新年が明けてあっという間の1週間が経とうとしていますが、アメリカのエクアドル襲撃などのニュースが飛び込み、世の中の常識というものが音を立てて崩れていくような気がしているのは私だけでしょうか?
勿論、その件だけではなく、日経の高値明けから始まり、ここ数年来続いている地金の高騰は金にと止まらず、プラチナ、銀、パラジウムなど実際のバリューではなく、金融の底上げ的な高騰などは過去の事例にはありません。
過去の事例にないことは当然、如何なAIといえども測りえず、だれの予測も当たる可能性もあり、外れる可能性もあるわけです。
そして、金融というものは本来経済の安定に必要な要素であったはずなのに、経済をより不安定化しているように感じます。つまり、根拠のない価値観がはびこり、経験のある人々にとっては不安要因であり、経験のない人々には我々のバブル時代のような浮ついた高揚感の中に浸るという時を迎えています。
歴史だけを考えればいずれネガティブな状況になることが必須であり、時代から考えると数字が落ちないにも関わらず、価値が落ちていくという状況で収まるような気もします。つまり、インフレです。
品格とステータスが価値という時代に終わりを告げるのか、効率と数字という、アナログとデジタルの価値判断がうまく融合してくれる時代になるのか?
現代の半導体やAI産業に浮かれているのは産業界というより、その両方に浮かれているのが金融界であり、それを憂いてしまうのは私だけでしょうか?
AIは1のものを100にすることはできるのでしょう。しかし、0のものを1にできるとは思えません。もっと、政治も経済も足元を見てほしいと思うのです。
常識というものが時代とともに、場所や文化とともに変わってくることは否定をしません。しかし、それは人々にとってよりより便利に都合よく変わってきたはずです。しかし、現在の常識の変化は人々を不幸にしているように感じます。
そして、その度合いは増々大きくなっていくような気がします。一人の人間に使うことのでいない富が集中し、そのことだけでも貨幣の価値を下げる例として十分な根拠となります。
誰も測れない常識は、すでに常識ではないのです。 異常なのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