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2016年11月3日木曜日

ダイヤモンドの4Cの意味⁉

 昨日お取引先の販売員の方からの質問があり
『4Cのグレードで価格が決まるわけではないという事は解るのですが、でも価格の高低は品質で決まるわけですよね。その違いを説明することが難しいのですが…。』
というお話がありました。

 確かにダイヤモンドの価格はそれぞれの品質により変わりますからその意味合いもわかるのです。

 例えるなら、スキージャンプで見た目ではほとんど同じようにとんだ距離に見えても金、銀、銅が決まったとします。なぜにその結果になったのかという事においては飛んだ距離と飛形点が数字で表示され、その順位の目安を示します。その数字がグレーディングです。メダルを価格、数字をグレードと考えるとということですが。

 つまり、グレードとは結果が出ている価格の目安になっているだけです。仮に今回100メートル飛んで金メダルであっても、別の大会で100メートル飛んだから金メダルになるという事ではありません。それはグレードが出ているから価格はこれだという事にはならないということです。

 4Cという言葉の解釈をイコールグレードという風に理解をしていると勘違いを起こします。4Cの意味はあくまでもCarat(重さ)、Clarity(清澄度)、Color(色)、Cut(研磨)というジャンルを指しているのでこのカテゴリーで価格は決まりますよという事で、それはジャンプ競技で距離、飛形点というカテゴリーで順位が決まりますという事です。

 あえて言うのなら4Cとは4つのカテゴリー(Category)という事ですといったほうが良いのかもしれません。ですから価格は間違いなく4Cで決まります。しかし、グレード結果において価格が決まる訳ではありませんということで100メートルという結果が出たから金メダルという事ではありません。

 ただ、ダイヤモンドのグレードにおいて100メートルはいつも10,000センチとは限りません。時には11,000センチだったり、場合によっては9,900センチだったりもします。なぜならそれは目測だからです。でも順位の差を決めるには何の問題もありません。

 年代や鑑定会社、鑑定士によってその結果が違うことはあり得ることなのですから、順位つまり価格差の違いが分かればよいのです。ただ同じような条件下でなければそれも意味がないと言うことになります。つまり、同じ年代、同じ鑑定会社、同じような鑑定士でなければなりません。
それは同じジャンプ台同じ大会でなければその結果は比べることができません。それでも風の条件により同党には完全にはなりません。

 グレードで目の前にダイヤモンドが表れてもそのグレードを納得ができないこともままあります。それは価格を品質で決めていく我々のような仕事をしている者には決して一致をするような説明ではないからです。

 グレーディングレポートというものは商品の取り扱い証明書ですから実際には使ってみなければわからないものです。ダイヤモンドも実際には見てみなければ納得がいかないものも多くあります。勿論現在の取引においてはGIAのレポートを完全否定するものではありません。

 あくまでも目安にはなるのですから・・・。
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2016年11月2日水曜日

ダイヤモンドの投資用⁉

 ここ数年一部のダイヤモンドの値上がりやオークション等での高額落札の話題がままメディア等でも話題になります。勿論それらのメディアでは話題になっていないものも多くあります。これらの多くは投資用であったり財産の保全用としての用途でもあります。

 これらの話題をするときにこのことが全てのダイヤモンドに当てはまるかというとそうではありません。条件として宝石の5大条件(美観性、希少性、耐久性、携帯性)を満たしているという事になりますがこれらは時代や環境によっても変わってきます。

 例えば1ctのサイズであっても以前であれば良質のものであればという条件があればある程度の値上がりが考えられましたが、現在では値下がりはしないにしても思った様な結果になることはないでしょう。特にそれ以下のサイズに関しては量もあり、希少性という意味でも該当は難しいでしょうし経済状況にあまりにも左右されますので向いてはいません。

 と考えると美観を前提とした希少性を前提に考えることが一番妥当という当たり前の答えになります。つまり、宝石という前提を考えたときには換金性が条件なる訳ですから処理石、半貴石はその対象になることは難しいでしょう。

