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2026年3月14日土曜日

懸念⁉

  普段書いていることとは少し違いますが、今、イランと中東諸国の状況が気になります。

 しかし、もっと気になるのが、この状況下原油の価格上昇に合わせて行われる政府の政策です。それは財政出動することによる価格抑制のための政策です。

 ただでさえ日本の財政への不安から円安の続く中で、目先のガソリンの価格を抑えるために財政出動をすることのデメリットがあまり論じられていません。つまり、財政出動イコール更なる円安の懸念です。

 円安が進めば当然輸入品の価格が上がります。更にせっかく手を打っても円安でその効果が限定的になることです。それは円安は原油だけではなく他の製品や原料にも関わってくることです。

 いつもの事ですが目先の人気取りを前提として政策は『国民のために』というフレーズが必ず付いてきますが、国のためになっているのかを問いたいのです。原油リスクは何十年前からわかっていることです。

 現在は筑波大学、以前は東北大学で海藻から原油を採るという研究がなされ、実際にもトラクターなどをそのガソリンで走らせていたと思います。今の時点ではコストが合わないことは理解をしていますが、いずれ世界最大の石油輸出国になる可能性があると研究結果で出ていたはずです。

 しかし、その研究はとんと進みません。勿論石油業界の事情もあるでしょう。しかし、その事を見越して政策を行うことが『国の為』の政策であり、国が行わなければならないことではないのかと思うのです。

 政治ごっことは言いません。一次産業を含め、国を根本から変える政策を打ち出す政治家はいないのでしょうか?

 自給率20%台の国の危うさは気にならないのだろうか?

 技術大国であった国の威信はどこに行ったのだろうか?

これらすべて政治家が進めることではないのかと感じる訳です。

 目先の財政出動への懸念を感じているのは私だけでしょうか?

2026年3月6日金曜日

特別感!?

  昨今の宝石業というものの難しさは材料費の高騰もさることながら、市場の縮小と文化の変異だろうと思います。

 つまり、販売方法がアップグレードされていなければ販売そのものが苦難という事です。

 例として、現在の平均価格はまともな価格で考えれば小売で200万円相当になると思います。原材料の金をベースに5g使用の宝飾品であれば宝石抜きであっても40万~50万円になると思いますが、そこに宝石を施すとすぐに100万円越えになり、それでも、それは最もシンプルなものになります。

 しかし、現実には宝飾品に慣れ親しみ、購入を考える方達はやはり個性的なそれなりのものをお望みになります。そうなるとやはり200万円前後の価格帯が富裕層が好み、購入する事となるです。

 過去高額品としてなじんでいた価格帯は現在は平均価格帯の層になるという事になります。ファッションリング的なものは100万円以下で展開が可能かもしれませんが、今購入力のある富裕層は決してファッションリング的なものを望むとは思えません。

 今までに100万円相当が限度としていた販売員はその知識と技術を上げるか、販売店自体のレベルを上げる必要性があるわけです。

 以前にも書きましたが、飛行機のファーストクラスに乗る人はなぜに高額な価格を出してまでそのクラスに乗るのかという事です。移動を快適にしたいという事もありますが、そこに乗る自らのステータスに対する満足感やプライオリティーがあるのです。

 それは乗務員の質の高さや提供されるサービスや食事の選択などがあり、乗客が如何にも特別扱いをされているかを実感するような人選と教育がされているのです。

 それでは日本の一部の宝飾店と百貨店を除き、果たして一般的な宝飾店や百貨店はその接客が出来ているのだろうか?

 過去、バブル期の終焉を迎え、現在に至るまで多くの宝飾業者は価格競争に励み、更に高値からの値引き販売をし、本来得ることのできる利益を放棄してきました。単純に言えば顧客に納得をした高額を支払ってもらう接客やサービスを行ってきたのかという事です。

 殆どの場合自己満足な顧客サービスと保身を前提とした企画に終止をしていたのではないのだろうか?と感じているのです。

 高度成長期やバブル期は見よう見まねで西欧風な接客と共に、老舗の料亭かと思わんばかりの接客をしていました。それ故に顧客層も満足をし、高額を支払い、納得をしていました。決して販売員たちが理解をしていたわけではなく、真似事であったかもしれません。

 しかし、結果的には顧客の納得のいくような接客をしていたことになったのです。当時の販売員はそれが当たり前だと思っていたと同時に値引きをする発想がありませんから、精いっぱいの努力をし、それが身についていたのです。その頃は販売員もレベル訳が行われ、メーカーから表彰をされて、特別扱いを受けていたので、顧客の気持ちを理解していたのだと思います。

2026年3月3日火曜日

金相場との兼ね合い!?

  金相場が、ここ数日の有事により値を上げています。有事の金、さらに言えば有事のドルという事で日本にとってはダブルショックの追い打ちです。

 石油にしても、今回のホルムズ海峡閉鎖により値を上げていますが、金も石油も決済がドルですから、ダブルで値が上がるという日本にとっては近い将来の物価上昇の予兆といってもよい状況が続いているわけです。

 特に我々宝飾業に携わる者としてはのっぴきならないことなわけです。一般商品に至るまで高額品というジャンルに入り、多少の値上げでは追いつきませんのである意味良いチャンスかもしれません。

 つまり、以前書いたように宝飾業界というニッチな市場でどう生き抜くかという事を真剣に考えなければなりません。安易な特価や値引きで物を売ろうとしたら、最終的には自分の首を絞めることになりかねません。しかし、現実には過去数十年の悪しき慣習というものは残っていますので、現実に無理をしなくてはならない状況があります。

 勿論、それを踏まえた上で、という前提で高額品を売るという事がどの様なことなのかを真剣にとらえ考える必要があるのです。

 まずは、高額品の購入する人々は何を望んでいるのかという事を考え、更に言えばそれに対して自分達が出来る事は何なのか?という事を考えなければなりません。つまり、自分達がそのことを理解しているのかという事を考える良い機会でもあると思っています。

 高額購入者の生活や嗜好が解っていなければ、そこをくすぐることは出来ません。つまり野球をしたことがない人が野球道具を売る事が出来ないように、贅沢や栄光思考のない人には高額品をを理解することは出来ないし、販売することもできません。

 本人が必ずしも贅沢や栄光思考がある必要はないと思っています。しかし、その思考を理解していないと自己中心的な自分のレベルでの売り方をするしかないのです。それは一番悪い状況なわけです。

 冒頭にあるように金の価格の上昇傾向はこの有事が落ち着くまでは続くのでしょう。しかし、その後も金価格の下落自体は大きくは期待が出来ません。つまり、既存の宝飾業に関しては氷河期に入る可能性があるわけです。

 本来の高額品を販売する方法論を見つけたところが、この状況に関係なく推移していくのだろうと思います。いずれにしても安売りとは縁のない業種に既になっていることを感じなければなりません。

イスラエルの立場!?

