に関しては大きな影響はありませんが、マスマーケットを対象にした小粒市場ではこの弊害が大きく表れたのです。

2026年6月19日金曜日

婚約指輪!?

  先日のリポートで適齢期の20%の男女が婚約指輪を必要としないという結果が出たという事で、20%の内容的には『あまり必要とは思わない』、『旅行や新居に回した方が良い』というのが殆どであったという事です。

 本来であれば必要かどうかではなく、一つのイベント的な要素が多いのかなとも思います。以前であれば婚約指輪が買える経済力があるかどうかといった目安が結婚生活を送れるかどうかの一つの指針にもなっていたり、それくらいの相手に対する配慮が出来るかどうかといった目安にもなっていました。

 給料3ヶ月分が一つの目安で、これは1950年代の米国におけるデ・ビアスのキャンペーンがベースにあり、米国では給料1ヶ月、そして日本では当時為替レートが1ドル360円という事で3ヶ月分となりました。

 当時は社会人としてきちっとしていますといった意味もあり、事前に指輪を購入してプロポーズをしたり、結納という儀式の際に婚約指輪を添えるといった事が一般的でした。

 しかし、バブルがはじけ業界自身も景気が良くなく婚約指輪のキャンペーンを行わなくなると、元々習慣にはない日本では一気に熱が冷め、若い男性は出来れば婚約指輪の購入を避けたいと思ったり、女性も男性の反応を見ながらの婚約指輪への憧れを控えておりました。

 実際には多くの先輩たちは『婚約指輪も買えないような奴とは結婚をするな。』とアドバイスを女性に送ったり、男性には『指輪も買えないようではまだ早い。』などと指摘をしておりました。

 男性達も開き直り『愛よりもダイアモンドが大事なのか?』などと自分の未熟を棚に上げたような発言も多く、より女性が口に出しにくくなった現状もありました。

 しかし、現実には未婚の女性はハイブランドのダイアモンド指輪に走り、周りの友人達に見てもらいという本音もあるわけです。

 全ては経済が良くないという結論になってしまうのですが、婚約指輪というものは一つの歴史からくるイベントで、出来得るのであれば男性が女性に対する表現として執り行う事をお勧めしたいと思っています。

 前述したようにそこには合理性と心理的な情感が詰まっているものなので、社会人としての一つのけじめと記しでもあると考えるのですが如何でしょうか?

2026年6月15日月曜日

今こそダイアモンド!?

  イーロン・マスクのスペースXのナスダックへの上場により金融市場が活況をを呈しているように見えます。しかし、実際にはAI、半導体株を含め、今度は宇宙ビジネス株といったところに資金が集中する事への懸念はないのだろうかと考えます。

 つまり、一部の高額銘柄へ資金の集中は果たしてその配当が果たせるのだろうか?という事とあくまでもそれらの企業収益に対して飽和状態になる可能性はないのだろうか?

 例えば一つの商品を制作するために投資を受け入れたとして、その商品を買う人が10人しかいないとしたら10個しか制作をしないはずです。しかし、それが投資に見合う高額で販売をできるものならば良いのですが、価格というものは市場が決めるものです。つまり、見合わなければその配当にはなりません。

 多くの少額投資家は一点勝負とばかりにそれらの銘柄に資金を集中しています。今まで幾度どなくこのブログでも述べてきましたが、投資というものは資産の分散があって成り立つものです。決して投資というものは一点集中をするものではありません。

 平均株式価格というものは現在は上昇気流に乗っている銘柄に引っ張られています。

 これらを考えた時に我々は投資資産の分散という提案をすべきだと考える次第です。つまり、常識で言えば投資資産の一点集中という危険行為は有料投資家であればまず行わないことです。

 ダイアモンドという資産はその資産性に疑問を持たれる方も多いのですが、それは過去の日本での販売方法にありました。つまり、ジュエリーの世界と資産としてのダイアモンドの世界を一緒してきたことが大きな要因です。

 一般的に宝飾品の掛け率はデザインやそのブランドとしての演出もありますから素材以外のコストもかかる訳です。ですから購入者がその価値を認めればよい訳です。しかし、大粒のダイアモンドというものはその素材そのものですから、本来であれば掛け率を宝飾品と同じようにしてはいけないわけです。

