ページビューの合計

2026年5月20日水曜日

進化の矛盾!?

 人類は道具を発展させ利便性を追求してきました。

 そして、人手をかけずにビジネスを発展させるよう努力してきました。そして、現在のAIに繋がってきたわけです。

 しかし、物事には利便性と人類の能力の分岐点があり、ここまでは道具の進化は良いがこれ以上はむしろ人類の進化に弊害になるという分岐点があるように思います。

 つまり、人類の進化に必要としている道具の進化と必要とさせていない進化の見極めが必要な時代なような気がします。

 何が言いたいのかというと、人が作業することの利便性を追求して道具の進化がありました。しかし、人類の手を煩わせる工程を必要としなくなる進化があると、大袈裟な言い方をすると人類を必要としなくなるわけです。

 結論を言うと現在の進化が何を及ぼすかというと、人間の営みを崩壊に招くかの性を感じるという事です。人類の技術の進化は人類の退化を促すことになり、退化した人類には物が必要ないという事です。

 単純に言うと仕事が無くなる人々は収入がなくなるという事であり、その人々の割合が圧倒的に多くなるという事であるわけです。

 人類の経済というものは分母が多くなり発展をしてきたものであり、分子が大きくなると絶対的市場が小さくなり、やがて経済という概念が必要としなくなります。

 現在の格差社会がそのスタートであり、お金が集中する一部はそれを使う場所が無くなり、使いきれなく持っているお金の意味もなくなります。

お金という物は多くの人々で使い、経済という物が回ります。一人で食べる食品は限界があり、一人着る服にも限界があります。食品に一日100万円使ったとしても健康被害にあうか飽きてしまうのです。

 人類が使いきれない能力を持ったAIをいくら開発しても開発時点で利益誘導が起きたとしてもその対象である人類いなければ収益は上がりません。

 つまり、限界点にほぼほぼ近づいている進化はトイレの中の100Wの明かりと同じであり、あまり大きな意味を持たなくなるのです。

 以前にも書いた現在のスマホの機能をどれくらい使っている人がいるのかという事です。

 

 

2026年5月16日土曜日

格差の違い!?

  最近大粒のダイアモンドの引き合いが増えているように感じます。勿論、今の経済状況を鑑みたときに金融市場だけを見れば好況であるとも言えますから本来の話であれば不思議ではないわけです。

 しかし、巷の実態はそのような感じがしないというのもまた実感だと思います。多くの成功者はステータスを手に入れようとしますから、前述の状況もまた不思議ではありません。

 特に顕著なものはファンシーからダイアモンドの大粒です。しかし、残念ながらファンシーイエローを除く、ファンシーカラーダイアモンドの大粒の価格は決して顧客が望むような価格ではありませんし、存在も希少です。

 特にピンクに関してはアーガイル鉱山産出のダイアモンドのように商業的に価格が吊り上げられているものもあります。実質的には私自身が美しいと思ったこの鉱山産出のピンクは非常に少ない、というか特徴的な紫やブラウンの入ったピンクばかりが多いように思っています。

 本来、私たちが思ってきた桜やサーモンピンクを想像させる色のピンクダイアモンドはやはり少なく、将来的には価格的に安定をするものは後者だろうと思っています。

 これまでも書き記してきたように多くの鉱山が閉山もしくは減産を行っており、供給量の減少があるにも関わらず、大粒を含めてポツリ、ポツリと出てきます。勿論絶対的な量は少ないのですが、大粒の引き合いが集まることにより、動きがあるように感じます。

 格差社会といわれ十数年経ちますが、昨今の金融市場の状況から更なる格差を感じます。

 給料を100万円取る人も10万円取る人も日常使うお金はそれほど変わりません。仮に高給取りの方が日常倍の価格のものにお金を使ったとしても高給取りの方が残金が増えていきます。現在は実質的にそれ以上の所得差があります。当然高給取りの方が手持ち資金が増えていきます。つまり、お金を持っている人のお方がお金が溜まりやすいという現象です。

 冒頭の話に戻りますが、十数年前より格差が広がるという現象は単に格差が広がるだけではなく、富裕層のお金の溜まり方の速度が速くなったというか、お金余り現象が出て来ている為に起きている現象だと考えています。

 単純に数億円のお金の使い方を選んでいるわけではなく、大粒のダイアモンドに出会う機会はあまりありませんから、出会った時が買い時とばかり購入希望を出しているのです。

 以前から大粒を5ct以上と言い表していましたが、現在は10ct以上への希望が多いのも事実です。販売側はその機会とのマッチングに対して慎重にならなければならない時代なのです。

 

2026年5月11日月曜日

本質の解決!?

