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2016年10月18日火曜日

砂漠市場⁉

  灼熱の太陽がふりそそぐ砂漠で水のペットボトルを売りさばくことはそんなに難しいことではありません。さらにその価格が普段100円であるものを1000円にしても売れるかもしれませんし、周りの悪条件があれば10000円でも売れるかもしれません。

 しかし、逆にお金をいくら持っていてもそこに水がなければお金はただの概念であることもわかります。つまり、価格というものは一定の条件がそろって初めて決まり、価値というものが決定をされるわけです。

 勿論それが需要と供給のバランスということになるのですが、ビジネスを行っている人々は時にはそれを忘れていることがあるのです。同じ水を商っているにしても無料の水が周りにはあり、周りにはきれいな湧水があるとたとえペットボトルの水が50円であったとしても特殊な例を除けば売ることも難しくなるでしょう。

 現代では当たり前になっている値引きやバーゲン販売というものは周りに水が豊富にあるにもかかわらず自ら水浸しにし、さらに需要がないにもかかわらず自己満足で水の価格を下げて販売し、さらに試飲用の水を配っているようなものです。すでに顧客は水の必要性を感じていないにもかかわらずさ安売りに没頭しているようなものです。

 灼熱の太陽下の砂漠を創ることは難しいかもしれませんが、『北風と太陽』という童話ではありませんが、旅人も熱ければまとっていた衣類を脱ぎ、寒ければ其れをまとうわけです。決して風を吹かしたからといってそれで衣類を脱ぐことはありません。

 つまり、まずは市場となりうる環境を整えることが大事です。今の環境は過去培われてきた市場を食いちぎってきたようなもので、砂漠でいえばそこ水浸しにしてきたのにさらに水を撒いているようなものですからまずは一度市場を砂漠化することが大事なのでしょう。

 宝石というものはもともと感性で砂漠を感じているようなものですから、決してすぐに水を飲まなくても問題もないことなのですが、さらにそこに水を撒いているような側面があります。

 まずは想像妊娠ではありませんが、想像砂漠化をユーザーの頭に植え付ける作業が必要なのでしょう。それは需要と考えざるを得ない環境と物の価値の創造と維持が必要なのでしょう。これはできないのではなく、やらないだけなので意識の改革が必要なことなのかもしれません。

 宝石は幸い意識だけでよいのです。
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2016年10月15日土曜日

仮想通貨⁉

 クレジットカード、電子決済、ビットコイン等仮想通貨といわれるものが今後は増えていくのかもしれないという話を昨日遅い時間にお越しになったお客様と話をしていくうちに、現在話題になっているアメリカ連邦準備理事会いわゆるFRBが年内利上げをするかどうかと言う話になりました。

 年内の利上げはもう間違いがないだろういう結論に達したところで、今後仮想通貨が増えていく中でそれぞれの国の中央銀行が打っていく金融政策が役に立っていくのだろうか。実質ここのところほとんど金融政策がその意味をなさなくなってきたということになりました。

 つまり、仮想というわけではないけれど実体経済の規模に比べあまりにも金融市場が大きくなりすぎて実質的な金融政策ではどうにもならないところに来ているのではないかという話題になったわけです。

 それは日本のようにマイナス金利にしても政策的実質個人融資に限度額を設けている市場にお金を回そうと思っていても実質的には回らないという矛盾するような政策であったり、数秒で売り買いを何度もできるような株式市場であったりとそれぞれの中央銀行の打つ手より早く世の中が規模も大きく動いている現状では金融政策が殆ど機能をしない時代に入るのではないかという懸念です。

 ビットコインにしてもあっという間に広がったにもかかわらずその実態を正確に説明できる経済評論家が殆ど存在しないだけではなくビットコインそのものの実態がどんどん変わっていく訳です。

 ただ元々通貨そのものが概念的な物で以前のような金本位というものではないので印刷はしていますがある日突然価値の意味をなくすという懸念も通貨にはあるわけです。たまたま発行をしている国の経済が安定をしているというだけで本来仮想通貨で何の問題もないわけです。

