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2011年11月18日金曜日

万が一!?

最近とは言えない位、長く景気の低迷が続いていますが、その中でもやはり成功を
治めている人たちが多々います。

私の友人の中にもやはり成功を収めている人々がいます。その人たちは何が違う
のだろうかと眺めていると大きな特徴があります。それは世界的、日本的に問わず
共通しているような気がします。

この人々の大きな要素は『万が一』を考えない。・・・というと語弊があるかもしれま
せんが、多くの場合は猪突猛進的な人が多い様な気がします。

一般の多少仕事が出来る人々は万が一を考える場合が多いと考えます。例えば
『これはどこよりま安くて、最高品質です』というような言葉を選んでは使わない様に
思います。万が一、他で安くて良い物があったら嘘をつく事になり信用を失うからで
す。

多くの成功者は己の考えや推し進める事は絶対と考え『万が一』は考える事はな
い様に思います。なぜなら、彼らの進む道に万が一という言葉はなく、それはほと
んど失敗する事を指すからです。

多くの場合、90%確実であれば仕事というのは前提として進められていきますが
成功者はそれを100%と考える能力があるように思います。

例えば、過去の実績を前提に『ダイアモンドは過去6年間で価格が3倍になってい
ます』此処までは良いととしますがこの後に『それゆえ今後は価格が上がり続けま
す』と断言をします。一般人はここで『あくまでも資料ですけれど価格が上昇する
可能性はあります』となります。

もし、リーダーだったとしたら部下達はどちらの言葉で心を動かされ、行動するで
しょうか?

勿論、万が一というのは確率的には結構高い割合の場合もあるので、その場面
失敗も多くあります。成功を収めているようでもあとでどんでん返しが起こるケース
も多々あります。

今話題になっているアレルギーを起こす石鹸も4500万個以上販売されている
そうですからその被害者の数の4百数十名は確率から言えば十万分の一の割合
です。当初これを予想していた人がいたのかどうか解りませんが子の少ない割合
であったとしても会社は大打撃になります。

しかし、この確率を前提に大きく評価をしていたらこの石鹸の此処までの成功は
無かったでしょう。この成功も多分社長がこれは良いものに出会ったと思って大々
的に進めた結果だと思います。

もし、この件の問題がもう少し小さければ大関甲のうちに終わっていた事だと思い
ます。多くの成功している会社の蔭ではそれなりの訴訟を抱えている事は多分そん
なところに原因があるのでしょう。

今回の原発事故に関しても多少なりとも想定をしていた一般人はいたと思います。
しかし、多くのこれまで利益をあげてきた諸氏は100%問題はないとして進めてき
たのでしょう。多分想定内であった事も自分の時には起こらないだろうという想定
できた故の想定がいではないでしょうか。

ただし、成功者の様な人がいなければ世の中が動かないのも事実であり、そこ
までやらなくても良いのではと思う人々がいるのも事実です。さて、自分は成功者
ではないので後者なのでしょうかね。

2011年11月3日木曜日

宝飾品とアクセサリー。

 よくジュエリーとアクセサリーの違いを尋ねられる事がありますが直訳で考えると
簡単ですが、例えばジュエリーは宝飾品を指し、アクセサリーは付属品を指します。

日本ではアクセサリーがジュエリーに近い感覚で使われる事が多く、その為の
誤解を生じる事が多い様に思います。

つまり、アクセサリーが副次的なものですが、ジュエリーは実用的なものから発展
をしてきた主体的なものです。

ネックレスにしてもリングにしてもブローチにしても、元々其々の役割がある実用
的なものでした。

階級社会が出来てくるとともにその実用品の材料として高価の物や希少なものを
権力の象徴として使用するようになったのです。

それに加えて、耐久性があり上層階級の権力や富の象徴として後世に存在を示せ
るような物、つまり貴金属や宝石をあしらったものが用いられるようになったのです。

アクセサリーには耐久性とか価値は要求されません。その代わり安価で買い替え
がきく物が多くその都度の流行を追うもので十分な訳です。

近来、そのアクセサリーがブランド力をつけてきたせいで消費者も誤解を招くように
なってきたのでしょう。

正式な場所やフォーマルな場所にアクセサリーやイミテーションをまとう事は必ず
しも感心できる事ではありません。本物かどうかは見慣れている方達にはすぐ解る
事ですから主催者に失礼にならないようにジュエリーを身に着ける事を心がけた方が
よいかもしれません。

基本的に宝飾品とアクセサリーでは輝きも重みも違います。似たように見えても
一目瞭然で解りますので一点でも二点でも礼服や晴れ着のようにお手元に置く事が
望ましく、それを代々引き継いでいく事が新たにその家族の歴史をつくっていく事に
もなります。

専門店に相談し見極めてこれぞという逸品をブランドに関係なくお選びになる事を
お勧めします。ブランド品を否定するつもりはありませんが、やはり特別なものでは
ない限り量産品ですから、ご自分の一品をお選びになる事をお勧めします。

