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2015年7月9日木曜日

ドレスコード⁉

 最近、宝石の展示会やブランド店の販売員の服装を見ていて感じる事があります。これは自身の意見が正しいかどうかではなく、問いかけでもあると思います。以前は展示会等に出かけても優雅とまではいかなくても、眉をひそめるような光景に出合う事はありませんでした。

 本当に宝石を売るつもりがあるのというような服装を見る事があります。腰に計算機や事務用品を入れるポシェットのようなものをぶら下げたり、パンツスーツでも決して優雅とは言えない様なシルエットだったりと首をかしげたくなるような姿を見かけます。

 ブランド店であれば本来のデザイナーが一連の何をイメージしているのかを考えればおのずから導きでてくるものはあると思いますし、宝飾展であれば裏事情が見えすぎるような服装や行動が良いのかどうかを考えればイエスかノーの答えが出ます。

 しかし、基本的に宝飾というものとか、優雅という物を理解していなければ基本的にどんな指導や規則をもってしても難しいのだろうとも思います。小さな頃から宝飾品や生活を身に付けていればなんの指導も規則もいらないでしょう。

 後は優雅とかエレガントさというものは生活レベルとは必ずしも一致している訳ではないのでその本人の感性や本質的なものもあるでしょう。芸術を理解する、音楽を理解するというものは感性ですから、それを理解しようとする動機があれば宝飾品をどのように理解をすべきか深く知識を得ようとするものだと思います。

 少なくてもプロフェッショナルはそうすべきでしょう。しかし、残念ながら男性、女性を含めてそのコードの届く人はなかなか見つけにくくなっています。以前であれば会場から放り出されたような服装をしている男女スタッフが多く会場にいます。もしかしたらそれが宝石を身近に感じさせているのかもしれませんが・・・・。

 基本的にはお客様に不快感を与えないことではありますが、それは何の仕事でも一緒です。ただ、我々の仕事は非日常の上に成り立っています。もしかしたらこの事の意味も分かってもらえないのかもしれません。つまり、プライドや憧れ、権威等々のベースの上にありその価値を前提に成り立ってきたものですから、あまりにも日常的になってしまったものにはその輝きはうつりません。

 売り方、ディスプレー、服装等々が日常的なところや現実的なところに落ち着いた宝飾業というものに本来の魅力や価値があるのだろうか?

 あえて、ドレスコードという言い方をしましたが、精神的なものや行動も含めての意味を込めてのものですが、販売員の服装というものは、色々なレベルの人がいます。あえて言えば人に不快感を与えないところから始まり、宝飾という世界あっているのかどうか。また、宝飾品の価値を損ねるような扱いをしていないかどうか。そして、雰囲気がその宝飾品という世界の意味を醸し出しているのかどうか。

 もしそれらを販売側が理解していないのであればお客様は不幸という以外にないでしょう。何故なら、お客様もまた宝飾展にきて、宝飾の世界を覚えていくのですから、最初にどこの展示会を除いたのかどうかで価値基準が変わってしまいます。その理解が売上やレベルという物を押し上げていくのですから、値引きという自分がタダ楽をしたいだけの手法や自分勝手の理由の販売方法は決して自らを将来楽にすることはないでしょう。

 ただ苦しむだけの販売方法はやがて自らの身の破滅にもなっていくかもしれません。たった一線のコードを守る努力を惜しむかどうかだけで天と地の差が出てくると感じています。
 

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