  今朝TVを見ていて非常に気になることがありました。それは私自身も高校時代軟式テニスをやっていたこともあり、高校生を巻き込んだ交通事故の件が取り上げられ方について気になりました。

 生徒たちの高校と運用していたバス会社の意見の相違を色々な番組で取り上げられていたのですが、この問題の本質ではないことがそんなに大きな問題なのかという事です。つまり、今回の事故に関しては高校、バス会社問わず責任があるのです。

 内容を聞いているとどちらもなれ合いで事を進めていたことが問題で、起きるべくして起きた問題でどちらの言い分が正しいという問題ではありません。それは検証するまでもなく、あとは警察の対応がどうなるかという事だけです。

 本質的な部分というのは学生の課外活動での問題点が浮き彫りにされているという事で、長距離の移動をしてまでの対外試合に関して教育庁や文科省に何の移動手段に対してのガイドラインもないのかという事です。

 つまり、顧問や父兄がレンタカーや自家用車で大勢の生徒を運ぶという作業についてです。中型なり、大型のバスを素人が大勢の命を運ぶ危険さであり、そこまでにして課外授業であるクラブ活動を行わなければならないのかという事であり、その起きうる事故の責任の所在はどこにあるのかという単純なものです。

 何事もそうですが根本的な部分での解決に関してはこの国が最も苦手な問題です。少子化問題にしても40年以上前から問題視され、いまだに対処療法的な教育支援金や子育て支援金等の場当たり的なことをやり、自給率問題にしてもこれほど自然が豊かな国で30%を大きく割る深刻なことが解決をされていない。

 TVでの取り上げ方も目で見えてる現象面を取り上げ、それを検証しています。もう少し本質的な目で起きている事象を分析する必要があることは、今起きている現象を見ているだけでも明らかです。

 経済面に至っても明らかなバブルであり、それも今までに経験のない金融の歪みで、株価だけを見て景気の判断をしたり、賃金を上げ物価の上昇に対応するなどと夢見事のようなことを口にする政治家に本当の政治が行えるのかと思います。

 バブルの崩壊をはじめ、農業問題、自給率問題、現状の経済格差、この40年というものはほとんどは自民党政治であり、結論から言うと失敗の連続です。それは目の前の自分の利益を追う人々が選んだ自民党という政治文化の結果です。本質が何も解決されていません。

 敢えて追記すると我々の業界にしても、売れなくなった要因を時代と景気のせいにしていますが、本質的なことを言うと宝飾品を必需品とする文化を構築してこなかったからです。売れればよいという場当たり的な売り方をしてきた結果です。皆同じです。

2026年5月7日木曜日

ゴールデン・ウイークには!?

  GWに久しぶりに映画を見ました。『プラダを着た悪魔』です。

 ハリウッド映画の醍醐味を十分に満喫できる映画でした。20年ぶりの第2作なわけですが、主演のメリル・ストリープにしてもアン・ハサウェイにしても20年も時が経ったのかと思うほど色あせておらず、昨今のCGを使った作品とは違い、永遠のハリウッドを感じた作品でした。

 作品の中では沢山のブランド品を着こなした出演者たちの立ち振る舞いやそれぞれのブランドがここぞとばかりに協力を惜しまない商品提供や演出の協力があり、皆がこのファッションのあふれた作品に何かを託しているようでした。

 考えるに高度成長期からバブルにかけて、日本でも多くのOL達が仕事終わりのディナーに出掛けるためにブランドのスーツやドレスを着こなし、華やかな社会をそれぞれが演出をしていたような気がします。

 現代のようにファストファッションがあふれかえり、彩もくすみ若い女性たちも何故かくすんだような社会を感じていては経済も回らないだろうと感じています。

 以前であればジャージで街を闊歩し、ブランド店にそのまま入店するなどのエチケットを欠いたお客は殆どおらず、ブランドやお店に対してのリスペクトもありました。

 一つの例がジャージを着てセカンドハンドのブランド品を持つという文化がいつ芽生えたのかを分かりませんが、大きな意味では現代の標語のSDG’sに一見即しているようにみえますが、本来のブランド品やTPOというものを理解をしていないまねごとのように見えます。

