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2018年12月30日日曜日

繋ぐもの⁉

 年の瀬も色々押しせまり、殆どのところでは忘年会も終わり、新年を迎える準備をしている所でしょう。

 昨夜、毎年続く知人宅での忘年会に参加をしてきました。私自身は年末は仕事の事情で昨年が初めての参加となり、今回が2回目ですが、例年十年以上も続くこの会は餅つきを含めてお昼ごろから百数十名が参加をするのですが、今年は主催者の怪我などもあり、30~40名ほどの参加ではありました。そのようなわけで初めてお話をする方もおり、楽しく過ごさせていただきました。

 そんな中お話をさせていただいた中で友人が私の職業を紹介したことも有り、お一人のご婦人がご自分お持ちになっているダイアモンドの話となりました。それは数十年前にお父様がお母様にニューヨークのティファニーでお求めになった8ctsほどのマーキースカット型のダイアモンドだという事でした。

 それは指輪でありティファニーのオリジナルの枠だったという事ですが少しサイズが合わなくなったというときに近くの宝石店さんに相談をしたら『作り替えましょう』という事で作り替えたという事です。

 普通であればサイズを直すといってティファニーの枠の付いているものを作り替えるという発想はプロは持ちませんが、すっかり同じように作り替えたのだそうです。いやらしい話になりますが、もし後日販売を考えた時にはその価格に違いが出てくるわけです。

 つまり、ダイアモンドは変わりせんが、百年以上続いた宝石店の老舗はそれなりに価値を持ちますのでオークション等ではその差は歴然としてきます。

 更に、本来は引き継いでいくものですからその指輪の枠さえもその物語の一筋になっていく訳です。ダイアモンドという普通にしていれば永遠の耐久性を持ち時代を超えていくメモリーカードみたいなものですから、出来るだけ次世代へ繋いでいっていただきたいものです。

 この年の瀬に来た大変楽しいお話が出来、それをその方がこの後どのようになさっていきたいのかはわかりませんが、出来るだけ次世代に良い形で繋いでいっていただきたいものです。
https://ameblo.jp/diamonrow
 

2018年12月28日金曜日

ダイアモンドの世界⁉

 最近米中のAI、G戦争なるものが話題になっていますが、ITの進歩によりさらにAIの進歩が加速され十数年前まで圧倒的に遅れていた中国があっという間に世界のとTOPへと昇り詰めました。

 AIというものはいくら優れていても人間にある創造性や、プライバシー、思いやりというものは持ち合わせてはいません。つまり、このAIに一番近い人種がその世界を支配をすると考えると、まさに中国という国はこれに世界中で一番近い国と言えます。

 その証として創造性の最たるものとしてノーベル賞の存在がありますが、中国にはその痕跡さえありません。つまり、オリジナリティーを尊重することなく盗作に対しての認識が薄いお国柄ですから他国のテクノロジーを盗むという事を前提にしています。

 一方、中国という社会主義の国ではプライバシーというものがなく、政府が全ての国民を支配することが問題になりませんから、それらを憂慮して事が停滞することはありません。その辺が米国と違うところでしょう。つまり、躊躇がないのです。

 更には過去に数十の人種が入り混じってきた国ですから、とりあえず自分第一で人は利用するものとなることは仕方がなく、ほかの人のことなどは二の次というより眼中にありません。更に中華思想という自分が世界の中心という思想ですから、それらがモラルというものの欠如や陳謝という心を持ち合わせないところの要因でしょう。

 ダイアモンドの世界でもそんな中国の台頭が著しく、昨今TVでも取り上げられる機会の多いCVD(人造ダイアアモンド)などは中国が最先端であり、これらの兆候も前述した中国ならではがあるのかもしれません。

 私自身語弊があるかもしれませんが、ダイアモンドの世界で長くユダヤ人とビジネスを行い、その中で行うダイアモンドの取引においてはロジックがしっかりしているという面もあり、割と感情を入れずに仕事をしていくというスタイルを長く続けてきました。

 しかし、CVDの存在を初めて知った30年ほど前からなかなか結論が出なかったことがダイアモンドとは何ぞやという事でしたが昨今のCVDの台頭により一つの結論に達したのです。

