ページビューの合計

2026年8月19日水曜日

携帯する資産ダイアモンド!?

  持ち運べる資産というと基本的には不動産以外は運ぶことは出来るのですが、実質的には色々と条件が付きます。

 つまり、金だと重さ等の条件が付きます。また、株券やデジタル資産等は破損やハッキングの恐れもあります。絵画等の芸術品資産に関しては保存の問題が出てきます。それらのリスクや問題をある意味解決してくれるのが携帯性、耐久性に優れたダイアモンドです。

 問題はどこまでダイアモンドを資産としてみるかという事ですが、対価価値がどれくらいあるかという事がいつの時代も問題です。

 つまり、よく言われる買った時の数分の一になってしまったという問題ですが、これは元々は物品税や関税の掛け率があり、売るときにはこれが排除をされるためにその分だけでも安くなり、更に流通の複雑さもありました。

 しかし、現代においては消費税の問題こそ残りますが、おおむねシンプルな流通であることもあります。つまり、円高時代に購入したものであればそこそこ還元がされると考えます。

 大粒ダイアモンド、特に5ctアップに関して言えば一種の特徴があります。それは品質の良いところ、例えばFカラーアップ、特にDカラーIFといったところは時代背景等により価格が上がったり下がったりしますが、J,KカラーVS~SIクラスに関しては大きな値上がりはありませんが、時代背景に関わらず僅かづつ値上がりをしてきました。また、これらの品質に関しては購入自体も容易であり、常に需要のあるところです。それ故、ここ45年間で350~400%の値上がりをドルベースでしております。

 また、上質のものも価格の上がったり下がったりをしてはいますが、平均同じ期間で300~350%の値上がりをしています。しかし、これらの品質は買った時期によってはある意味損をされた方もいらっしゃると思います。

 特に以前は10ct以上のものは簡単に日本の市場には現れませんでしたから相場もありません。しかし、ここ30年ほどそれらの流通もそれなりに現れ、その存在を知られるようになりました。

 また、これら高額帯に関しては流通もシンプルになりそれ程輸入価格との差はありません。勿論その間の若干の流通の手数料はありますが、以前ほどではなく、ある一定の期間保有することにより十分資産としての役割をなすことができます。特に近年多くのダイアモンド鉱山の閉山により供給が激減をしていますので、今後の相場という事を考えると上昇をすることは容易に想像がつきます。

 全てのサイズ、品質ではありませんがダイアモンドが携帯できる唯一のとしての地位が日本国内でもまかり通る時代にまもなくなることを願っています。

2026年8月18日火曜日

宝飾業の未来は!?

  今、宝飾業界は迷走状態にあります。それは宝飾業界の売上規模がコスチュームジュエリー等を入れても一兆円あまりで、貴金属、天然宝石を純粋に使用したもの、そして海外ハイブランドを含めないとなると多分半額くらいになるのかもしれません。

 日本のファッションは昨今の灼熱の気温もあり、カジュアル化し、更に若者のファッション自体もお洒落をしないというか、およそ着飾るといった様相のない状況です。

 つまり、使用する場所のないアイテムになってしまった宝飾品は遠くから眺める自分達には縁のないもの扱いになり、すでに持っているものでさえ『箪笥の肥やし』になっている状況です。

 この十数年は地金の高騰もあり、買取ブームの主役として多くの買取屋さんお役に立ってきた宝飾品ですが、いずれも本来の価値や役割を果たしているとは言えません。

 ここ数年そこを打開すべく、宝飾品の出口として身に着けるパーティーや正当価格での取引を目的としたオークションをプロディースしてきましたが、いかんせん軽量級です。

 宝飾業界全体に影響がなければ意味のないことですが、この理屈をご理解いただくことはなかなか難しく、現状はご理解いただける百貨店の中で行うだけとなっています。

 宝飾品の購入動機としては婚約等以外には大きな要因が見つかりません。その婚約指輪さえ市場としては縮小を続けています。以前であれば成人のお祝いなり、自分へのご褒美だったり、アニバーサリーだったりと購入動機はそれなりにありました。また、身に着けて外出をするといった意識も強かったと思います。

 ただ、いかんせん文化そのものがない日本では、今後の展望はかなり難しいものがあります。50年ほど前にも文化そのものがなかった時代に業界を挙げてその文化造りを行っていました。その代表的な例がダイアモンド・インフォメーション・センター(デ・ビアス社)が行っていた婚約指輪給料三か月キャンペーンでした。

 勿論時代背景も重なり、効を奏したそれらのキャンペーンですが、バブルが崩壊し、デ・ビアス社の力が後退し、経済が悪化をしてくると廉売キャンペーンの代表的なアイテムとしてTVショッピングやチラシ販売の展示会等の場で活躍をしてきました。しかし、身に着ける場所やその文化を失った状況においてはその市場が広がる由もありません。

 そこで資産として、更に身に着ける機会の提案として業界が出来ることはないだろうか?また、やらなければ業界そのものが衰退し消滅をしてしまうという危惧をしています。それぞれそのような提案をなさっているお店もあろうかと思いますが、一店一店の力には限界があります。また、その逆を行っているお店の方が多く存在します。

 同じ思いの力を結集する方法はないかと日々悩み、とりあえずは自らが出来る方法で行っています。


 

国債の功罪!?

