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2013年10月29日火曜日

偽装、誤表示!? ダイヤモンドは??

 今、関西方面の有名ホテルチェーンのレストラン部門での偽装なのか誤表示なのかでもめているようですが、シマウマをポニーですと言って動物園で見せたらこれは笑い話のレベルだと思うし明らかに誤表示の類いでしょう。
 
 数年前にもタイだったと思いますが、ワニとか象に白ペンキを塗ってパンダワニとかパンダ像とか言って喜んでいた事ともレベルが違うと思いますが、では何故こんな問題になったのでしょう。

 一つには消費者側が判断を出来る材料を持っていないところで行われたという事が問題な訳ですが、前述のような内容であれば普通の常識を持った人たちが見れば極端な間違いかジョークで収まることですよね。

 プロ側の常識を持って意図的に行われた事は消費者が判断をする事は難しい訳で、今回の事は、さらにプロ側の常識として考えてもおかしい事です。つまりこれは解らないのだからという前提があって行われた事と考えると、やはり偽装と言われてもしょうがないでしょうね。

 完全なまやかしでなくとも真実の一部を使った表現は誇張と偽装の分かれるところです。ですからプロの意識をきちっと持って対応しなければいけないのです。

 ところでダイヤモンドの4Cに関しては同じような事が言えます。グレードに関しては絶対的な物ではなく時期、場所、人によってはグレーディング結果が違うという事がありますが、それはディスクローズ(開示)されてはいない訳で、販売員によってはそれが絶対的目安のような説明をしている事もままあります。

 確かに、ここ最近ある程度の基準にある目安を大手の鑑定会社が共有するようになりましたが色と清澄度に関しては誤差というか差があって当り前の事に関しては完全な一致はしない訳で、これらは一般の消費者が理解をしていない事です。

 過去においては違う鑑定会社の違う時期のグレーディングを比べて価格競争の売り出しなんて事はよくやっていましたが、さすがに最近は少なくなってきたようにも思います。

 これらの事も、グレーディングレポートに『時期と場所と人によってはグレーディング結果に差が出ます』とレポートの見やすい所にコメントしておけば何の問題もない事ですが、それをやると権威でもなくなると思っているのか今まで何度も提案する機会がありましたが『市場に混乱を招く』と訳のわからない理論で逃げられてきました。

 今までどれくらいの混乱が生じ、どれだけ信用を失ってきたか解りません。それもこれもごまかしごまかしやってきた事の結果です。

 今回の問題でも小さなエビは全て等レストランでは“車エビ”と呼んでいますとメニューにコメントしておけば何の問題もなかった事です。我が業界の例で考えるとやはりそこには意図があったと考えられても仕方がないと考えますね。

 どこの業界にもある事ではあるけれど消費者が自分で判断し、結果を出せる事以外はプロのコメント義務と開示義務は現代においては避けられない事だと考えます。他の業界の方達も思い当たる事があるのであれば今のうちだと思います。

 言い訳はまやかしで得る利益以上にエネルギーを使います。これは歴史が物語ってります。

如何でしょうか?  御同輩!!

2013年10月23日水曜日

分類違い!?

 『わぁ~、感動しますわ!!』
先日お買い上げ頂いた3CTのプリンセスカットのリングが出来上がり、早速ご来店を頂いて、ご覧になっての最初の一言でした。

 『私は出来上がった物のイメージも湧かないし、デザインも考えられないので最初はどうしようかと思っていたんですけど友人が髙木さんに任せておけば大丈夫よと言っていたのでお任せしましたけど想像以上でした。』

 『ありがとうございます。喜んで頂いて嬉しいです。』

 多くの場合オリジナルの宝飾品を造る事はないので喜んで頂く事がほとんどですが、ほとんどのお客様が言われる事は衝動買いや強く勧められて購入したけど結局飽きてしまいますという事です。

 私は、元々基本的な考えをしていたい方なので、石が先に有りきといった考え方をします。つまり、本来のジュエリーとは著書にも書いていますが生活の中からの実用品として生まれています。それが豪華な贅沢品となってきたのです。昨今のデザインとか意味の解らないテーマが優先する物とは少し考えを異にしています。