 作り手や売り手の心を買い手が理解し、初めてブランド品というものの意味があります。作り手は決して想像をするような使用方法にはなっていないはずです。

 しかし現実には多くのブランドにはファンドが付き、本来の作り手の製作意図や状況を無視し、売上主義に徹し、ブランドの製品も良いものだけとは限らない状況にもあるのです。

 バブルの頃はOL達がブランド品を身に纏い街中を闊歩し、現代は欧州車が街中を走り回り、一見似たような現象にも見えますが、経済を一部決まった場所でしか動いていないことも感じています。

 今回『プラダを着た悪魔』を見て感じたことは、やはり生活の中にあるお洒落さであり、昨今のお金の回り方にない華やかさを感じ、はるか昔の記憶が呼び戻されたような気がしました。

 ブランドのステータスというものは、本来ステータスを持ち合わせた人々に寵愛され始めてブランドにステータスが生まれるものであり、ブランドを持つ事がステータスではありません。

2026年4月27日月曜日

納税の仕組みへの疑問!?

 今更ではありますが消費税についての話です。本来売上税であるこの税を何故に消費税とするのかは理解に苦しみます。

 以前物品税というものがあり、やはり消費者が15%負担をするといういわゆるぜいたく税に類するものでした。これは最終的に小売業者が15%の預かり税として国庫に納付をするというものでした。

 勿論この方法には業者番号という当時の大蔵省が認可していた許可番号を持っていることが前提で流通の中で管理をされていました。

 何が言いたいかというと本来消費税というなら最終的な小売業者が預かり税として納税をすれば済む内容であろうと思うわけです。つまり、メーカーや卸業者の手を煩わせることなく、小売店にしても納税する金額は消費者からもらう10%だけで良いのでシンプルなわけです。

 この消費税に関しては一見国庫に入る金額は同じように見えますが、実際には国税に入る仕組みからすると、実質売上税ですから法人税との二重取りになる仕組みのようにも見えます。

 特に中小企業からすると売上からの資金繰りに組み込まれる類の資金ですから複雑なわけです。本来はこのややこしさがなければもっと経理が簡単になると思っています。

 つまり、消費税に関しては小売業から単純に売上の10%を徴収し、メーカー、卸に関しては単純に法人税を徴収するといった風にすると、半期中間での消費税の見越し納税の手間や税務署その物の業務の軽減にもつながることだと思います。

 我々納税者にとってよくわからない組織である国税局、税務署は国民のプライバシーを扱っているわけですが、本当に効率的に機能をしているのかどうかも疑問に思うところもあります。

 先日、国税局の職員が詐欺電話に引っ掛かり納税者情報を自分のスマホで写真を撮り、LINEで情報を漏洩していたという事件がありました。ニュースその後の報道がないのも不思議です。個人のスマホが情報の集積場所である職域に持ち込めることもビックリしました。

 匿流詐欺に情報が国税局職員の個人スマホから流れたという事は全国で起きている老人一人暮らしや、老夫婦の家に押し入り大金を盗んでいる事件も合点がいきます。

 なぜ、特定の民家に迷いなく入り、高額な金品や持ち去ることが可能なことなのかと考えると、その家主の財産状況を把握していれば、迷いなくその家に侵入が出来る訳です。

 うがった見方だとよいのですが、一連の見えにくい組織である国税局、税務署といったたぐいの役所は財務省の傘下におり、その財務省が日本の真ん中で役所を動かしていることへの不安はあります。果たしてどこまでの企みがあり、どこまでそれは危ういのだと考える訳です。


2026年4月24日金曜日

市場の変化!?

   海外から日本へのダイアモンドの買付が活発なって久しいのですが、これは都市鉱山といわれた金と同様に日本でのリセールダイアモンドを買付にきているものです。

 イスラエルからきているパートナーから連絡があり『カズさん2ctアップのダイアモンドが見つからない』という内容でした。

 鉱山会社がダイアモンドの採掘を抑え始めていることは再三このブログでも書いてきましたが、実際にはカナダをはじめ多くの鉱山で閉山を計画している情報が入ってきます。

 勿論、現在の需要の弱さもあり、また採掘のコスト高などの理由が主たる理由ではありますが、採掘量の低迷はカラーダイアモンドや大粒ダイアモンドの希少性をさらに高めています。