 つまり、仮想通貨というものはどこの国ということではなく市場そのものが保証という役割をなしているわけです。ただ問題なのは現代のような仕組みの中ではハッキング等のトラブルが起きる可能性もあるということです。

 結論から言うと金やダイヤモンドのような世界共通の現物こそがこれから安心ということになるのではないかという話になったのです。
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2016年10月13日木曜日

価値観⁉

 時々お金を使うときに考えることがあるのですが、使う金額ではなくものによって『高いなぁ』と思ったり『これくらいはするだろうなぁ』と思ったりするわけです。

 それは単なるものの問題だけではなくその時間だったり環境だったりもします。つまり、のどが渇いてしかたなければ普段100円で買っていたりする水のボトルが130円だったりしても買うし、その施設以外で買って持ち込みもできなければそこで買うわけです。

 人は自分にとって今必需品であったり価値を感じればいくら高くてもというのは大げさかもしれませんが購入の決定をするわけです。もし、灼熱の太陽の砂漠で喉が渇ききっていたならば1万円を出しても100円のドリンクを買うことを考えるわけです。

 逆に言えばお金をいくら持っていてもそこに水がなければお金は何の意味もなさないわけです。

 なぜこんなことを書くかというと実質的環境がそこになくとも頭の中にそのような状況が出来れば人は物を買うわけです。そしてこの状況はダイヤモンドのようなものにこそ当てはまるのではないかと考えるからです。(これはあくまでも業界側からの目線ですが)

 もしユーザーにしっかりした価値観を持ってもらい、そのうえで喉の乾いた状況を作り出し、そして所有欲を持ってもらう啓蒙をしっかり行い、金額ではなく所有をしたいという願望を持ってもらうということです。過去にはそのような現象があったと記憶しています。

 また、お金があっても砂漠で水がなければ何の役にも立たないという状況にしてもある一定の大きさのダイヤモンドに関してはお金持ちよりダイヤモンドのほうが少ないわけですからすでにその状況はできているわけです。もしピンクのダイヤモンドの10カラット以上のものをほしいと思っても簡単に買えるわけではありません。持っている誰かが手放さなければなりません。

 同じ額面のお金であっても時と場所と物によって高いと考えたり、高いとも何とも考えなかったりするわけです。

 総括的には宝石というものは安売りをすればするほどその価値はなくなり最後は安売りが何の意味も持たなくなるのです。つまり、ただで水を飲めるところでいくらお水を安く売っても誰も買わないわけです。価値を感じなくなれば人は物にお金を出さなくなるのです。

 過去は宝石は高いものという先入観があったので一部の安売りが結果を出したのですが、業界側後ドンドン自分の事だけを考え安売りをしすぎたためにその価値を失ったわけです。

 もう一度宝石の本来の価値を創出する努力をしなければいけないのでしょう。

 まずかったレストランからの帰りがけにそんなことを考えながら歩いていました。
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ダイヤモンドと感情⁉

 一昨日、接客中にお店の前を若い女性が行ったり来たりしている姿が目に入っておりました。
突然ドアを開け店内にはいって来ると
『すみません。ダイヤモンドについて伺いたいことがあるんですけど。』
スタッフが対応をしている会話が耳に入ってきました。

 接客中のお客様が帰られたのでお話を伺ってみると
『ダイヤモンドが好きで、色々なお店を回ったんですけどグレードの話ばかりで、私が聞きたいこととはちょっと違うんです。私も明確には説明できないんですけど…。』
と困惑顔をしながら私の顔を覗き込んでおりました。

 端的に言うと綺麗だな、好きだなこのダイヤモンドと思う気持ちは何が要因なのだろうということを知ったうえで購入をしたいということです。つまり綺麗だな欲しいという気持ちだけで高額なものを購入することに少し不安があるということで、どこへ行ってもそれはグレードによっても違うということの説明をうけるのですが、それとちょっと違うということでした。

 私が
『それは賢明な疑問ですね。なぜならグレードというものはここ40年くらいでもてはやされてきたものですがダイヤモンド数百年前から人々を魅了しています。』

 一通りの説明を聞くと納得がいったようで店頭にあるダイヤモンドをまじまじと眺め、
『もう少し見ることができますか?』
時間がないということで後日のお約束をして再度ご来店ということでお帰りになりました。