  米国とイスラエルのイラン攻撃が、もっぱらのニュースとなっているいますが、現在はイスラエルのベン・グリオン空港も閉鎖しており、日本人旅行者も足止めされています。

 今朝のニュースで5人の日本人が大使館の用意をした車で隣国のヨルダン・アンマン空港まで送り届けられたようですが、経験からするとあまり意味がないと思います。

 つまり、内容を聞くとアンマンからのフライトの予約ができている人だけという事とそのあとは自分でやってくれという事です。イスラエル国内にはまだ数十人の日本人旅行者が空港で足止めをされているニュースは流れていません。

 前回のイラクの時もそうですが日本政府の対応には疑問符が付きます。当該国から出たらあとは自分でやってくれといった対応は先進他国ではあまり考えにくい対応です。海外日本人を守り、帰国させるのも国防ではないかと考えるからです。

 今回もイスラエルの対応は何としてもイスラエル国民をイスラエㇽに帰国をさせるという対応をとっています。当初6日までの空港閉鎖をアナウンスしていましたが、海外のイスラエル人への帰国への対応に今夜(3日)から帰国便への対応をとっています。

 私自身40年以上もイスラエルに行っていますので、同じような経験があります。しかし、当時は今よりも深刻な状況で(現状深刻ではあります)アイアンビームのようなシールドもありませんでしたし、スカッドミサイルが迎撃用にあった程度でした。その頃はイランというより、PLO(パレスチナ解放機構)が発射したミサイルでしたが、幸いダイアモンド取引所の中にもシェルターがありますので、意外と安心していました。

 しかし、本当のところ、多くのイスラエル国民は戦闘することは望んでいないし、立場の違いですが、中には『これでイランからの核の恐怖を排除できる』と彼らからの立場で今回の攻撃を喜んでいる人々がいることも事実です。

 別にイスラエルの側に立つつもりも今回の攻撃を肯定するつもりもありませんが、何事もどちらのサイドで物を見るかで正義が変わります。例えば、ロシアのウクライナ攻撃は明らかに市民対象ですから国連の定義から言えばテロ攻撃です。しかし、ロシア語圏の人間を守るためといえばロシア国民の大半はプーチンを支持しています。

 どうであれ民間人、特に子供が犠牲になることは許しがたいし、それぞれの国のトップを

排除するためにゴルゴ13にでも依頼して熊じゃあないけど駆除してもらいたい気持ちです。

2026年2月25日水曜日

付加価値型!?

   前回、ニッチな市場への参加の仕方として先見性型と付加価値型という考え方があると書きました。敢えて言うと、スタートアップ企業と老舗企業といった違いなのです。

 宝飾業界という付加価値型のニッチな市場の対処の仕方として、まずは顧客が望む付加価値というものを理解する必要があるのです。

 市場を以前にも書きましたが、400人乗りの旅客機と考えるとわかりやすいかもしれません。旅客機すべてがエコノミークラスであった場合は実質運航は赤字になります。

 運賃を東京~ニューヨーク間の運航原価は全て(燃料費、駐機代、人件費、リース代等)含めて約50,000,000円といわれています。エコノミー運賃120,000円とすると400人で48,000,000円となり、実質赤字という事になります。

 ここで航空会社はファーストクラス、ビジネスクラス、プレミアムエコノミークラス、エコノミークラスに分けることにより、その採算性を上げます。

 ファーストクラス10席、ビジネスクラス50席、プレミアムエコノミークラス80席、エコノミークラス150席合計290席となります。

 エコノミークラス120,000円、プレミアムエコノミークラス360,000円、ビジネスクラス800,000円、ファーストクラス1,500,000円と設定すると

Fクラス 10 X 1,000,000=10,000,000

Bクラス 50 X       500,000=25,000,000

Pクラス 80 X   240,000=19,200,000

Eクラス 150 X    120,000=18,000,000

合計 72,200,000円となります。

 当然利益の確保はでき、更に乗務員が少なく済み、さらに言えば燃料費も少なくて済みます。

 問題はファーストクラスの人々が何ゆえにエコノミーの8.5倍にもなる金額を出すのかという事は移動が楽だからという理由だけではないのです。全てにおいて相応のプライオリティ―の扱いを受けるという事です。単純に言うならエコノミーの8.5倍の扱いを受ける訳です。

 現在、展示会等で高額購入者がどれほどの扱いを受けているかという事を考えてほしいのです。過去の展示会等では高額購入予定者と一般来場者では商談席から飲物に至るまで明らかに違いがありました。

 ニッチなマーケットでは何をどうすればよいかというヒントになれば幸いです。


2026年2月24日火曜日

現状を見る!?

  コロナ禍が過ぎ、1兆円の大台を回復した宝飾業界の売上ですが、23年、24年、25年と微増ではありますが、確か現在は微増、微増で1兆2千億円市場とはなりました。しかし、バブル期の3兆5千億円という数字を知っている身としては何とも寂しい思いもあります。

 何故なら、昨今の地金をはじめ材料費の値上がりを考えたら、販売数はざっと3割から4割減という事になるのかもしれません。

 つまり、金額の数字的には微増しているといっても販売数の激減という内容となると単価が上がり、数字が伸びていると取りがちですが、問題は原価高のための単価アップなのか、本当の意味での付加価値としての単価アップなんかの問題です。

 昨今はハイブランドジュエリーの躍進が伝えられますが、それでは一般の宝飾品の販売はどうなんだという事になります。つまり、セグメントすると業界として数字的には表面上ハイブランドの数字に引っ張られていますが、実際宝飾業界は危機に面しているといってもいい訳です。

 私が以前から書いている宝飾業界はニッチな市場だという意味が裏付けされたこととなりますが、その事の自慢をしたいわけではなく、如何な対処が必要なのかという事です。

 前回にも書いていますが、ニッチな市場へのアプローチは色々ありますが、ニッチ市場では大規模成長を期待することはできず、利益拡充という観点を大事にする必要があります。

 ではニッチな市場とはどんなものか?

 食品市場の中でビーガンとなるとかなりのニッチな市場ですが、この中でビーガンの食種類を持つことでビーガン市場の中での占有率は小規模企業でも大きくなります。何故ならここには大規模企業が参入しにくいからです。

 現在ピックルボールという卓球とテニスの間のような競技が流行り始めていますが、アメリカではプロも存在する競技です。日本ではまだまだニッチな状況にあります。ここへは大きなスポーツメーカーが参入するには小規模すぎるが、このスポーツのラケット等の道具に参入できるのは小回りの利く小規模企業なわけです。このスポーツの将来をどう見るかにより成長の幅も変わってきます。

 冬季オリンピックは終了しましたが、目についたスポーツのスノーボードの裏面のサインの多くが『YONEX』とあったことを気に留めた視聴者も多いと思います。まだ殆どのスポーツメーカーが目に留めない頃にヨネックスでは参入し、北京オリンピック以降の4年間でも2.7倍の売上をしているそうです。

 新しいニッチな市場とは将来を見据えた戦略が低投資で実現可能であるという事になりますが、一方、旧態依然としたニッチな市場というものが存在し、それが宝飾業界をはじめ、伝統工芸や着物業界などの、一見廃れ行く業界という事になります。

 しかし、市場というものはマスであれ、ニッチであれ、シェアをとることを前提とした戦略が必要なわけです。ただ、アプローチが違うという事です。特にニッチ市場に関してはさらにアプローチ方法の多様さがややこしいのです。

 ニッチ市場に関して言えば、先の先見性か、付加価値というよう私は分けています。特に宝飾業界で言えば付加価値という事になるのです。

 

2026年2月21日土曜日

ニッチな市場へのアプローチ!?

