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2013年7月3日水曜日

価値の中のダイヤモンド!?

 宝石の条件としての五つ(美観、希少、耐久、携帯、換金性)は宝石のみならず価値そのものを表わしています。消費者が対価を払う価値というものはこれらの条件のいずれかを満たしているのです。

 しかし、実際には消費者は物やサービスに価値を見出してくれるのかというと、必ずしもそうではありません。消費者にとっての価値というものは人それぞれで、必ずしも一致はしていません。物が良いかどうかではなく、自分の欲求を満たしてくれるかどうか?そして、その欲求は・・・?

 つまり、提供側がどんなに良いと思っているサービスをしていようとそれが望まれているかどうかは別です。物がどんなに良くても必要がどうかという事でもあります。

 確かに、ホテル等はサービスを売っているようにも見えますが実はそうではなく、利用客が望んでいる物がそこにあるからです。例えば、そこに出入りしている自身に対する満足感とか・・。

 人それぞれの欲求と満足感は其々の環境や時代によっても変わってくるということにもなります。
それはおなかの痛い人にどんなおいしい物が用意されてもその人に必要なものはまずい薬と硬くても良いからベットなのです。

 多くの書籍に『如何にして売るか」とか『売る販売員はこうだ!!』などの類いの物が出版されていますが『宝石はこうすれば売れる』といったものは決してありません。それは非常に特殊なものと思われているのと生半可な方法論つまりサービスや物で売るものではないからです。

 ここで言いたい事は普段から消費者が必要性を感じる様になる啓蒙活動が行われているかどうかが大きな問題です。消費者がこれは必要だと思えるような判断材料の提供があって購買行動に移る訳です。それはあくまでも前述の条件に沿ったものでなくてはいけませんが・・。

 以前、シンジケートのキャンペーンで婚約指輪はダイヤモンド、その価格は給料三カ月分といった物が広く行き渡っていましたが。その節には婚約はダイヤモンドを買えるようになってからなどの比喩もあった位です。しかし、昨今、結納や式も上げないといった時代背景になってくると状況は変わりダイヤモンドにそれほどの意味が持たれなくなってきました。

 それは安売りやグレードの不誠実な表記なども原因に有った事は事も否めませんが、それ以上に宝石の本質的な価値、つまり前述した条件でもある価値というものを理解して頂いていたかという事になります。

 ダイヤモンドは価値の中では究極ともいえる不変の価値な訳で実用的に結果の出るものではありませんが価値ともいえる条件を全て満たしている訳です。実質的にも現在は高額なものに関しては財テクといった結果も出ています。

 消費者の価値観を1から作り上げる事は出来ませんが、その材料を提供しうる事が購買にうながって行くのかなと考えています。

2013年7月1日月曜日

価値を売る!?

 宝石の価値というものをどう捉えるか?

 多くの宝石販売員が直面し、悩んでいることではあると思いますが、現況での販売方法について真偽と言いますか、どの販売方法があたっているのかという事が一つあります。

 過去にもシトリンがトパーズと呼ばれて販売していた物が、ある日突然にそれは間違いで本来のトパーズとシトリンは違うものですという事になったりと、その都度の業界の都合に合わせて販売をしていた為に、本来の価値とは異なるインフォメーションを消費者に届けていたりしてきました。

 その上で明確ではなかった為に誤ったイメージを消費者に与え、消費者の疑念を生んできた事も事実です。以前のように物がなく景気の良い時であればどの様な方法で販売してもある程度の許容は出来たのかもしれませんが、現況に置いては致命的な事になりかねません。

 ダイヤモンドの4Cにしても絶対的なものであるような印象を与えていた為に失われた物も随分あります。時と場所と人によってグレードに差異がある事を明確にしておけば問題のなかった鑑定会社のグレード問題はその典型です。

 現代においても私が懸念しているのは真珠の「花珠」(華珠といったりもするらしい)であります。
本来の花珠はとは真珠の入札会の折に基準になるとっぴんで手を加えていない浜揚げ珠のものという事になっていたのですが、現代に置いては加工済みの手の加わった品質ではなく巻厚や色の種類等で其々の鑑別会社の独自基準で決めている物が多い、確かに品質の良い物が多いのかもしれないが消費者に誤解を与えるような拡大解釈は以前のダイヤモンドのグレード問題と同じ事が内在している。

 花珠鑑定がついていない某真珠ブランドのMの方がよっぽど品質が良い物もあります。ダイヤモンドと同じ様に、物ではなくグレードの文字で販売していると大きなもな題になる事を指摘しておきます。