 宝石いわゆるGEMは本来美しさの不思議や希少な物として時には宗教的であったりもしますが多くの場合は権威や誇りの象徴として存在してきました。それを身に付ける方法としてジュエリーと合体しました物が現在のジュエリーになっています。

 それが、いつの日からか小さな宝石が単なるジュエリーの素材としてしての存在になってきた事もあり、粗悪な物が使用されたりするようになると単なる色付けの存在でしかなくなりました。

 何が言いたいか言うと裸石で選んだ物は石で選んでいるので飽きが来ないという事です。多少のデザイン性があったとしてもダイヤモンドそのもの魅力に飽きはないという事です。

 今回のデザインに関しても一見奇抜に見えるようですが3CTという大きさも加味し高さが出ないもので、角のあるカットなので当たりが出ないようにと合理的考えた結果できたデザインです。上部から見るとほとんどダイヤモンドしか目立たないという石を生かした物になっています。

 『今まではお高いものですから、これなら車が買えるわ・・とか、マンションが買えるわ・・・とか思っていたんですけど、おなじ土俵でダイヤモンドは考えてはいけないという事が良く解りました。こんなにうれしく思ったり感動したりする上に、車や家みたいに古くなったり、修理代が掛かったりという事もなく、ましてや株や証券みたいに紙屑同然になったりする事はないですものね。それにいざという時には・・・・うふふふふ・・・。』

 彼女が言いたかったのは今後は良い意味での財産保全になるという事を考えていたみたいで、真にその通りだと思います。昨今のダイヤモンドの値上がりや少なさを考えると彼女の考える事をより実感する時期が早く来ると思います。

 3CTのプリンセスカットは国内でもそう多くはありません・・・というより見つけることも難しくなってきています。良い時期に良い物を御紹介できたと思っています。

 そして、同じ高額品でもただの贅沢品ではなく実用性のある物である事を御理解いただいた事が非常にうれしく思っています。既に大きなサイズのダイヤモンドは分類が違うのです。

 

2013年10月18日金曜日

ダイヤモンドグレードの不思議!?

 ダイヤモンドグレードに関してはグレーゾーンが多い事はほとんどの業界人であれば知っている事とはいえ不思議で厄介なものであると思っています。先日改めて取引先の若い方から『ビーカンて何ですか?』という質問がありました。

 『B鑑定の事だけれども何故?』
『取引先の人から価格に対応するなら(ビーカン)のものならありますよって言われたんです』

 つまり、B鑑定とは依頼人の希望グレードに対して理由の付く限り、要望通りにグレードを出す鑑定会社の事で、対してA鑑定というのは日本鑑定協会に加入していて協会内の一定のマスターストーンに合わせてグレードを出している鑑定会社を指す事を示すものです。

 ただ多くのメジャーの鑑定会社を始め、名の通っている鑑定会社にしてもB鑑定と同じような経緯を通りながら現在に言ったっているところも多く存在している。つまり、ビジネス上は顧客が必要ですからその作業を行ってきましたが大きくなるとその影響が大きくなる事を恐れてエリを正す訳ですね。

 グレードの基本は画一的なものではないという事と公的認定のある物ではないという事が前提ですから、本来は販売する業者側のものであり、消費者側と言う言葉は最近使われてきた言葉です。

 しかし、原則を言うなら消費者側に立ちようのないもので、もしその条件をクリアするなら同じ鑑定会社が同じ時期に同じグレーダーによるグレードを一斉に行わなければならない。勿論そんな事が出来る訳ではないのでおおよそという事が前提になる訳です。

 つまり、目安にはなるけれど絶対的なものではないし、価格を比べる道具として使うものではありますが絶対条件ではないという事ですね。販売者が未熟で消費者に十分に説明が出来ない時に使用する為のものですからおおよそで良い訳です。そのおおよそでよい事を利用してる訳です。

 十店小売店があれば十店とも価格は違いますから、結局はどのお店の価格を信用するか言う事に言及されてしまいます。逆に言えば信用があればグレードは必要がないという事も言える訳です。

 しかし、日本の市場の不思議なところで、例えそうであっても文字に起こされた結果が気になる訳で自分の眼を信じようとはしないところもあります。例えば絵画も号幾らという表現がありますが、これも日本だけの現象だと聞きます。画家によって得意なサイズがあるのですから、確かに号掛ける幾らというのは変な話ですよね。