  依然、宝飾業界がニッチな市場であるという内容で書きましたが、その対策は?といったお話をいただきました。

 以前であれば婚約指輪をはじめ、ある意味の成功体験や記念にといった時の対象として、宝飾品は当たり前のように取り上げられていました。

 その以前というのもすでに数十年前の話となりますが、高度成長時代バブル時代と右肩上がりの時の象徴的な存在でもあったわけです。つまり、大規模を前提としたプロモーションも打てたし、その見返りも十分にありました。

 現在はフィンテックの時代になり、金融市場が異常に膨らみ、資産家といわれる人々は増えたのですが、現金や使えるお金を持っている人々は少なく、さらなる市場の縮小化が進んでいます。つまり、宝飾市場のニッチ化が成立しているわけです。

 しかし、それでも富裕層は少なくなったとしても存在する訳です。今お金を使える人々、宝飾品に興味のある人々は間違いなくおりますが、そこへ向ける商品が宝飾業界には少なく、またそれを販売できる能力のある人々も少ないことも事実です。

 ハイブランドは販売能力のある人がいなくても広告宣伝力が与える満足感は突き抜けているので販売は可能なわけで、何より富裕層が必要と感じているものがそこにはあります。それは商品だけではなく、ブランド所有欲というものを満たしているからです。

 そこでニッチな市場へのアプローチですが、宝飾品に興味がある人は幸い多くいます、しかし、多くの人々は購入することはできません。しかし、現状は買えない人へもアプローチをかけているわけです。これは経費の無駄使いなわけです。

 現状の展示会が、どれくらい集客ができるかということに終始していますが、これは意味がありません。購入できる人が何を望んでいるかということをリサーチしていないからです。それは来場者の買い上げ率を見ればわかります。お金を持っていても必要のないものは買いません。

 つまり、宝飾品を必要としている人々に出会っていないわけです。であれば、どこでその出会いがあるかということになりますが、それは簡単ではありません。

 それではということですが、富裕層が宝飾品を必要とする場所を創出する事が出来れば、おのずから宝飾品の購入につながるわけです。また、その対象の人々も前述したように少ない訳ですから、その人々を対象にしている分には経費の使い方は少なくなるわけです。

 しかし、一人当たりに使う経費はおのずから大きくすることができるということになりますから、単純に言うと何千万円も買わない人に経費をかけるより、販売者側にとっても購入できる人に掛けたほうが効率的なわけで、かける総額も少なくて済むわけです。

 購入者も買わない人々と同じ扱いをされるより、より良質な扱いを受けたほうがより購入意欲が湧くわけです。宝飾品を必要とする場所を創出するという事は実は経費の削減にもつながり、その経費というものは本来、宝飾品では原価となるものでもあるわけです。

 但し、これを行うには知識と経験やそのアイディアが必要となるわけで、それは本来の宝飾業といわれる人々の土台でもあるのです。

 

2026年2月19日木曜日

健全なダイアモンド市場⁉

  以前にも書きましたが、デ・ビアスというマンモス企業がダイアモンドの価格をコントロールしていたのが1970年代までで、その後は徐々に他の鉱山会社の台頭や世界の経済環境の変化により自由市場へと進んできました。

 当初、若気の至りもあり、デ・ビアスという怪物にに反発をしていたこともアンチ・デ・ビアスであったイスラエルでのダイアモンドビジネスに携わってきた一つの要因でもありました。

 1970年代後半、私自身米国に在住しており、本格的には米国のユダヤ人との関わりからダイアモンドディーラーの道を歩き始めました。当時のダイアモンドの約85%のシェアを占め、ダイアモンドの価格のコントロールをしていたデ・ビアスのシステムに対しては他の日本の宝飾業者のほとんどが疑問を持っていなかったように私自身の何の疑問もなく、そうゆうもんなんだと思っておりました。

 ある時、ロサンゼルスの大手のダイアモンドのサイトホルダーのオーナーから大粒のダイアモンドを見せられたことがありました。最初はレプリカかと思うような大きさのその石は紛れもなくダイアモンドでした。

 『このダイアモンドの価格はいくらだと思う?』と聞かれて、私は『想像もつかない』と答えました。

 『分からなくて当然だよ。このサイズ、この品質は出身の南アフリカの鉱山で見つかったものを買い付けたものだからね。いくらの値段でも付くよ。』といわれ、単純に私は

 『じゃあ、デ・ビアスから買ったの?』と尋ねると『彼らはこんなダイアモンドを我々には売らないよ。これは友人の鉱山会社から直接譲ってもらったものだよ』

 私は(エッツ、デ・ビアスを通さないダイアモンドってあるんだ)単純に驚き、それが私のダイアモンドのビジネスの原点になりました。因みにそのダイアモンドをその後、自身がディールすることになるとは、その時はみじんも思ってはいませんでした。

 そこからダイアモンドは自由市場で価格は市場原理で決まることが健全だと考えるようになり、ロサンゼルスの知人の勧めでイスラエルへの関わりが出てきました。

 現在の日本の市場においては多くのダイアモンドはインドで研磨されたものが市場を占め、価格の不安定さも、現状の厳しさに拍車をかけています。(金融市の存在も要因の一つ)

 現状は言われるようなダイアモンドの価格の下落という風評があり、その一部は間違いがありません。ラボグロンの台頭をはじめ、市場でのだぶつき、需要の低迷、リサイクル市場での在庫、色々要因はあります。-

 但し、という言葉を使えば全てのダイアモンドではないということは以前にも書きました。

大粒、カラー、一部のファンシーシェイプがそれですが、実際には市場原理が生きていて、顧客が欲するもの、グレードの枠にとらわれない美しいもの(例えば同じSIクラスでも内包物がセンターではなく、見えにくいサイドにあるもの)は、やはり価格が下落をしているとはいえず需要のあるものは決して安くはありません。

 以前から価格はグレードで決まるわけではないと述べていますが、グレードが目安であることは間違いではありません。しかし、同グレードが同じ価格かと言ったらそうではないということです。まさに市場原理です。


2026年2月18日水曜日

唯一不変なものとは、変化のみ!?

  仕事柄イスラエルに行くようになって半世紀近く経ちます。

 現在は大使館の勧めもあってワインの輸入も行っていますが、一貫して彼らとの仕事はやりやすいと感じています。何故なら昔から言われているようにビジネスにおいて人間関係は大きな要因ではないということです。

 勿論、その中での人間関係の構築というものは出来上がってくるので、家族のようになったパートナーもおります。昔よく聞いた『握手をしながら殴り合う』といったスタイルで、互いの利益になるのであれば、討論もするし喧嘩もするといった経験を何度もしています。

 彼らは自分の利益にも還元されるのであれば誰であっても『扉を開けて』迎えてくれます。

 日本の会社であれば、名前の聞いたことのない会社であれば無視をしたり、ぞんざいな扱いをしたりしますが、彼らの中にあまりそのような姿を見たことがありません。

 特に当初はアンチ『デ・ビアス』であったイスラエルのダイアモンド業者と取引をすること自体が色々と非難をされる状態ではあったので、あえて新地を求めてといった心情でした。

 その頃のデ・ビアスはイスラエルのダイアモンド業者潰しに必死な状況で、色々な圧力をロスチャイルド銀行などから受けておりました。結果的にはその行動が自らの足元を揺るがし、現在の身売り同然のデ・ビアスとなっていくのです。

 当時イスラエルのダイアモンド業者は国策で無利子で銀行からの融資を受けておりましたが、その一部の銀行がロスチャイルド銀行の傘下に入ることにより、ダイアモンド業者への融資を絞り、有利子とすることによりダイアモンド業者への圧力としていったのです。

 返済期限に迫られた業者は研磨済みダイアモンドの安売りをすることにより、その窮地を乗り越えようとしました。結果的にデ・ビアスはそれらのダイアモンドを市場から買い集める事に終始することになり経営状況を悪化させ、旧ソビエトからの原石買取を諦めざるを得なくなり、それまでコントロールをしていた市場を開放せざるを得ない状況になり、その後のロシアの台頭ということになります。

 イスラエルの業者は一貫してダイアモンドを自由市場での扱いという事を続けてきました。それは市場をコントロールする事よりも自由市場の方が汎用性が高く、また多くの変化を受け入れやすくし、多くの人が参加をできるといった市場開放といった彼らの概念に近いのかなとも思います。

 前述した彼らの考え方はワインビジネスであれ、ダイアモンドビジネスであれスタイルが同じという事が、私にとって新たな事業であるワインビジネスの導入がスムースであった要因と捉えています。

 新たなものを受け入れることに臆病になる必要はなく、最悪なのは現状を展望することなく惰性で続けることの大罪です。扱っているものが恒常的なものであればあるほど、取扱者の変化が必要なのです。『不変のものとは、変化のみ』なのです。


