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2014年7月11日金曜日

ダイヤモンドと工芸品⁉

 最近では工芸品的なものに貴金属をあしらい、ジュエリーとして販売をしているものも多い、デザイナーブランドとして展示会等に出店している物とはと違い、メインとなる素材自体は価値がないがその技を生かしているものです。

 一時はカメオや琥珀のように素材も自然界のものを使い、さらに匠の技を施しているものもありましたが、最近では漆や象嵌を施しているものも少なくない。その技が素晴らしくても認める人々がどれくらいいるかにより芸術性も変わってくるものです。

 これらは販売する人々の適性や品性にもよってくると思いますが、価格はそれこそあってないようなものになります。ゆえに、商品の説明や素材の価値をどれくらい説明できるのかという事が大きな要素になります。安い価格を設定しても売れるものでもないし、又、高額に設定したら売れなくなってしまうものでもありません。

 もっともまずい方法は設定上代からの値引きです。勿論、駆け引きの中の値引きを言っているわけではなく、創り上げた職人の技を愚弄するような物を差しているわけですが、それは職人や消費者を否定するようなことになる訳です。つまり、あってないような値段と言われ、信用を落とす序曲と言ってよいでしょう。

 一方、ダイヤモンドはどうかというと、一時のような4Cグレードを使ったのまやかし商法は別にして素材そのものの価値が存在するものでも、販売方法によっては同じことが言えます。ダイヤモンドの価値を決まるものは確かに4Cではありますが、4Cのグレードが価格を決まる訳ではありません。4Cグレードとは車でいえばカタログみたいのものでレポートが取扱説明書になる訳で、決して本体そのもの乗り心地や運転のしやすさのような本体自体を表しているものでもありません。

 つまり、根拠のない価格というものは宝物にもなる工芸品や宝石をまやかしの道具としてしまいます。それは、扱っている人間の品性であることは前述のとおりですが、文化や芸術といったものをその時にお金になればよいという発想のもとに虐げたり、販売する側の将来を危うくしかねない行動なのです。

 まして販売者というものは消費者に忠誠を尽くすべくき立場にいるもので、決してメーカーに忠誠を尽くすべき立場いないという事です。でなければ業界そのものが終わってしまいます。

 売上が良いだけなら詐欺師に敵うものはいませんが売上をげつつ価格の維持をする者こそ本懐であり、真のプロと言えるでしょう。以前にも書きましたが、さる会場での部長の発言である『価格ではなく、価値の説明を・・・。』という言葉がむなしく、思えることがあります。その部長の意図に反して、それは価格の説明においても『何故貴女のために価格を下げるのか』という説明を延々としている業者の姿を見ているとむなしくさえなります。

 消費者への忠誠のための値引きは何度も言いますが、否定はしません。しかし、値引きを前提としているのにその責任を消費者に擦り付けるような言動は決して許せません。そのような業者に限り、『ここの販売員やお客さんは値引きがきついんですよね』といって自己弁護を平気でします。

 工芸品やダイヤモンドのような宝石は取り扱う人間によって価値が決まるものでもあります。勿論価値を感じる方がいくら払ってもかまいません。つまり、ある意味では人間性そのものが宝飾業界の価値を表しています。人間性の良さで販売している方も多くいます。その人々の足はいつまでも引っ張れるものではなりません。

 あえて、書きます。
どの業界であれ消費者を欺くことになった者はそれなりの報いを受けています。
『メーカーに忠誠を尽くすのではなく、消費者に忠誠を尽くすべき』なのです。
 

2014年7月3日木曜日

ダイヤモンドからの意識⁉

 業界についてのネガティブな意見を最近は随分述べてきたような気がしますが、自分自身の中で意識を変えるために認識をしていたかったという事もあります。

 最近、十年程会っていなかった友人と連絡を取ることがあり、昔話などを話しているときに話題となった共通の知人がすでに亡くなっていた事実を知りました。その知人とはやはり十年程前に会ったきりなので当然元気でいるという意識でおりました。

 つまり、自分の頭で存在しているものは現に存在をしているという意識です。本来は目の前にある現実のみが実在するという事が事実なのですが、人というものは過去を書き換えていないものや過去書き込まれてきたものは事実のような錯覚をするところがあります。TVチャンネル数がいくらあっても見ていない他のチャンネルは存在しないのと同じなのですが、他のチャンネルも回せば存在をするという思い込みがあります。

