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2016年1月11日月曜日

ダイヤモンド価格の基準⁉

 成人の日ということもあり、朝から多くの新成人たちが晴れ着姿で街を闊歩しています。いつみての晴れやかで良いものです。反面ここ数年勘違いをしている新成人たちも目立つ様になってきました。

 北九州では何の勘違いなのかど派手ないで立ちに花魁姿などの度肝を抜かれるような姿が名物になっているそうですが、みっともないという事で市を上げて抑制キャンペーンを行いましたがほとんど効果がないという事でした。新成人たちの言葉を拾うと「一生に一度だから目立ちたい」という事でしたが、一生に一度しかない行事を表面だけの一時的満足感に浸るというのはどうなのだろうかとも考えます。

 時代とともに本質的な意味合いではなく見た目を重要視するのは昨今の風潮なのだろうか。

 人間の創った習慣や常識というものは時代とともに変わっていくのは致し方がないとしても、その出来上がった背景は忘れてはいけないのだろうと考えます。

 最近金相場が安値傾向にありますが多くの知識人たちもこの辺が底値だろうとの意見が多くその根拠となっっているのが産金価格、つまり産地でのコストです。現在目安とされているのが1,200ドル/オンスなのですが、すでに現在はその価格を割っています。しかし、実際には現在の産金価格は850ドルから950ドルともいわれています。

 過去の有事対応のドル買いという姿はすでに過去のものとなり、現実には代替は多くの金融商品だったり、他の安定資産という事になります。これは時代が変わり、金の保有率が世界基準で考えると金の代替資産としての役割が終わりつつあることを暗示しているような気がします。

 日本においてもインフレに強い資産とか安全運用資産とかいった言葉が飛び交っていましたが、それは過去のものとなるのかもしれません。それは市場に十分な金があり、産出される金の量が既に市場にそれほど影響を与えないという事の意味なのかもしれません。

 過去の金の財産としての成り立ちは単純なものです。綺麗で華やかの物で希少性が高く、支配層の権威を高める象徴として、更には加工性の高さという事は価値の原点となっていました、しかし、時代とともにその材料の意味合いが資産性となり更には金融商品としての側面がその中の現物資産としてその立場を有利にしてきたという事もあります。

 しかし、現在はビットコインに象徴されるようにデジタルコインの時代です。勿論デジタルコインの危うさは付きまといますので、現物資産としての注目度は変わらないでしょう。

 そんな中特にダイヤモンドに関してはかなりの変化が現れています。勿論当初は金と同じように支配層の象徴として価値が見いだされてきたのですが、途中シンジケート等の価格コントロールの中、価格の安定や決定が行われてきました。

 しかし、現在は複数のシンジケートに代わる組織の台頭でその背景が大きく変わってきたいます。一つには老舗のデ・ビアス社ですが、ロシアの官営企業でもあるアルロッサ等々のシンジケートに匹敵をするような組織の台頭です。

 これらの組織の進出によりダイヤモンドの供給はある種のコントロールが付きにくくなってきています。その為に1ct以下の小粒のダイヤモンドに関してはジュエリーの素材という面と供給過多という面もあり、価格が市場原理のままで動く部分が多く出てきています。その為に価格が弱含みです。

 大粒のダイヤモンドに関してはその供給システムには関係なく、絶対量の少なさから価格は強含みです。つまり、価格の二重構造が出来上がっている訳です。金のような公表された産金価格というものはないのですが、コストはやはりある訳ですが市場に多く供給されている物に関してはやはり市場原理が強く反映をされてきてしまいます。

この続きはいづれまた・・・・。http://ameblo.jp/diamonrow

2016年1月9日土曜日

鏡開き⁉

 昨日は恒例になっているお店での鏡開きを行いました。本来であれば鏡開きとは1月11日に鏡餅を割って祝うもんですが、当店ではお客様をご招待し、新年を開くという意味の新年会として樽酒を割り鏡開きとしています。

 夕方5時からお集まりいただいて、俳優の柴俊夫さんをはじめ常連客や若い方を含め十数人がお集まりになり楽しいひと時を過ごさしてもらいました。

 話しが柴さんのやっていらっしゃるチャリティーコンサートコンサートの話となり、色々とボランティアチャリティーの話しになりましたが、参加する方達の考え方やボランティアに対する考え方などなど色々と話題が出て、有意義なひと時でした。