金相場の行方⁉

 現在は利益確定売りと思われる状況で金相場が若干の下落をしていますが、今後の展開を考えると中期的にはまだまだ価格は緩やかではあるが上昇をするような気がします。

 金相場というのは以前は有事や経済の悪化が続くと上昇をする傾向がありましたが、現状は必ずしもそうではありません。勿論、ウクライナをはじめ中東情勢はありますが、多くの要因は米ドル、もっと言うなら貨幣価値の低下が、背景にあり、各国の(特に中国の)地金買い漁りがあり、更には行き過ぎたバブル状態の証券市場への懸念が金相場を上げていると考えています。

 現状は半導体株を含めAI関連等の影響により株式市場を持ち上げていますが、ここにきて、投資先行型の株に対しての不信感というより、不安が金相場を上げる要素になっているのです。

 つまり、投資というのは結果ではなく、収益が出て結果が出ます。現状の半導体やAI株に関しては投資の結果株価を押し上げていますが、いまだ投資に見合った収益が出ているとは言えません。現代の技術の進化は著しく、開発途中で間もなく市場化とされる頃には新たな技術が開発をされます。

 開発をされ進化することは良い事なのですが、市場が追い付いてはいません。顕著な例として『スマホ』があります。沢山お機能が搭載され、それなりの価格で販売をされていますが、この機能を使いこなしている人々は何パーセントいるのでしょうか?0.数パーセントだろうと思われます。

 市場で機能をしない、もしくは利用者の少ない先進技術は収益には繋がりません。つまり、より良い未来型の先進技術に関しては否定をしませんが、現状で収益を上げるかどうかは別の話です。

 それらの内容が株式市場への懸念として広がっている現状をあります。その技術に人々が追い付けば勿論収益につながります。多くの国で少子化が進み、高齢化が進んでいます。それは現状では高齢化の人々のための技術ではなく、先進国の少子化の未来に役立つ技術ではあります。しかし、地球全体で考えたときに人口が増えていることも事実です。

 どちらへ転がるのかという遠因も地金相場を押し上げている現象につながっていると考えています。この状況がしばらく続くことを考えると金相場が上昇をする現象が続くと考えています。しかし、長期的にみるとどこで利食い売りや暴落につながるかを考えることは意味がないのです。

 人々はその感覚で投資を行い、AIは過去のデータの産物ですから行き先を示唆することはないのです。

2026年2月16日月曜日

ニッチな市場⁉

  宝飾業界自体がニッチな業種として認識はないのかもしれませんが、以前からするとニッチな業界といってもよいかもしれません。つまり、宝飾品をつける場所もなければ機会もないということであれば、目的として宝飾品を買う必要がない訳です。

 舞踏会とは言いませんが、宝飾品を身に着け出かける場所は高度成長期後半からバブルにかけて、各種パーティーを含め各レストランなどもドレスコードを設け、あらゆる場所で身に着ける機会がありました。

 1977年夏頃、米国に在住し、ビバリーヒルズの宝飾店にいたころの話ですが、場所柄、富裕層といわれる人々が毎日のように出入りをしておりました。勿論、顧客もいれば、初めてのお客様がご来店することも珍しくなく、そのお店ではそれなりの宝飾品の販売が毎日のように行われていました。勿論、基本はご予約ということになるのですが。

 特に週末のお客様に関しては難しい方が多く、もっと言えば初ご来店のお客様が多かったように思います。何故なら宝飾品なのに緊急購入の方が多かったからです。他店では取り揃わずに当該店にやってくる人々でした。

 ある日『店頭の飾っているルビーのネックレスは購入できる?』といったシンプルな質問を入店するなり、問いかけてきました。『勿論、購入は可能ですが、どのようなご要望でしょうか?」スタッフが質問をすると『明日の土曜日にパーティーがあり、新しいドレスに合うネックレスがないの』。『ネックレスの事はすっかり忘れていたの。今持っているネックレスではどれも合わないと・・・。気持ちがブルーだったのよ』といきなり話しまくった後にお話しを伺うとなじみのお店には気に入ったものがなくて、諦めかけた帰宅時にこのお店の前を通り、店頭にあったルビーのネックレスが目に入ったとのことでした。

 私はいくら大事なパーティーと言えどそこまで拘るのかとも思い対応をしていましたが、ご主人の大切な取引先のオーナーの自宅に招かれたということで一か月も前から服装の準備をしていたということでした。

 結論を述べると当時5千万ドル(現在のレートで約7700万円)程のルビーのネックレスをその場で小切手(当時のアメリカは個人小切手が主流)を切り、お持ち帰りになりました。

 いわゆる、欧米諸国では一般的な場所や機会とは言えませんが日常的に宝飾品をつける場所があり、そのコーディネイトが習慣的に行われ、自分の好みの組み合わせができないとパーティーそのものに出掛けないという人もいるくらいにその環境は身近なものです。

 過去の日本の場合もイコールとは言えませんが、日常的に着替えることやTPOといったものを意識する環境もあり、宝飾業もこぞってそのような機会を創造しておりました。

 現在はTPOそのものに拘りもなく、また、販売する側もそこまでの努力をせずに売るのではなく、売れるものを探し、販売に繋げるという状況です。 つまり、販売する環境を創造する事もなく、ニッチな環境そのものを作り出したのも業界そのものといえるかもしれません。

 ただし、ニッチな業界であればニッチな業種に特化をしたビジネスモデルも考えられます。それは今後の課題となるのです。

2026年2月14日土曜日

宝飾業界の危機⁉

  現代の宝飾業の難しさは素材の高騰もありますが、従事者の低レベル化も大きな要因になっているのだと考えます。

 これは能力というより、現代の風潮や社会背景といった、ベースとして宝飾業が必ずしも向かない時代であるということです。高度成長時代からバブルにかけては一般庶民も背伸びをし、上の生活レベルを目指していた時代です。

 つまり、ステイタスというものをある意味、物やライフスタイルに求めており、少しでも良質のものを身に着け、それが高額であってもそこに生活の目標を置いていた時代です。

 その一番のターゲットになったものが欧米の富裕層であり、その生活スタイルでした。多くの人々はその生活スタイルやファッションに魅了され、そこを目指していたと思います。それは昨今の中国の成長の中にも見られました。ブランド品を買い漁り、海外旅行に憧れ、宝飾品を身に着け、それを買うために背伸びをしたり仕事を頑張ったりしていたように思います。

 現代においてはカジュアル化が進み、服装もどちらかというとラフになり、ビジネスにおいても服装のカジュアル化が進み、OLなども服装のTPOをそこまで意識することが無くなりました。

 それは、ブランド品においてもセカンドハンドで良いという風習もあり、ステータスの意味合いも大きく変わってきたといえるのではないかと考えます。以前であれば他人が使用したものを身に着けるということは考えられず、むしろ羞恥なこととしてとらえていました。

 服装が変わると当然、宝飾品もカジュアルな小さ目なものとなりますが、現状小さな宝飾品が地金の高騰や素材の高騰もあり、決して小さな宝飾品に見合った価格ではなくなったということを感じます。それを販売しようと思うとそれなりの技術と知識が必要とされるのです。さらに前述をしたように宝飾業界の従事者自身がカジュアル化し、決して本来の宝飾品を販売するような風情をしていないということです。

 展示会等においてもデザイナーと称して意味不明な服装をしている者もいれば、ネクタイをだらしなく、しない方がマシなような服装をしていたりと、現状でもお買い上げになるのは富裕層ですから、それらの顧客を迎えるに相応しい格好というものがあると考えます。