 しかし、現実の世の中は思い込んでいる過去の事実とは全然違う事はいくつも存在します。時速1000キロで走る車の上で人間が存在をするという事は誰も考えませんが、実際に地球の自転速度は時速1600キロでさらに地球は時速10万7000キロというスピードで回っていますが勿論振り落されることはありません。

 何を言いたいかというと人間の意識の占める割合というものは人間の存在だったり、個人の人生において占める現実に大きな働きかけを行っているという事です。過去において埋め込まれる意識と同時に未来に対する意識というものも大きく人間や個人の未来を左右するものです。

 人が頭に描いたものは現実になるという事は多くの分野で証明をされています。身近な例でいえば手塚治虫が描いた『鉄腕アトム』の中の背景によく空中を走るハイウェイが描かれていました。しかし、今現実に首都高、高速道路はビルの間を走り回っています。子供の頃の我々は単なる空想上の未来都市として憧れていました。

 旧約聖書の中で神が起こしたという奇跡は既に一般人が当たり前におこすことが出来る現実になっています。つまり、人は自身の意識を変えることにより、将来が変わってくるという事を認識しなければならないのです。これは量子力学の世界ではある意味常識になっている事とされています。

 前回にも書いたかもしれませんが、原始宇宙から始まり、現人間の意識というものは宇宙のエネルギーから創造され、人間やその意識もエネルギーから構成されているわけですがその意識をどう持つかという事で人の人生も決まってしまうという事です。

 ポジティブを勘違いする人もいます。頑張って将来金持ちになるぞという考えはポジティブ思考ではなくネガティブ思考なのです。なぜなら、今はお金がないという意識が強いからで、お金というものは概念なので、今幸せだという意識が支配することにより幸せになっていくのです。

 遠回りをしましたが、ダイヤモンドの輝きを見て不幸だと思う人はまずいません。しかし、残念ながら過去のプロモーションによりダイヤモンドには優劣があるというニュアンスを刷り込まれていますので、その幻想が拭われてはおりません。単純にダイヤモンドを直視し、眺めるだけでよいのです。

 勿論、例外もありますが数千年前には人間がもっていない意識を皆さんは持っています。そして、その意識を作り上げてきた一端には宝石を見て美しいとか、何かポジティブさを感じる要素があったわけです。

 つまり、本来の最低限しか手の加わっていない宝石は人の意識をポジティブにする力があります。ダイヤモンドを見て幸せな気持ちになったり、癒されるのは失われた過去の書き込みではなく現在も実在をする意識なのです。つまり、ダイヤモンドは幸福へ誘ってくれる大事なアイテムなのです。

 ダイヤモンドを改めて眺めてみてはいかがでしょうか?

意識を持つことが現実への道であることは歴史も証明しています。

2014年6月30日月曜日

正攻法⁉

 人間の脳は5歳までに体験したことでほとんどが形成されていると言います。確かに周りやお客様を見ていてもダイヤモンドや宝石そのものに魅力を感じている人々を見ると小さいころに河原や砂場で光っている石やガラスのような物を集めていたという人たちが圧倒的に多いとおもいます。

 一方、アイシュタインが言っているように『人間を構成しているものは物体ではなく流動的なエネルギーの集合体である』。つまり、光や熱は細かい粒子であるエネルギーであるように人間もそうであるという事でしょう。

 エネルギーの集合体の構成の人間の場合は5歳までに基礎がつくられるという事なり、もちろん遺伝という要素もその一つという事は言うまでもないと思います。そして、そのエネルギーによって記憶や体験が司られているわけです。勿論体温や成長といった状態もエネルギーがあることによって執り行われているようです。(言葉として合っていないかもしれませんが)

 それらのものは宇宙の中にあるとてつもないスピリットのより影響を与えられていると言います。つまり、その影響を大きく与えるきっかけや状況をスピリチュアルという事です。

 お客様でも、最初はあまり興味を示していなかったのにある瞬間から異常にダイヤモンドに興味を抱く人々がいます。つまり、何らかのスピリチュアルを受けた瞬間なのでしょう。店頭や展示会等に出ているとよくそういう瞬間に出会います。

 それは、実際によくダイヤモンドや宝石をお見せしたり、具体的な情報のきっかけを説明しているときに起きます。耳や目からの情報は自身の体験や記憶を思い出させるスイッチとなり、あとは幼いころの経験が自身の感覚に誘ってくれるのでそれ以上の説明はいりません。エネルギーとは人間の想像を超える影響力があるようです。