 それは前述した事にも関係があるのですがCVDに比べるという理屈ではなく、天然のダイアモンドには歴史と物語があるという事です。人の手により創られたダイアモンドは常に看破方法が存在します。勿論天然ダイアモンドにおいても看破することは出来るのですが、人が未だに見た事のない事実が存在する訳です。

 それは地中深いマントル上部で生成されたダイアモンドには地球内部のあらゆる成分を内包しているという特徴であり、地球という星の歴史の証拠でもあるという事です。

 つまり、人間の知りうる範囲内で製造されたダイアモンドと、宇宙という偉大な原点が生成をしたダイアモンドは根本的価値が違うという事です。

 前述のAIが作り上げたコピーを良しとするのか、宇宙という大自然が作り上げた天然ダイアモンドいう本物を良しとするのかはそれぞれの価値感ではあると思うのですが、今その天然御ダイアモンドを一番欲しているのが中国人だという事も皮肉なもので、それは彼らがコピー物の空虚感を一番知っているからかもしれません。

こちらも訪問してみてください。
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https://madam-g.blogspot.com/

2018年12月24日月曜日

退化?進化?

 以前からCVD (人造ダイアモンド)について書いては来ましたが、そこの意味を考えることはあまりありませんでした。

 人間は生命体というよりアミノ酸といった成分的な要素が変化をし、生命体となり生きていくうえで必要な物をそして何かの不足があって進化をして現在の身体になったのですが、ある一定の進化を迎えたところで文明が進歩をし、そして文明が進歩するとともに今度は人間の退化が始まっているような気がしています。

 つまり、近代でいうと電話がその例ですが、私たちが社会に出たころは営業という立場上100以上の電話番号を暗記していました。しかし、プッシュホンが現れ、現在のスマホの出現にいたって電話番号を覚える必要がないために電話番号を暗記するという能力は著しく退化をしたのです。

 つまり、便利という文明の進歩は本来人間の進化を停滞させるとともに、もっと言うなら退化を促しているように見えます。人間には相応の進化するテンポというものが有るような気がします。

 現在人間は100mを10秒をやっと切ったところのスピードで走っています。もし、これを何らかのテクノロジーで7秒で走らせようとするとその場では結果が出るかもしれませんが、肉体が悲鳴を上げその後ボロボロになってしまうでしょう。

 現代の社会はITの存在、進歩によりその状況にあるような気がします。本来足りないものを補うためのものが必要以上の事を行っています。話しかけると起動をするスマホが普通の人間に必要でしょうか?

 ハンディキャップの人々に必要なものであれば理解が出来ます。つまり、手を使えない人にとっては声掛けスマホも必要でしょう。しかし、自動運転をはじめ障害を持つ人々の支えとなる進歩は必要な事だとも思います。

 最近自動運転の取り締まりのための法律の制定に向けて審議が始まっているそうですが、その中の疑問ですが、運転しながらのスマホやPCいじりはOKだが、居眠りはダメという事が話し合われているようですが、それはどちらにしてもAIやITに故障や間違いがないという事が前提だと思いますが、その監視のための人間は必ず必要だという事を考えればどちらもアウトだと考えるのです。

 すべてを否定する訳ではありません電車のように一定の軌道の上を走り制御が可能で明らかに人手を補うというものを否定する訳ではありません。ただ人間としてできることをAIやITに委ねるという事が問題ではないかと考えるわけです。

 人間の進化というものは環境や時間というものを前提としています。現在はコンピューターのスピードで文明は進歩し、実際には一部の人間しかそのスピードに追い付いていません。現在の格差もその辺が要因の一部にもなっているし、それは限界あるものの寿命を早めているだけに過ぎないし、本来進化すべきものを退化させているのです。

 冒頭の人造ダイアモンドに関しても何の意味があり、何の為なのかと考えるわけです、それは看破方法は人間が創りだした限り必ずあるわけで、それに本来のダイアモンドの持つ価値観というものとは真逆なものなわけです。

 現代の文明の進歩というものに対しては疑問符が付くことが多すぎます。
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2018年12月21日金曜日