 しかし、これは現代社会の現象というより、この業界の現象といえるのではないかと考えます。つまり、他の業種であれば、高級レストランであったり、高級ホテルであれば決して前述のような風情で仕事に赴くことはないと思います。身なりもですが所作においてもそれなりの対応をしていると思います。

 冒頭に書いた宝飾品の仕事に携わる人々の低レベル化というものはある程度は仕方ないと思いますが、経営者たちの教育に対する思考がマヒしているとも言えます。

 宝飾品を販売する為の本来の姿に戻らなければ、欧米と違って文化としての宝飾品がない日本においては業界自体の消滅につながることは避けられないかもしれません。勿論、宝飾品が無くなるわけではなりませんからそこに見合った土台が必要だということです。

2026年2月12日木曜日

ラボグロンの長所⁉

  ラボグロンについて宝飾業から見た存在を書いていると否定的になっているように見て取られているようですが、そうではありません。ラボグロンを否定しているわけではなく『工業製品』としての別物であるということを書いているつもりです。

 勿論、必要であるから誕生し、存在しているのであって、その分野は以前天然のダイアモンドが担っていた部分を安価で更なる性能で存在しています。

 現在、宝飾品の代替商品としての側面が多く取り上げられていますが、実際には究極の半導体材料として期待をされているものです。

 耐熱率、伝導率の高いラボグロンはEVの航続距離の延長や5G/6Gの通信の高速化、省エネ化などの革命を起こすといわれています。また、放射能センサーや量子コンピューターのメモリとしての活用や不純物の少ない生体性は人工関節のコーティング等にも応用の可能性があり、他の医療機器にも応用できる可能性は大です。

 真に天然のダイアモンドという天然が故の内包物がある希少性とは相反する素材だといえます。それは宝飾品にありがちな内包物はラボグロンよっては不良品でもあるということになります。さらに、超高出力レーザーや光学機器への使用はどのような環境下においても(例えば宇宙)コスパの良い素材といえるでしょう。

 不良品(言葉は悪いですが)においては宝飾品への転用というカテゴリーもあり、今後その分野が広がることも考えられます。安価ではあるが宝石の条件としての希少性や換金性というものがない『工業製品』ということなので、資産性、投資として考えるのならやはり『天然』ということになります。

 ファッションというジャンルで考えればプラチナや金以外の素材を使ったアクセサリーとしてラボグロンを考えれば汎用性も高まるのではないかと考えられます。

2026年2月9日月曜日

昨今の展示会⁉

  先週末、とある展示会をのぞかせて頂きました。

 展示会の内容がどうのこうのより、展示会の存在意義を感じました。

 多くの百貨店が行ったいることと聞きますが、展示会当日の売上の大半が事前に作られたものを持ち込み展示会の売上としているという実態です。外部から見ていると異様な虚飾にも映ります。

 印象として何より感じるのは展示会というマーケットが既に存在をしていないということです。その要因としては顧客のニーズが百貨店の提供している内容と大きな差異があるということです。勿論、リサーチという一般物流では当たり前のプロセスを一切踏んでいないという内容に多くの参加テナントもメーカーも疑問に思っていないということです。

 大きな組織で動いているために一種の洗脳という状況にあり、当たり前の事と捉えているのだろうと思います。中でも成果を上げている売り場は顧客へのアプローチを含め、知識の豊富さが顧客への安心感や興味を持たせていることが要因だろうと感じました。。

 つまり、百貨店の売り方やキャンペーンに関わらず、独自色を打ち出し、その世界観を創出しています。ハイブランドなどもその例でしょう。しかし、そのハイブランドにも終焉を迎えそうな雰囲気を感じます。本来のブランドというものを販売員が理解をしていないような気がしました。それは、顧客に品物を見せる状況でも感じ、そこに手荒さを感じるからです。

 テナントというものは百貨店のコバンザメと揶揄をされ始めて数十年も経つのだろうか。しかし、多くのメーカーはその状況に危機感を募らせダイレクト市場への探りを続けてきました。それは今はやりのインフルエンサービジネスへの適応や、宝飾展でのエンドユーザーへの直接販売などです。

 それではテナントの今後はというとその寄生主となるサメの最後のエネルギーを如何に利用し、自らの行き先を決めていかなければなりません。メーカーの企画販売などではなく、独自の販売網の確立と独自の製品の確立化に注力をしなければ存在の意味を失います。

 宝石業は本来徒党を組める業種ではありません。それが現在のハイブランドジュエリーの始まりでした。現在のハイブランドに関してもその陰りを感じるのはその基本である独自色を失ってきたからだと感じています。

2026年2月6日金曜日

ダイアモンド価格の仕分け⁉

  ダイアモンドの価格の下落を報じられて半年も経とうとしています。

 昨日旧知の友人達との会食でとある一人から『カズさんダイアモンドの価格が、人造ダイアモンドのせいで下がっていると聞いたよ。』と言われ、一般の人々にもその話題が浸透しているのだと改めて感じました。

 『ダイアモンドの価格が落ちているというのは本当だよ。ただ、それは人工ダイアモンドのせいというよりこの数百年でとてつもない量のダイアモンドが採掘されてきたというのが正解かなあ』と何気なしに流しておきました。何故ならここ数か月同じような質問が多く少しうんざりしているところもあるからです。

 勿論相手が宝飾業に携わっている人であればもう少しきちっと説明もしますが、食事会の席でもあることからの対応でした。

 ダイアモンドは以前であれば全体の価格傾向で話をすることもできましたが、現代では諸事情が重なっていますので、一概には言えません。

 つまり、コロナ以降ダイアモンドの需要が落ちてきたということがあります。出かける機会も減少し、ジュエリーを身に着ける機会が減り、更にファッションのカジュアル化が主な要因だと思っています。

 そこで先ほど出てきたラボグロン(人工ダイアモンド)の問題です。当初はそれほどの影響も出ていませんでしたが、量産可能な工業製品ですから中国での大量生産が始まり、市場に大量に出回ることになります。

 天然のダイアモンドの需要が減り、研磨量の少なくなってきたインドの研磨業はラボグロンへのシフトを組むことになります。中国産の研磨はもとよりインド産まで研磨作業に入り、当然価格は下がります。現在研磨原価で1ctサイズで40ドルから50ドルまで価格は当然下がりました。

 さて、天然のダイアモンドですが、現況を考慮し、数年前から減産及び、閉山を含めて採掘会社も対応をしてまいりましたが、市場在庫の量は想像以上の為価格の下落を招いております。

 しかし、採掘をしないということは希少石である大粒サイズやカラーダイアモンドも採掘をされないということですから、この辺は逆にさらに希少になってきます。

 つまり、減産、閉山による影響はダイアモンドの価格細分化へと移っていきました。

 大粒及びファンシーカラー、ファンシーシェイプ用の原石はもともとラウンドの物より数量も少なく、ラウンド小粒(研磨済み1ct以下)が主流であるときには全体の需要に対しての問題はありませんでしたが、現状になってくるとその存在が際立ってきます。

 現在は大粒のダイアモンドは勿論の事、ファンシーカラーや長めのファンシーシェイプのダイアモンドは需要に対して供給もなく価格が上昇傾向にあります。

 需要に対しての価格上昇は何もダイアモンドの限ったことではありませんが、現状は極端に供給の少ないものに対しての需要が多く、そのカテゴリごとの価格が上昇をしています。

 一つの要因として現状はおおかた富裕層用しか需要はありません。しかし、それらの供給はさらに少なく、それらのカテゴリーおいては決して価格の下落が起きているとは言えません。つまり、簡単に言うと需給の比率の問題です。

 更に、1ctサイズであったとしてもピケといわれる多少内包物が多いものであっても裸眼できれいなものは需要があり、やはり価格は上昇を始めています。しかし、明らかにグレード表記良質で価格が高いものについては価格が減少をしています。