 ダイヤモンドでよく言われることは、ダイヤモンドを眺めていると何も考えないでいられるという言葉です。つまりダイヤモンドをまじまじと見ているとそこに気持ちが支配され、無意識になれるということです。

 感情というものはいつも周りの環境を支配しようとするために起こす自身の現象ですが、例えば幼子が大人の支配しようと感情をむき出しにし駄々をこねます。また、怒りをもって回りとコントロールしようとする行為もまさに感情です。

 ある意味感情というものは自分以外のに気持ちを伝えようとするときに言葉が見つからずに表す精神状態です。先ほどのダイヤモンドを見ているときは何も頭に浮かばないという表現はもちろんダイヤモンドは感情を持ち合わせていませんが、ダイヤモンドが発する光や現象がまさに見ている人の感情を左右しているといってよいでしょう。

 ダイヤモンドを美しいと感じるのは感性ですからそれを論理的に説明をしようとするグレードというんのには若干の無理があります。感性に価格を付けることをは難しいので結果その中の小さな理屈としてグレードによる説明が必要になるのです。

 グレードというものはある意味販売側の知識を補うもので、勿論それで説明できるものではありません。絵画でいうと号いくらという表現がありますが、作家によって得意な大きさは違うわけで感性や才能をサイズで価格表現することには無理があると思うのですが、他の国では例のない販売方法を日本では行っています。

 いずれにしてもダイヤモンドの魅力というものは第一次的に人々の感情を引き出すところにあることは間違いがないでしょう。
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2016年10月11日火曜日

価値判断⁉

 とある小売店さんの販売員さんに
『宝石の価値ってどう説明したらよいのですかね?』
という質問を受けてちょっと驚きました。

 この販売員さんは非常に素直な方なのでニコニコしながらその質問を聞いていました。
私が
『貴女は何だと思いますか?』
と尋ねると
『綺麗なものだと思います?』

 これらの会話にどうこうということではないのですが、宝石を販売しているどれくらいの販売員がこの質問に答えることができるのだろうか?

 単純にそんなことを考えながら、もし正確に宝石の価値を知らずに販売をしているとしたらこんなに困難なことはないと思います。

 つまり、一部の知識だけで宝石を販売しようとする行為は大げさな極端な例でいうと証拠が一部しかないのに判決を下してしまう裁判官のようなものですから、皆さんであればこの裁判官をどうおもうのでしょうか?たまたま結果があっていたというのならまだしも、ほとんどが冤罪みたいなものです。

 宝石の販売に関しては人生を左右するほどの影響があるわけではないでしょうから、ただユーザーであればそのお店から足を遠ざけるだけということになるのでしょう。

 しかし、目に見えないその影響はボディーブローがごとくジワジワと聞いてくるのでしょうから現在は結果はその影響でしょう。

 よく皆が景気の悪さを口にします。しかし、宝石は本来お金持ちのものですが近代においては一般の人も買いやすくなっただけで、現代においてはこれほどお金持ちにお金が集まっている状況は歴史的にも例がないのです。

 つまり、宝石の価値を高めることやお金持ちに対しての努力をしてこなかった業界のつけが今回ってきているのです。

 物事を判断するときに自分を基準にするか、相手を基準にするか、常識を基準にするかということがあります。宝石は相手を基準にしなければならないものの一つです。

 お金持ちは何を欲しがっているのか?そしてそれは何で、その価値を販売する自分が理解をしているかどうかというのが宝石を販売するときの基準だとすると、お金持ちは安物がほしいか?皆が持っているものをほしいか?いい加減な知識を判断基準にするか?

 どれも『ノー』に決まっています。

 現状の宝石の販売方法が宝石を買うお金持ちの価値判断の中にあるのかどうかおのずから答えは解っていることでもあるのでしょう。
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2016年10月8日土曜日

宝石を求めて⁉

 最近の宝石業界を見ていて単純に考えることがあります。

実用品ではない。
必需品ではない。
飾るだけならアクセサリーで良い。
見栄だけなら車でも家電でも何でもある。
等々を考えると宝石の存在って何だろう?