 その情報は感性を呼び起こし価値を感じる訳ですね。そのものの内容が誤った情報や手段をとるとその後は真の説明することがより困難になります。何が言いたいかというとダイヤモンドや宝石というものの価値を理解するベースはほとんどの人間が持っており、それを具現化することによりお客様はその価値を理解し、購入しようとする動機になります。

しかし、実際にからだのエネルギーが持っている体験や情報と違うスイッチを入れようとすると瞬間的には勘違いや困惑しながらも受け入れますが、その先は難しい状況になります。 値引きという手段から入っていくと間違った情報を与える可能性が高くなるわけです。実用品ではない感性のものは其々が判断をする基本を持っています。

 チラシや広告のディスカウント表示では判断できないものとして記憶しているものが、実際に行われていると実生活ではそれを理解していても現実的には受け入れていませんから価格があってないものという判断をして、自分たちにはわからない世界として判断をしてしまいます。

 4Cのグレード表示の悪戯はまさにそれで、取扱説明書が価値を表しているような誤解を与えたために、その基準が値引きの目安になると勘違いをしたわけですね。本当は厳密な基準ではないし、価格を表す基準でもない物を。そのように感違いするような情報を与えていたわけです。

 仮に値引きをするにしてもきちっとした情報を与え、価値を自身が判断する状況までもっていくことが必要となります。その上での値引きは小さくても大きな役目を果たすのは否定できませんが、価値を示す基準を引き出す情報のそものが間違っていればいくら値引きをしても何の意味もありません。

 人はどのような中でも物を判断するようにエネルギーは構成されているそうですが、情報が違うとむしろ他のエネルギーが働き出すようになっているようです。整理整頓された正しい情報であれば消費者はきちっとした判断をしてくれるものです。その為にはこちらもきちっとした勉強をすることが必要なのです。

 スピリチュアルな環境を与えることは感性のものを扱っている者の責任であり、己のその場の利益のためだけに売らんがための方策は決して利口な方法とは言えないでしょう。

 

2014年6月27日金曜日

機を逃さず⁉

 先日、ある弁護士さんからお電話頂き
『少しお聞きしたい事がありますが、お時間いいですか?』
『はい、どうぞ』

 『投資用ダイヤモンドの事なんですが、ダイヤモンドは投資になるんですか?』

『はい、一定の条件をクリアすればという事になりますが・・。』

 実は担当をしている依頼人から相続の相談をされ、亡くなった父親が残したものの中にダイヤモンドがあり、投資用だとして持っていたものらしいのです。その処分に困っているという事で、その件でダイヤモンドの事を知りたいという事でした。

 なぜ、ダイヤモンドが投資用になるのですかという事から始まり、換金方法に至るまで事細かな質問がありました。ダイヤモンドの誕生から始まり、市場の形成の歴史、現在の状況を事細かく話し、納得をいったようでした。その上で

 『どちらにしても社長がおっしゃる条件に当てはまるものかどうかを見て頂かなければなりませんね。』

 『そうですね。一度お持ちください』

 全くのダイヤモンドの知識がなく、明瞭な頭脳をお持ちのせいか非常に御理解も早く、話していて心地よささえ感じました。世間にある俗知識ではなく、ダイヤモンドとはという絶対的価値をまずご理解していただいたので話が早かったのだろうと思います。

 世間には異業種からの参入も多く、ダイヤモンドの事だけではなく間違った知識が氾濫し、その上でさらに薄ら覚えの知識ですから、真の価値がそれらの知識に相反することがままあり、その払拭もままなりません。それを否定することも誤解を招くので難しいものがあります。

 まずはダイヤモンドとは、宝石とはといったものはどういうものなのかをはっきり示すことが今の宝石業界には必要なことであると常々感じています。

 先日の都議にセクハラ発言に関してもどうやらうやむやに終わらせようとしていますが、この結末が後で世界に対して大きな誤解や早まったメッセージを送ることになることを想像できないという事が政治の貧困さを物語っているような気がします。

 これからオリンピックや様々な国際イベントが日本で行われ、観光客をたくさん招こうとしているときに、何か起きるたびに今回の事が引き合いに出され、日本という国は潜在的に女性軽視の国であるとレッテルを張られるでしょう。

 最初が肝心という言葉があります。最初についた印象をぬぐう事は難しいことです。多くの企業も最初ヒット商品を出せば出すほど、イメージ戦略が難しくなります。人間関係も同じことがいえるはずです。

