人類は道具を発展させ利便性を追求してきました。
そして、人手をかけずにビジネスを発展させるよう努力してきました。そして、現在のAIに繋がってきたわけです。
しかし、物事には利便性と人類の能力の分岐点があり、ここまでは道具の進化は良いがこれ以上はむしろ人類の進化に弊害になるという分岐点があるように思います。
つまり、人類の進化に必要としている道具の進化と必要とさせていない進化の見極めが必要な時代なような気がします。
何が言いたいのかというと、人が作業することの利便性を追求して道具の進化がありました。しかし、人類の手を煩わせる工程を必要としなくなる進化があると、大袈裟な言い方をすると人類を必要としなくなるわけです。
結論を言うと現在の進化が何を及ぼすかというと、人間の営みを崩壊に招くかの性を感じるという事です。人類の技術の進化は人類の退化を促すことになり、退化した人類には物が必要ないという事です。
単純に言うと仕事が無くなる人々は収入がなくなるという事であり、その人々の割合が圧倒的に多くなるという事であるわけです。
人類の経済というものは分母が多くなり発展をしてきたものであり、分子が大きくなると絶対的市場が小さくなり、やがて経済という概念が必要としなくなります。
現在の格差社会がそのスタートであり、お金が集中する一部はそれを使う場所が無くなり、使いきれなく持っているお金の意味もなくなります。
お金という物は多くの人々で使い、経済という物が回ります。一人で食べる食品は限界があり、一人着る服にも限界があります。食品に一日100万円使ったとしても健康被害にあうか飽きてしまうのです。
人類が使いきれない能力を持ったAIをいくら開発しても開発時点で利益誘導が起きたとしてもその対象である人類いなければ収益は上がりません。
つまり、限界点にほぼほぼ近づいている進化はトイレの中の100Wの明かりと同じであり、あまり大きな意味を持たなくなるのです。
以前にも書いた現在のスマホの機能をどれくらい使っている人がいるのかという事です。