プライスレポートの弊害⁉

 ダイアモンド業界の人やダイアモンドの興味を持たれている方であればよくご存知の『ラパポート・レポート』というプライスリストがあります。

 これは以前ダイアモンドのビジネスを行っていたマーティン・ラパポートなる人物が始め、今では世界中のダイアモンドを扱う人間の必須アイテムのようになっているのですが、ここに大きな落とし穴があります。

 元々はダイアモンド取引所の其々の取引金額のアベレージを記し、それがいつの間にか取引の目安となったのですが、実際には当時から取引の総金額や石目によっても出っこみ引っ込みはあったのです。

 しかし、それらは小粒ダイアモンドが主体の時代にはよかったのですが現代のように1ctサイズが決して大粒ではない時代に入ると実態には伴わないものとなってきています。

 何故なら絶対量のあるものであればその平均値も出るのですが、大粒になるほど少量になるものを平均値をとることは難しいのです。例えば1ctであればロットのビジネスは多く見られますからその平均グレードに対しての平均値は求めやすいと言えます。しかし、2ctサイズ以上になるとなかなかロットという訳にない来ません。

 つまり、one by oneのビジネスになりますから平均値をとることは難しい作業となります、勿論それほど多くのビジネスにもなりませんから取引所での平均値をとることも難しくなります。

 しかし、レポート上ではなんとなく比例してグレード毎の上げ下げをしているだけですから価格差に矛盾も出てきています。

 それ故に現在の取り引きではリストの何%マイナスとかプラスといった金額を示すことになります。そうなるとバイヤーが価格を聞くとプライスリストの10%マイナスとか20%マイナスとかという答えがブローカーから帰ってく訳です。

 これは簡単な手法ですから素人でも商売が出来ます。しかし、結果としてプロのダイアモンドブローカーが育たず、又バイヤーも言われた%を計算機で計算するだけで実質的なダイアモンドを見る機会がなくなります。

 それぞれの%がなぜ違うかというと実際に金額とプライスリストに載っている価格は違うという事です。つまり、プライスリストにはダイアモンドのプロを育たなくする弊害と購入希望者にいらぬ誤解を招くという弊害があるわけです。

 以前にも書きましたが、大粒のダイアモンドになると同グレードであっても瑕の位置や色の具合、更にはカットの%そしてライフの違いにより20%~30%の違いが出ることも稀ではありません。
ゆえに販売者側がダイアモンドの実質的価格を言っても買い手がプライスリストだけをもとに話していると商談は決してうまくはいきません。

 そうなると販売側も決して素材的には良くなくてもグレードが出ているものを優先して扱おうとしますので物としてはあまり良くないものが消費者に渡ることになります。その辺の是正をできるプロが多く出てくることを望みたいものです。
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2018年12月20日木曜日

アナログへの回帰(2)⁉

 前回の分は少しわかりにくいかもしれませんのもっとかみ砕きます。

 つまり、ITという便利なものが出来てあらゆることがスピードアップしましたが、実際には現実の人間が追いついているのだろうかという疑問です。

 人間は100mを10秒をやっと切ったところで走っています。もし何らかの助力作用によって7秒で走れたとしたら身体に何の影響もないとは言えません。筋力の破綻か関節の破綻が起きるかもしれません。人間の身体には限界というものが有ります。

 人間にはその体力に応じた進歩と時間というものが有ります。これは地球というものが出来て以来変わることのない原理です。しかし、現在においてはITというものが開発をされ人間のペースというものに関わらず物事が進んでいきます。やがてそのスピードは社会の破綻を招くような気がします。

 確かにITは人間が作り上げたものです。しかし、AIの発明により人間が付いていくことのできないペースで世の中の仕組みが出来上がっていきます。例えていうならオリンピックレベル以上のアスリートの記録を前提に町内運動会を運営しているようなものです。

 しかし、これらには恐怖と欠点があります。それは仮想空間であったり、仮想事象を創りだしそれをコントロールしている者は他者を操る事が出来、更には偽装社会を創りだすこともできるという事です。

 そして、もう一つ欠点としてはいくら立派な運動会を創り上げても赤ん坊は走る事が出来ない。つまり、アナログには敵わないという事です。
 

アナログへの回帰(ダイアモンド)⁉

 昨今の中国製モバイルの盗聴通信や最近始まったスマホの支払いシステムのトラブルとIT産業と言われるもののトラブルは進化するとともに必ず起きてきます。

 単純にこれらの問題点は誰もがそれぞれの情報に対してインターセプトできるという事です。つまり、以前にも書きましたが中国製のスマホを使っていれば通信をするたびに内容が中国に送信される恐れがあり、スマホ決済をすれば意図的に偽造されたQRコードを読み取ってしまえば第三者の口座にお金が振り込まれてしまうという事です。

