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2021年2月26日金曜日

ジェンダーフリー⁉

 森善五輪委員会会長の蔑視発言を皮切そこいら中で『ジェンダー・フリー』を目にしたり耳にしたりする機会が多くなった様な気がします。

 そもそも単純性別だけであれば『SEX』となるのですが、『GENDER』となるとどのように解釈をすればよいのだろうかと考え、結果的にあらゆることを前提に男女というのはあるよという考え方のはずです。

 その男女の対応差を埋めていこうという考え方が『ジェンダー・フリー』という事なわけですが、男女の区別とその特性を無視するような考え方は基本的に存在をしてはいけないのだろうと考えます。

 つまり、それぞれに地域性や生活環境においての男女の区別というものは当然あってしかるべきであってその処遇において差があってはならないという事だと思います。

 そんな中で米国の環境というのは歴史上も男女の区別のはっきりしている国で、『レディース&ジェントルマン』というあまりにもはっきりと男女を区別している国はありません。

 男女の区別と差別を勘違いしている論争が日本には存在しているような気がします。さらに言えば世界から非難をされているという日本の男女差別問題をメディアが取り上げているようですが、果たして本当にそうだろうかと考えます。

 日本の多くの女性は本当に外に出て働き、場合によっては政治の世界へ出ていきたいと考えるのだろうか?勿論そういう人もいるでしょうし、そのチャンスを奪い取ってはいけないと思います。

 ただ日本の様な農耕民族は古くから男女の働く分野をそれぞれに向くように合理的に分けており『おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ』という風にそれぞれの特性に合った役割を担ってきました。それを果たして差別であると考えるべきだろうか?

 ただ、その処遇に差があってはならないとは思います。しかし、同じようなことをさせるべきだとか、すべきであるという考え方は明らに違っていると思いませんか?

 世界へ回って感じることは多くの世界中の男性が『日本女性』のきめ細かさや優しさを褒めたたえてくれます。それは古来からある日本の環境や生活習慣で培われたものに他ならないのでしょう。

 つまり、世界中での統計としての女性の政界への進出率や社会への進出率などをすべての国に当てはめることではないし、余計お世話なのだろうと考えます。

 皆が勘違いをしてはならないのは差別と区別の違いや、世界の基準に合わせることでもなく、その違いの評価に差があってはならないという事です。つまり、男性でも女性に向いている仕事が得意な人もいればその逆もあるでしょう。そこに差別や偏見があってはならないという事です。

 多くのメディアがそこを勘違いしているのではないかと思われるような報道が昨今目につきます。





2021年2月23日火曜日

宝飾品に起きている事⁉

 株高が続き、高額品が売れている現代において一般ジュエリーだけが取り残されている現状があります。

 しかし、あの1929年の世界恐慌の時でさえ宝石店の倒産はあまり報告をされていません。つまり、経済恐慌の時でさえ富裕層は富裕層なわけでそれを顧客にしている宝石店は多くの影響を受けていなかったといわれています。更には宝飾業というものは扱っているものが高額な割には経費や流動的なコストが掛かりませんのでその辺の事情もあるでしょう。

 宝石、宝飾、装飾品とあったときに現代多くの宝飾業を自認する人たちは宝飾品と、装飾品の間に位置するような商品を扱っていますので対象が一般庶民という事になります。

 更には展示会等の流動経費や多店舗展開などの固定経費を必要とする形態をとっていますので現状のマーケットではひとたまりもありません。

 つまり、宝石業の基本は場所、人、経費を掛けずに宝石の在庫に資金を掛けることを王道としています。それは歴史上からも証明がされているわけです。

 現代の資産家たちは多くの人を巻き込みながら資産を増やした人々はではなくデジタル化した世界で個の力で資産を増やした人が多く一般の庶民に恩恵があるような形では資産を貯めてはいません。

 過去の資産家たちは多くの人の力により資産を増やし、それに携わった人々にもその恩恵は当然のように渡り、社会が潤い、社会が回りました。しかし、現代は限られた人々に資産が集中をしますので宝石業とすれば最も都合の良い社会になったといえますが、現代の催事を中心とした運営がされている業界は弱り切ったところに留めを刺されたような状況になっているわけです。

2021年2月9日火曜日

ロビンフッドの時代⁉

 年初来米国での株価の中で話題になっているのがロビンフッドという個人投資家向けのアプリですが、これは現代を象徴するようなアプリでこのアプリの名前の由来も中世のイングランドの義賊の話で権力者より金品を奪いそれを大衆に分け与えるという物語です。

 新資本主義といわれる現代において一部の肥大化する富裕層の投資マネーを大衆に取り戻そうとの個人投資家にSNSで呼びかけ、今回はゲームストップ社の株を買いまくりヘッジファンドに打撃を与えようという試みです。その裏には肥大化するヘッジファンドのいわゆる『空売り』があるわけです。