 5ctアップのものになると実際に再販物が出てくることは稀で所有者の殆どが富裕層なわけですから手放す理由がありません。そうなると新規に採掘がされたものを販売することになるわけですから、その数の減少はやむを得ないという事になります。

 1ct以下に関しては過去数百年、特にこの百年は技術も進みとてつもない量のダイアモンドが掘り起こされましたから、現況はダブついている状況で逆の意味で売れないのはやむを得ないのだろうと思います。ファッションや文化の変化もその要因です。

 現在国内にある業者所有の一部の大粒ダイアモンドは稀に換金の意味も含めて拠出されることはありますが、ほぼほぼ在庫を持っている業者はいないです。特に主流であった日本国内のインドの業者においても、ここ数年大粒からは手を引いていましたので量は限定的です。

 それでは今後の展開はという事になりますが、しばらくはこの状況が続き、新たな動きが出始めると思っています。其れは現在状況が悪化をしている大手の採掘業者の在庫です。大粒、良質の原石を彼らはまだまだ所有をしているはずです。その拠出タイミングにもよりますが、先祖返り的な市場が現れるような気がします。それはB to Cのシステムが構築をされた上で裏資産という形にもできるものだと思います。

 何故なら、現在GIAではブロックチェーン方式を導入し、ダイアモンドの履歴を明らかにしたグレーディングレポートを発行していますが、多くの場合このシステムを望まないとしていないように聞いています。

 一方、新しいトレンドとして、昨今のニューリッチは所有会社で正面から購入し、棚卸として管理し、妙な裏金購入を考えてはいない節もあります。

 いずれにしてもダイアモンドが資産としての価値を失わない限り、その存在は失われる事はないのです。

 

2026年4月23日木曜日

無用の長物!?

  金融襲撃AI『ミトス』、単純に表現するとこうなるAIについてG7諸国をはじめ頭を抱えていますが、時すでに遅しといった感もあります。

 私自身の考えではAIは本来人間に欠ける部分を補うために存在をするはずのものだったと思っています。

 つまり、身体的ハンディキャップがある人に対して、そのハンディキャップ部分を補うために存在していれば良いものだと考えています。例えば原子炉の中には人間が入ってはいけないわけです。そこにAI搭載ロボットが代わりに入ってその役割を果たすとか、身体的であれ精神的であれ、人間の足りない部分を補う事で十分だと考えています。災害用ロボットもまさにその役割を果たすものです。

 人間の今の姿はアミノ酸のような生き物から進化を続け、自然の中で必要として今の五体、五感を培い、数十億年かかって今の形態に進化したわけです。ある意味完成形なわけです。

 しかし、その完成形を享受できない人や老いによりその機能が低下してしまったり、何らかの事故で欠損してしまったりといったものを補う役割をAIが担うのであれば理解が出来ます。

 実際にはその面もありながらも反面、AIの登場により人間にとって必要としない進化が進んでいるように感じています。

 単純に言うとスマホを100%使っている人がいるとは思えませんし、十人十色の使い方を100人の人が使ったとしても今のスマホの機能を100%使うことはないであろうと思います。

 その状況からさらに進化をさせることをそれぞれのメーカーが考え、考え得る範囲の進化をさせているのならまだしも、更にAIが創造をした機能なり役割を現代のスマホに搭載をしようとしています。

 『無用の長物』という言葉がありますが、各メーカーは販売をしたいがための新製品という事で進めているのでしょうが、一部の特殊な人々以外が使用することのできない機能を搭載し、開発することに意味があるのだろうかと思います。

 その結果何が起きているかというと、金融のバブル化とAIの過剰な競争と人間が手の打ちようのない怪物を作り上げているわけです。

 日本では人手不足の解消のためのAI化を進めている感を出していますが、実際には米国で起きている現象はレイオフです。つまり、失業者を生み出しているわけです。その同じようなシステムは日本に持ち込んでも人手の足りているところに持ち込まれ、実際に機能をしているとは思えません。

 実際に、多くの小規模飲食店で採用をされていQRコードによる注文システムは、結果的にはスタッフを手持ち無沙汰にさせたり、年配客には注文は直接で構いませんといった形で対応をしています。大規模なアメリカ型のレストランならまだわかりますが、接客がメインの小型飲食店に必要とは思えないシステムは結果的にはその業種の衰退を招くことになると感じています。