 何事においても機会を逃してはいけないという事がいえます。今回のセクハラ発言なども前回も述べたように断固とした処分をすることが、日本はその種の事には断固とした態度をとる国だという事になり、慰安婦問題等を含めた日本は変わらないというイメージを脱却する良い機会だったのだと思います。変化は自らしなければならないのです。

 それは、企業であったり、個人であったりしても同じことが言えます。ブラック企業のイメージがつけば、どこまで行ってもそのイメージがあり、仮にブラック企業の体質があったとしても全面的にチャリティーや福祉のイメージがあればその様にはうつりません。どこかで機を計り断固とした自らの立場を表明する行動が必要なのです。

 社会を理解し、自らの立ち位置を表明する機会を利用することは将来に向かっての好条件ともなります。その為には目先の事ではなく、展望をする心構えが必要です。簡単に言えば各論で物を見るのではなく総論で物を見るという事でしょう。

 我々の業界であれ、企業であれ、個人であれ、特に政治は将来を見越し、はっきりとした立ち位置を示すべきなのでしょう。決してローカルで行われていた過去の常識に捉われてはいけないのです。ネットで世界は繋がっている認識をもたなければいけません。人も変化をしていかなければなりません・・・というより変化をすることが生きるという事なのですから・・。

 
 弁護士からの突然の電話でしたが、ダイヤモンドというものを説明することにより弁護士自身もダイヤモンドの投資というものを理解し、今後は投資のひとつのジャンルになることを確信していただけたことは過去の日本で広がっていたダイヤモンドの常識からいよいよ決別をする時がやってきた実感を持つ良い機会になりました。

 世界のダイヤモンドにはすでにダイヤモンドの投資のジャンルは存在し、今回のラスベガスのJCKショーにおいても投資用ダイヤモンドのコンファレンスが行われています。既に世界は未来のダイヤモンドに向かっているのです。

2014年6月24日火曜日

一言⁉

 昨日からの都議の不適切発言の謝罪会見を聞いていて腹立しい思いをしている人も多くいると思いますが実は私もその一人です。

 勿論、当事者である鈴木都議なる人物もそうですが、周りの自民党はじめと議会の政治感のなさについてです。世界に配信をされ、日本の潜在的な意識という形で報じられているわけですから、現在の内閣が進める女性の社会進出を成長戦略の信憑性を問われかねない問題なわけです。

 つまり、会派離脱や議員辞職程度の問題ではないし、この問題をもう少し考えるのであれば、やってはいけない場所で、やってはいけない人が、やってはいけない人にやったのですからこれは厳重処分であり、政治感が良い人であればこの機に厳罰に処し、世界中にこの類のことは日本では許されないことであることのアピールをするべき時だったはずです。

 オリンピックが決まり、世界中が日本を注視しています。ブラジルでの日本のサポーターがゴミ拾いで評価を受けたりすることもやはりそんなとこにあるはずです。ましてや隣国の国策による慰安婦問題に至っては友国である米国の中にさえ非難をする議会があるくらいです。

 今回、問題が日本の潜在意識であると取られるのと、このような問題は絶対に許されない国であると取られるのでは天と地の差ほどあります。今の政治家は歴史上最も未熟な時代だと言われて久しいのですが、特に自民党政調会長でもある女性政治家に至っては今回の過程においての鈴木都議の会派離脱という形での決着に個人攻撃にならないように寛容であってほしいなどと
発言をしている。政治家として幼稚すぎると思いませんか。まして被害者と同じ女性であることよりも党の責任者としての発言をしている姿を見て・・・。

 社会には一つの法律にはない絶対的なルールというものがあります。それを逸脱しない前提にあるので法律にはなっていない事というのがあります。例えば子供は絶対的にまず親が守るという事は法律である訳ではありません。それは動物としての本能であり野生の動物さえ身に付けていることなので法律にはないのです。しかし、残念ながら昨今の日本ではそのルールでさえ守れない状況です。ちょっと大げさな表現ではありますが・・・。

 つまり、今回も野次とか寛容できるとかといった問題ではないように思います。前述もしましたがやってはいけない場所でやってはいけない人が、やってはいけない人に行った事は法律になくともそれなりの処分が妥当であろうし、この機会を利用しての政治的逆転が可能である時だとは思いませんか?

