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2016年7月29日金曜日

宝飾の時代⁉

 最近よく言われることでもあるのですが、特に我々の世代でよく話されることです。日本の宝飾の歴史はあまり長くはない中であまりにも大きな変化があったわけで、そんな中現在の40代を中心としたこの業界は彼らにとってあまりにも過酷なような気がします。

 それは彼らは宝飾品がどのような目的を持っているか。宝飾品と何ぞやということを知らずに扱わざるを得ないのです。つまり、高度成長に向かっている時代はあこがれていた宝飾品が身近になり、それを買い求め、それを身に着ける場所を自らが創造をしていったので宝飾品という憧れに対して業界側は贅をつくしたものを追求し供給を続け、宝飾品の地位は当然上へ上へと上がり、さらに消費者はそれを追い求めるという時代背景がそこにはありました。

 その後バブルがはじけると今度はその創造されていた価値観を逆手に取り、安売り合戦に入り、ある種の身を削り、タコが自分の足を食らうようにその価値を削ることにより結果を出していったのです。それが今の50代世代でしょう。

 つまりは50代世代もそれなりに結果を手にしていったのですが積み上げていくのではなく、削り取っていった結果ですから、当然そのあとには何も残ってはいません。しかし、今の業界の中心となっている40代はどうでしょうか?

 切り崩し続けていた50代世代の背中を見てきたのですから創造をするという試みは見てくることはなかったわけです。安売りをしていた宝飾品しか見てこなかったのですから、宝飾品の価値を知ること。もなくその売り方だけを見た来たのですから悲劇です。

 もちろん経済の時代背景もありますが、何よりも大きいのは販売している側が販売している商品の価値や意味を理解していないのではというところでしょう。バーゲンに憧れ、たたき売りに憧れる時代はいまだかつてあったことがありません。

 理由のある値引きから理由のない値引きになり、今では宝飾品イコール値引きをされるものという前提を作り上げてしまい、その中で苦悩する40代世代は傍から見ていてもかわいそうです。

 行先もわからず旅に出ているようで、右往左往している姿が目につきます。目的、目標がわからず仕事をしているのですから大変です。どのビジネスでもそうですが売り上げが目的、目標ではないのです。それは結果なのです。

 前回も書きましたが、準備に準備をして結果として数字にたどり着くのです。土台も何もない中で数字だけを追い求めても結果は出ません。時代背景なのでしょうけれど見ていてあまりにもむごすぎるような気がします。

 この業界に従事している多くの若者は決して良い収入があるわけではありません。良い収入のない人間がお金持ちの気持ちが理解をできるかどうか?という問題もあります。しかし、収入が伴わなくても知識を身に着けることができます。勿論本来の価値を知らなければ何の知識を身に着けるとよいかを理解ができないわけです。

 宝飾品の歴史と時代背景や宝飾品をもっと勉強することを望むしかないのかもしれません。そして、それ以前にビジネスとは何ぞやということを理解することが大事でしょう。

 『ビジネスというものは相手の足りないものを与えて成り立つものである』

 もちろん実用品ではないものは欲求を生み出す作業が必要でもあるのです。

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2016年7月28日木曜日

好きな言葉⁉

 自分の座右の銘でもないけれど、事ある毎 に『今日は昨日の明日、今日は明日の昨日』 という言葉を使います。

 これは現状は今まで行ってきたことの結果であり、将来どうなりたいかというのは現在何をやるかで決まるということを言っているわけですが、裏を返して言うと現在の結果により過去が決まるということでもあります。

 人から批判をされた過去であっても現在の結果が良ければその過去は評価をされるし、どんなに良いことをやってきても現在の結果が思わしくなければ過去は否定されるということにもなります。

 よく結果が悪くてもやってきたことは悪くはないという批評をする人がいますが、それは奢った上から目線の批評です。それでは足りなかったことは何なのかということと、結果その足りないことが結果を出せない理由なのかということになると、まだ結果を出してはいけない過程に過ぎないという間違いを起こしているわけです。

  私が『今日は昨日の明日、今日は明日の昨日』という言葉を使うのは何事にも準備が必要であるということと、何事にも土台があるということを伝えたいために使う言葉です。

 あとは自分の現在の結果を素直に受け入れるべきですよという意味です。更には自分に足りないものは何かということを意識することが大事ですということです。

 射撃の訓練もせず戦場に出ても何の役にも立ちません。身体も出来ていないのにリングに上がっても戦うことさえもできません。つまり、プロという仕事にはそれなりの土台つくりと準備が必要でもあるということです。

 『今日は昨日の明日、今日は明日の昨日』
この言葉自分なりに考えてみませんか?
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2016年7月26日火曜日