  最近、半導体株やAI株の先行きの収益等を含めた不安を口にする金融のプロたちが増えた来ましたが、散々提唱し、煽っておいて最後はそれぞれの責任において投資を行ってくださいという理屈を目にします。

 勿論、今の株は投資というよりギャンブル性の方が高く、多くの人たちは自分たちの将来への投資だと勘違いをしています。本来は自分が見込んだ企業等の将来性への投資であるわけです。結果、その企業が収益性を上げたときにその分配を頂くという事です。

 企業からすると借入までして業績を伸ばすより、投資を促して外部の資金を導入し、うまくいけば配当、失敗すれば『ゴメンナサイ』という世界です。

 日本は1970年代より国債という借金を始め、財政出動という名目で借金を重ねてきましたが一向に収まる気配がありません。つまり、収益性の無いものに借金を続けていることになります。

 竹中平蔵氏が小泉内閣で規制緩和を進めて際には、金融大臣であった彼の主導で国債の発行を促し、更にアベノミクスで拍車をかけた歴史があります。今般の状況を見ても明らかのこの政策が間違っていたという事を示しています。しかし、彼は規制緩和天国の中で幸せに暮らしていますが、多くのフリーターと失業者を生み出しました。

 これらの政策は金融を膨らましはしましたが、実質経済である日常への悪影響はスタグフレーションを引き起こしていることでわかります。さらに円安を促しています。

 現在の国債は外資の割合が増えつつあり、一時国内の所有が9割を超えていた時代とは状況が変わります。金利を上げるという事は国の借金が増えるという事ですから、安易には出来ませんが上げざるを得ない状況にあります。日銀の金利ゼロ政策は政治家に安易に国債の発行を促したという事になりますので、そこへ圧力をかけていた安倍政権は日本政治の汚点といっても良いでしょう。

 金利の上昇は内需が広がらない限り、経済の不調に繋がることは目に見えています。今後住宅ローンをはじめ大きくの借金を抱えている人には大きな負担になってくと同時に、金融での利益をさらに増やす人々も出てくるわけです。しかし、それは既に富裕層であることが前提となりますので、格差のレベルはさらに広がることになるのです。

 しかし、それらの偏った収益は決して、別の債務を増やすことにもなりますので、国民生活はさらに困窮をしてくることが予想されます。

 経営能力のない政治家に国債を任してはいけないという戒めにしなければなりません。

2026年8月9日日曜日

政治家の仕事!?

 今週は2つの事が気になっています。それは消費税減税と何度も述べてきた食品自給率です。

 閣議決定が行われた消費税減税1%ですが、すでに自民党などからも異論が出ているように何を対象にした期間2年間なのか?2年後に本当に9%を元に戻せるのか?
 そして、一番はそれまで高市内閣が存在するのか等々問題は山済みの船出ですが、今回の消費税減税の問題は流通を含めた食料品が対象という事ですが、食品メーカへ納品の容器に対してはどうなのか気になります。
 物によっては中身より容器にコストが掛かっているものもあります。そうなるとそれはおそらく減税対象ではないでしょうから、当然価格に反映されます。それ以外にも輸送費や段ボール等に関しては減税対象ではありません。そうなると実質現状は計算の数値のような減税にはなりません。
 以前から述べているように日本の消費税は売上税の要素が大きいので食料品販売に関わる全てを減税対象にしなければその効果はありません。本来の預かり税というなら小売価格に関してだけ10%の預かりにすれば、その段階で10%を徴収しなければ簡単なわけです。
 財務省の目論見があるので今回のような意味の無いものになっているのです。ましてや消費税は社会保障の財源として徴収していたのですから、いずれ社会保障に跳ね返ってくるのです。

 もう一つの食品自給率ですが、2025年の統計でカロリーベースで37%という事ですが、実質的には飼料や農薬等の間接的なものを計算すると実質的には25%前後になるはずです。
 G7の中で日本を外した最低自給率はイギリスの57%で後の国はおおむね90%台から100%です。県別にすると東京0%、大阪は1%北海道だけは図抜けて120%を超えています。
 