 また1ct以下のダイヤモンドに関しても換金はできるでしょうけれど冒頭のような話題に含まれることはないでしょう。勿論低品質のものであれば1ctであってもその例外ではありません。特に今通販で売っているような内容のものであれば換金も難しいでしょう。

 それでは投資用となればどんなところであれば向いているのかというと前提として大きさという事になるでしょう。美観が整っているという前提ではありますが、それぞれのファンシーカラーにしてもホワイトのものにしてもそれらの希少性の中で大きなサイズのものがより有利であることは間違いがありません。

 ただし、これらのものにたどり着くことは非常に難しく、お金があっても機会に恵まれなければ手に入れることはできません。仮にそれらは我々ダイヤモンドに長く携わってきた人間にとっても容易なことではありません。今までも数々のこれらのダイヤモンドに関わっては来ましたが現在においてはなかなか容易ではありません。

 現在、仮想通貨として話題になっているビットコインのマイナー(取引人)がごとく、そこにたどり着くこと自体が大変な状況でもあります。以前ビットコインはダイヤモンドビジネスそのものであるという事を書きましたがまさに現状はその状態です。

 BCの取引を扱うところをマイナーという呼び方をしますがこれは英語で鉱山会社という意味です。鉱山会社がダイヤモンドの鉱脈を探るがごとくBC市場の取引に参加するためにあらゆる手段を用いその都度その取引を手掛けることができるのはごくわずかなマイナーだけです。

 現状のダイヤモンド投資市場はBC市場がごとくそれを扱うこと自体が大変な状況にあります。少しでもそれらのダイヤモンドに近づくことが今後のダイヤモンドビジネスの成功にもつながるでしょう。
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2016年10月31日月曜日

何か違ってきたような⁉

 10月31日、本日はハロ・ウインということで先週末どころかアミューズメントパークなどはほぼ一か月前からコスプレ等のイベントを行ってきていました。

 当店も商店街のイベントということで先週末予想では約1000人の子供たちがお店にお菓子を貰いに来るということで朝からテンヤワンヤでしたが、夕方からの来訪者たちに思わず笑みもこぼれてしまいまいた。

 しかし、何時からこんなにこのイベントが日本ではなじんでしまったんでしょうか。本家のイングランドではケルト人の暦で晦日でもある10月31日である意味や収穫祭としての意味合いがあるようですがアメリカでは一つのお祭りとして盛り上がっています。

 日本では1980年代に原宿のおもちゃ屋さんのイベントとして始まったように記憶していますが、何よりも2000年代に入ってからのアミューズメントパークでのイベントが大きいのでしょう。

 とにもかくにもそのいきさつは別にしてもなんでこんなにも日本は他国の習慣やお祭りがおこなわれるのでしょう。行われるというより日本流にアレンジされてむしろ本家を超えてしまっている状態が起きてしまいます。

 クリスマスにしてもバレンタインにしてもその規模を超えようとしている今回のハロ・ウインにしても商業的価値という意味では大きなコアになると思いますが、なぜに日本のお祭りでは起きえないような現象が起きるのでしょう。国内の場合はせいぜいその地域の盛り上がりだけです。

 自分たちが身に付けてきた習慣や感情が何か違ってきたような気がします。時には『日本人ってこんなだっけ?』とさえ思うことがあります。

 島国日本は何かにつけてコンサバティブだといわれていたのはもう過去の事なのでしょうか?外部を受け入れないとか内向きだといわれていたことがうそのようです。

 ただ気になるのが本質的なことをちゃんと踏まえているのかどうかという事とそのことに対するリスペクトがちゃんとあるのかどうかという事です。何事においてもそうですが最近の日本は本質的なことを忘れ現象面だけをとらえそれを誇張、誇大するような危うさがあります。特にメディアに関してですが・・・。