天然の宝石⁉

 前回に述べている事の続きになりますが、ドーピングは技術が進み今後は薬物ではなく遺伝子ドーピングなるものも出てくる可能性があるそうです。今回もIOCがあいまいな基準を設けロシアのオリンピック参加を認めるような裁定をしていますが、本来オリンピックに出場かどうかはIOCではなく各競技団体が決めることではありますが、実際に運営しているIOCの裁定の基準はあまりにも漠然としています。

 ドーピングの再検査も条件に入れているようですが、検査結果には長時間かかるそうで、結果が出る頃にはオリンピックが既に終わっているそうです。その後の判定でメダルを取り上げるという事になるのであれば何のためのという事になります。

 つまりは、オリンピックの商業化を考えたときに大きな市場であるロシアの参加は是是非であるということが背景にあるようです。ましてや平和の祭典としている物をボイコット合戦をやっているとその意味も失われるという事になります。その建前をかざして大手を振ってプーチンロシアは参加を表明しているのでしょう。

 宝石業界においても同じような事が言える訳で、本来宝石とは国際認識ではモース硬度7以上の天然鉱物を前提に美観、希少性をうたっている訳です。しかし、国内基準になると更にジュエリーの材料となり得るもの。更には天然の基準もベースを前提にトリートメントしたものも含むというようになっています。

 なんと曖昧な事でしょうか。つまり天然の解釈と、宝石の解釈の範囲を広げるという事になります。この流れは世界の一部においても先日のGIAの基準ではありませんが行われています。

 勿論、これは業者の都合に合わせている訳ですから本来の姿からは離れていっている訳です。つまり、商業ベースにおいて根本を流動的にしておくという勝手な理屈にも聞こえます。

 オリンピックにしても宝石にしても最低限の手を加えることは有り得るし、考えられる事です。宝石でいえば最低限の手の入れ方として研磨であり、運動であれば運動効率の良いマシンを使用するとか効率の良い食料を研究するとかは当然ありだと思います。

 結果としていえることは、例えば宝石を売ることになる段階で買う側は処理石であることを理由に安価を提示します。また、オリンピックにおいてもメダルのはく奪と記録消滅さらには不名誉だけが残ります。

 それでは何のための処理であり、ドーピングだったのかという事になります。但し、完全否定をする訳ではありません。美しいジュエリーの素材としての価値もあれば、より遠くに、より早く、より高くといったオリンピックのうたい文句ではありますが、そのスリリングさを見る事は楽しい物です。

 ただオリンピックの場合この後により美しく人間らしくという文言が付け加えられている事も事実です。これは何を意味するのかというとドーピングにより色々な傷害が後日現れています。全く男性のようになってしまった女性や筋肉だけが衰えずに体力が年老いていったみじめな選手もいました。これらの懸念をもとに付け加えられた文言だと聞いています。

 今後は宝石にしてもドーピングにしても法律ではなく基準となっていますのでこれからも拡大解釈は考えられます。本来の価値を損なっていくことになるなら全くカテゴリーを分けることも必要でしょう。

 もう一度、本来の価値という事を考えても良いのではと思います。協会も現状の救済策といった小手先ではなく本来の価値という事を考えなければ協会そのものの存在価値もなくなるのではと懸念しています。
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2016年7月25日月曜日

ドーピング!?

 前回GIA(米国宝石学会)に絡めて処理石問題を少し書きましたが、現在リオオリンピックを目前にしてロシアのドーピング疑惑問題が取りざたされています。

 勿論潜在的能力があってのドーピング効果なわけですが、人間はどこを目指そうとしているのか?とさえ感じます。究極は国や一握りの名声にかられた選手たちのいわば利権がらみなわけです。国であれば国威発揚であり、選手でいえば名声に絡む収入の問題なわけです。勿論そんな単純ではありませんが・・・。

 つまり自然な中の価値というものを一部の人間の愚かさのために本来の価値を失わせる短視眼的な思考がそこにあります。

 宝石でいえば本来の価値というものを置き換えて美しければそれでよいではないかという単純な発想に基づいている訳ですが、実際には宝石の価値というものは希少性だったり、不変質という要素がある訳です。

 単に綺麗なら人工的なものでよいのでありそんなに高価である必要性も無いのです。自然の物に自分の都合で手を入れ、更には前提の価値を利用することにより更なる利益を上げようとする行為は本末転倒であり、未来を変えてしまう可能性が多いのです。

 つまり、オリンピックにしても宝石にしても前提を変えてしまう事は本来の意義や価値を無くしてしまうのです。もしドーピングが許されるなら、皆がその薬剤の開発に終始するでしょうし、人間の限界を超えるのですからいずれむしばまれることになるでしょう。