 勿論、ダイヤモンドの話も出て色々と質問される中でかのカリナンダイヤモンドの話しとなり、その話題が意外にも男性から出てきました。その方はフジTVのプロデューサーをなさっていた方でいろいろな取材の中でその話に興味を持たれていたそうです。

 こんな機会があるたびに色々な方が色々な場面で活躍をされてきた事や普段では計り知れないような暮らしぶり等を知ることが出来て、多少のアルコールが入り、咲かせる話はとてもお客様との距離が近づき、何時もながらありがたく思っています。

 ところで話は変わりますが、さきほど店の近くへ買い物に出たときの事ですが、女子大生であろう二人連れの会話が耳に入り、少しおかしくて吹き出してしまいました。その会話というのが
『第一志望はどこにしたの?』
と一人の女性がいうと
『そうね、第一候補は・・・・・・ね。』
ともう一人の女性
『ちょっとさー、こちらが受ける側なのに候補という言い方はおかしくない。それは決める側が使う言葉じゃないの。』
最初の女性が言うと
『へえ∼。そうかしら。どっちでもいいんじゃないの。』
と答える女性。
『でもさー。面接のときに「御社が第一志望です。」じゃあなくて「御社が第一候補です。」っていったら落とされるんじゃない。』

等々の話が耳に入って来て、思わず顔が緩んでしまいました。

 なるほど、言葉とははっきりとした起源があるにもかかわらず時代とともに取り方が変わったり、使い方が変わったりするものだなと考えてしまいました。

 確かに鏡開きにしても鏡割りという言い方もしますが、縁起を担ぐ場合には鏡開きといい、鏡もちを割る時に限り、鏡割りという言い方をして、お祝い事の際に樽を割る場合には鏡開きという言い方をするなと思いました。

 いづれにしても、日本語は難しい・・。http://ameblo.jp/diamonrow
 

2016年1月7日木曜日

アメリカがアメリカである意味⁉

 ダイヤモンドの話とは少し違うのですが、北朝鮮の水爆実験なるものもあり、世界がだんだん雲行きが怪しくなってきたような気がします。

 私が最初に留学したのがアメリカという事もあり、アメリカの事が好きであることを前提に現在思っている事ですが、オバマ大統領になり、彼が政治的側面といえノーベル平和賞を受賞したころから、アメリカの様子が少し変わってきました。

 明らかにアメリカの力が弱体化をしてきたのです。世界の警察を自任していたころは鼻に付くところがあるといってもやはり世界は安定をしていたような気がします。

 昨今でいえば英国の経済の肩入れが中国に持っていかれても反応はなし、シリヤ難民問題にしてもフランスとロシアが近づいても関与はなし、アフリカで紛争が起きていても関与は無し、さらには自国の都合だけで原油の輸出を決定し、今後の世界の不安定に関しては殆ど関心をしていないようにも見えます。本来であれば世界の安定を考え殆どに首を突っ込んできたことです。

 勿論、強いアメリカの時にもそれなりに問題はありました。しかし、オバマ大統領が就任以来中国の台頭が重なったとはいえあまりにもお粗末な状態がISIS問題を含め多々起きています。これは政治力が落ち、不安定な世界を創り出してきたオバマ政治の結末なのだろうか。

 アメリカは世界の警察とともに世界の悪人であったほうが世界は安定をするような気がします。反社会的組織(ヤクザ団体)が幅を利かしていたころにはもっと若輩層の不良たちをコントロールして現在のような訳の解らない事件の多発を抑えていたように・・・。

 『毒をもって毒を制す』ではないが、行き過ぎは困るけれど暴力には暴力をとまではいいませんが抑止力というものは何時の時代に必要不可欠なのではないだろうか。

 経済に関してもそれぞれの国の法律が違い都合の良い国に本社を置き、節税や脱税に多くの多国籍企業は精を出しています。それぞれの法律や倫理というものは違って当たり前という考え方を前提としてビジネスを行うというよりは、グローバルという言葉を借りて世界共通が如く常軌を逸したビジネスが横行していることには懸念をする次第です。

 それぞれの文化や習慣があるようにグローバル化と言いながらすべてを同じように見る事には無理がある以上、唯一世界共通なものは武力という力なのではないでしょうか。其れが分散することが世界を不安定にしているのではないだろうかと考える次第です。