 それでは本来の間違いのない価値とは何なのかといえば宝石の条件そのものです。希少性、美観性、耐久性、携帯性、換金性といった当り前の事を価値として説明(これに関してはちゃんと勉強しなければなりませんが)した上での付帯事項としてグレードやデザインを説明する事は否定をしませんが、小さくても品質の良い物とか、お似合いですよとか、お買い得ですよ等の意味不明な説明の仕方は当然、冒頭の販売員の悩みに繋がってくるのだと思います。

 つまり、前述した花珠やグレードについては付帯事項であって価値ではないという事です。それを主に説明をしていたら当然、矛盾も出て来ますし、問題も内在し、信用の出来ない業界にもなります。宝石の不変の価値が説明されずに変化の激しい付帯事項を中心に説明に販売をしてきた事は、その都度の折には楽な販売をさせてもらいましたが、それは問題を拡散させていた事に他なりません。

 半貴石や雑石に置いては条件や環境が変われば価値も変わる事は頭に入れておかなければなりませんし、目先の事をセールスポイントにする事は宝石に置いては不誠実である事を販売する側は頭に入れておかなければならないのでしょう。本質的価値を販売する事が消費者に対する誠意であり、販売側の理屈を通す事は消費者側の疑念を増すだけの事だけと考えます。

2013年6月24日月曜日

ダイヤモンドと文化!?

 香港から帰国をし、何気にショーを振り返って気になる事が幾つかあり、その一つはジュエリーのサンプルの事です。華やかに見える物が多い事は展示会ですから当り前の事ですが、以前であれば日本向けのものとしても見る事が出来たのですが、今の日本のまーけっとを考えるととてもではないけれど適しているとは思えない。

 それでは、それらのサンプルはどこ向けなのかと考えた時に中東にしては小さすぎるようにも思え、またホワイトゴールドという事を考えるとやはり中東向けではないなと思ったりする訳です。

 結論を言うとここ数年の市場は混とんとしており、各出展者達も迷いがあるのであろう考えられます。日本市場は調子が悪いとはいえ香港の業者からみると今回のショーでもやはり日本の業者は多い方ですから取り急ぎ、以前日本市場で売れていた物にしておこうという事なのだろうと思います。

 また、パールのコーナーでも中国の雑然と積み上げているブースよりもやはり日本のブースに沢山の人が集まっており、日本の業者に対する信用みたいなものが中国や隣接のバイヤー達にはあるのであろうと思います。また、売れている物も真円に近い、白くテリの良い物を手に取っていたように思われます。

 特に中国人達にとってはダイヤモンドあれば、ある程度の大きさで品質の良い物、真珠であれば白くて丸くてテリの良い物、金は純金で99.99%以上のものと、明らかに財産性を重視したものを選ぶ傾向があります。

 それは、文化の違いからくるものでしょうが一つには以前の日本人のようなマニュアル建前社会が横行しているような気がします。つまり、土地を所有できない彼らは動産主義でその象徴が金であり、ダイヤモンドであり、その他の宝石なのです。但し、問題は今多くの食品やもので問題になっている贋真問題です。

 日本でも多くの問題になったグレードの中身ののことですが、特に中国の業者の表示が正確かどうかという事です。日本からの輸入品に関しては地金の検査にはとりわけ厳しく、特に金商はPT900を0.1%でも割っていれば不合格となります。またPT850はほとんどが相手にしません。

 当然、消費者はダイヤモンド等でも確認をする力がありませんから表示を信用するしかありません。よって純度の高い物や宝石として価値の高いものといった前提がある物を好みます。中国の消費者にとっては半貴石はおもちゃに過ぎず、翡翠に関してもグリーン以外は興味も示しません。

 ダイヤモンドの本当の価値というよりも表示をされているグレードや文字を信用するのも以前の日本市場と変わりません。しかし、財産という前提にあっての文化からくる物の見方は真剣ですし、それゆえに表示を前提にするという買い方をしますが、物を見れない分だけ、値引きを要求して買っておこうという考え方も生まれて来ます。

 矛盾をしているようですが、表示で買い、それが違っているかもしれない事を前提に値引きを要求して買うという文化は不動産文化からは生まれないものなのではないでしょうか。

2013年6月20日木曜日

ダイヤモンドの現状!?