 我々の業界も以前から培われてきた信用が前提で価格の信憑性が支えられてきました。以前の宝石店はほとんどの町で世話人だったり、役職を担っておりました。それゆえ価格というものは何ら疑問の余地を挟むことのないもとして適正な利潤も上げてきていました。

 つまり、我々の業界もそれらの社会的な貢献や立場から消費者の雑念のない信用を受けていたので価格に対しても何ら疑念を抱かれることもなくうまく回っていたのだと思います。しかし、現在では宝石の価格はあってないようなものだという言葉が飛び交っています。

 それは宝石ではやってはいけない1丁目一番地を自らとは言いませんが他業種からの移入もあるのでしょうが食い止めることが出来ず、自らも手を染めてしまった事が現在の消費者からの疑念に繋がっているのではと考えてしまします。

 宝石の価格の信憑性は絶対的に守らなければならない事でそれを崩すことは理由がない限りはやってはいけない事です。それは値引きにしろディスカウント販売にしろ、絶対的に守っていることがあって成り立ちます。

 前提としていることを破った場合は自らが処すのではなく、社会的に処分をされなければならないことなのです。そうでなければ法律に触れなければ何をやっても良い、挙句の果てに時間が過ぎれば薄れてしまうと考えられてしまい、それが潜在的意識になってしまうのではないでしょうか。

 一言というには述べすぎましたが、個人攻撃ではなく先を見据えた対応が我が国のすべての分野で、今必要とされているのではないかと思うような今回の問題でした。
 

2014年6月23日月曜日

ダイヤモンドの視点⁉

 先週末、ご来店を頂いた70代の女性客の一言で
『お宅の社長が,仰った通りにダイヤモンドのお値段が上がっていますね』
のお言葉が耳に入り、何気に店頭をのぞくと久しぶりにご来店を頂いた方がこちらの方を見てご挨拶くださいました。

 『別に予想をしたわけではなく誰でもがわかる事ですよ』
というと
『言って頂いたときに買っておけばよかったと思っても、実際に私たちが買える金額ではねえ・・。』
 
と、お客様は投資を考えての発言でした。

 以前からダイヤモンドの投資についてや考え方に触れてきましたが、このお客様がおっしゃる通りなのです。つまり、幾らのどのようなダイヤモンドを買えば利益になるのか?・・・・という事に関してはダイヤモンドの色々な側面を過去何度も書いてきています。

 ダイヤモンドは贅沢品として、記念品として、観賞用として、収集用として、そして投資用としていろいろな顔をもっっています。それらは売る方の考え方や買う側の考え方にもよるのですが、あくまでも投資用として考えた場合には売り手の立ち位置がとても大事になります。

 一つには本当にダイヤモンドの事を知っているか?、ダイヤモンド市場のメカニズムを理解しているか?本当にダイヤモンドの価格を理解しているか?実際にダイヤモンドの販売に携わっている人間で声を大にして何人の人が手を挙げることが出来るのかを考えると宝石を販売するという事はそこまでの意識は必要のない簡単な仕事なのかもしれません。

 御客様が仰ったように投資として考えて場合にどうなんだろうという事はあります。つまり、大きさなのか、価格なのかをひとつの基準で考えたとして、高額なものはコストから考えて極端には高い価格設定にはならないだろうけれど、安価なものはコストから考えると率として高い設定になることはやむをえません。

 本来は販売側から考えると上代一千万円の商品の利益を100万円で良いと考えるが、100万円の商品の利益を10万円で良いとは考えないのが本来の宝石店の考え方なのですが、日本の多くの宝石店は低い価格のものを、売る為に利益を少なくし、高額のものでも一定の利益を取ろうとします。

 海外のスーパーブランドでも高額品の賭け率は低く、低額品の方が賭け率が高いのが当たり前です。しかし、日本は百貨店が販売をするケースが多いので、販売員にはサラリーマンが多いわけで、売れる事より利益率が下がる方が低評価につながるので、売れなくても高い賭け率を維持しようと考えます。

 横道にそれましたが、百貨店や一般的な宝石店ではないという事を前提にして話を進めますが、
購買するダイヤモンドには流通コストが乗っていることは常識として消費者も理解をしていますが販売側が幾らの利益を考えればよいかという事になります。

 つまり、10%の利益が通常の経費プラス利益になる金額が100万円だとすれば販売価格が1千万円でよいという事になります。ということはコストの10%アップという事になるので、仮に10%の値上がりをするものであれば、一年でコストがクリヤされますので、それ以降は消費者側の利益という事になります。(ものすごく単純な考え方ですが)

