現在、イスラム国の人質になっているジャーナリストの後藤健二さんについては、いろいろな意見があるとは思います。人によっては自分の責任という人もいるでしょうし、なぜにと疑問を抱く人もいるでしょう。私もその中の一人であることは否めません。
あえて、このようなことは書くことは本意ではありませんが、彼の著書の中に『ダイヤモンドより平和がほしい』というタイトルのものがあったので少し気にもなったので書きます。
彼は戦場ジャーナリストというより、その陰にある戦争と、大人の犠牲になっている子供たちをフォーカスして彼なりの見識を述べているのです。つまり、彼の活動からイスラム国が彼を人質にする正義はどこにもないように感じます。
なぜなら、方法論は別にしてもイスラム国を名乗る宗教家なる人間たちが説いている『アッラー』という唯一神も子供たちへの愛を前提としているのであり、『アッラー』とはアラビア語で神のことを指し、ユダヤ教徒の『ヤハウェ』という神、キリスト教徒の『ゴッド』はすべて同じ神を指しており、どの宗教の中でも神は愛を説いております。
その子供たちの平和と幸福を願い行動をしていた後藤氏を人質にして、仮に殺害をするとしたら一分の正義も彼らの中にはありません。日本の政府も正面から総理大臣である安倍さんがこの部分を彼らにメッセージとして送るべきではないでしょうか。駆け引きはすでに彼らの理屈を飲むことになります。
たまたま目にした彼の著書である『ダイヤモンドより平和がほしい』というタイトルではありますが、シェラレオーネにおける子供や弱者の扱いは戦争の残虐さや虚しさを物語っています。私もあえてこの件に関しては避けてきた部分もありますが、ダイヤモンドが悪いのではありません。
シェラネオーネに関しては反政府軍が管理下に置いているダイヤモンド鉱山のある地区から多くのダイヤモンドが持ち出され、それが反政府軍の資金源なっており、その入手された銃により年間何万人という子供たちが殺され、またその子供たちが戦闘員にされ、忠誠の証として両親を銃殺させるといった酷いものです。
こんな残虐なことがこの十数年に行われ、それはまだ継続中であることに注目をする日本人は少ないのです。そんなところに注目をした後藤氏という人に感銘を受けたのです。私自身隣国のコンゴとの国境にある難民キャンプの存在を知り、ダイヤモンドを扱う者としてコンゴ共和国の日本大使館に出向き宝飾展示会の売り上げの一部を寄付をする相談をしたことがあります。
しかし、残念ながら大使自身がそのキャンプまでその寄付を届ける自信がないといわれ、本国の役人を信用してはいけないとも言われ、方法論を何度か話し合った結果、私自身が直接現地を訪れ、直接届けるしかないということになったのですが、当時は渡航が許されておらず、また、入国するにしても何の保証もできないと大使に言われ、断念をしたことがあります。
その後、コンフリクトダイヤモンドとして世間に知られるようになり、国連によるキンバリープロセスという条例ができ、紛争地区からのダイヤモンドはキンバリープロセスに加盟をするあらゆる国は輸入をしないというもので日本ももちろん加盟をしています。
しかし、ダイヤモンドに名前は書いてはいません。ハリウッド映画である『ブラッド・ダイヤモンド』(レオナルド・ディカプリオ主演)で描かれているように陰で暗躍をする国は必ずあります。あえては言いませんが、今アジアで一番勢いのある国であったり、ヨーロッパの一番右にある国などはダイヤモンドと武器のバーターを表面上ではなく行われていたことはディーラーをやっていた者であれば承知をしていることです。
残念ながらダイヤモンドが国際通貨であるということの証明でもあり、ダイヤモンドの確かな価値を表している面でもあります。しかし、ダイヤモンドが悪の象徴のように言われるとこは残念です。本来であれば人間の幸福のために存在をするものであることは間違いがありません。
人質事件という残念なことがきっかけでダイヤモンドのことを話すことになったのは本意ではありませんが、もし何かのきっかけに彼の著書を読むことがあったならば、ダイヤモンド原因ではないことを理解してもらいたいと思います。
さらに、早く後藤氏が無事に解放され、日本の家族のもとへ帰ることを望みます。彼はどのように結果になっても責任は自分にありますとコメントを残していました。責任を取るところはまずはご自分の子供たちであってほしいとも思います。