 消費税にしても食品自給率にしても依然述べた少子化問題にしても国の運営の根幹です。そしてこれらの問題は数十年前から問題視されてきました。それは政治家の一丁目一番地の仕事であるはずです。今回の消費税減税にしても一時しのぎにしかならないことに大きな時間とお金を割き、今後も問題になることが分かっている事には殆ど時間が割かれていません。
 自給率の更なる低下にしても、下げた原因は昨年の米価問題でのお米離れであることは一目瞭然です。その担当大臣である農林大臣は就任早々から能力が疑問視されていました。その結果が自給率の低下を招いたわけです。このような積み重ねが、食品自給率や少子化問題を引き起こしているわけです。
 多くの金融関係者及び関連政治家は経済が良好だと声高らかにしているが、実質的には金融が活発なだけで経済が回ているという錯覚をしているだけだという事に気が付いていない。しかし、優秀な政治家は本当は気づいているのだと思います。為替を見れ簡単に理解できます。

 子供たちの夏休みが始まったわけですが、多くの母親が街頭インタビューで子供たちの在宅という事でお昼代が家計負担となると述べていました。子供の食事代が負担と考えるような国に成り下がっているという事を政治家は実感するべきではないだろうかと思うのです。

 お金は経済という体を回る血液です。頭にしか上っていない血液はいずれ脳卒中を起こすことになるのです。
 

2026年8月1日土曜日

無駄が経済を回す!?

  バブル崩壊の寸前の1980年代後半の頃の事だと理解をしていますが、米国から来日をしていた友人を休日という事もありドライヴしながら東京案内をしていた時の事です。

 『カズ、日本がなぜ失業率が低いか理解できたような気がするよ。』と等々に言い出しました。彼は日本という国の発展に興味があると同時に非効率的に見えるビジネスの考え方に疑問を持っていました。

 『日本はどこの駐車場へ行っても曲がり角毎に係員がいる。意味な無いような気がするけど、駐車場としては意味がないけど失業率を下げる役には立っているね。』と半ば皮肉を込めたジョークのように言っていたことを思い出します。

 当時の日本のビジネスは何事においても非効率的とか無駄が多いというようなことを批判めいてメディアや評論家が述べていたことも思い出します。勿論会社の中でのミーティングなども無駄な時間というように揶揄されていたような気がします。しかし、経済は順調でした。

 何故このような事を急に持ち出したかというとAIというモンスターが現れたために、合理化という言葉が頭をよぎったからです。日本では人手不足の解消という名目でAI化を推進し、米国では効率化を目指した人員削減をAI化により達成させようとしています。

 まず日本の人手不足は現在は是正されていますが若すぎた定年制のせいです。55歳を60歳に上げ、更に現在は65歳、そして70歳と近い将来はなるのだと思います。少子化が始まり始めているときに早めの定年だったわけですから人手は当然不足します。

 一方米国の合理化は金融第一主義株主からも効率を要求されますから、合理化に向かってはAI化がその一定の役割を果たし、レイオフの要因になっています。つまり、失業率が高くなるのです。

 中国では人手がいるにも拘らず合理化を続けた結果、不動産バブル崩壊も相まってここ10年で2900兆円もの世帯収入が減っているそうです。現状の中国では更なるA1化とAIの低価格化を勧め世界基準の中国化を目論んでいるのでしょうが、結果的には自らの首を絞めることになりかねません。

 冒頭に書いたように経済というものは無駄、つまり非合理的なものが最も効率よく経済を回すのです。現代のAI化は進歩して便利になるのは間違いがないが需要のない状況になっても進化を続ける運命にあります。お金を使うのは人間であって、人間が稼ぐのは職があるからで、職が無くなればおお金を使わなくなり、更に将来に不安が感じ貯蓄に走るようになり、結果的には市場にお金が回らなくなります。

 中国でも個人の預貯金は日本のGDPの3倍ともいわれるような状況になっています。あの貯金をしなかった中国人がです。これは日本の失われた30年を彷彿させるような状況で、日本のケースよりさらに深刻な状況といえるです。

 

文化とビジネスモデル!?