 昨今の地金の高騰を見ていても貨幣の価値が損なわれ始め、現物資産に目が行き始めた時代です。ダイアモンドの価格が今後どのようになるのかは一概に結論は出せませんが、ダイアモンドが換金性の高い資産であることは言うまでもありません。



2026年1月29日木曜日

ダイアモンドの価格⁉

  先週よりイスラエルに出張し、本日戻りということとなり、新鮮なうちにということでデスクに向き合っています。

 何が新鮮かということですが、買い付けに当たり価格の変動というより硬化です。つまり、以前と比べて、価格での交渉の余地の小ささです。

 ラフ(原石)の取引所の人出の少なさもさることながら、研磨済み取引所の人々の少なさもあり、結果的には旧知の事務所を渡り歩くこととなりました。

 結論をいうと絶対的流通量の少なさと、カラーダイアモンドへの偏りがちな取引所となってきたといってもよいのでしょう。30~40年ほど前という古すぎて恐縮な例ではありますが、コマーシャルなアイテムもそうですが、大粒もふんだんに取り扱われていた印象があり、実際にもそうでした。

 そして、カラーダイアモンドという小さな市場に目を向けている業者は非常に少なく決してメインのアイテムとはいいがたい状況で価格もむしろこちらのほうが誘導しているような状況でもありました。

 つまり、鉱山などの閉山や採掘業者の減産といった中で、ラボグロン(ここにダイアモンドをつけることは業者間では認めません)の市場の拡大といった中で1ct以下のサイズの物の値下がりも後押しし、更にイスラエルで言えば研磨の大半がインドへ移行をしているということもあり、取引所での絶対量が減ったといえるのです。それ故の余地のなさとも言えます。

 そんな中、大粒とファンシーカラーで商いを行う業者が増えてくることは必然と解釈しますが、そんな中鉱山の減産、閉山ということが重なり、一般的なものと同時に大粒やカラーダイアモンドも採掘量が減るわけですから、もともと希少性の高い分野のものはより一層希少性を増すわけです。

 多くのイスラエルの業者が工夫を模索する中、自らジュエリーの生産に向かうものや販売のスタイルを変化させるものが多くなってきた印象もあります。

 それ故に、彼らも交渉を受けたくても受けにくい状況にあるわけです。といっても当方も事情がありますから見合った価格への交渉が必要になるわけです。

 今回の買付の難しさはそんなところにありました。この状況の反映は早ければ半年後、一年後、2年後には日本の宝飾業界にも表れてくるのでしょう。

 しかし、その後の工夫がなければ業界そのものから退場を余儀なくされるのです。

 一般的なメディアではダイアモンドの値下がりが報道されており、その大きな要因にラボグロンなども取り上げられています。確かにその部分は事実です。しかし、いつものように深堀が出来ていません。それは過去何百年と採掘をされているものですから、市場の大量在庫ということもあり、そこにラボグロンの件があることも事実です。

 しかし本来の宝石質で資産性の高いものということになれば、別のストーリーが出来上がってくるのです。今後もしばらくの間は混とんとするのでしょう。

2026年1月20日火曜日

宝石ですか?工業製品ですか?

  ラボグロンダイアモンドについて数回触れてきましたが、天然ダイアモンドとラボグロンは何が違うのかという質問がありました。

 古来から宝石の条件として美観性、希少性、耐久性、携帯性そして換金性というのが本来謳われてきたもので、近代においてはそれがより明確になってきていました。しかし、一部の業者により何から何まで販売を前提とした宝石という言葉の乱用もあり、その線が市場では怪しいものになってきましたが、世界的には前述の条件を前提に価値を踏襲されてきたものです。

 まずは、ダイアモンドというネーミング自体が天然と宝石を前提としています。

 前述の条件を前提とすると希少性、換金性のないラボグロンは宝石ではありません。しかるに、あえて炭素の結晶構造を持った人工物はラボグロンと称し、ダイアモンドとは呼称しにくいのもプロの人々から言うと至極当然なのかなとも思います。

 婚約指輪のシェアの中で米国では40%のシェアを持つようになったと報道が行っていましたが、これは少し大げさではと考えます。確かに以前から比べるとシェアは大きくなってきていますが、渡米をしていても実感としてはそれほどの店舗が扱っているわけではありませんので、ネット販売における、婚約指輪のシェアといえば納得をする内容です。

 米国ではブルーナイルの歴史にあるようにネットで婚約指輪を手配する男性も多く、米国社会ならではの現象かと思います。

 ラボグロンはサスティナブルであるとか価格が手ごろであるとか、天然のネガティブキャンペーン的な販売も行っていますが、実際にはラボグロンも製造過程では高電圧の電気を消費します。さらに、本来同じ土俵の上っているものではありません。

 婚約指輪に宝石を選びますか?

 工業製品を選びますか?

ということで、そのどのチョイスをする男性を人生のパートナーと考えますか?ということです。


 

2026年1月16日金曜日

ラボグロンダイアモンドとは何ぞや⁉(2)

 さて、中国で大量生産が始まるようになるとあらゆる現象と影響が出てきました。

 次回へ

前述部分までが前回の最終部分でしたが、その続きです。

 中国で大量のラボグロンの生産が始まり、その研磨は多くの天然ダイアモンドが研磨されているインドでの研磨となったのです。

 日本の一部企業も乗っかりマーケティングが始まり、皆さんの知るところと訳ですが、その際には謳い文句としてSDG’sを掲げ、天然ダイアモンドは自然破壊に繋がるなどと謳っておりました。しかし、その時期においても天然ダイアモンドの半額とか4割などと価格に関しての遡及を行っていました。

 以前、ラボグロンはいずれキュービックジルコニアの二の舞になると書いたことがあります。天然ダイアモンドの研磨のし過ぎで研磨の作業が無くなっていたインド研磨企業は当初中国などからラボグロンの研磨を請け負っていましたが、さらなる仕事を確保するためにラボグロンの製造機そのものを導入し、ラボグロンの研磨にまい進するようになりました。

 そのころになるとデ・ビアスなどは同じようにラボグロンのためのブランド(Light boX)を立ち上げ、いち早くラボグロンの安売りを始めます。つまり、天然を守るためにラボグロンつぶしを始めたわけです。

 しかし、現実にはインドので大量生産と大量研磨はあっという間にデ・ビアスの手を汚さずとも価格の崩壊が始まります。現在では天然ダイアモンド価格の指標であるラパポートレポート上では天然ダイアモンドの価格の3%がラボグロンの市場価格とされています。

 今回の日本での国際宝飾展などではラボグロンは天然の10分の1といったようなコメントが出されていましたが、実際にはそれ以下の価格となるのです。そうなるとデザインであったり、造りであったり、ブランディングで売るといった本来の売り方にならざるを得なくなるわけです。

 基本的なことはブライダルであったり、ジュエリーとして自らを飾るときに天然なのか、人工なのかということになるのです。これはまさに人々の価値観であり、豊かさによるものだと思います。

 自分の婚約者から受け取るダイアモンドの指輪が天然なのか人工なのか?

 工業製品を贈るのか?天然の恵みを贈るのか? 

 更に現在行われている国際宝飾展なるものを見ていてもリサイクルジュエリーであったり、アクセサリーであったり、ラボグロンのコーナーがあったり、展示会そのものが既にまがいであるような気がするのは私だけでしょうか?