 ご存じに方も多いかもしれませんが信用度の高い投資家には証券会社より信用取引というのがありますが、それは信用で株を一定の期間借り入れることができるというものです。

 ヘッジファンドはこの制度を利用してターゲットとなる会社の株を借り、売りまくります。そうすれば当然株価は下がります。しかし、ファンドはすでに売りまくり下がった株を証券会社に戻します。つまり、100円の価値のあった一株を下がった株価80円で買い戻し、その株を証券会社に戻します。そうするとすでに一度一株100円で売った代金が手元にありますから20円の利益が手元に残るわけです。

 ロビンフッダー達はそうはさせじと彼らが売ろうとしている株を皆で買いまくります。そうすると株価は下がらずにむしろ上がります。ストップ高のない米国市場では天井知らずに上がり始めると今度はヘッジファンドの株は上がり始め、証券会社に株を戻すときには逆に損をすることとなります。

 個人投資家たちは自分たちが損をするかもしれない状況で果敢に攻め先月の大騒ぎになったわけです。

一部の富裕層のお金を運用を仕組みを利用して昔でいう『仕手戦』を繰り広げられることは一部の富裕層への優待であり、ウォールストリートの理屈です。しかし、現代社会はこの仕組みにより貧富の差が広がっているわけです。

 ロビン・フッドはダイアモンドビジネスの中にもいます。

2021年1月29日金曜日

ロックダウン⁉

 長い海外経験から日本と海外の習慣からくる判断や結果の違いを見てきましたが、グローバル化というものを考えたときに 世界が必ずしも統一基準で考えることではなく違った習慣、環境をお互いが理解をし、尊重をすることだと考えています。

 いつもはダイアモンドを通して世界の考え方を書き記すことが多いのですが、今回は新型コロナ化という事もあり、それぞれの感染予防対処の違いというものはかなり違うものだと考えています。

 それが前述した習慣、環境の違いという事ですが、『ロック・ダウン』の提唱に対して他国でやったが効果はなかったじゃないかという反対意見も多く聞かれますが、これは少し違うのかなと考えています。

 それは海外の多くは土足文化であり、日本とは基本的に入浴習慣も違うという事です。つまり、コロナ菌は路上にも沢山存在をしているという事です。室内に持ち帰り家の中で床にばらまき更にはそのままソファーに座ったり、足をベットの上に投げ出したりしているわけで、更には日本人ほどの入浴習慣がないのそれがどこまでも感染拡大につながるという事が考えられるわけです。

 日本においても若者が路上で飲食をしたり、コンビニの店頭でベタ座りをしたり腰かけていいるのを多く目にします。彼らは同じように家でもそのままソファーや床に座ったりするわけです。余りメディアでも注目をしておりませんが、海外の海外政策がイコール日本がそれを真似る必要はないと思っています。

 日本の感染数が現状で収まっているのはその辺の日本の習慣からくるものだと思っています。感染対策の不備は世界基準でいえば第49位という事ですが私自身は『ロック・ダウン』を2週間行えば相当数の感染者を減らす事が出来ると持っています。

 今のままでいったら日本からの渡航がどこの国からも認められず経済がますます弱体化をするでしょう。政府が経済も回すと言っていますが、経済の一番のブレーキは政府の政策であることを早く気付くべきでしょう。

 以前から言っていますがウイルスとの共生なんてあり得ないのです。一定数の感染者数へ減らすことが唯一の経済対策であり、ウイルスとの戦いの唯一の勝利は動かない事と閉籠ることなのです。


2021年1月26日火曜日

今後のダイアモンドの役割⁉

  世界がコロナ禍に話題が集中している間にも金融業界の変化はコロナ後の社会構造の変動を生み出すべく胎動が止まることはありません。

 コロナ後に起こる一番の問題点は『実力主義と公平性』の明確な乖離であり、その矛盾が世界という社会を翻弄するでしょう。

 超低金利による金融緩和政策は世界の潮流でもありますがお金の、これはお金の行き場所を投資市場へと誘い過去にない膨張現象を生んでいます。このことは富裕層への更なる資産膨張を生み格差の開きを更に多くしていることは周知の事実です。

 この間にも多くの財政がコロナ対策へと投入されています。さてそのコロナ後に何が起きるのだろうかと考えること恐ろしくもあり、興味でもあります。

 つまり増税であり、富裕層からの資産剥がしが始まるのか、更なる格差を開く増税が始まるのか何れにしても多くの国の政府はコロナ対策に投入をした財政を立て直さなければなりません。そこには『公平』という名の更なる格差を助長する事となる政策をとらなければならなくなるでしょう。

