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2026年2月19日木曜日

健全なダイアモンド市場⁉

  以前にも書きましたが、デ・ビアスというマンモス企業がダイアモンドの価格をコントロールしていたのが1970年代までで、その後は徐々に他の鉱山会社の台頭や世界の経済環境の変化により自由市場へと進んできました。

 当初、若気の至りもあり、デ・ビアスという怪物にに反発をしていたこともアンチ・デ・ビアスであったイスラエルでのダイアモンドビジネスに携わってきた一つの要因でもありました。

 1970年代後半、私自身米国に在住しており、本格的には米国のユダヤ人との関わりからダイアモンドディーラーの道を歩き始めました。当時のダイアモンドの約85%のシェアを占め、ダイアモンドの価格のコントロールをしていたデ・ビアスのシステムに対しては他の日本の宝飾業者のほとんどが疑問を持っていなかったように私自身の何の疑問もなく、そうゆうもんなんだと思っておりました。

 ある時、ロサンゼルスの大手のダイアモンドのサイトホルダーのオーナーから大粒のダイアモンドを見せられたことがありました。最初はレプリカかと思うような大きさのその石は紛れもなくダイアモンドでした。

 『このダイアモンドの価格はいくらだと思う?』と聞かれて、私は『想像もつかない』と答えました。

 『分からなくて当然だよ。このサイズ、この品質は出身の南アフリカの鉱山で見つかったものを買い付けたものだからね。いくらの値段でも付くよ。』といわれ、単純に私は

 『じゃあ、デ・ビアスから買ったの?』と尋ねると『彼らはこんなダイアモンドを我々には売らないよ。これは友人の鉱山会社から直接譲ってもらったものだよ』

 私は(エッツ、デ・ビアスを通さないダイアモンドってあるんだ)単純に驚き、それが私のダイアモンドのビジネスの原点になりました。因みにそのダイアモンドをその後、自身がディールすることになるとは、その時はみじんも思ってはいませんでした。

 そこからダイアモンドは自由市場で価格は市場原理で決まることが健全だと考えるようになり、ロサンゼルスの知人の勧めでイスラエルへの関わりが出てきました。

 現在の日本の市場においては多くのダイアモンドはインドで研磨されたものが市場を占め、価格の不安定さも、現状の厳しさに拍車をかけています。(金融市の存在も要因の一つ)

 現状は言われるようなダイアモンドの価格の下落という風評があり、その一部は間違いがありません。ラボグロンの台頭をはじめ、市場でのだぶつき、需要の低迷、リサイクル市場での在庫、色々要因はあります。-

 但し、という言葉を使えば全てのダイアモンドではないということは以前にも書きました。

大粒、カラー、一部のファンシーシェイプがそれですが、実際には市場原理が生きていて、顧客が欲するもの、グレードの枠にとらわれない美しいもの(例えば同じSIクラスでも内包物がセンターではなく、見えにくいサイドにあるもの)は、やはり価格が下落をしているとはいえず需要のあるものは決して安くはありません。

 以前から価格はグレードで決まるわけではないと述べていますが、グレードが目安であることは間違いではありません。しかし、同グレードが同じ価格かと言ったらそうではないということです。まさに市場原理です。


2026年2月18日水曜日

唯一不変なものとは、変化のみ!?

  仕事柄イスラエルに行くようになって半世紀近く経ちます。

 現在は大使館の勧めもあってワインの輸入も行っていますが、一貫して彼らとの仕事はやりやすいと感じています。何故なら昔から言われているようにビジネスにおいて人間関係は大きな要因ではないということです。

 勿論、その中での人間関係の構築というものは出来上がってくるので、家族のようになったパートナーもおります。昔よく聞いた『握手をしながら殴り合う』といったスタイルで、互いの利益になるのであれば、討論もするし喧嘩もするといった経験を何度もしています。

 彼らは自分の利益にも還元されるのであれば誰であっても『扉を開けて』迎えてくれます。

 日本の会社であれば、名前の聞いたことのない会社であれば無視をしたり、ぞんざいな扱いをしたりしますが、彼らの中にあまりそのような姿を見たことがありません。

 特に当初はアンチ『デ・ビアス』であったイスラエルのダイアモンド業者と取引をすること自体が色々と非難をされる状態ではあったので、あえて新地を求めてといった心情でした。

 その頃のデ・ビアスはイスラエルのダイアモンド業者潰しに必死な状況で、色々な圧力をロスチャイルド銀行などから受けておりました。結果的にはその行動が自らの足元を揺るがし、現在の身売り同然のデ・ビアスとなっていくのです。