 実はグレードが不思議なんではなく日本の市場が不思議なのかもしれませんね。消費者も販売する側もグレードの意味が解らなくても取りあえず安心をするという事ですね。

 だからと言ってグレードを奔放に取り扱ってはいけないのは当然で、前提が信用という事になればそれも意味のない事ですが、業界が何時までも首をかしげられるのはそういった輩がまだまだ沢山いるからでしょうね。

 付け加えると、グレードの取り扱いは扱う人間が悪魔にも天使にもなるという事です。あなたはどちらをの顔を持っていますか?

2013年10月15日火曜日

眼に映る物!?

 先週のとある展示会場で母娘連れのお客さまの事です。

 数か月前に初めて当方の裸石のコーナーにお越しになり、それまでにそこまでの興味を持っていなかったダイヤモンドの裸石に興味を持つようになったのは前回の展示会の事でした。同じく興味のなかったというよりあまりそのように見た事のなかったダイヤモンドの裸石に興味を持たれたのは娘さんでした。

 娘さんが、前回買い求めたのは小さなファンシーイエローと小さなハートシェイプの詰め合わせで数万円のものでした。彼女に効くと毎晩それを眺めていると小さな幸せを感じる事が出来るという事で、その為にベッド用のLEDライトを購入したそうです。

 それらの話を傍らで聞いていた母親の方が
『その話をしょっちゅう娘がするようになり、私も欲しくなったみたいです。』
ケースに並んでいるファンシーカラーを見ながら眼を潤ませていました。

 彼女が眼に留めたのはブルーの小さなダイヤモンドでした。大きくはないのですがやはりブルーですからそれなりの価格にはなります。
 『多少お高いようですがなかなか手に入らないものなので買っといたの方が良いのかしら・・。』
と彼女、

 『勿論、その方が良いと思いますが、よくご覧になってよく考えてみてくださいね。それから会場内で見るのと外で見るのは相当な違いがありますよ。外で見てみますか?』

 会場の外で見たそのブルーのダイヤモンドは会場内で見た多少のグリーンがかったものではなくあくまでも碧く、青色とは表現がしにくいような素晴らしい色で、私自身も驚くような存在感がそこにはあり、母親の驚き様は尋常ではありませんでした。

 ダイヤモンドは眼で見て、心で感じるものです。

 私自身は宗教を否定もしないし、肯定もしないつもりです。しかし、もともとは自然の眼から入った情報を心で感じ、それを解説する者が現れてきたのが宗教だとざっくり思っています。

 つまり、素直な眼で見たものを感じる心を持つ事が、癒しであり、励みであり、夢を持たせてくれるのです。一寸、宗教というものは極端な方向に走る癖がありますが、ダイヤモンドを愛でることで感じる心の広がりは一番自然に近い感情だと思っています。

 もともとグレードが付いていた訳ではありません。手にした人間が魅了され感動をした事により価値を得たものであります。その素直な心にこそ本来の恩恵が与えられるのだと思います。

 高額な買い物である事は間違いのない事実ですが、人によってはそれにも勝る価値なのだと思います。ブルーのダイヤモンドを手にした母親はそれを見ながら眼に涙を浮かべていたのが印象的でした。

2013年10月11日金曜日

ダイヤモンドとダイアモンド!?

 ここ数年ダイヤモンドに対する消費者の考え方が変わってきた事の一因に国内外でのオークションの価格高騰がある事は否定できないと考えています。最近は事あるごとにニュースで流れるダイヤモンドの落札価格に対するコメントを求められます。

 ダイヤモンドとは和風呼び名で、私は本来ダイモンドと発音する事が正確かなぁとどうでも良いかもしれない事にこだわっています。なぜなら多分和風はトランプなどのダイヤと呼ばれたり菱形のマークをダイヤ、時刻表などのダイヤなどの日本人に発音のしやすい延長になっていると思っています。

 直接は同じような事ではありませんが、西洋と日本ではダイアモンドに対する認識の違いがあり、宝石のダイアモンドとして考えるのか、宝飾品等の素材ダイヤモンドとして考えるのかという違いがあります。