 これらの事に関わらず本人の意思に関わらず情報や資金が意図したことに関わらず他人に流れてしまうという事です。

 更に物造りにおいてもプログラムされたことであれば同一性の物をいくらでも作り続ける事が出来ますが、結果労働者もいらなくなればコストも下がり、行く先はデフレ地獄に陥る事になります。

 現在はIT産業が華やかでフィンテックなどの金融も多くのお金を生み出しているように見えますが、実際には未来を切り売りし、未来の経済を消滅させる動きでもあるというようにも見えるわけです。それは電気のスピードで動きも早いことは認めます。しかし、あくまでも人間のペースを守っての物でなければならないわけです。

 30年ほど前に真珠の生産が盛んな愛媛県の宇和島である事件に遭遇をしました。それは真珠の養殖をしていた老人が引退をしていたのですが他の真珠業者がこの老人の会社名を使って裏の取引を多く行っておりましたが他社の伝票からこの老人の会社が3億円ほどの売り上げを上げていることを税務署は調べ上げたのですが、この老人曰く
『ほかの真珠業者が来て勝手に伝票を書いてこず回線程度を置いていっただけで後は知らねえな。』
という事でした。

 勿論伝票も保存されていなければ台帳もつけていませんから税務署も調べようもありません。しかし、税金の問題もありますからさらに追及をすると『年金よりましだから、おカネを少しもらっていただけで何の問題があるんだ』と老人は居直るだけで、何の物的な物もないので税務署もお手上げだったという事です。

 これが良いのかどうかわかりませんが、やはりアナログはある意味強いという事にもなりますが、勿論モラルとしてはいけないことです。極端な言い方をすれば情報を守るという意味ではアナログに限るという事になります。財産としてのダイアモンドはその典型です。

 物造りにおいてもAIには創造性はありません。所詮は過去のデーターの積み重ねですから新たな物を創りだすことはできません。職人が創りだす巧妙さや発想はAIにはありません。そして所詮ITはアナログを生かす便利なものでしかないのです。

 しかし、昨今はそのアナログをないがしろにしているようにも見えますが、アナログあってのITであり、それを理想的に動かす知能がAIであるわけで決してアナログを超えるものではありません。

 ITは未来を切り売りするものであり、AIは過去の産物であることを忘れてはいけないと思うのです。

 ※上記の内容が何を指しているかはこれを読まれた方の解釈にお任せします。
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2018年12月19日水曜日

CVDの対処⁉

 CVD(人造ダイアモンド)がいよいよ台頭し、業界でも何かと意見が分かれるところですが、看破方法のない以前であれば別ですが、国際宝飾展にも出展されるようになったそれほどの大きな問題ではないと捉えることが大事です。

 現代においては俗にいうアクセサリーと宝飾品の境目がなくなってきたような時代ですから目くじらを立てるよりどのような差別化を測るのかという事だと思っています。

 つまり、意識の問題ですが昨今の展示会を見ていてもアクセサリーなのか宝飾品なのかがよくわからないような展示物をよく見かけます。接客方法でお客様が納得をしてお求めになっているのであれば何の問題もありませんが、半分騙したような売り方は問題です。

 しかし、残念ながら販売をしているスタッフたち自身がどちらを販売しているのかという意識がないという事が問題です。絶対的な条件を満たしていればそれをいくらで販売するのかは販売者側の信用であり、品物の良さではあると思います。

 絶対的条件というのは何かというのは難しい部分はあるのですが、最低限天然宝石と貴金属を使用しているという事ではあると思いますが、地金の金賞やどのレベルの鉱石までを宝石というのかという事になりますが、例えば金でいえばK10やK7を使用しているものはどうなのかというと、やはり一般の方はK14以上のものを宝飾品と認識をしているのでそれらのものは如何なものかと感じますし、現代において銀製品や銀を使用した製品はどうなのかという事になります。