 宝石にしても処理石を本来の宝石の位置に置こうするならば自然の希少石を宝石としてきた意義や意味もやはり失われることになるでしょう。守るべきは扱っている人間たちの利益ではなくて宝石としての意味と価値を守ることが大事なのでしょう。

 そのために業者が退出をせざるを得なくなってもそれこそが自然なのです。皆が皆扱う事を前提にしていたら宝石の価値はさらに落ちていくでしょう。

 よく着けていく場所が無いのでジュエリーが売れにくくなったという言葉を聞きますが、そうではなくて単純に価値があるものであれば身につけていく場所が生まれてくのです。バブルの頃の話をすると時代錯誤を思われるかもしれませんが、現実にその頃は着ける場所があったのではなくジュエリーが最初にありきで、ジュエリーを身につける場所を創り出していった結果なのです。

 ドーピング(処理)はいずれにしても本懐を成就するものではなく、本来の価値を危うくするものであることは間違いが無いようです。
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2016年7月22日金曜日

G.I.A(米国宝石学会)が目指すもの⁉

 GIAは1931年に非営利団体として設立をされていますが、多くの宝石業界の応援を得て設立をされているので非営利団体という名目は必ずしも正しくはないことはその歴史を見ていると容易に理解が出来ます。

 団体自体なのかその中の個人なのかは別にして今までも多くの裁判を抱えている事はよく知られています。日本にも似たような団体が多く乱立し、音字様な問題を起こし社会問題化と業界への不信を招いたことを記憶されている方も多くいると思います。

 今回は世界のGIAが何を目指しているのかというテーマなのですが、それは以前にも書いたことのあるグレーディングレポートについてです。勿論それが絶対的なものであるという前提はないのですから他人がとやかく言う事ではないのかもしれませんが、同じ業界に身を置く者として一言云いたいというきっかけがあったからです。

 HTHP(高温高圧)処理のダイヤモンド等についてですが、これは既に有色なダイヤモンドに対し
て高温高圧をかける事により、無色に近いものにする技術ですが、この事自体は多くの場合絶対的流通量が少なくなってきただダイヤモンド部分を補うためという業者側の理屈が起因している訳ですが、これを牽引しているのが世界でも有数なカッティング技術を持ちその事を売りにしているR社です。

 勿論表立っていると自身のビジネスの障害にもつながるいう前提でしょうがはるか離れた形の子会社によってこの作業は進められています。

 問題なのは天然を前提としているダイヤモンドグレーディングを、GIAはこのHTHP処理のダイヤモンドにまで行い始めたという事です。確かにベースのダイヤモンドは天然かもしれませんが、処理をされたダイヤモンドをグレーディングする事自体が疑問です。(処理の鑑別で十分)

 長い間、日本でも鑑別書は色石に、グレーディングレポートは天然のダイヤモンドが前提として定着をしておりました。しかし、最初は処理したカラーダイヤモンドにグレーディングをし、今度はHTHP処理のダイヤモンドにまでグレーディングをするという暴挙は頭をかしげます。

 つまり、グレードを改変したものをグレーディングするという事は本来の意味から離れるのではないかと考えます、ましてや最近の技術ですから100年後もそのままの状態であるかどうかは保証ができません。勿論彼らは永久に不変とは言っていますが何の保証でもありません。

 現実に色石の処理石は十数年後には変色をきたしているものは例としてあります。このままいくとクラリティーに関しても処理が一部可能になってきていますからグレーディングそのものに意味が無くなってきます。そうなれば信用を前提としている業界ですから根底から覆ります。

 ただでさえ昨今の怪しげな業者の俳諧により業界の信用が薄くなりつつある現状に更なるダメージを与えかねないのではと懸念をしております。

 本来であれば天然の宝石のみの単位でもあるカラットなども人工石に使用してしまう輩が公のネット上でもショッピングサイトで使用したりと、ただでさえモラルがく崩れている業界ですから異業種が行っていると傍観せずにモラルハザードをクリアにしそれを監視する制度があっても良いのではとさえ感じます。本来その役割を任ずるGIAや日本ではJJA(日本ジュエリー協会)が現状の体たらくですから将来が心配です。
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2016年7月21日木曜日

準備⁉

 昨日携帯電話の呼び出し音が何時になく長く鳴り響いており、丁度接客を終わったところで、おっとりと携帯を取り上げるとその先の相手はとある取引先のマネージャーからで
『社長、ご相談があるんですけど今ちょっと良いですか?』
と挨拶もそこそこに本論へ・・・。

 内容は催事が多くなりすぎて企画が追い付かないというか、内容の無い万年企画をやらざるを得ないのだがもうそれでは集客は望めないという事でした。その上で多少のお金はかかっても仕方がないので何か良い企画はないかという内容でした。