 つまり、税金は公平に国民に掛けられるが収益は実力主義という事であり、富裕層は大きな税金を回避する方法に関しても手段を持っているという事です。

 おそらくはそれと同時に金利の上昇を迎える事となり株式市場からの資金の流出は火を見るより明白な事です。

 それでは富裕層にとってのその防衛策とは何だろうかと考えると膨らんでいる際の資産の分割であり品難場所です。今後宝飾業界は販売をする方法、場所、次期、理由を変化させざるを得ません。

 つまり、今後は前述の内容をふまえ膨らんだ株式市場の受け口としてダイアモンドは大きな役割を宝飾品としてだけではなく担っていることを前提に考えていかなければなりません。

 装飾品の延長線上に宝石、宝飾品はあると考えている業者は退場を余儀なくされることは必至なのでしょう。またコロナ禍やコロナ後に必要とされる立場でもなくなるわけです。

 いずれにしてもコロナ後の社会は変わります。それに対応ができるかどうかが今後の試金石となるでしょう。

2021年1月14日木曜日

厳しい宝飾業界⁉

 国内のコロナ禍はますます広がる状況にありますが、これは単なる宝飾業界への追い打ちというレベルではないと考えています。

 国内のコロナ対策は政府の対処療法という場当たり的な政策の弊害もあり更なる広がりを続ける状況にあります。コロナを自然災害というものに当てはめれば当然場当たり的な政策では対処ができるはずがありません。歴史に学ばなければならないのです。

 宝飾業界自体のこの政策の犠牲になるものでもありますが、それ以上に考えなければいけないのは 自然災害と同じように歴史に学ばなければなりません。

 コロナに100年前のスペイン風邪があったように宝飾業界も同じような歴史を繰り返しています。

 宝飾業界の歴史は長いのですが近代を見てもビクトリア時代に始まった庶民のジュエリーブームがあり、それ以降にスペイン風邪が流行り、その後バブルを迎え、世界恐慌へと進みジュエリー暗黒の時代を迎えデ・ビアスのダイアモンド・プロモーションが始まる1950年代までの30年間はジュエリーの不毛時代を迎えたのです。

 しかし、世界恐慌の時代でも宝石店がつぶれた話はあまりありませんでした。それは当時の宝石店は富裕層のみを相手にしていたからと言っても良いでしょう。富裕層は何時の時代でも変わらないのです。

 宝石、宝飾品、装飾品とカテゴリーで分けたときにここでいう不毛の対象となったのは宝飾品と装飾品の間のアイテムと言って良いでしょう。

 日本は高度成長からバブルとその後の時代はファッションジュエリーの時代でした。いわゆる宝飾品と装飾品の間に時代が続いたのです。しかし、ここ十数年はこの時代の終わり告げる兆候は間違いなくあったのです。

 そして、このコロナをきっかけに多くのそれらのアイテムを取り扱っていた業者が退場を余儀なくされるです。そして、100年前ほどをなぞるような時代が続く事となるのでしょう。最近のファッションのチープ化も手伝って今後10~30年はとても難しい時代を迎える覚悟しなければならないのです。

 ヒントとしては現在の金融バブルと富裕層がカギになるのでしょう。

2021年1月5日火曜日

ダイアモンドの新年⁉(2)

  前回には法人の資産としてのダイアモンドの購入という事を書きましたが、現在中堅のオーナー企業の多くが現代アートを会社の資産として購入するケースが多いという事に触れました。現代アートに興味があるのか、はたまた投資としての興味なのかというと両方を兼ね備えた上での自らへのご褒美兼ある意味見栄というものもあるように感じます。

 その事が悪いという事ではなく、それらの物も含めダイアモンド、宝石などもその類なわけです。しかし、ダイアモンド等に関してはそれらの対象にはなっていなかったというのは前回も書きましたが販売側の姿勢という事になるのでしょう。

 前回書いた2千万から3千万円のところというのはカラーでいえばKLM以上でSIクラス以上という事になりますさらに言えばハイカラー・ハイクラリティーは除くという事になります。

 これらの条件で10cts以上でラウンドという事になると世界のマーケットにおいて100ピースは流通在庫としてはないでしょう。つまり、この辺のところはハイクラス程高価ではなく更に言えば宝石としての美観は十分に保っている所という事です。つまり、日本において20ピースほどでも購入されると価格自体が上昇をするという事になります。

 何故にハイクラスではないのかというとハイクラスは価格の上下が激しく、実質的原石価格との価格差乖離があり過ぎます。しかし、コマーシャルクラスであれば元々のプレミア価値がそれほどありませんから価格の上下動が少ないわけです。更には購入するにあたって手ごろであるという事になります。

 これらのところをどのような資産運用をするかという事は多分購入をされる方の方が詳しいと思います。

 このような事が実質的に始まることは正に『ダイアモンドの新年』と言えるのではないかと考えます。