 本来は宝石のダイアモンドがあり、それを宝飾品の素材に使ったダイヤモンドがあると考えた方が良いのかもしれません。つまり、デザインや意味を主とした宝飾品のダイヤモンドの使い方と宝石であるダイアモンドを着用する為に出来た宝飾品とは基本的に違う事を認識するという事です。

 小さくても品質の最良なものをと考えるのは宝石の身に付け方としては一寸違っています。なぜなら以前にも書きましたが宝石の条件の中には品質という事は謳われておりません。美観を損なわない程度の品質で良いのです。

 勿論日本人独特の考え方の潔癖性からくる考え方として婚約指輪等に条件として考慮する事は否定しません。それは宝石としてではなく、メモリーとしてのものだからです。

 希少性という考え方は美観の次に来る条件でもあります。故に宝石の条件としては大量に手に入る可能性のある小粒の高品質ダイヤモンドよりは美観を損なわない品質で大粒の物が希少性の条件を整えるのです。

 冒頭にもつながるのですが、最近はテリの強い大きめのダイアモンドを求められる事が多くなってきました。また、文字によるグレードにあまり関心を持たなくなってきました。これらは日本人特有の概念が少しづつ変わってきたのかもしれません。

 本能で求めるようになるという事は人間が古代に宝石に価値を感じた原点に回帰してきたということにもなるでしょうし、造られた既成概念に今の時代ははめられる事がなくなったのかもしれません。   

 良い意味でも悪い意味でも・・・・。

2013年10月3日木曜日

ダイアモンド都市鉱山!?

 先日、TVで日本がダイヤモンドの都市鉱山化しているという特集があったそうですが、内容は既に過去の物・・。

 ここ数年の地金価格高騰により全国に買取屋さんなる物が数千件の数で現れました。時にはブランド品や時計、その中には勿論のことダイヤモンドも含まれています。

 多くの場合は雨後のタケノコのレベルまでに達していないお店が多く、勿論鑑定眼などはありませんので、民間卸オークションで現金で売れるレベルを想定して買い取っているだけですから、中にはものすごく安く買い取られた物も多く存在します。

 特にダイヤモンドに関しては見る眼のあるところはほぼ90%はありませんから、損をしないような値段を付けています。時には数百万円の価値ある物を数万円で買い取っている事もあります。しかし、彼らが沢山の利益を取っているかというとそうではなく、それに眼ざとく手を出すプロが沢山いる訳です。

 つまり、全国の買取屋さんから集められたダイヤモンドが卸のオークションに出展され、それを海外のバイヤー達が買取に来る訳です。これを一部では都市鉱山と言っている訳です。

 特にインドのバイヤーが多いのですが、彼らはダイヤモンドビジネスの歴史は古く、鉱山が枯渇してから数百年を経ていますが、研磨産業は脈々として生き残っていた訳です。しかし、以前は子供たちを研磨の仕事に従事をさせ低賃金で一部の業者が利益を手に入れるという構図でしたが、
既に研磨をされたダイヤモンドを安く手に入れる事の出来る鉱山は彼らにとって魅力な訳です。

 しかし、実際にはピークを過ぎを過ぎた日本市場からはそれほどのダイヤモンドは入手困難になってきたのですが、既に研磨を縮小していたインドでは働き手がいなくなっており、。特に子供に違法労働させる事は世界的にも御法度になってきている為に、ダイヤモンドの流通在庫が減り、さらにロシア以外の産出国からは産出量減のニュースが入り現在の値上がりにつながっています。

 勿論、全てのサイズが値上がりをしている訳ではなく、小さなサイズは物によっては値が下がっている物もあります。但し、数%のレベルで、トタール的にはやはり値上がり基調です。

 一時の都市鉱山ブームで多くのバイヤーが海外からきて大手を振っていました。日本の業者はむしろ縮小傾向にある中、特にインドからの業者は特に目立っており、国税の競売にまで参加をし、ダイオヤモンドを落札し、海外で利益をあげています。