2011年11月2日水曜日

想いをのせて。

 先週末、いつものように颯爽と女流建築家の友人がドアを開いて入ってきました。

最近はめっきり忙しくて来店の機会も少なくなり、ダイアモンドを見る事が少なくなり
ストレスが溜ってきたとのことで早速ダイアモンドを目を輝かせて見入っておりました。

「最近、作って頂いたペンダントを褒められることが事が多くていつも同じこのペン
ダントをしている事が多いわ」と当店で作ったペンダントをさすりながら金色に輝く、
18金の手彫りで真中に1CTのダイアモンドをあしらったものを改めて眺めておりま
した。

「ところで、これをご覧になった知人が同じような感じで作ってほしいと言っていたわ、
何でも、今年七五三を迎えるお孫さんに作ってあげたいという事なの」

「えっ!? 七五三のお孫さんにそんなん高価なものを?」
と私が戸惑って尋ねると、

「アッ、真中は0.2ct位で良いらしいんだけれど・・。」

「イヤ、そうではなく七五三のお孫さんさんに18金のペンダントを・・・?という意味
でだけれども・・」

「ウウン、なんでもお孫さんが成人式を迎えた時にプレゼントしたいんだそうです」
「彼女が成人を迎えた時にその歴史を感じれるように『貴女の七五三の時に作って
置いたのよ』と言って渡したいんだそうです」

「へえ~、いい話だね。ジュエリーの本来の使い方だよね。うれしいなぁ~そういう
注文は…。」

なんでもお孫さんが成人になった時に『あなたの周りには貴女を見守る人がいて
皆に愛されて育ってきたのよ』といことを伝えたいといことが趣旨のようです。

この事はお孫さんが大きくなって自分の歴史とというか育ってきた環境を省みる
機会が出来ると同時に、おばあ様との距離も身近になり、人への想いというものを
感じる意味でも大きな贈り物になるのではないでしょうか。

私自身ジュエリーの本来の意味を理解している方がいる事を心強く思う事ができ、
少し気持ちの良い週末の午後を過ごす事が出来ました。

2011年10月27日木曜日

軽妙!?

ビジネスに関しては色々な要素が挙げられていますが、成功するか否かは何が
要因になるかふと考える事があります。

ビジネスには業種や職種そして色々なシーンがありますがありますが、浅い経験
ではりますが振り返ると、『軽妙』であるかどうかという事が大きなポイントになって
いるような気がします。

軽妙というのは広辞苑で調べると軽やかに妙味がある事と当り前のそのままの事
が書いております。それでは(妙味)とはという事になると「すぐれた味、優れた趣」と
なっています。

つまり、趣があっても重くてはビジネスにならないと感じた訳です。

キーワードとして「軽妙」を頭に入れておくと今まで流行った物や成功したビジネス
の事例を見ると、やはり動作的に軽妙であったり、思考的に軽妙であった物が多い
様な気がします。勿論、どんなものにも例外があり、その例外に限っては大成功を
治める例が多い事も理解しております。

一般的な成功という事を念頭に置いたときにエンターテーメントであれ、営業であれ、
製品であれ「軽妙」であるかどうかが大きなポイントになっているのです。

決して軽妙とは軽いという事は単純には意味しておりません人々が「幸せ」を感じ
居心地の良さを感じるかどうかストレスを持たないかどうかという観点で申し上げて
います。

物、人、行動の其々に軽妙さがあれば幸せになるような気がします。

ビジネスはすべからくこれらを求める事が成功のカギと言えると思います。

2011年10月26日水曜日

繋がり。

 先日、TVを見ていたら『Cool Japan』というNHKのBS番組を見ていたら
『花嫁のれん』なる物を取材しておりました。

北陸の地方に残る習慣で娘が花嫁として家を出る時に実家が持たせる長めの
ノレンで嫁入り道具の一つだそうです。その地方では過疎化も進み人が少なくなって
きた商店街にぜひ人の足を向けさせようと商店街の奥様達が中心になり、その
『花嫁のれん』を年に一度、外の人たちにも見てもらおうとイベントとして町の各商店
に飾り始めました。

そのノレンを見に観光客がこの2,3年続々と集まり始め今では立派なイベントとし
て、観光資源として成り立っています。

番組の中で主催する主婦の一人が

「母や祖母の花嫁のれんを箪笥の奥から出して飾ってみて、改めて私達がこの地方
の文化なりを繋いでいくものとして『花嫁のれん』は大事にしていかなければと感じて
います。後世に残るものですから」

と言っていたのが印象的でした。

現代のように風景から環境まで変わる時代に様々なものを残して行く事は難しい
事なのかもしれません。しかし、せめて自分の家や家族のあり様だけはなんとか
残していきたいといったところから始まり、コミュニティーのあり様や地域の活性化に
繋がり、そしてその歴史や伝統を作り上げていく・・・。正に人間生活だと思います。

ダイアモンドは正に時代を超えて物語を伝えるメモリーカードですが、人の心の
ありよう次第で、それが一番大事だと思います。

歴史を伝えるダイアモンドは沢山あります。
そこまで歴史に貢献するものではなくてもせめて自分や家族の存在を伝えるダイア
モンドを一つくらい所有をしてみてはどうでしょうか?

