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2011年1月21日金曜日

ユダヤ人その2

 先日、ユダヤ人の事に触れましたが、その続きです。私自身彼らとの仕事上、
個人的付き合いを含めて非常に興味を持って、彼らから直に聞いた事や見た事で
感じた事をもう少し語らせてください。もし、ご興味のおありの御仁がおられたら
もう少しお付き合いください。なぜなら、彼らの文化が非常に我々日本人と共通の
部分が多かったので是非皆さんにも知ってほしいからです。

 価値観は、その人のもっている経験と環境によって変わりますが、見た目が違っ
実は根が一緒であったり、同じように見えるものが実は異なるものであったり
する事はよくあります。人種や国における国民性もまた、同じようなことがいえる
のではないでしょか。

 流浪の民として定住の地をもたず、常に異邦人として生きることを余儀なくされ
てきたユダヤ人。片や、土地に固執し定住志向の強い日本人。最も遠い存在に思える
この両者には、実は多くの共通点があります。私などはある意味、ユダヤ人は日本人
にいちばん近いかもしれないと思っています。

 日本人も付加価値を創出することによってここまで発展してきました。もともと
資源や材料に乏しい日本は、商品にプラスアルファの価値を付加し、それを輸出する
ことによって発展してきたのを忘れてはならないでしょう。それは歴史の中で育まれ
てきた知恵でもあります。

 国をもたないユダヤ人と資源をもたない日本人は知恵という付加価値を育んでき
ました。そして、ビジネス、芸術、学問などあらゆるものを対象に、付加価値を
大事にしていくことで活路を見出してきたことはユダヤ人と日本人に共通した部分
だと考えます。

 私自身、ユダヤ人との長い付き合いの中で、日本人とユダヤ人は、あらゆる面で
似ていると感じてきました。

 例えば、ユダヤ人と日本の下町のおばさんは本当に良く似ていると思うことが
あります。口うるさいがお節介好きで、面倒見がいい。親切心もときに一方的な
押しつけになることもあり閉口する。ユダヤ人の頑固親父も、日本の雷親父(今
では少なくなってしまったが……)そのままである。

 ユダヤ人というのは、今の日本に照らし合わせるとまったく違うように思える
かもしれないが、古くから受け継いできた「日本人気質」を基本にすえてみると、
ユダヤ人的発想が理解できます。

 戦後、日本の農協から若者たちが「キブツ」に出かけて、多くの農業経営を学び
ました。「キブツ」とは、イスラエルの集団共同経営農場であり、共同生活体です。
この経験が現代の農協の一助になっており、その経緯からイスラエルのキブツと
日本の農協は深いつながりを持っている事は中学校の教科書で習った方も多いと
思います。私の友人の中にもキブツ時代に知り合ったイスラエル女性と結婚している
者がいるし、ユダヤ人の友人の中にも日本人女性と結婚している者もいます。
それはある種、理解し合える共通の部分をもっているからだろうと思います。

 日本の農園でよく見かける水まき用のスプリンクラ―はイスラエルの砂漠を緑に
変えた技術からきていたのはご存知でしたか?

 ユダヤ教の中には「日本人はイスラエルの失われた十部族のうちの一部族である」
という《同祖論》を唱える宗派があります。また、日本にも「日本人の祖先はユダヤ
人の一族」と説く学者もいます。これは古代から日本に伝わる神道の習慣と古代ユダ
ヤ教の習慣がよく似ていることが根拠となっています。

 例えば、日本には清めや禊(みそぎ)に塩や水を使いますが、これらはユダヤ教
古い習慣だったといわれています。確かに現代のイスラエルにおいても日本の相撲
ファンが多く、土俵上で力士が塩を撒くシーンは説明しなくても彼らは理解をして
いました。また同じく日本料理店などで玄関先に盛塩をしているところをたまに見かけ
ますが、イスラエルにおいても新しい知人や隣人を入口に塩を盛って迎える風習が
あるといいます。

 盆踊りとフォークダンスの原型となった古いイスラエルの踊りなどは良く似ています。
そして、イスラエルの民謡と日本の民謡はときどき聞き違えるくらいよく似ているもの
もります。特に合いの手を入れるものは本当によく似ています。日本民謡の合いの手は意味不明なものも多いが、それらがときどきヘブライ語に聞こえてしまう事さえあります。

 もし、同じ祖先をもっていなかったにしても何千年もの間培われて、残っていく物は
人種、文化、場所などが違っても残っていくものなのだとつくづく思います。

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