 銃規制がないところには重犯罪が起きます。しかし、それを安定させようとするとそれ以上の力が必要です。アメリカでさえ国内でその規制さえできないでいます。しかし世界的に見てアメリカがもう一度力を持ちその上でアメリカの民主主義により、暴走と自制をする必要があるのではないだろうか。

 小さな国とはいえ北朝鮮がもし本当に核爆弾の所持をしたとなったら酔っ払いが銃を持ったようなものですから世界を不安定にする要素としては十分すぎるような感じます。

 正義とは時として武器を持つことも必要となってくるのではないだろうか。会話だけで事を解決するには多様過ぎるし、年末のように難民を受け入れているドイツ国民は難民によって傷つけられるのです。

 アメリカがもう一度元のアメリカに戻ることを願ってやみません。

ダイヤモンドと盗賊⁉

 先日行われたタイ・バンコックでのジュエリーショーでのことです。『私は日本人です。』と言いながらダイヤモンドを見せてほしいという事で売り場に来た明らかに中国人とわかるような男女のカップルでしたが、販売員が6ctほどのダイヤモンドを見せたところほかのも見せてほしいと他を指さしておりました。

 販売員が促されてそちらの方を見ている間にそのカップルはいなくなったそうですが、その後には如何にもガラス玉とわかる様な偽物が置いてあったとの事です。

 早速ビデオを解析の結果、顔が解り手配し空港で御用になったところ、この女の方がダイヤモンドを飲み込み三日三晩ダイヤモンドが腹の中で暴れ、すったもんだの挙句出た来たのらしいのですが、不幸はこのダイヤモンドが偽物だったというオチなのです。

 出展者が防犯上という事でキュービックジルコニアを展示していたという事ですが、ジュエリーショーで偽物を展示している事も珍しい事ですが、やはり素人よりもプロの偽物の方が信憑性が高いというコントみたいな話です。

 古い話ですが、あの有名なダイヤモンド【カリナン】の3,000ctsあまりの原石が南アフリカで発見された時にも、女王に献上するために運搬するために工夫がされていました。運ばれることは盗賊たちの耳にも入り運搬する船が運搬途中で襲われ、運搬品は盗まれたのですが、実はそれは偽物で、本当の原石は一般郵便で婦人用の帽子箱に入れられ、ロンドンの郵便局員の自宅あてに送られていたというものです。

 これらの話は盗賊の裏をかいて話ですが、昨今のジュエリーショーでは盗賊の方に軍配が上がることが多いようです。昨年も香港のジュエリーショーを訪ねたときに、入り口で違和感を感じ顔見知りの主催者のマネージャーに『セキュリティーが甘いのではないか』と一言告げました。

 その初日の夜香港のTVはジュエリーショーで2億円ほどの盗難があったことを告げていました。2日目の会場で一部の出展者と話をしていたところ後ろでざわつきがあり、振り返ると頭から黒い頭巾をかぶせられた男たちが5人ほど警察に捕まり、誘導されておりました。聞くところによるとその日から会場に入っていた覆面警察に現場で逮捕されたそうです。

 三日目からは警察が入口のチェックに立っており、それはそれで違和感のある会場となっていましたが、事件が起こらないことが何よりです。現在の香港は中国本土からの盗賊団が多く来ており、仕事が終わるとそのまま中国本土に逃げ帰るという事らしいです。

 日本のジュエリーショーにおいても最近は規模は違うにしても同じような事が多発しており、今までの日本人の感覚でいては被害がまだまだ広がりそうな気がします。多くの外国人が日本に来ることは良い事だとは思いますが、受け入れる側の対応は歓待だけでは不十分でその逆の対策も必要なのではないでしょうか。http://ameblo.jp/diamonrow

2016年1月5日火曜日

価値⁉

 この正月の間に色々な場面で考えることがあり、業界や自らのビジネスを単純に考察をしながら【初心】という言葉がやけに頭に浮かびました。

 人は価値にお金を支払い、それ以外には関わりの中でやむを得ない状況にお金を支出します。基本的には人間主体の欲求や関心ごとが価値であり、それに対してお金を支払っています。

 しかし、人間の欲求や関心というものは時代や環境の変化によりその内容は変わってきます。 ただそこには普遍的な価値という物も勿論存在し、それが我々人間社会の中での一つの基本にもなっている訳です。