2011年10月22日土曜日

無駄に思える物!?

 よく宝石やジュエリーを実質的な役に立たない無駄のようにいわれる方もいます。

確かに、無くても困らないとか、必要ではないとかいわれますが、本当に無駄なの 
でしょうか?

もし、無駄なのであれば何千年も社会に存在しないし、高価な価格もつかないの
ではないでしょうか?

日本の文化で無駄のようなものは沢山あり、その視点が日本をここまで発展させ
来たのではないかと、私自身は思っています。

日本の茶道や華道の中や礼儀作法は典型的な無駄の世界であると考えますが、
その中の所作や雰囲気が心を和ましてくれたり、新たな気持ち持たしてくれたりと
人間生活に欠かせない何かを、そこに必要だからこそ生まれた道なのではと考え
させられます。

茶道などの動きや道具は正に無駄の権化みたいなものですが、それがもし本当
に無駄なのであればとっくに存在はしていないし、誰も興味を持たないと思います。

しかし、多くの場合その所作や流れに作法や礼儀を感じ人々にストレスを感じさ
せない行動に繋がっているように感じます。

確かに、アメリカンスタイルはファーストフードをはじめ合理的な面も多々あると思
います。しかし、立ち食いや歩き食いがはたして、周りの人々に不快感を与えてい
ないかというと必ずしもそうではありません。

T(時)P(場所)O(場合)を踏まえていれば、勿論どの様な行動も関係ないかも知
れませんが、残念ながら現代の日本にはT、P、Oを教える場所があまりなく自分も
全てを理解しているわけではありません。

無駄の文化はきちっと活用できれば人々に不快感を与える事もないだろうし、
人生その物に潤いも与えるだろうと思っています。日本の産業もその無駄な文化を
実用化し、製品に生かしてここまで伸びてきたのではないかと思います。

一見必要のない様なもの(多々ありすぎて)、例えばアニメだったり、フランス料理
にも取り入れられた食事のコースメニューだったりと生活に実質必要のなさそうな
ものが日本からは輸出されています。

無駄が如何に必要かという事を説くときりがないのでこの辺にしておきますが、
宝石やジュエリーどれぐらい人類の生活や進化に役に立ってきたかという事は口で
説明するより、歴史を振り返ってきた方が良いくらいだと思います。

無駄を理解することはイコール人生や生活の潤いであり、その理解度が文化度
を表しているのでは・・と思う今日この頃です。

それには経済的な余裕が必要なのかもしれませんが・・。

ジュエリーの発祥は実用品だった事も付け加えておきましょう。

帰国

昨日、2年に渡ってJICAの任務でザンビアに行っていた知人が訪ねてきました。

日本がアフリカの諸国に対して宝石という面からもほう助しているいことはあまり
知られていませんが、私の知人は宝石の専門家としてJICAから派遣され2年の
期間ザンビアで宝石の市場や知識を教授し、応援する為に赴任しておりました。

先月帰国をし、健康診断や報告書をまとめる作業をしてやっと無罪放免となった
ようです。帰国2,3ヵ月前はストレスもあり体重も減ったという事ですが、現在は
その体重も戻りつつ、日本の味や環境を堪能しているようでした。

私自身の30数年前に2年間ほどアメリカで暮らし、戻って来た時の事を思い出し
ながら知人の話を聞いておりましたので、何か自分の事のように帰国したての頃
の事を思いだしておりました。

今回は途中で震災もあり正確な情報もなかなか手に入らず心配もしていたよう
です。私も在米中に成田闘争があり、友人たちから『日本でクーデターが起きた』
と聞かされビックリしたのを覚えております。

TVで見た画面は確かに暴徒達が警官に向かって火炎瓶や投石を繰り広げている
様に見えました。勿論、日本の事情を知っている私にはそれがどのレベルなのか
想像はつきましたので慌てることはありませんでしたし、友人にも説明をしました。


確かに今回の報道は政府発表に準じていたので日本の報道は最初、原発の件も
あまり大げさではないような内容でしたがBBCなど海外メディアは大きく危険性を
取り上げておりましたので、海外で報道を見ていた形は気が気ではなかったのかと
思います。

そんな心配をしながらの赴任だったので、さぞやストレスが溜まったのではと想像
します。

彼が開口一番口にしたのは『日本に対しての再認識ですね』といった海外から帰国
をした人が良く口にする一言でした。

日本に対しての再認識とは多くの人は日本の素晴らしさを表現するときに使います
がその素晴らしさとは何なのかと考える事が良くあります。それは『無駄に見える事』
なのではないかと思います。

長くなるのでこの続きは次回・・・。