 忘れないでください。これらのビジネスは天然の宝石が存在し、その華麗なビジネスが存在して初めて、成り立っているのです。

2026年1月15日木曜日

ラボグロンダイアモンドとは何ぞや⁉(1)

  ラボグロンダイアモンドの事は前回書いていますが、現在、行われている国際宝飾展なるものの中にラボグロンダイアモンドのコーナーがあります。そこがTVの取材を受けたこともあり、問い合わせが数件ありました。この宝飾展を前述のように表現することもいかがなものかと思いますが、そのことは置いときましょう。

 極端な問い合わせとしては『なぜラボグロンというのか?』という問い合わせもありました。一時はカルチャーダイアモンドという名もありましたがいわゆる養殖真珠をカルチャーパールと呼ぶようにでありますが、研究所で成長させてという意味合いでラボグロンという命名がされているのです。

 実際には工場で大量に生産されている工業製品ですから、表現方法としてもいかがなものかと思います。実際に元々は宝飾用として生産されたものではありません。光学用ないし工業用として製造をされたものであり、以前は天然のダイアモンドを工業用として質の悪いダイアモンドを使用していました。また、光学用としては小さなサイズの良質な天然ダイアモンドを使用していました。

 人工のダイアモンドを生産して光学用として使用することの必然性は当然です。しかし、だんだん大粒のものが製造する事が出来ると別の目論見を持ち始めた中国の企業は早速宝飾業界にアプローチを始めました。勿論それまでも同種の人工ダイアモンドは製造されており、実際に販売もされておりました。ただ、品質的には黄色からブラウンのものも多く一部の(特にアメリカ)宝飾店では1990年代半ばから販売をされておりました。

 私自身米国でのビジネスをしておりましたので取引先の宝飾店で発見すると『本物の店で人工ダイアモンドを販売していて問題はないのか?』と尋ねると決まって『GIA.GGを持っている人間がお店にいて説明ができるので何の問題もない。』といっていたのを思い出します。

 しかし、現実にはGIA自体は2003年に初めてラボで確認をしたといっておりました。勿論、そんなはずはありませんが、その時点での看破方法は完全ではありませんでしたので、それ以前にグレーディングしたダイアモンドへの心配があり、そのような発表があったのだろうと認識しています。

 さて、中国で大量生産が始まるようになるとあらゆる現象と影響が出てきました。

 次回へ

2026年1月10日土曜日

天然とラボグロン⁉


  ラボグロン(人工)ダイアモンドが現れて30年がたとうとしています。現実に市場に現れてという意味ですが、実際には1980年代には当時のソビエト連邦製のものが出回っていてということです。

 そのソ連崩壊によりそのマシンが米国に渡り、1990年台半ばには市場で目にするようになりましたが、品質や大きさがさほどではなく大きな市場になることがありませんでした。

 2010年代になると中国での生産が多くなり、世の中の知られるところとなりましたが、価格はそれほど大きく天然のダイアモンドとの差もなく(天然の約40%程度)、大きさもさほどのものではありませんでした。しかし、その後インドでの天然ダイアモンドの研磨が少なくなると、インドの研磨工場の多くがラボグロンの研磨を開始し、更にラボグロンの大量生産まで自前で始めるようになると瞬く間に価格が下がりました。

 現在のラボグロンの価格は天然の約3%を目安とされるまでに下落をしました。つまり大量生産をすることが可能なものですから当然といえば当然の結果ともいえます。

 およそ45年ほど前にも経験がありますが、当時はキュービックジルコニアが現れて、天然のダイアモンドと見分けがつかないという触れ込みで販売をされ、1ctがプラチナ枠で100,000円で売られていました。しかし、3年後にはシルバー枠で5,000円という価格になっていたことを思い出します。

 ただ、現代のラボグロンに関してはダイアモンドであることには違いがありません。勿論、看破方法は確立されてはいますが、見た目も輝きも天然とは違いが殆どありません。

 ここで天然との違いはどこにあるのかというと天然に関して言うと唯一無二であること、そこに歴史上の物語が付与され、さらに言えば換金性が高いということです。一方、ラボグロンに関して言えば大量生産であるという意味で言えば背景的な物語はありません。また、換金性という意味で言えば殆ど皆無といえるでしょう。つまり、天然品と工業製品の違いです。

 それではラボグロンの長所は何なのか? 昨年の夏に米国へ行った際にビバリーヒルズで2軒ほどの豪華な宝石店が開業をしていました。はてと思い覗いてみましたがきれいなパーティー用のジュエリーが陳列されており、数千万から数億円するようなハイジュエリーが並んでおりました。

 しかし、実際には数十万から数百万円程度の価格帯であり、驚いていたところラボグロンの専門店でした。なるほど売り方だなと思い、そこの社長と少し話したところ、まだお店を立ち上げてか2年程であるということでした。

 話の内容から、米国に限らず欧米諸国にある文化がその需要を支えており、例えばアカデミー賞に関わらず、それを身に着ける場所が多々あり、数億円出さなければならないような場面でさえ、数百万円で済むとなれば如何な富裕層でもありがたいのではと考えます。以前はアカデミー賞の受賞者は某ハイブランドからのレンタルで参加をしていたものです。

 日本では残念ながらなかなかそのような場所は少なく、ラボグロンを扱っている業者もプチペンダントや立て爪といったシンプルなものにすることが多く、意味合いから言えばキュービックジルコニアの二の舞になるのではと懸念をしています。

2026年1月8日木曜日

AIの収益性の検証⁉

  AIに対して決して否定的な考えを持っているわけではありませんが、現在の半導体を含めたAIブームにはいささかの懸念があります。

 それはAIは既に現在までのほとんどのデーターを読み込み、AGI(汎用人工頭脳)時代に入っているに関わらず、さらなるAIの開発が行われています。

 自動車の例にもあるように一般の公道で一般車両がF-1のエンジンを積んでいても意味がありません。勿論、自動車メーカーは未来の自動車のための技術を得るためにF-1を走らせているのですが、一般車両には必要のないものです。スーパーカーといわれる特殊な車であったとしてもそこまでのエンジンは必要がない訳です。

 つまり、現代のAI開発においてはまずは一般社会で活用できるものという考え方を持ち、新たなAIに投資をするよりも、AIによる収益性の確認をすることが必須であり、実体経済に即したAIの活用が必要であり、一般人が誰も活用のできないものに収益性を求めることはできないのです。

 開発、投資も必要であり、そこに金融が乗っかり、時代を回すことは必要だとは思っています。しかし、現実は社会経済を回さなければなりません。

 F-1もスーパーカーに使うエンジンのためにだけに走らせているのだとしたら、ただのマスターベーションに過ぎません。一般車両に汎用されて初めて経済を回すことになるのです。

 現代のAI、半導体のブームによる金融の世界はあまりにも危ういように思います。歴史にあるようにブームに走ったものはいずれ終焉を迎えます。

 わが国でもこぞって投資を促そうとしていますが、本当に大丈夫ですか? と問いたいのです。国民の将来の責任を自己責任で負わせようとしていませんか?

 『過ぎたるは及ばざるがごとし』という言葉がありますが、真にその懸念があります。現実的に如何にAIの収益性が経済に及ぼしているかという検証がもっと具体的にあってもよいのではないかと思うのです。


2026年1月7日水曜日

なぜにダイアモンド!?