 当時イスラエルのダイアモンド業者は国策で無利子で銀行からの融資を受けておりましたが、その一部の銀行がロスチャイルド銀行の傘下に入ることにより、ダイアモンド業者への融資を絞り、有利子とすることによりダイアモンド業者への圧力としていったのです。

 返済期限に迫られた業者は研磨済みダイアモンドの安売りをすることにより、その窮地を乗り越えようとしました。結果的にデ・ビアスはそれらのダイアモンドを市場から買い集める事に終始することになり経営状況を悪化させ、旧ソビエトからの原石買取を諦めざるを得なくなり、それまでコントロールをしていた市場を開放せざるを得ない状況になり、その後のロシアの台頭ということになります。

 イスラエルの業者は一貫してダイアモンドを自由市場での扱いという事を続けてきました。それは市場をコントロールする事よりも自由市場の方が汎用性が高く、また多くの変化を受け入れやすくし、多くの人が参加をできるといった市場開放といった彼らの概念に近いのかなとも思います。

 前述した彼らの考え方はワインビジネスであれ、ダイアモンドビジネスであれスタイルが同じという事が、私にとって新たな事業であるワインビジネスの導入がスムースであった要因と捉えています。

 新たなものを受け入れることに臆病になる必要はなく、最悪なのは現状を展望することなく惰性で続けることの大罪です。扱っているものが恒常的なものであればあるほど、取扱者の変化が必要なのです。『不変のものとは、変化のみ』なのです。


金相場の行方⁉

 現在は利益確定売りと思われる状況で金相場が若干の下落をしていますが、今後の展開を考えると中期的にはまだまだ価格は緩やかではあるが上昇をするような気がします。

 金相場というのは以前は有事や経済の悪化が続くと上昇をする傾向がありましたが、現状は必ずしもそうではありません。勿論、ウクライナをはじめ中東情勢はありますが、多くの要因は米ドル、もっと言うなら貨幣価値の低下が、背景にあり、各国の(特に中国の)地金買い漁りがあり、更には行き過ぎたバブル状態の証券市場への懸念が金相場を上げていると考えています。

 現状は半導体株を含めAI関連等の影響により株式市場を持ち上げていますが、ここにきて、投資先行型の株に対しての不信感というより、不安が金相場を上げる要素になっているのです。

 つまり、投資というのは結果ではなく、収益が出て結果が出ます。現状の半導体やAI株に関しては投資の結果株価を押し上げていますが、いまだ投資に見合った収益が出ているとは言えません。現代の技術の進化は著しく、開発途中で間もなく市場化とされる頃には新たな技術が開発をされます。

 開発をされ進化することは良い事なのですが、市場が追い付いてはいません。顕著な例として『スマホ』があります。沢山お機能が搭載され、それなりの価格で販売をされていますが、この機能を使いこなしている人々は何パーセントいるのでしょうか?0.数パーセントだろうと思われます。

 市場で機能をしない、もしくは利用者の少ない先進技術は収益には繋がりません。つまり、より良い未来型の先進技術に関しては否定をしませんが、現状で収益を上げるかどうかは別の話です。

 それらの内容が株式市場への懸念として広がっている現状をあります。その技術に人々が追い付けば勿論収益につながります。多くの国で少子化が進み、高齢化が進んでいます。それは現状では高齢化の人々のための技術ではなく、先進国の少子化の未来に役立つ技術ではあります。しかし、地球全体で考えたときに人口が増えていることも事実です。

 どちらへ転がるのかという遠因も地金相場を押し上げている現象につながっていると考えています。この状況がしばらく続くことを考えると金相場が上昇をする現象が続くと考えています。しかし、長期的にみるとどこで利食い売りや暴落につながるかを考えることは意味がないのです。

 人々はその感覚で投資を行い、AIは過去のデータの産物ですから行き先を示唆することはないのです。

2026年2月16日月曜日

ニッチな市場⁉

  宝飾業界自体がニッチな業種として認識はないのかもしれませんが、以前からするとニッチな業界といってもよいかもしれません。つまり、宝飾品をつける場所もなければ機会もないということであれば、目的として宝飾品を買う必要がない訳です。

 舞踏会とは言いませんが、宝飾品を身に着け出かける場所は高度成長期後半からバブルにかけて、各種パーティーを含め各レストランなどもドレスコードを設け、あらゆる場所で身に着ける機会がありました。