 本来であれば日本でおとされるべき利益が日本の業者の知識や経験の少なさから海外に持っていかれている訳です。勿論、彼らのダイヤモンドの歴史は古いのでダイヤモンドが何よりも換金性があり、目減りが少ない事を熟知しているので出来る事です。

 ここで言える事はダイヤモンドはやはり価値があり、換金性も高く、価値がゼロにはならない事を示してくれたという事です。今後の日本の市場に関しては意味のある事でしょう。

 そして、都市鉱山といわれる事のないようにしなければいけません。決して尊敬や羨望の目で見られている訳ではありません。むしろ日本の市場の幼さに皮肉を込めての言葉なのですから・・。

 TV局も良く考えて、中身を吟味してほしいと願います。

2013年9月30日月曜日

ダイヤモンドは変わらない!?

 二週間連続で同じような感覚を懐きました。先週末ご来店頂いたお客様が2ctのラウンドのダイヤモンドをお探しで、店内のダイヤモンドをご覧になっていたところ3ctのプリンセスカット(スクエア)が気になったようで
 
『こちらはなんていうカットなんですか?キラキラしてとっても綺麗ですね。』

 多少カラーのあるプロポーションの綺麗なものだったのですが、テリが強く、展示品の中でもひと際目を引くものだったので結果的にはそれをお求めになっていったのですが白い、円(マル)のダイヤモンドがお希望だったのですが、ローカラーではありましたがテリの強い大きな物になった訳です。先々週は多少色がありますがやはりテリのある1ctをちょっとかけるハート型のダイヤモンドが当初の円の白いものから変更された事は前回書きましたが今回もという事です。

 1978年、春 ロサンゼルス

 私が日本から渡米をして数カ月経った頃、ポンコツのフィアットを手に入れて、やっと自由にロサンゼルス市街を走れるようになった頃。『シアーズ』という大型安売り店に入りビックリした事がありました。

 店内に入ってすぐにアクセサリーやインテリアと一緒に宝石売り場があったのです。真にスーパーの延長みたいな売り場の中にです。もっとびっくりしたのは2ctとか3ctのダイヤモンドがその中にはゴロゴロと飾られていた事です。

 よく見ると黄色めなものではありましたが、日本で学んできたダイヤモンドの概念を取っ払わなければいけない瞬間でした。日本では婚約市場が大きかったこともあり、小さくて品質の良い白い物が主流であったし、大きくても2ctか3ctでしたが小さいものと同様に白くて品質の良いものばかりでしたので高額な上に誰でもが手に入れる事の出来るものではありませんでした。

 しかし、ショーケースに入っているダイヤモンドはどれもこれも綺麗に輝いており、一種の迫力を感じた事を覚えています。業界に入った頃から一種の宗教のように小さくても白く品質の良い物をと教えられていた私はそんな種類のダイヤモンドを見る事もなかったのでビックリしたのを覚えています。

 アメリカに暮らすようになると、多くの人が大きなダイヤモンドをしていて、アメリカの経済力の凄さをまざまざと見せられた思いでした。ある米国人の友人に尋ねると
『大きなダイヤモンドに限らず、大きな車や大きな家は成功のシンボルだからね。』
といわれ、なるほどと思ったのを覚えています。

 さらにダイヤモンドの輸出をしていた彼は
『日本人は小さなダイヤモンドを欲しがるし、実際に当社から輸入する日本の会社もほとんどが0.2ctか0.3ctしか買わないからね。理解が出来ない事の一つだね。ダイヤモンドは大きい方が価値がある事は解っているよね。』

 『勿論解っているけど。日本では一般的な考え方ではないね。』
と私が言った事を覚えています。

 当時の米国では余程のダイヤモンドでなければグレーディングレポートはついておらずその事はあまり重要な事でもなかったのです。なぜなら自らの価値観で求めるものであって第三者の価値観で求めるものではなかったからです。

 前述の例のような事を見ていると日本も変わったなぁ・・とつくづくと感じます。何よりもそれらのダイヤモンドを見ている顔が笑顔で幸せそうであり、見ているこちらもホッコリとした気持ちになります。自分の価値観で物を見るという事は心が素直であり、幸福を手に入れる第一条件だと考えています。俗世に生まれた現代人の中でその事自体を感じれる仕事をしている事は幸せです。

 拝!!