  ジュエリーというものは元々世界各地で発生してきました。それぞれの国によりその用途は違っていました。殆どの場合は実用品が地位により素材等が高級化され宝飾品としての価値を創り出してきたわけです。

 古代北欧からはブローチが、もともとは動物などの毛皮を防寒用とし、その留め金具であったものを高級化したもので本来は寒い時期の宝飾品なわけです。

 古代中南米では祭事の道具であったものを文教、宗教それぞれの分野からそれらの催事道具の権威を高めるために金や宝石などの高級素材を使用することにより宝飾化してきました。

 古代日本でも特に弥生時代には現代のプカシェルに当たる首飾りをしており、貴族文化が栄えることによりその様相は変化をしており日本独自の飾り物の櫛やかんざし等の着物文化に合うように変容してきました。

  現代のジュエリー文化はほぼほぼ50年程の歴史しかありません。

 大正時代時の貴族院議員で現ギンザタナカの前身山崎商店の創業者山崎亀吉氏により米国のティファニーより6本爪の立爪指輪が日本に持ち帰られたことから指輪に歴史は始まりました。

 しかし、実際にはその指輪自体を創作すること自体が難しく、私自身その制作にあたっていた職人さんの晩年にお会いし、お話を賜ったことがあります。当時は当然キャストの技術もそれほど進んではいませんから地金の塊から削りだしたという事で、とても普及させるようなものではなかったという事でした。

 その後かんざしや刀のつばなどを制作していた『飾り職人』呼ばれた人々によってその後の色石などの取り巻きの指輪等が政策を始められました。

 我が日本においてヨーロッパジュエリーと呼ばれる品物が本格的に輸入、制作が行われたのは1970年代に入ってからの事です。

 なんちゃって日本宝飾文化はその後、高度成長、バブル期に向かって発展するのですが、いかんせんなんちゃって文化です。バブルが崩壊するとあっという間に下降期に入り、現状を迎えています。

 本来の文化ではないところでビジネスモデルですから結局は値引き販売が主流になり、本来の価値というものを切り崩しながらの販売です。当然その間には販売員も育ちませんから当然と言えば当然の結末です。

 つまり、西欧文化には宝飾品を実用品の延長として使用する文化があります。ですからその実用価値を知らない日本の販売員は値引きという事になるのですが、前提価値があるものだから値引きが可能なわけで、なぜ値引きで売れるのかも知らずに値引きをしていますから文化根こそぎ崩壊させているわけです。

 本来ビジネスというものはそこに根付いた文化があり、そこに必要不可欠とされるものがビジネスとなります。それは古今東西、未来に関しても言えることです。

 つまり、宝飾業の未来はそこにその文化を根付かせる事が出来るかどうかという事です。しかし、残念ながら現状を見てみると業界内の中にもその動きが垣間見れる瞬間もありません。

 文化を創造できない限り、宝飾業の再建はありえないのです。

 

2026年7月28日火曜日

為替!?

  輸入国家として一番大きな問題は為替だと思いますが、我々の業界であるダイアモンドビジネスにとってはどうなのかという事です。

 デジタル赤字に注目が集まり始めて久しいのですが、現状6兆円を超えようとしているわけですが、貿易赤字の1兆6千億円から比べても大きなことがわかります。

 更に言えば国内のIT投資の抱える問題としても結局は海外のプラットフォームの単の投資になっているような気もします。結局政府の投資は円安の要因にもなってくるのかもしれません。

 つまり、冒頭の為替の問題を考えた時に海外への支払いとして円売りドル買いが更に今後も増えることを考えると円安は更に進むと考察されます。勿論、現在自動車などを中心に輸出産業は円安の恩恵を受けていますが、実際には彼らの利益は海外への投資が殆どといわれていますので、これも円安の固定化の要因と考えられます。

 ここで私達のビジネスとしてですが、多くの国内在庫で市中にあるものは40年前程からの円高時にダイアモンドは輸入がされています。仮に市中での掛け率が高かったとしても十分に円換算で考えると値上がりしていることが考えられます。

 但し、前提としての2ct程度から下のサイズに関しては価格自体が伸び悩んできましたので、大きな機会とは言えませんが、大粒に関しては鉱山の閉山等採掘の減産もあり、大きな機会が生まれるという事も考えられます。

 ここ数年海外からの買付が多くなってきているのそれらの要因も決して少なくはありません。しかし、大半は1ct前後の物でしたが、今後は現在の経済状況も考えると大粒が出てくる可能性があります。

 海外においては日本ほどのダイアモンドの重要の減退はありませんので、一つの機会としてのビジネスモデル構築も有りなのではないかと考えます。

 現在の買取屋さんといわれる市中のお店はプロが不在という事もあり、大粒のダイアモンドの引き取りが少なくなってきていると聞いております。プロが査定をし、リーズナブルな価格を示すことにより、新たな市場を構築することは可能なのです。

 これは為替の動きが拍車をかけるであろうという事だけではなく、現状の金融や社会環境を考えた時に現在保有されている方達からの流出が十分に考えられるという事も前提に入っています。

 本来であれば円安自体はあまり歓迎が出来ることではありませんが、この環境はまだまだ続くであろうという事を考えると次の段階を考えることが賢明であるという思いです。