 同じような内容の相談はよくあります。先日も本部で企画をどんどん行っていても販売員が集客をしきれないというボヤキも聞きました。しかし、これには私自身も少し反論があり、企画自体が集客をするに価値のある、魅力のある内容であるかどうかという事があります。

 つまり、企画といっても内容が同じような事であると、集客どころかスタッフが頭を下げてお付き合いで来場をしてもらうような内容だとお客様に借りを作っているだけで本来の目的である売り上げには結びつきません。

 これは企画を立てる側、それを実行する側のそれぞれの言い分はあります。しかし、ここで考えなければいけないのは新規の集客が出来る内容になっているかどうかという事が一つのキーポイントになります。

 つまり、同じ規格でも新規の客であれば目新しいものになりますが、同じ顧客であれば企画が多少目新しいもになっても同じようにしか見えません。つまり企画をやる以前にそれを活かすための準備は出来ているのかという事が前述の両社の共通点です。

 収穫の仕方をどんなに工夫をしてみても、種植やその世話ができていなくては収穫の仕方が出来ていても収穫そのものが出来ないのです。

 お客様を育てることは容易ではありません。しかし、これの手を抜いたら売上どころか集客そのものが出来なくなっていきます。以前であればあらゆる部分で宝飾に対する啓蒙や憧れを造ることを各企業や団体が行ってきていました。それを使い果たした現在はせめて次のための準備が必要な時です。

 勿論現実もありますから売り上げも作っていかなければいけません。しかし、準備なければいずれその売り上げの根拠となる集客さえもなくなるのです。

 催事屋さん達は放牧民が如く作物がなくなれば次の作物のあるところに移動をすればよいでだけですが。小売店は自分の畑を守り、作物を作っていかなければいけない移動の出来ない民ですから畑の耕し、種植は欠かせない作業です。

 と以上のような内容の話をし、その観点から企画を考えることが肝要でしょうと前述のマネージャには話し、私なりのアイディアを提案させてもらいました。ただ、必要なのは奇跡の結果ではなく準備なのです。その先に想定外の売り上げも上がるのでしょう。
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2016年7月20日水曜日

ダイヤモンドとドーピング!?

 ここの所ロシアのドーピング問題が取りざたされていますが、何処からがドーピングでどこからが問題なのかがよくわからないところがあります。勿論専門機関が指定した薬物が混入されていたなら問題なのはわかりますが、本当に風邪薬の成分程度で身体能力に明らかな差が出るのかというと疑問です。

 勿論オリンピック等は自然の人間が持った力の競い合いで、その差は才能だったリ努力によって競われその結果の賞賛である訳です。その能力の違いを他のものによって補う事はどこまでなら許されるのかという疑問です。

 例えば筋力の増強剤によって持てる力がどれほどになるのかと言うと見た目は筋力粒々に見えるが力がそれほど大きくなる訳ではないと言われています。つまり、ボディービルダーには向いているけれどウエイトリフティングに向いているのかというとそうではありません。

 但し、物によっては筋力の補佐をする事にもなりますので勿論違法になる訳です。それではどこまでなら許されるのだろうと考えるより、自然の力だけで競うのが一番良いわけでそれが本来の姿なわけです。

 先日の香港の宝石展示会で見かけた物にG.I.A(米国宝石学会)発行のグレーディングレポートを目にしました。違和感がありよく似ているとグレードの後ろにHT/HPの文字が付いています。これはごぞ暗示だと思いますが高温高圧をかける事によりカラーグレードがより無色に近づくというものですが。目を疑いさらには唖然としました。

 勿論以前から指摘をしていますが、トリーテッド(処理)ダイヤモンドに対してファンシーカラーのグレードを付けるといった愚行を既にGIAは行っているのですが今度はHT/HPと末尾には書いていますが、ダイヤモンドをよく知らない人には誤解を招くよう内容です。勿論これは自然の物をグレード評価をするという本来のG.I.A自身を否定する行為でもある訳です。

 今後さらに技術が進化し、HT/HPを掛ける事により、クラリティーの改善が行えるようになったらどうなるのだろう。グレードの意味もないし自然に対する敬愛の念というか宝石本来の価値を否定する事になるのではないかと懸念さえします。

 現在も行き過ぎた色石の処理石に対して、未処理という新たな付加価値が出てきています。つまり行き着くところ自然のままの条件でいかに美しいかが価値として残るのではないかと思っています。G.I.Aの愚行に反し、話は飛躍しますが。オリンピックが同じ条件の元に行われるようにWADA(世界アンチ・ドーピング機関)が眼を光らせているスポーツ界がうらやましいよな気がします。

 本来であればG.I.AそのものがWADAの役割を果たさなければならないのですが、率先して行っている姿は情けない限りです。http://ameblo.jp/diamonrow
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