 極論を言えば右左(みぎ、ひだり)のビジネスで高額ですから手数料商売でもよいはずです。しかし、日本では宝飾品レベルの掛け率で値引き販売という方法をとった為に購入者が売りに出したい時に購入価格からの下落幅に愕然とすることになります。

 しかし、現在は当社も含めて極めて説明の聞く価格での販売を心掛けているせいかべらぼうな価格提示をするところが少なくなりました。この時点で購入価格と販売価格の差異が少なくなるわけです。更に大粒のダイアモンドに関しては鉱山の閉山も相次ぎ商品としては品薄です。そして、オークションをはじめ再販のシステムは構築をされております。

 これらを前提に前述した内容を考えて頂きたいという事です。つまり、現状の金融市場は極めて危険は状況にあることを多くのプロ投資家やファンドは明言をしていませんが、彼らの『あくまで投資は自己責任で行ってください』といった文言が最近は大きくなってきていることが気になります。

 つまり、危険回避のための代替資産としてのダイアモンドには大きな意味があるという事です。これらを踏まえることが今後のダイアモンドビジネスに変化を与えることを祈念します。

2026年6月6日土曜日

ラスベガス国際宝飾展!?

   世界最大級の国際宝飾展JCK ラスベガスが先週末終わり、速報が入ってきました。やはりというか絶好調とはいかなかったようです。

 詳細としてはダイアモンドの2ct以下は不振で2ct以上の需要が多く、更には5ctアップのところの需要が多いのが特徴だったようです。特にオーバル・シェイプに需要は顕著脱調で一昨年から続いている人気は未だに好調のようです。更に言えばケープ系の人気が高く価格的な魅力とライフの強さが特徴です。

 1970年代にはロサンゼルスで開催され『パシフィックジュエリーショー』と銘打っていたのがラスベガスに移り『JCKショー』となり、記憶では35年以上続いているはずです。

 当初より参加をしており日本でのエージェントとしてのスタートだったのですが、1997年から出展をしておりました。およそ10年間続けていた出展もリーマンショックをきっかけ出展を取りやめたのを昨日の事に様に覚えております。

 私自身、米国でのビジネスを中心としておりましたので、今思えば全米のお客様を訪問するためにずいぶんと無茶な出張をしていたものです。

 これらのお客様の殆どがJCKショーからの繋がりで最盛期は150件を抱えておりました。その為の出張が前述した内容です。当社が出展をしていたのはJCKのラグジュアリーといわれるカテゴリーで全米上位200社のみの小売店が参加をできるもので、出展業者も世界から90社に絞られていました。

 勿論レギュラーの展示場にも参加をできるのですが、ラグジュアリーのカテゴリーに参加をできる小売店は全てが完全ご招待で三日間に渡り出展業者とと共に過ごします。勿論出展料も高いのですが、私自身も良い経験となったと思っております。

 流れ的にはラスベガスのべネシアンホテルのスウィートフロアの全室が出展ブースとなっており、朝はブレックファーストミーティングでお客様と一緒に食事をし、また、展示ブースの各部屋でお客様とランチを共に商談し、夜はプールサイドのパーティー会場でやはりお客様と過ごすといった完全密着型の接客でした。三日間の出展は疲労困憊であったのを思い出します。

 昨今は会場も変わり、セキュリティーも甘くなり、出展業者、来場者共に目減りをしていると聞いております。10年ほど前までは訪問者としてJCKに参加をしておりましたが、今は4,5年に一度訪問する程度です。当時の出展仲間は今では殆どいません。

 日本のIJTにしても香港にしても国際宝飾展の時代は終焉を迎えたのかもしれません。一時の輝きは望郷の彼方に消えた思いです。もう一度あの輝きがなければ宝飾業界自体が用無しになってしまうのかもしれません。

2026年6月4日木曜日

対処療法!?

   少子化の波が止まらない。昨年の出生数が67万人と過去最低を更新したというニュース流れました。

 40年前ほどからの懸案事項で67万人という数字は本来の予測からするとほぼ10年ほど前倒しになっているという事です。

 自給率の低迷も言われ始めて50年は経とうかとしています。しかし、さらなる自給率の低迷はいつまで続くのでしょうか?