 本日、一日中香港ショーのダイヤモンドディビジョンを見ていて正直大きなサイズのものも結構展示されているなぁという感じがしました。

 
 急に背中をに手の感触を感じて後ろを振り返ると旧知のイスラエルの仲間の顔がそこにありました。 

 『一人で来ているの?』
の問いかけに
 『ただの視察だよ』と言うと
彼も同じような感触を持っていたようで大きなサイズのものが多いと感じていたようです。
しかし、共通して思った内容は大きなものに品質の良いものがないということでした。

 『やはり、品質の良いものはなかなかマーケットに出てこないね』
 と言うと

 『マーケットに出ることなく売買がされることが多いからね。通常の品質だとどうしても見解の相違が出てくるので価格が多少違ってくるからね。』

 『見解の差が少ないD IF EXのところはもう相場が決まっているからね。』

 
 品質の高いところは相場の差もあまりなく取引をされることが多いので面白味にも欠けます。実際に数件の出展者に確認したところGカラーからKカラーの所でVS、SIクラスの所だと20~30%の誤差がありました。ゆえに面白いということになるのですが・・・。
 

 大きさやライフはTPOかかわらず見解の相違はあまりありませんが、やはり、品質のグレードになると見解の相違が出ますので価格にも差が出てくるわけです。しかし、ダイヤモンド本体の品質はいつも述べるように変化をするわけではありません。

しかし、予算があって手に入れたいと思った時には安く購買するチャンスが出てくるわけです。香港のショーは今度の日曜日まで続きますが、スタートとしては大方の出展者はよさそうです。

 ダイヤモンドは今大きな転機を迎え財産保全用と(投資も含んで)宝飾用にはっきりと分かれてきましたが財産用の動きがここ数か月数億円単位のもので国内でも動いているようです。しかし、大きさがあれば必ずしも最高品質ではある必要はありません。

 手軽なもので楽しみながら実質的なものも追いかけてみてはどうでしょうか?今ダイヤモンドはやはり、熱いようです。   

2013年6月18日火曜日

ダイヤモンドの捉え方!?

 ダイヤモンドには工業用、光学用そのほかに宝飾の素材として用いるほかに、最近では投資用というか財産として見られるようになってきましたが、宝石としてのダイヤモンドが基本だと考えています。

 本来は見て美しい石として捉えられ、以前には色がはっきりした色石の方がより価格的にも価値としても重用されていましたが、研磨技術が進化してくるとその立場が逆転してきた訳です。

 いずれにしても、本来は感性の部分を価値とした分野の物が宝石であった訳ですが、いつの頃か宝飾品の素材として重要なものとなった訳です。勿論メインに使用する事によりその存在は際立っていたのですが、脇石として使用されたり、小粒だけを使用したパヴェ留などが出てくるようになると益々もって素材としての印象が強調されてきました。

 そのパヴェ留に関しても最近ではダイヤモンドという名前と重さを強調したまがい物的売り方が横行し、一般の消費者をより誤解させる方向へ導いたような気がします。本来の価値はダイヤモンド一粒一粒の魅力であり、その為にはある程度の大きさを条件としていいるとは思います。

 勿論、誤解をして頂きたくないのはパヴェ留のデザインで留めも綺麗に出来ているものにはそれなりも魅力もありますし、素晴らしいと思います。ただ、私が言っているのは響きだけで販売しようと綺麗でもない小粒のダイヤモンドをいい加減な造りをし、ダイヤモンドという名前と重さでだけで誤魔化そうとする販売方法です。確かに中国などで製作をすれば安価に出来るし、安売りも出来るでしょうが、造りとか品質に置いては・・・要は程遠いんですよね、宝飾品とは・・・。

 私個人としてはダイヤモンドを宝石として扱いたく、また消費者の方たちにも単なる身を飾るものではなく、大事な伝えるものとしてだったり、自らを鼓舞するような精神的な価値として所有してほしいとも思っています。

 現代のような景気の動向だと贅沢品として最初にはじかれそうなジャンルの商品になってしまっていますが、宝飾品はそうかもしれませんが宝石はこんな時だからこそ必要なものとして手に入れてほしいのです。

 なんら確かな証拠がある訳ではありませんが、経験値から何らかのスピリテュアルな力はあるのかもしれないと思っています。巷にあふれているパワーストーンなる雑石にパワーがあるのであればダイヤモンドはその比ではなくパワーがあると実感しています。

 ダイヤモンドの価値は心理的なものから始まっているのですが、現在でもそれは変わらない価値だと考えています。

 

2013年6月15日土曜日

エレガントとダイヤモンド!?