 我々の業界でもダイヤモンドを婚約に給料3か月分の価値のものを贈るという習慣も商業ベースとしてではありますが根付いていたものがありましたがこの数年ほとんど姿を消して様な気がします。

 総じて言えることは全体的に子供化しているのかなという印象です。日本のイベントである成人式にしてもそうであるがなぜか成人式にも関わらず子ども化しはしゃぎまくっている成人になったとは思えないような若者たちがそこにはいます。

 過去であればむしろ大人になる背伸びをしていた若者が多かったような気がします。現代は全く別物で体だけはいっぱしですが心は子供そのままです。勿論それは若者だけに限りませんが。

 まともな表現はできませんが日本が『何か違ってきたような』気がするのは私だけでしょうか?
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2016年10月29日土曜日

そもそも⁉

 『そもそもと』いう話をすると現状の問題を解決するにあたって今一度原点に戻るときに用いる言葉でもあるけれど、この言葉があるということはその場限りの場当たり的な仕事をしているとよく陥る現場主義がその大きな要因になることが多いように思います。

 ダイヤモンドにおいてもグレードというものを考えたときに『そもそも』価格が先にありきでその価格の起因を説明するために出てきたものですから、グレードがいかにも価格を決めているような説明は間違いが起こりやすいのです。

 つまり、後付けのほうが何事においても整合性が取れているわけです。しかし、後出しジャンケンは常に勝つのですがジャンケンは『そもそも』勝敗を付けるためのものですから後出し自体は意味がないのです。

 なぞっては見たけれど求めている結果とは違ってしまったということはなぞり方が間違っていたのですが、なぞっていたのだから間違いはないという前提になるので間違いに気が付きにくいのです。

 よく総論賛成、各論反対という言葉がありますが、これは本来の目的は賛成だけれど現場の都合で物事を進めているうちに各論優先したいという能力のない人々が良く陥る失敗です。日本の政治家によくありがちな問題です。

 なぜにこのような回りくどい話かというと東京五輪問題について首をかしげることが多いからです。『そもそも』ですが、なんでオリンピックを誘致しようとしたのでしょうか?

 国威発揚ですか?経済の起爆剤としてですか?

 いずれにいしても経済的効果を考えるのであれば借金が残るような五輪であれば問題外なのですが、現在はアスリートファースト、都民ファーストなどの他にすでにIOCに約束したから、レガシー(遺産)としてとか、どれも『そもそも』なぜに五輪を誘致しようとしたのかという視点と外れているような気がします。

 単なる文化としてということであるならばあまりにも問題がありすぎます。それぞれの競技団体や組織委員会や何ぞや利権が絡んでいそうな人々の現場の各論だけでもめているような気がします。

 各論を前提にすると方向目的が違ってくるので後の取り返しがとてつもなく大変になります。宝石業界はそれほど大きな業界ではないけれど各々に各論を優先させているためにどれくらい窮地に陥っているか例を挙げて説明をしたいくらいです。

 当初の話が出てくるときに『コンパクト』、『復興』五輪の言葉が良く出てきますが、本当の当初はなんで誘致をしようとしたのかということでしょう。

 『そもそも』論に立ち戻り的確な解決を小池さんには望みたいものです。勿論IOCにもですが,ほかの組織委員会や政府には期待をしないほうが良いでしょう。
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2016年10月28日金曜日

本質的なこと⁉

  業界の話を聞くとあまり良い話を聞くことのない昨今ですが単に景気のせいにするにはあまりにも単純すぎると感じています。確かに展示会を中心にした売り上げや成功するかどうかわからない通販に走る人々もいます。

 しかし、一番の要因は自分たちの扱っている商品がなんであるかどうかを理解しているのだろうかという疑問です。ジュエリーという括りだけでいうとその代替品はたくさんあります。アクセサリー、服飾もっと広げればブランド品もその代替えでしょう。