 政治家をうんぬんするのはもう飽きてしまいましたが、相変わらずの対処療法でしてやったりの顔をしている政治家を見るのはうんざりの感が否めません。

 少子化対策にしても自給率にしても国家の根幹に関わることであり、政治としての一丁目一番地です。それが対処できていないという事は『政治家は何をやっているのか?』と言われてもやむを得ないと思います。

 子育て支援にしても、消費税0%にしても場当たり的なことばかりやっているので何ら解決を見ません。長い自民党政治は目先の利害を追うために終止をしてきました。少子化にしても自給率の低迷にしても選挙のための農協や財界に目を向けすぎた結果です。多分このような表現をしても理解が出来ないとは思います。

 アベノミクス批判は以前からしてきましたが、結論から言うと格差の拡大を招いたわけですが、だれも自民党議員はこの総括をしません。

 アベノミクスの象徴である『トリクルダウン』、つまりシャンパンタワーの一番上からシャンパンを注げばいずれ下のグラスにもシャンパンが満たされる、だからまず金持ちの資金を増やし、それが一般にも恩恵を受ける環境になるというものでした。

 最近TVなどでも現状はシャンパンタワーの一番上のグラスがとても大きくて下まで回らないという表現がされるようになりました。私は安倍首相が健在時から声高らかに謳っているアベノミクスは間違っているし、彼は社会を理解していない。今の時代はデジタルマネーなので決して一番上のグラスからはシャンパンが漏れる事はないとこのブログでも書いてきました。

 実際に輸出企業の利益の大半は円安です。確かに彼らは潤っています。彼らの努力もありますが恩恵の大半は円安です。その利益は海外投資に向けられ国内に還元される利益は社員の給料レベルです。本来であればその利益に税金をかけ、それを国民に還元するべきものであると思っています。

 NISAにしても国内投資に限定するのであれば非課税にすることも納得がいきますが半分は海外投資に向けられています。対処療法はその間に根本治療をしなければ病気は治りません。

 痛み止めを多用しても、根本の原因が感知しなければ何度でも痛みは出ます。そろそろこんな政治をやめなければなりません。

 これらの事は我が宝飾業界にも通じることだと思っています。根本治療を早くしなければなりません。

 

2026年5月28日木曜日

消費税なのか!?

  免税か1%かで食料品に対する消費税の取扱いについて国会での論争が起きています。そこで考えてみてほしいことは、消費税と市場の仕組みについてです。

 以前にも書きましたが現状の消費税は売上税の性質が強く元々が仕分けすることが難しい税金です。つまり、単純なドリンクであればペットボトルの内容を考えても容器の方がコスト的には高い訳です。そしてのそのペットボトルには消費税が掛かっているわけです。今回は飲料は含まれない前提ですが、他の加工品に関しても同じことが言えます。

 流通を考えた場合に仮に小売り段階で免税ないし、1%負担で収まったとしても輸入、製造元、更に流通段階でも免税になっていなければ単純に原価にそれらは全部上乗せになっているわけですから実質的な価格は何も変わらないという事になります。

 食料品としてどこまでを対象とするかでも違ってきます。現在話し合われている内容では食材、飲料、酒類を除く加工品となっていますが、食材を利用して家庭で料理したものの方が安く上がる場合の方が多い訳ですから、そうなると本末転倒という事になります。

 また、加工品を対象とした場合となれば前述したように、その容器に対する消費税はどうなるかという事もあります。もっと言うなら調理工場やその周りでかかる消費税等々は還付されるのかどうか?また、その輸送費にかかる消費税はどうなるのか?それらは区切りをつけて免税、減税にすることは不可能だとも言えます。小売価格とは全ての原価が反映されているのです。

 非課税なのか免税なのかにより税金の扱いも変わるわけですから、小売り現場での混乱をよく耳にしますが、それら流通の段階での扱いをどうなるのかが気になるわけです。また、1%となり減税となれば流通段階での仕分けも複雑になることを考えると簡単ではありません。

 日本の場合、小売り段階での消費税を考慮することだけにはなりません。これらの事を考えると高市総理の公約としての面目より、根本的な食糧自給率や為替対策、インフレ対策、物価対策を考え、更に言えば偏りの大きくなる可能性の多い格差対策を考えるべきではないだろうか?

 消費税対策により価格が下がることは決してありません。名目上の消費税が消えるだけで価格は変わらなければ何のために時間をかけ税金を使うのかが理解できないのです。