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2015年12月17日木曜日

ダイヤモンドの魅力⁉

 改めて書く話ではないのかもしれませんが、ダイヤモンドについて随分と書いてみて、更にダイヤモンドの奥深さを感じる訳です。実際にはダイヤモンドの奥深さというより、それを見いだす人間の感性というか感受性なるもの奥深さという事となるのかもしれません。

 先日、あるお客様がダイヤモンドの中心にカーボン(炭素)のあるダイヤモンドをお求めになっていきました。私自身はダイヤモンドが美しく、尚且つその単体における魅力があることが望ましいと思っていますので、今の日本のマーケットにおいてはグレードという疫病神に侵されている人々が多くいますので、ダイヤモンドの真中に黒い内包物が見えるなんてとんでもないというかもしれません。

 確かに醜く内包され、外観の魅力を著しく損壊しているのならば問題です。しかし、経験から多くのカーボンといわれる黒い内包物がある物の方がライフ(照り)が強く魅力的な石が多いのも事実です。

 今回販売をしたこのダイヤモンドはその魅力に長けていたのと、そのカーボンが珍しく丸く飛散したものではなく、お城のシルエットのような形をしていたのです。お客様はその不可思議な魅力に魅了され、一年近く通われて購入をされました。

 ダイヤモンドも人もそれぞれが持っているコンプレックスみたいなものがあっても、他人から見たらそれが魅力という場合もあります。それは人々の感性の違いや育った環境によるものも多くありますがこれこそが人間の奥深さだと考えます。

 人々は各環境によりその価値基準を変えていきます。ある国では女性が太っている事を口にするだけでハラスメントといわれ、南洋の国ではほめ言葉になります。現代の日本においても『デブ専』なる言葉があるように、ポッチャリ型の女性に魅力を感じている男性も少なくないようです。

 人間の凄さはそこにあると思うのですが、時代や背景により新たな感性の形成が行われ、ほぼ平均的に大半の人々が結び付くように自然に変化をしていくという事です。つまり進化という変化というか変化という進化をしていくわけです。自然は常に移り変わるようになっています。

 ここでダイヤモンドですが、それ自体は何の変化も起こさないのですが、変わっていく人間がどの時代に、どの環境で見ても魅力を感じる何かがあるのでしょう。冒頭に登場したお客様は私と同様なところに魅力を私以上に感じたのかもしれません。

 ダイヤモンドには移り変わる人間の感性のどの中にも存在をする価値観や魅力があるのでしょう。それが『ダイヤモンドは永遠に』が意図的にではなく生まれた背景なのかもしれません
http://ameblo.jp/diamonrow

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