 それには宝石を使用しているということを考えると、それでは宝石とは何ぞやということになります。これは言うまでもなく5大条件がそろっているかどうかです。さらにはその中のダイヤモンドとはん何ぞやということになると、これはもう理解をしているかどうかさえも分かりません。

 というのは今の現状というのは今まで上げたものが全てごっちゃになっているからなのでしょう。ジュエリーにはそれなりの括りがあり、宝石ということにもそれなりの括りがあり、そしてダイヤモンドというものにもそれなりの括りがあります。

 そしてそれらは人々によって価値が高められていく訳です。決して黙ってても価値があると認められるものではありません。それらは実用品とは明らかに違うのです。

 それでは現状はどうかというと展示会、通販といった現状売り上げを上げていく手段となっているもののほとんどは値引き合戦と安売りです。つまり、扱っている商品の価値を下げることに尽力をしているわけです。

 何のためでしょうか?

  生きる為に自分の内臓を順番に切り取っていくような様はまさに生きるという目的に対して方法が明らかに間違っているわけです。

 水浸しの土地に水をまき、日照りの土地で乾燥機を使うことは水なり乾燥機の価値を理解していない人々の所業でしょう。

 宝石やジュエリーの安売りはまさに価値下げるために、価値がないことを証明しているような所業です。砂漠での水はこのうえない価値になりますので高くも売れます。それは希少性を実体験しているからです。しかし、そこいらじゅうに水飲み場があればいくら砂漠でも希少性は感じてもらえません。

 多くの催事屋さんたちは真似事として宝石の価値や希少性をうたいながら安売りという矛盾をしたことを平気で行い景気が悪いと嘆いています。

 景気のせいが全くないとは言いませんがそれ以前の問題に早く気が付くことが重要なのでしょう。そうでなければ現代限りで宝飾業なるものが消滅をしていくのかもしれません。
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2016年10月26日水曜日

驚きの結末⁉

昨日、一昨日と小売店さんいおいてセミナーというかダイヤモンドとワインについてを題材にお話をユーザーさん向けに行ってきました。

 ワインについても色々と興味を持たれる方はいらっしゃって楽しく過ごしたのですが、ダイヤモンドの話題になったときに驚いたというか、当方にとっては想定内の結果だったのですが、皆さんが驚いた現象があったのです。

 それは10点ほどのソーティング袋に入った1ctサイズの裸石をご覧になってもらい、違う鑑別会社、おなじ鑑別会社で時期の違うものそれぞれのバリエーションでグレードを伏して綺麗に見える順序で並べてもらいました。これはある意味ではGIAがカッティンググレードで行ったファセットウエアのモニタリングのミニ版みたいなものです。

 結果には私自身も少し驚きましたが、結果通りであったものは2点だけだったのです。これにはお客様も驚き、中には
『自分の目なんてあてにならないものねェ。』
という方もいらっしゃいましたが、必ずしもそうではないということをご説明させていただきました。

 つまり、グレーディングレポートというものは取扱説明書みたいなものですから販売する側の補助説明書なわけです。買われるお客様が実際に目で見て綺麗だと思ったのが良いのであって、供給側の都合で用意をされたものが絶対であるわけはないのです。

 お客様は自分が車を買うときにカタログだけでは買わないようにご自分の目で確かめご自分で確認をしてからお求めになった方が良いのですよということが今回の趣旨でもありました。また、ダイヤモンド本来の価値について述べさせていただくにあたり、ヨーロッパの童話?的な物で池上彰さんが翻訳をなさった『おじいさんのダイヤモンド』を引用させていただきました。

 この本にはジュエリーや飾ることについてのダイヤモンドの話は出てきません。私自身もこの本はお取引先の方が見つけたものを贈られ『なるほどダイヤモンドを知っていただくに当たりこのほんは良いな』と思いこの本を引用させてもらいました。