 最近、いくつかの展示会に参加をさせて頂いて、思う事は展示商品の低レベル化です。単純に価格の問題ではなく展示の仕方や内容ですが、同じようなディスプレーに同じような商品群。

 一言で言うと消費者を馬鹿にしているのか、売っている人たちの問題なのか、解りませんが基本的にジュエリーというものを理解しているとは思えないという事です。

 『誰もが手に入る方法で、誰もが手に入れる事の出来る価値にはジュエリーの価値はそぐわない』

 値引きし、さらにディスカウントをするような販売方法は将来に市場を失う事になります。電化製品のような製造できるものですらそれらの販売方法を間違い、苦労をしています。我々の取扱い商品はその辺が違っているのです。

 自然の物がゆえに、もしくはその技量の高さゆえにそこにはストーリーがあり、「ジュエリーの意味」があります。昨今の展示会に飾られているものは全てとは言わないが、大量生産の産物的な物や値引きをする為に外見を誤魔化したようなものが多いのが残念であり、それを理解せずに一生懸命消費者に進めている販売員さんを見ていると少し哀しくもなります。

 消費者も何かの勘違い(これは販売側に多くの責任があるのですが)をしていて、重くて大きな物が得だからという思いで購入動機にする方も多いように思います。

 ダイヤモンドというものは外見を飾るものではなく、心を飾るものである事を理解をして頂ければ本来のジュエリーの意味も解って頂けるのではないかと思います。

 エレガントとは身に付けるものではなく、その人そのものの事であるは理解が出来ると思います。意味を感じたら、その価格ではなく、価値を第一に考えたらよいのです。それが価値というものではないでしょうか。

 安く買えたからという価値は本来にジュエリーの価値としては異なものであると思います。そして華やかになるからという理由もやはり違うような気がしませんか。

 ダイヤモンドは人間より先に存在をしています。勿論他の宝石もそうですが何故そこに価値があるか。先に存在する物により人々の価値感や感性は育まれてきた事を考えると後天的な経済的価値や外観を気にする事に違和感はありませんか。

 ダイヤモンドを適正に身に付けるとエレガントに見せてくれるくれるのは、その人たちの内面がエレガントなのだと思います。透明感があり、やさしさと上品さをエレガントというならまさにダイヤモンドはエレガントの象徴ではないでしょうか。

2013年6月7日金曜日

共通するもの!?

 ここ3ヶ月間の間に釧路と函館を訪問する機会があり、双方ともほぼ40年ぶりの訪問でありました。当時の両市の駅前は華やかでそれこそ毎日がお祭りのようでした。

 今回の驚きというのは駅前の衰退ぶりでした。人は少なく、特に釧路に至っては昼間でもあまり人影が見えないような状況でした。その中で気がついた事は郊外型のショッピングモールの台頭や大型飲食店の郊外型化、そして駅前にはつきものであったパチンコ店の郊外への異動でしょう。

 これらはこの両市に限らず、多くの地方都市で起きている現象でしょう。さらにはその郊外型ショッピングモールのゴーストタウン化も見逃す事は出来ないでしょう。

 これらの現象も見ていてジュエリービジネスとの極似具合です。ジュエリー業界も最初は時計店から始まったような小さな町の駅前商店街の宝石店が基本でしたが、いつの日からか百貨店が台頭し、やがては異業種を中心にした展示会が中心になり、その展示会もゴーストタウン化をし始め、そこから抜け出せずにどんどん安価になる平均単価に我慢をしながら続けている現状です。

 しかし、両市の中のたまたま訪問をした両店は決して繁華街でもなく、恵まれた立地でもないところでの奮闘具合です。特徴はある程度の客層に絞り込み、商品も価格帯も絞り込み顧客に提供をしているところでしょう。

 このところの他業種の状況を見ていても同じ様な現象が起きています。必ずしも立地条件も良くなく、単価もさほど低くはない。これらは家賃原価を抑え、経費を削減することで良いサービスと内容を提供する事に特化をし、なるべく顧客と身近になる事により生産性をあげているという事でしょう。

 これらは車社会になった事で起きた現象ですが、その後の立地条件良くないところでもビジネスが出来るというのも、これまた車社会になったおかげでしょう。

 つまり、大きな商圏を対象にした市場の時代は終わり、それらはネットビジネスに任せ、本来のアナログ市場を見直す時が来た事を物語っているのでしょう。商品を特化し、価格帯も特化し、その上で中身の濃い商品内容と身近な接客をするという事に濃縮されるのでしょう。

 ダイヤモンドのビジネスは得にこの業態が向いているビジネスと言えるでしょう。ブライダル市場商品を外せば、同じような物もなく、実用品商売ではない以上、仕入れの技術と経験、知識により特化をし、特別な物だけを提供する。まさにダイヤモンドビジネスであろうと思います。