 1977年夏頃、米国に在住し、ビバリーヒルズの宝飾店にいたころの話ですが、場所柄、富裕層といわれる人々が毎日のように出入りをしておりました。勿論、顧客もいれば、初めてのお客様がご来店することも珍しくなく、そのお店ではそれなりの宝飾品の販売が毎日のように行われていました。勿論、基本はご予約ということになるのですが。

 特に週末のお客様に関しては難しい方が多く、もっと言えば初ご来店のお客様が多かったように思います。何故なら宝飾品なのに緊急購入の方が多かったからです。他店では取り揃わずに当該店にやってくる人々でした。

 ある日『店頭の飾っているルビーのネックレスは購入できる?』といったシンプルな質問を入店するなり、問いかけてきました。『勿論、購入は可能ですが、どのようなご要望でしょうか?」スタッフが質問をすると『明日の土曜日にパーティーがあり、新しいドレスに合うネックレスがないの』。『ネックレスの事はすっかり忘れていたの。今持っているネックレスではどれも合わないと・・・。気持ちがブルーだったのよ』といきなり話しまくった後にお話しを伺うとなじみのお店には気に入ったものがなくて、諦めかけた帰宅時にこのお店の前を通り、店頭にあったルビーのネックレスが目に入ったとのことでした。

 私はいくら大事なパーティーと言えどそこまで拘るのかとも思い対応をしていましたが、ご主人の大切な取引先のオーナーの自宅に招かれたということで一か月も前から服装の準備をしていたということでした。

 結論を述べると当時5千万ドル(現在のレートで約7700万円)程のルビーのネックレスをその場で小切手(当時のアメリカは個人小切手が主流)を切り、お持ち帰りになりました。

 いわゆる、欧米諸国では一般的な場所や機会とは言えませんが日常的に宝飾品をつける場所があり、そのコーディネイトが習慣的に行われ、自分の好みの組み合わせができないとパーティーそのものに出掛けないという人もいるくらいにその環境は身近なものです。

 過去の日本の場合もイコールとは言えませんが、日常的に着替えることやTPOといったものを意識する環境もあり、宝飾業もこぞってそのような機会を創造しておりました。

 現在はTPOそのものに拘りもなく、また、販売する側もそこまでの努力をせずに売るのではなく、売れるものを探し、販売に繋げるという状況です。 つまり、販売する環境を創造する事もなく、ニッチな環境そのものを作り出したのも業界そのものといえるかもしれません。

 ただし、ニッチな業界であればニッチな業種に特化をしたビジネスモデルも考えられます。それは今後の課題となるのです。

2026年2月14日土曜日

宝飾業界の危機⁉

  現代の宝飾業の難しさは素材の高騰もありますが、従事者の低レベル化も大きな要因になっているのだと考えます。

 これは能力というより、現代の風潮や社会背景といった、ベースとして宝飾業が必ずしも向かない時代であるということです。高度成長時代からバブルにかけては一般庶民も背伸びをし、上の生活レベルを目指していた時代です。

 つまり、ステイタスというものをある意味、物やライフスタイルに求めており、少しでも良質のものを身に着け、それが高額であってもそこに生活の目標を置いていた時代です。

 その一番のターゲットになったものが欧米の富裕層であり、その生活スタイルでした。多くの人々はその生活スタイルやファッションに魅了され、そこを目指していたと思います。それは昨今の中国の成長の中にも見られました。ブランド品を買い漁り、海外旅行に憧れ、宝飾品を身に着け、それを買うために背伸びをしたり仕事を頑張ったりしていたように思います。

 現代においてはカジュアル化が進み、服装もどちらかというとラフになり、ビジネスにおいても服装のカジュアル化が進み、OLなども服装のTPOをそこまで意識することが無くなりました。

 それは、ブランド品においてもセカンドハンドで良いという風習もあり、ステータスの意味合いも大きく変わってきたといえるのではないかと考えます。以前であれば他人が使用したものを身に着けるということは考えられず、むしろ羞恥なこととしてとらえていました。

 服装が変わると当然、宝飾品もカジュアルな小さ目なものとなりますが、現状小さな宝飾品が地金の高騰や素材の高騰もあり、決して小さな宝飾品に見合った価格ではなくなったということを感じます。それを販売しようと思うとそれなりの技術と知識が必要とされるのです。さらに前述をしたように宝飾業界の従事者自身がカジュアル化し、決して本来の宝飾品を販売するような風情をしていないということです。

 展示会等においてもデザイナーと称して意味不明な服装をしている者もいれば、ネクタイをだらしなく、しない方がマシなような服装をしていたりと、現状でもお買い上げになるのは富裕層ですから、それらの顧客を迎えるに相応しい格好というものがあると考えます。