 確かに中世において銀自体は貴重な地金であったことは確かですし、多くのアンティークジュエリーに関しても使用をされていることは多くありますが、現代においてはそれほど貴重なものとは言えませんし、やはりどうなのかと考えます。

 宝石という概念に関しても天然であることが大前提ですし、処理石を販売側の理屈で正当化することは宝石の条件でもある希少性という概念からは外れると考えるべきと思ってます。

 勿論CVDに関してはお客様の選択ではあると思いますがPTを使用し製造されているものを今後は多くみられるようになるでしょう。そうなると価格的にもお求め安くなるし、造りの良いものも出てくるでしょう。

 今までのように宝石を前提として低品質の物や、造りもやっつけ仕事の様なものを販売している
よりはCVDの方が良いという事にもなるのだろうと思います。

 今後を考えると宝飾品を扱う方のより一層の自覚と精査された製品造りというものが必要になってくるのだろうと思います。その上でその選択を購入者に委ねるしかないのだろうと考えます。
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2018年12月15日土曜日

よもやま話⁉

 時々宝飾の展示会を覗いて思う事があります。それは会場に多くいるホストのような30~40代の男性販売員を見ていての事ですが接客が上手く、多くの熟年女性客を手玉に取っている様子です。

 よく男性は若い女性が好きだと女性陣は言うのですが、それを全く否定するつもりはないのですが、女性にも同じことが言えるんではないかと思うわけです。もっと言うと熟年女性のそれの方が顕著のような気がするのです。

 スポーツジムやテニスクラブでも同じような光景を見るのですが、全てではありませんが結構大きな割合で若い男性のインストラクターに話しかけたり、何気にボディータッチしたりする姿をよく見ます。逆に男性がその様なことをしている姿はあまり見たことがありません。

 決してインストラクターに関してはそのような意識をしているとは思えませんが、事宝飾の展示会になるとあえてそのような行動をしている様子の男性販売員の姿を見ます。以前では考えられないことですが、彼らの中で得た経験上の行動なのでしょう。

 お客様の身体に安易に障ることは宝飾業界でタブーとされていることです。何故ならサイズ等を図るためにやむなくお手に触れたりするする機会もあるので、誤解を招かないように更に気を付けるわけです。

 多分宝飾業界というより催事業界での経験なのだと思いますが、宝飾業では考えられないことです。更に、自分の名前をファーストネームで呼ばせるように仕向けたりと全くホストクラブそのもののような行状が垣間見られるわけです。

 彼らは販売の為にそのような行動をとっているのでしょうが、当たり前のご婦人であれば怒りを露わにするかもしれません。しかし、会場にいるとそれを喜ぶような熟年女性を見ることが稀ではありません。

 決してそれらの熟年女性を卑下するわけではありませんが、結果的に購入しているものを見ると何故にあのようなものを購入するのかと首をかしげることが多々あります。

 そして理解をすることはやはりさみしい女性は多く、優しい言葉に気持ちを傾けてしまうのだなと一切そのような優しい気持ちを持たない私自身は思ってしまうわけです。

 やはり、お客様はお客様として接することが我々のビジネスの根本ではあるのですが、宝飾品を販売しているというよりサービスを提供しているという事であり、それが品が良いかどうかは別にしてお客様が望むものを提供するという事も必要なのだと考えもしますが、少なくても当方のお客様の中にはそのような方がいないという事が救いではあります。
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2018年12月14日金曜日

ダイアモンドのグレード評価⁉

 ダイアモンドのグレードについての異論はこれまでも書いてきました。

 先日10ctのダイアモンドの問い合わせがあり、当社の在庫で同じ10Ctの同じグレードで30%近くの価格差があるのだけれど何かの間違いではないかというものでした。

 これは間違いではなく、問い合わせた方がダイアモンドの知識が十分ではなかったように思います。小さなサイズと違い大きなサイズに関しては特にそうですが同グレードであってもその中での差はものすごく大きなものが有ります。