 逆に販売価格が低いものであれば利益率を高くし、多くの量を販売することを考えなければなりませんから、人も多く必要になるかもしれません。

 前述のお客様の発言の答えになると思いますが、実際には販売形態にもよりますが、1千万円を目安にしたダイヤモンドを専門店から求めた場合には十分に投資になるかもしれません。

 結果、販売側や購入側がダイヤモンドをどのような視点で価格設定を捉えるかによってダイヤモンドそのものの性質も変わってくるという事になります。

 宝石のビジネスは本来の広い場所がいらなくて、人がいらない。それなのに高金額の取引になるというメリットがあり、始められた商売です。勿論その条件として経験、知識、コネクションが必須という事になりますが、多くの宝石店はその逆をやり、玉砕しているところが多いように見受けられます。

 本来の視点に立ちかえればダイヤモンドのビジネスは販売側、購入側両者に多くの利益をもたらすビジネスなのだと考えますが、簡単なことほど難しいという事になるのかもしれません。

 小さなサイズのダイヤモンドに関していえばやはりジュエリーの素材として考えた方が良いのだと思います。つまり、今のままでよいのだと思いますが時代に沿った変化は必要だとは思いますが・・。

2014年6月19日木曜日

ダイヤモンドにおける日本の位置⁉

 
 2013年の世界のダイヤモンドのシェアが発表されました。なんと未だに日本は世界第3位なのです。

 1970年代以降アメリカと日本でダイヤモンドのマーケットの2/3を担っていた時代が続いていましたが、2000年代に入り中国が台頭するとともに、日本の景気も落ち、我が国のシェアは少しづつ減ってきました。

 今の中国の勢いは確かにすごいとは思っていますが、ダイヤモンドのマーケットで考えると12%前後で、日本の9%を少し上回っている程度です。米国は相変わらず39%ほどのシェアを持っていますが、ここで見えるものは日本の凄さでしょう。

 1980年代から1990年代にかけては米国と日本で世界のシェアの2/3を占めていたのですからその時代の日本の凄さです。敗戦国で小さな島国であった日本がダイヤモンドの世界で25%前後のシェアを持っていたのですから今の中国と照らし合わせても凄いと思いませんか。

 現在、日本は低迷をしている印象がありますが、その時代に創られた遺産はまだまだ健在であることを意識しても良いのではないでしょうか。確かに借金大国ではありますが、海外資産に関してはいまだに世界NO1であることはあまりメディアは報道してはいません。

 日本は現在ダイヤモンドのシェアでは9%で世界第3位ですが、ダイヤモンドの本当の意味を他国と違い贅沢品と考えている日本で第3位なのですから、海外と同じように資産としての位置づけになった時にどれくらいのシェアを伸ばすのだろうと考えてしまします。

 贅沢品にそこまでの金額を払う国が果たして景気の悪い国なのでしょうか?私は思いません。貯金や資産の保有、富豪の数、どれを取ってもいまだに世界トップクラスの我が国です。ただ、政策や報道のレベルの低さが国民の性格と作用して、それこそ不景気感があるのだと思います。

 ダイヤモンドは未だに贅沢品と考えながらも魅力を感じていてくれる消費者がいます。普段私は一定の条件を満たせば十分に効率の良い資産として考えることが出来ますよと言っています。

 しかし、他国から侵略をされたり、移民の経験の少ない日本国民には理解がされにくいのではとよく指摘をされますが、日系移民の方たちの末裔の日本帰りをした方たちや満州から引き揚げてきた人々の経験談を話をすると『へ~、そうなんだ』といった反応をされることがままあります。

 年代がらその方達とも関わりあって来たり、北海道のでの200カイリ問題の折には沢山の北海道民が大きめのダイヤモンドを買い求めていたことを記憶しています。

 つまり、移動するときの携帯資産を差しているのですが、現在はその事よりも実際に投資資産として理解をして買い求めている一部の方達もいるという事です。中国のような社会主義の国では実際には資産の保有はできませんからそのようなものに向かう事は理解が出来るし、いまだにくすぶっている東欧を見るとやはり携帯資産としての面がまだまだあります。

 前述したように未だにダイヤモンド消費世界第3位の国ですが、贅沢品として求めているだけだとやはりそこまでのシェアを占めるとは思えません。今後のダイヤモンドのシェアの動きには是非注目をしていきたいと思っています。