オーストリアの首都ウイーンの美術館からトータル200ctを超えるネックレスが盗難にあったニュースが数日前に流れました。これはヴァンクリーフ&アーペルが1930年代にエジプトの王妃の為に製作をしたもので、600個を超えるダイアモンドが使用されています。現在はヴァンクリーフが所蔵し、今催し期間中美術館に貸し出しをされていたものという事です。
多くの報道機関で流れたニュースですが、多くの解説委員がその処分方法を推察していました。中にはネックレスをばらしても『ダイアモンドである以上価値がそれほど下がるものではないからばらして換金するのでは』とか、闇市場から流されるのではないかとかいろいろな角度で解説をしていましたが、どれも大きくは外れていないのではないかと思います。
ここで感じたのは、世間では色々とジュエリーに関する論評はありますが、それなりに勉強をしている解説員たちはダイアモンドの価値そのものには造詣が深いをと感じました。
以前であればダイアモンドの価値に言及することはなく、製品そのものに価値を見出した解説をしていました。勿論、現在でも解体せずにいたほうが価値はあるわけですが、解体したとしてもダイアモンドそのものの価値は変わらないという認識の解説が多かったことを安堵と共に時代が変わったことを感じました。
私自身も大粒の販売に関しては、その物の価値と共に携帯性や、換金性なども附則として付け加えることも多く、特に日本のように災害の多い国では携帯出来る資産はそれほど多くはないので、その点も付け加えます。
海外ではその認識はより強く、それは歴史的に国の消滅や国境の再編が何度も行われてきたことが大きな要因です。つまり、ボーダーラインが何度も書き換えられる国に住んでいると不動産は殆ど資産としての価値はありません。今でこそ以前ほど争いがありませんから、多くの国は不動産も一部の資産としていますが、中世においてはその保証は殆どありませんでした。
近世においても世界大戦中には何度もダイアモンドがその話題に中に登場をしました。ユダヤ人を語るときには必ずダイアモンドの話が付きまといますが、そのほとんどの話が近世の出来事です。
ナチスドイツのユダヤ人虐殺の大きな要因にもなったといわれるダイアモンドは流浪の民のユダヤ人には切ってもれない携帯できる資産だったばかりか、逃げ切る手段の大きな道具としても役割を果たしました。
もっとダイアモンドの認識が日本でも変わることにより、ダイアモンドの市場は新たな面を見せてくれるのです。その為にも取り扱っている人々がもっとダイアモンドに対する知識が必要なのです。