 例えばJカラーであったとするとIカラーに近いのかKカラーに近いのかでは最低でも3段階に分かれます。またSI2であったとするとプロの間ではSI3なる言葉が存在するように、例えば肉眼で容易にみえる内容かどうか、白か黒か、どの場所に存在するかどうか外から続いているものかどうか等々検討すると20段階ぐらいに分かれます。更にエクセレントだとしても今後もエクセレントで行く範囲かどうか以前であればヴェリーグッドの範囲ではなかったかどうかなどを換算すると30%もしくはそれ以上の価格差が付くことは稀ではありません。ましてや鑑定機関が違えばその差はもっと大きくなります。

 これらはグレードによってもその差はありますが中庸であったり低品位であればあるほどその差は多きくなります。又小さなサイズではそれほど気にしなくても良い差が大きなサイズになるとその差は大きくなります。

 4Cにあまりしばられると本当の価値を見逃していくことが多くあるように思います、現在では以前ほど4Cばかりを取り上げず、テリや印象で勧める販売員さんも多く表れてきましたが本当に良い傾向だと思います。

 4Cというとそれが全てのように思いがちですが4Cのグレードのそれぞれの部分にもその差があることは理解すべきなのでしょう。元々ダイアモンドが価値を持ったころにはグレード表記など無かったのですから。

 最近では見た目の美しさと大きさと予算でダイアモンドを選ぶ人が多くなりましたが原点に戻ってきたという事でしょう。4Cのグレードというものに惑わされて随分と回り道をしたような気もしますが、4Cというものが有ってダイアモンドが普及したという事実も否めません。
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2018年12月8日土曜日

ダイアモンドの価格⁉

 先日お取引先の社長からダイアモンドの価格について尋ねられ
『高木さん10ctsを超えるものの価格なんだけれど結構同じグレードでも価格差がありますよね。なぜですかね。』
という単純と言っては失礼ですが質問がありました。

 つまり、引き合いを手配して二つの10ctsの同グレードのものが手配できそのダイアモンドに20%前後の価格差があったとのことでした。
私は
『現物を見てみないと何とも言えません』
とお答えし、20%前後とか30%前後の価格差はあり得ることを説明しました。

 大粒のダイアモンドになればなるほど比べるものがなくなってきますが、更にはグレード幅が大きくなってきますので一概に価格は言えないのです。もともと0.3ctのダイアモンドと10ctsのダイアモンドを同じシステムで比べること自体が間違っているのです。

 例えば10ctのカラーとした場合カラーに近いかカラーに近いか、はたまたその中間かによって単純に3段階は違いが出てきます。更にクラリティーをSI2とした場合にどの位置に内包物が有るかどうか、更に白瑕なのか黒瑕なのかどうか、そして肉眼ではっきり見えるかどうかを言うとその内容は10分割以上になるでしょう。さらに言えば蛍光性がどうか、カットはどうかを言えば30%前後の価格差はいくらでも出てきます。

 小さなサイズになるとその差は小さくなりますが大きくなればなるほどその差は大きくなります。更には絶対量が少ないわけですから、所有者が幾らであれば手放すかどうかという問題もあります。

 ここで考えなければいけないことはダイアモンドというより物に対する考え方を持たなければなりません。つまり、需要供給が合っているものは価格のバランスはとれますが需給バランスが取れていないものは価格のバランスは常に変わります。さらに言えば物に対する考え方にもよります。

 例えば日本刀ですが物が切れれば良いという考え方であればそんなに価格差は出ませんが、本来物を切ったり、人を殺めたりするものではなく神仏に奉納するものとしてできたものですからその出来や意味合いによっては通常販売の価格の物から国宝になるものと幅広く価値は変わってきます。

 それはダイアモンドでも同じことが言えます。元々歴史上一番の価値としたときはルイ14世時代の上納品として使用された時ですが、これは日本の江戸時代と同じく参勤交代で外様大名にはお金を使わせて反乱資金を持たせないという試みと同じでルイ14世時代のフランスでは高額なダイアモンドを貢物とさせ、周りの貴族に余分なお金を持たせないようにしたものです。

 その中で勿論ダイモンドの価格差はありましたが、何せ希少性の高いものでしたからどのようなものを上納するかによってどのように重用されるかが決まったのです。その時代には勿論グレードというものは存在しませんからその特殊性で価値が決まったことは容易に理解はできると思います。