 しかし、これは現代社会の現象というより、この業界の現象といえるのではないかと考えます。つまり、他の業種であれば、高級レストランであったり、高級ホテルであれば決して前述のような風情で仕事に赴くことはないと思います。身なりもですが所作においてもそれなりの対応をしていると思います。

 冒頭に書いた宝飾品の仕事に携わる人々の低レベル化というものはある程度は仕方ないと思いますが、経営者たちの教育に対する思考がマヒしているとも言えます。

 宝飾品を販売する為の本来の姿に戻らなければ、欧米と違って文化としての宝飾品がない日本においては業界自体の消滅につながることは避けられないかもしれません。勿論、宝飾品が無くなるわけではなりませんからそこに見合った土台が必要だということです。

2026年2月12日木曜日

ラボグロンの長所⁉

  ラボグロンについて宝飾業から見た存在を書いていると否定的になっているように見て取られているようですが、そうではありません。ラボグロンを否定しているわけではなく『工業製品』としての別物であるということを書いているつもりです。

 勿論、必要であるから誕生し、存在しているのであって、その分野は以前天然のダイアモンドが担っていた部分を安価で更なる性能で存在しています。

 現在、宝飾品の代替商品としての側面が多く取り上げられていますが、実際には究極の半導体材料として期待をされているものです。

 耐熱率、伝導率の高いラボグロンはEVの航続距離の延長や5G/6Gの通信の高速化、省エネ化などの革命を起こすといわれています。また、放射能センサーや量子コンピューターのメモリとしての活用や不純物の少ない生体性は人工関節のコーティング等にも応用の可能性があり、他の医療機器にも応用できる可能性は大です。

 真に天然のダイアモンドという天然が故の内包物がある希少性とは相反する素材だといえます。それは宝飾品にありがちな内包物はラボグロンよっては不良品でもあるということになります。さらに、超高出力レーザーや光学機器への使用はどのような環境下においても(例えば宇宙)コスパの良い素材といえるでしょう。

 不良品(言葉は悪いですが)においては宝飾品への転用というカテゴリーもあり、今後その分野が広がることも考えられます。安価ではあるが宝石の条件としての希少性や換金性というものがない『工業製品』ということなので、資産性、投資として考えるのならやはり『天然』ということになります。

 ファッションというジャンルで考えればプラチナや金以外の素材を使ったアクセサリーとしてラボグロンを考えれば汎用性も高まるのではないかと考えられます。

2026年2月9日月曜日

昨今の展示会⁉

  先週末、とある展示会をのぞかせて頂きました。

 展示会の内容がどうのこうのより、展示会の存在意義を感じました。

 多くの百貨店が行ったいることと聞きますが、展示会当日の売上の大半が事前に作られたものを持ち込み展示会の売上としているという実態です。外部から見ていると異様な虚飾にも映ります。

 印象として何より感じるのは展示会というマーケットが既に存在をしていないということです。その要因としては顧客のニーズが百貨店の提供している内容と大きな差異があるということです。勿論、リサーチという一般物流では当たり前のプロセスを一切踏んでいないという内容に多くの参加テナントもメーカーも疑問に思っていないということです。

 大きな組織で動いているために一種の洗脳という状況にあり、当たり前の事と捉えているのだろうと思います。中でも成果を上げている売り場は顧客へのアプローチを含め、知識の豊富さが顧客への安心感や興味を持たせていることが要因だろうと感じました。。

 つまり、百貨店の売り方やキャンペーンに関わらず、独自色を打ち出し、その世界観を創出しています。ハイブランドなどもその例でしょう。しかし、そのハイブランドにも終焉を迎えそうな雰囲気を感じます。本来のブランドというものを販売員が理解をしていないような気がしました。それは、顧客に品物を見せる状況でも感じ、そこに手荒さを感じるからです。

 テナントというものは百貨店のコバンザメと揶揄をされ始めて数十年も経つのだろうか。しかし、多くのメーカーはその状況に危機感を募らせダイレクト市場への探りを続けてきました。それは今はやりのインフルエンサービジネスへの適応や、宝飾展でのエンドユーザーへの直接販売などです。

 それではテナントの今後はというとその寄生主となるサメの最後のエネルギーを如何に利用し、自らの行き先を決めていかなければなりません。メーカーの企画販売などではなく、独自の販売網の確立と独自の製品の確立化に注力をしなければ存在の意味を失います。

 宝石業は本来徒党を組める業種ではありません。それが現在のハイブランドジュエリーの始まりでした。現在のハイブランドに関してもその陰りを感じるのはその基本である独自色を失ってきたからだと感じています。