 さすがに私自身もここまで皆さんの判別結果が違うとは思っていませんでしたので少し驚きましたが皆さんの驚き方は・・・・・。

 勿論その辺についての説明は十分にし、ご理解をしていただきましたがダイヤモンドはダイヤモンドを主で見るのであってグレーディングレポートが主であってはいけないということも十分にご理解を得た機会だと思っています。願わくばもっと大勢の参加があるとよかったと思っていますが・・・。
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2016年10月19日水曜日

東京五輪問題ちょっとだけ⁉

 豊洲から始まり、五輪問題と小池さんは大変だと思います。ただ彼女のパーフォーマンスだけで終わるようなことがあってはならないということだけは言えます。

 今回IOCのバッハ会長が来ていろいろな提案がなされていますが、決定に至った条件と変えることは如何なものかということですが、実際に決定に至ったときにどのような条件が提示をなされていたのかは都民は知る由もなかったわけです。

 勿論これは中心になって招致活動をしていた人々が招致することを前提に条件を整えていった結果だと思うし、それを否定するつもりもありません。お祭り活動は楽しいものですからね。

 ただ行動は別にしてもすべての今回の要因はお金の問題であることは間違いがありません。すべての資本主義の中で一番重要なことは予算でありその予算に沿ってすべてが決まっていくことは中学生でもわかる理屈です。そしてその予算は収支が整うことを前提としています。勿論最近よく使われる『レガシー(遺産)』をも前提としてですが・・。

 その基本中の基本がなぜにないがしろにされたとかということを考えると自分のお金ではないからということになります。これでは予算を気にしない社会主義と何ら変わらないではありませんか,

  豊洲問題にしても今はまだそれほど取り上げられずに今後大きな問題になってくるであろう『広尾病院移転問題』に関しても社会主義であれば問題にならないことであるけれど資本主義社会では決定者が一定の責任を負うことを前提にしないと無駄な税金の使い放題ということになります。

 今回はバッハ会長が都、組織委員会、政府、IOCの4者会談を提言していますが、多数決になると小池さんの負けということになりますが、小池さんは主催都市である東京都の都民に選ばれた人ですが他は都民が関与していない人々です。ましてや組織委員会なんぞというものは誰に任命をされたのかもわからないし、その森何とかに関しては誰もがしゃしゃり出てほしくないと思っている人間であるにもかかわらず内閣に選ばれたから東京都の下請けではないといったような発言もしています。

 彼はそんな基本も知らないのかと思いましたが本来五輪組織委員会というものは主催都市の下に実行部隊として組織されるものとIOCから指定をされているものなので、もし東京都に指名をされていないのなら何らの権力もなければ決定権もないわけで、何を偉そうにしているのかという感じがします。

 本当に精査をして実質的な経費が掛かるのなら致し方がないと思います。しかし、海の森ボート上にしても精査をした結果491億円かかるといわれていたもの300億円で済みそうだと東京都の発表があり、それならなぜにと思うのは私だけではないでしょう。

 前都知事の舛添氏にしても他のどこからかわからないソースから流れてきた2兆や3兆はかかりそうだといっていたのはどうも後の言い訳か高額をかけることを前提としたアドバルーンのような気がしてなりません。

 つまり小池都知事も言っていたような『豆腐じゃあないんだから.』といった発言のように高額をかけることを前提とした発言でさらにはそれを曖昧にしておこうとする何らかの意図が感じられます。ゆえに誰かの利益を前提としているのかという詮索をしてしまいます。

 もし本当に予算がここまでかかるのなら組織委員長としてやってきた森何がしなりが責任を取る問題です。なぜなら基本となることを何もしないでただ招致活動という華やかな場所にいたいがためにやっていた無責任行動であることを考えると引責辞任は免れません。

 普通の会社であれば売り上げ予算に対しての経費予算なわけですから中止か責任者の首を飛ばす問題です。

 ちょっとだけといいながら長くいなりましたのでこの辺にしておきます・・・。
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