 勿論、同じように見えるものも存在してたでしょうが同一性というものはありませんから、そこに価格差があっても不思議ではないのです。つまり、価値や価格というものは希少性や美観性等が優先するものですから、結果的に現代のようにグレードが存在しても価格差というものは、勿論あり、グレードというもものはその目安にしかならないのです。

 冒頭に話に戻ると結果グレードはついているかもしれませんが価格が同じことはあり得ませんし、価格というものはたった4つの要素で決まること自体が不思議なことなのです。
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2018年12月5日水曜日

ダイアモンドが教えてくれる⁉

 先日、香港のショーに行ったことは前回書きましたが、出展社も少ない国際宝飾展ではありましたが日本からの出展社に関してはそれなりの数となっておりました。特に国内の状況が良くない中唯一香港に活路を見出しているというところも多く、必死さも伝わってきました。

 ダイアモンドの出展社もイスラエルを始め地元からの出展が多くバラエティーに飛んでおりました。中でもCVD(人造ダイアモンド)のブースが現れたことにはびっくりしました。これは主催者の焦りと困惑の中出展が実現したという事だと思いますが、他の国際宝飾展では認められているケースは少ないと思います。

 勉強かたがた覗いてみたのですが外から覗いたシューケースでもブース内に入ってのルーペを通しての確認においても間違いがないダイアモンドなのですが、なぜか違和感があるのです。
それは理屈ではなく長年ダイアモンドを見てきた人間の経験と自然が創り出したダイアモンドの我々に教えてくれた印象というか情報がその違和感を創りだすのでしょう。

 何度も何度も見てみました。
 やはり、内包物や光が何か違うのです。

 その後このブースを後にしてダイアモンドのディビジョンを覗いていると大粒のダイアモンドを多く並べているところがありました。ここでもやはり目に違和感があったのです。

 10ct以上のダイアモンドが多々並ぶ中でこれは『自然のものではない』という煌きを目に感じたのです。その光の中に混じる青みは天然のダイアモンドにはないものであり、それがすぐにキュービックジルコニアであることは直感で理解しました。

 私がその石を確認したく尋ねるとそこのスタッフは売約済みだとか色々言って見せたがらないのです。仕方がないのでそこを去り、たまたま近くにいた旧知のイスラエル人に尋ねると『彼のところであればあり得るよ。こうゆうところに出るとみな自分を大きく見せたがるからね』という事でした。

 いずれにしても天然のダイアモンドが長年私に与えてくれた情報は文字にはならないけれど貴重なもので、近年のレポートだけでビジネスをする人間には与えられてはいないものなのだろうと思い、やはり天然のダイアモンドのすごさを改めて知るよい機会になったものです。
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2018年12月1日土曜日

時代の流れ⁉

 昨日まで香港の宝飾展に行っていたのですが年数回の中で一番小規模という事もあり、一般消費者の姿を多く見かけました。実質的にはB to BというよりはB to Cの宝飾展といっても良いのでしょう。

 特に目の付いたのは最近多く出没し始めたSNSのライブ販売の人々です。彼らは色々な宝飾展に出没し、自らのフォロワーに通販さながらに自分が選んだ品物を中継し、自分のコミッションをのせ注文を取るという方法です。そして、彼らはライブ中に注文を受け、購入者からの支払いを確認してから、さらにその後出展社に値引きを交渉し、取り分をさらに増やそうという試みをします。

 本来の宝飾展はB to Bですから撮影等はご法度ですが、日本のリサイクルジュエリーのディビジョンにはデザイン盗用も何もないですから当然のように沢山集まってきます。

 今回も日本のリサイクルジュエリーのところには多分数十人というそれらの人々が集まっておりました。日本からも沢山の質屋さんも出展していますがリサイクルかどうかは彼らにとっては関係がありませんので当然それらのところにも多く集まってきます。。

 出展社の中にはそのような人々の為に撮影をしやすく照明まで用意し、スタジオ紛いを用意しているところまで現れてきました。つまり、このような販売方法は既に公であり、宝飾展もほとんどがB to Cを意識したところも多くあり、本来の宝飾展とはかなり異なものとなりつつあるわけです。

 これらの時代の流れと言えばそれきりですが、販売形態が時代により変わってくることは今までもそうですが、素人が物を売りプロはそれに従うという姿を見ているとプロとは何ぞやという気持ちにもなります。
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