あえて、このようなことは書くことは本意ではありませんが、彼の著書の中に『ダイヤモンドより平和がほしい』というタイトルのものがあったので少し気にもなったので書きます。
彼は戦場ジャーナリストというより、その陰にある戦争と、大人の犠牲になっている子供たちをフォーカスして彼なりの見識を述べているのです。つまり、彼の活動からイスラム国が彼を人質にする正義はどこにもないように感じます。
なぜなら、方法論は別にしてもイスラム国を名乗る宗教家なる人間たちが説いている『アッラー』という唯一神も子供たちへの愛を前提としているのであり、『アッラー』とはアラビア語で神のことを指し、ユダヤ教徒の『ヤハウェ』という神、キリスト教徒の『ゴッド』はすべて同じ神を指しており、どの宗教の中でも神は愛を説いております。
その子供たちの平和と幸福を願い行動をしていた後藤氏を人質にして、仮に殺害をするとしたら一分の正義も彼らの中にはありません。日本の政府も正面から総理大臣である安倍さんがこの部分を彼らにメッセージとして送るべきではないでしょうか。駆け引きはすでに彼らの理屈を飲むことになります。
たまたま目にした彼の著書である『ダイヤモンドより平和がほしい』というタイトルではありますが、シェラレオーネにおける子供や弱者の扱いは戦争の残虐さや虚しさを物語っています。私もあえてこの件に関しては避けてきた部分もありますが、ダイヤモンドが悪いのではありません。
シェラネオーネに関しては反政府軍が管理下に置いているダイヤモンド鉱山のある地区から多くのダイヤモンドが持ち出され、それが反政府軍の資金源なっており、その入手された銃により年間何万人という子供たちが殺され、またその子供たちが戦闘員にされ、忠誠の証として両親を銃殺させるといった酷いものです。
こんな残虐なことがこの十数年に行われ、それはまだ継続中であることに注目をする日本人は少ないのです。そんなところに注目をした後藤氏という人に感銘を受けたのです。私自身隣国のコンゴとの国境にある難民キャンプの存在を知り、ダイヤモンドを扱う者としてコンゴ共和国の日本大使館に出向き宝飾展示会の売り上げの一部を寄付をする相談をしたことがあります。
しかし、残念ながら大使自身がそのキャンプまでその寄付を届ける自信がないといわれ、本国の役人を信用してはいけないとも言われ、方法論を何度か話し合った結果、私自身が直接現地を訪れ、直接届けるしかないということになったのですが、当時は渡航が許されておらず、また、入国するにしても何の保証もできないと大使に言われ、断念をしたことがあります。
その後、コンフリクトダイヤモンドとして世間に知られるようになり、国連によるキンバリープロセスという条例ができ、紛争地区からのダイヤモンドはキンバリープロセスに加盟をするあらゆる国は輸入をしないというもので日本ももちろん加盟をしています。
しかし、ダイヤモンドに名前は書いてはいません。ハリウッド映画である『ブラッド・ダイヤモンド』(レオナルド・ディカプリオ主演)で描かれているように陰で暗躍をする国は必ずあります。あえては言いませんが、今アジアで一番勢いのある国であったり、ヨーロッパの一番右にある国などはダイヤモンドと武器のバーターを表面上ではなく行われていたことはディーラーをやっていた者であれば承知をしていることです。
残念ながらダイヤモンドが国際通貨であるということの証明でもあり、ダイヤモンドの確かな価値を表している面でもあります。しかし、ダイヤモンドが悪の象徴のように言われるとこは残念です。本来であれば人間の幸福のために存在をするものであることは間違いがありません。
人質事件という残念なことがきっかけでダイヤモンドのことを話すことになったのは本意ではありませんが、もし何かのきっかけに彼の著書を読むことがあったならば、ダイヤモンド原因ではないことを理解してもらいたいと思います。
さらに、早く後藤氏が無事に解放され、日本の家族のもとへ帰ることを望みます。彼はどのように結果になっても責任は自分にありますとコメントを残していました。責任を取るところはまずはご自分の子供たちであってほしいとも思います。
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