  ダイアモンドを特に生活に必要がないとか、高価だという人もいますが、本当は人生の長い期間で考えると潤いとか長生き、豊かさ、充実とかいった事に必要なもので、その気持ちを持っていられるかどうかで人生が変わると脳科学者もいっています。

 勿論、いろいろな意味で必要だと感じて現状のダイアモンドビジネスに対しての懸念や現実を綴っているのですが、ダイアモンドの最も必要な側面は前述の精神的な面が多いことも重要なポイントだと改めて感じたわけです。

 過去の経験の中でいかに多くの人々の喜びの声や感動を感じてきたであろうかと思うと、改めて自分自身が考える余地があると思うのです。

 長い間ダイアモンドのディーラーという職業の反面、小売りのサポートや講習会やセミナー、時にはTVのMCなど多くのダイアモンドを通した仕事をしてきましたが、共通しているのは人々に如何に喜びを与えることができるかということが主題であったことを、改めて見返す気持ちを取り戻したような恥ずかしい気持ちも含め、今年の課題としようと思っています。

 現在は百貨店の売り場のサポートなども行っていますが、多くの場合ダイアモンドのハードの部分を説明することが多いのですが、今後はもう少しソフトの部分も考えてみようなどと思っています。

 自分のブログであってたまには見返すことも良し、と改めて感じました。というより宝石というものは過去の歴史の積み上げが、その価値でもあるような気が改めてします。

ダイアモンドの2026年⁉

  昨年来続いているデ・ビアスの身売り問題やNWT(カナダ)での2030年までの全鉱山の閉山問題とダイアモンドビジネスにおいては歴史上最も厳しい時代が到来するのが今年であろうと思っています。

 一度収まったラボグロンの需要の活性化も新たな問題点(ダイアモンド業界にとって)として浮上をするでしょう。つまり、一度は価格の暴落により関心を失いかけられたラボグロンに対してファッション系の新たなプロモーションにより、息を吹き返してきた部分も出てきています。

 ここ数年の1ct以下のダイアモンドの値下がりは鉱山のモチベーションも下げ、採掘に対しての希望を失わせるには十分な市場になってきています。そこに更なる市場でのラボグロンとの競合は大きな光を失わされてきました。

 過去にはダイアモンドを語る場合にはダイアモンドの総合的な話、例えばダイアモンドの価格は今上がっていますよとかこのようなカットが売れていますよといった漠然として話で事が済んでいました。

 しかし、現代はダイアモンドのサイズや形、品質や色等などの組み合わせで、価格が下がっているとか上がっているといった、それぞれのタイプや組み合わせにより価格がどうかといった話をしなければなりません。

 1ctのダイアモンドは価格が下がっていますが、形の長いファンシーカットは需要が上がってきていてむしろラウンドより高くなっているといった過去ではあまり考えられなかったことが起きています。

 勿論大粒3ctアップのところは価格が上昇し、ここではダイアモンドの本来の価値に順守しており、1ctまでの大きさはトレンドに左右され、大粒のものは需要と供給に影響されます。

 大粒は採掘の減少により、価格は上昇に向かいますが、1ct以下に関しては更なる苦境に立つことになるのです。

 更に大粒に関してはGIA(米国宝石学会)などが積極的に行っているブロックチェーンの採用により更なる資産性が浮き彫りになるでしょう。ただ、特に日本の業界はどこまでそこに対処ができるのかということも課題となります。

 そして、今年の何よりの課題として出てくるのは、現代の環境です。ジュエリーを身に着けない環境やステータスを意識しない文化は何よりダイアモンド業界の暗部です。

 ネガティブなことが多い年になる半面、新たな需要の創出がしやすい年になるとも言えます。原点に戻った考え方は過去に戻るのではなく、未来の市場の創出につながりやすくなるのです。ただし、原点である品格や知識といったものを身に着けることが何より大事のなるのです。

2026年1月6日火曜日

常識というもの⁉

  新年が明けてあっという間の1週間が経とうとしていますが、アメリカのエクアドル襲撃などのニュースが飛び込み、世の中の常識というものが音を立てて崩れていくような気がしているのは私だけでしょうか?

 勿論、その件だけではなく、日経の高値明けから始まり、ここ数年来続いている地金の高騰は金にと止まらず、プラチナ、銀、パラジウムなど実際のバリューではなく、金融の底上げ的な高騰などは過去の事例にはありません。

 過去の事例にないことは当然、如何なAIといえども測りえず、だれの予測も当たる可能性もあり、外れる可能性もあるわけです。

 そして、金融というものは本来経済の安定に必要な要素であったはずなのに、経済をより不安定化しているように感じます。つまり、根拠のない価値観がはびこり、経験のある人々にとっては不安要因であり、経験のない人々には我々のバブル時代のような浮ついた高揚感の中に浸るという時を迎えています。

 歴史だけを考えればいずれネガティブな状況になることが必須であり、時代から考えると数字が落ちないにも関わらず、価値が落ちていくという状況で収まるような気もします。つまり、インフレです。

 品格とステータスが価値という時代に終わりを告げるのか、効率と数字という、アナログとデジタルの価値判断がうまく融合してくれる時代になるのか?

 現代の半導体やAI産業に浮かれているのは産業界というより、その両方に浮かれているのが金融界であり、それを憂いてしまうのは私だけでしょうか?

 AIは1のものを100にすることはできるのでしょう。しかし、0のものを1にできるとは思えません。もっと、政治も経済も足元を見てほしいと思うのです。

 常識というものが時代とともに、場所や文化とともに変わってくることは否定をしません。しかし、それは人々にとってよりより便利に都合よく変わってきたはずです。しかし、現在の常識の変化は人々を不幸にしているように感じます。

 そして、その度合いは増々大きくなっていくような気がします。一人の人間に使うことのでいない富が集中し、そのことだけでも貨幣の価値を下げる例として十分な根拠となります。

 誰も測れない常識は、すでに常識ではないのです。 異常なのです。

2026年1月2日金曜日

2026年への懸念⁉

  明けましておめでとうございます。

 2026年、午年はどのように迎えるべきかと思い悩んでいるところもありますが、新年の参拝でのおみくじは『大吉』と気持ちは少しホッとした気分で新年を迎えました。

 昨今のAIブームに始まり、それに関連した半導体等の株の高騰もあり、幾分金融の世界では浮ついている部分も感じます。

 金融の世界は昔から水物といわれていることもベースにあり、いささか投資ではなく、投機というギャンブル的な要素が十分にあるものが経済の中心を担っていることも、この午年に関しては不安な要素ともなっています。

 AIそのものも過去のほとんどのデーターを読み込み来るところまで来ている感じもしますが、さらなるAGI(汎用性人工知能)ブームも来ており人類はどこまで人工知能を開発し、何を望んでいるのか理解に苦しんでいる部分もあります。

 我々のようなアナログをビジネスのベースとしているような業界はもはや必要がなくなってきたのかと思う反面、AIそのものはアナログをいかに効率よく機能させ人手の効率性を高めるものであるべきと考えており、その需給というかバランスが崩れ始めていることも不安です。

 AIは未来を作れるのではなく過去を如何に整理をし、未来の創造するための材料を提供しうるかという観点が本来の姿で、AIが未来を創造できるわけではないということを誤解してはならないと思っています。

 人々は食事をし、洋服を着、快楽に身を任せる部分があり、それらを作り得るものは全てがアナログの世界です。

 第一次産業を効率よくし、例えば自給率を上げるための手助けとしてのAIは大いに結構であり、産業革命としても十分な役割を担う事が出来ます。しかし、現在の一部の人間のためのAIの進化は金融という本来であれば経済の潤滑油的なポジションを押し上げ、経済の主役になろうとしています。しかし、経済の主役はデジタルであれ、アナログであれ貨幣が主役です。

 昨今の金融のふくらみのスピードは度を越しており、金融商品が先行をし、本来の物が供給されるスピードをはるかに上回っています。インフレを加熱させることとなり、貨幣の価値が下がるわけです。

 この間の貨幣の価値がいかに失われたかということは皆が実感していることでもあります。

貨幣が市場へ回って初めて経済が動くのであって、デジタルの世界で動き回る数字の貨幣には未来を担う役割はないと考えています。

 ダイアモンドビジネスという世界へも同じように本筋からそれ始めた部分も見え始めています。ステータスというものが役割を終えることはありません。フェイクなステータスの創造は人々が生きていく部分では何の役にも立ちません。ステータスはアナログの中に存在します。

 AIへの過度な期待というものは経済を陳腐化させ、人々から活気というものを失わせることにもなるでしょう。