その価値は誰が生み出し、誰が守ってきたのだろう。

いずれにしてもその答えは人間自身であることは間違いがないでしょう。
ましてや古代から実用品でもなければ必需品でもなかったものでした。

 そこに価値を創造してきたのはなぜだろう?

 古くから人類には化身願望があり、それは身を守るためだったり、自分をより大きく見せるためだったり、相手を威嚇したり、羨望の印として身に纏ってきたものが宝石です。

 その為にもその価値は皆に知らしめられたものでなくてはなりません。そうして想像されてきた価値が何千年と積み重なれ近代になっていると思っているのです。

 現代においてはその積み重なれてきた価値を利用し、さらにはその価値を食いつぶすようなビジネスが横行し、そしてドンドンその価値を損なってきました。その結果、宝飾業界の盟主であっても身が朽ち果てる結果となるのでしょう。

 価値があるから時々の値引きも生きるのです。価値の無いものと思われたものはいくら安売りをしても売れるわけではありません。

 それでは今後宝石は誰が価値を高め、さらに高めていくのでしょうか?

 宝石は人類においてのその役割を終えようとしているのでしょうか?

 宝石は今後どうあるべきなのでしょうか?

 タコが自分の足を食べるような状態の宝飾業界はどうなっていくのでしょうか?

その序曲が聞こえてくる今日この頃です。

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2016年10月7日金曜日

時代の流れ⁉

 出張先でモバイルが鳴りなにげに先方の声を聴くと
『高木さんH社が倒産をしました。』

 何気に感じていたこととはいえやはりショックではありました。
自身も在籍をし、現代の宝飾業界の礎でもあった会社でしたので動揺はありませんでしたが感じるものはありました。

 華やかの時代でした。

 今でいうジュエリーという世界を本格的に日本に広げた会社でもあり、今日本中で行われている宝飾品の展示会の基を作った会社でもありました。また、世界で最初にダイヤモンドにブランドを付けた会社でもありました。

 創業者でもある初代の社長は私の師でもある方で当時は『今太閤』とも業界では呼ばれておりました。おかげ様でも社名を名乗っただけでいずれの場所でも特別扱いをいただけるような会社でした。

 代が変わり息子さんが社長になるようになると流れは変わり、初代の哲学とは違う方向に向かい、内輪もめが出て、その姉が会社を継ぎ運営をするようになるとみるみると社員の質も落ち営業の中身も落ちてきました。

 初代が掲げた宝石商としての哲学は間違いなく日本の宝石業界を発展させてきました。しかし、そのまねをする会社が次から次と出てくるようになると似て非なるものが出来上がってきたのです。それが今の宝石業界です。

 考え方が古いといわれたこともありますが、宝飾業界は『温故知新』。古きを訪ね新しきを知る業界ですから祖となる部分がなくなるとエンジンのない車のようなもので止まっている分には問題はないがということになります。

 エレガントさを失い、マナーを失い、そして哲学を失った宝飾業界はただの流通業と変わりはありません。

 H社は日本の宝飾の夜明けそのものでした。哲学をあくまで追求し、身に着けやすいジュエリーを追い求めた半面優雅さや、場所を提供し続け、最盛期にはかのパリのバンドーム広場に世界のブランドと肩を並べ店舗を構えておりました。

 この広場にお店を持つことはオリンピックに出て金を三つ取るよりすごいことなのです。現在日本からはミキモトだけであとはカルティエ、ティファニー、ブルガリ等わずか十件足らずしかありません。

 いずれにいしても業績の悪くなっている現在においてはいたしかたがないとはいえ、哲学を失った会社のなれの果てということになるのでしょうか。ジュエリーは実用的価値ではありませんから哲学が唯一の価値といってもよいでしょう。多くの会社が現状これを持ち合わせてはおりませんから苦境はやむを得ないということなのでしょうか。

 いずれにしてもこれが時代の流れ何でしょうか?又は今後の業界を示唆しているのでしょうか?
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