 変遷していく価値は何によって変わるかというと、その時代時代の倫理観でしょう。倫理観というのは法律ではないが、社会的秩序を守るうえで共通認識しなければいけない事と理解をするわけですが、簡単に言うと社会的秩序の共通認識が無ければそのコミュニティは崩壊をするという事です。

 ビジネスというものは不変的価値と変遷する価値をどう理解し組み合わせるかという事です。その中での倫理というものは時として偽善的に作り出されることがあります。それは犯罪でいえば詐欺であり、反社会的であったりするわけです。過去のオウム事件であり、現在のイスラム国なども彼らの団体の中での倫理というものは彼らの仲間内で偽善的に作り出されたものでもある訳です。

 難しくなりましたが、宝飾業界においては不変的価値というものはダイヤモンドをはじめ三大宝石という事になり、それ以外の時代とともに需要の変化をする半貴石やジュエリーは変遷ある価値ともいえるでしょう。

 特にジュエリー業界の中には倫理という物を考慮せずに偽善的に作り出される状況や販売方法も多く取られることがあります。特に近年の販売方法に関していえば苦虫を噛み潰したくらいではでは済まなくなるような販売方法もよく目にします。

 現代の世の中で人間の欲求や関心の対象にどれくらいなるのか疑問符もつくような宝飾品ですが、実際にまだ宝飾品は売れています。ただ、その売れ方が普遍的価値として売れている場面と変遷ある価値観の中で売れているというよりは普遍的価値と偽善的価値で売れているように思います。

 簡単に言うとまやかしに近い商法だったり、情を押し付けるような商法が目につくような気がします。これらの行為は不変的価値まで危うくするような気はします。

 業界自体の過去構築され一つの価値を生み出してきた価値を守るためにも業界の倫理を守る必要もあるだろうし、其々の販売会場においても倫理を逸脱した販売方法の是正を促すべきなのでしょう。

 売れればなんでも良いという時代は終わりを告げ、業界を守っていくには倫理の中でのビジネスが必要になっていき、そこに新たな価値が生まれてくるのだと考えています。でなければ業界の将来はなくなっていくのでしょう。

 人間の心の中は白も黒も存在はしません。限りなく白に近い灰色か、限りなく黒に近い灰色の存在です。ただどの濃さの灰色に基準を置くかという事が倫理であり、その中に価値という存在があるのです。綺麗事だけでは社会が回らないことも大前提としてあることも知っています。しかし、それは生きていく上で必要最小限の汚れをコントロールしていくことが理性であり、それ自身が価値なのです。http://ameblo.jp/diamonrow

2016年1月4日月曜日

ダイヤモンド世界の日本⁉

 今から三十数年前、最初に世界各地のダイヤモンド取引所に足を踏み入れた時に驚いたのはどこの取引所内のモニターには世界の株式市場と同時に為替相場として円¥レートが表示をされていたことでした。

 世界の主要通貨であることは理解をしていても所詮は国内だけの事と考えていたので驚いたことを覚えています。そのおかげかどうかは解りませんが多くのユダヤ人や各国からのバイヤーの中に入っても引け目さえ感じませんでした。

 それだけ世界のダイヤモンド市場は日本のマーケットに目を向けたいたのでしょう。米国、日本合わせて世界のダイヤモンド市場の約70%を占めていたのです。因みに日本は

 しかし、現在はというとダイヤモンドの世界においては世界第3位の経済大国ではないのです。なぜなら、何処の取引所に行っても円¥レートが表示されている事が少なく、私がい一番出入りをしているイスラエルのダイヤモンド取引所の入り口付近にあるモニターで唯一名残なのかおもかげなのかはわかりませんが、表示をされている程度です。

 しかし、世界のダイヤモンド事情や市場動向を知らせるマガジンには全く円レートが記載されることもなく、JAPANの文字が入ったカテゴリーそのものがなくなっています。以前は私自身もこのマガジンに依頼をされ、リポートを書いたり、取材に応じたりしていたものですが、現在ではほとんど興味自体を持たれてはいません。

 香港、インド、イスラエル、アントワープ、ロシア、カナダといった現在ダイヤモンドビジネスの主流である各国の事がリポート内容の殆どになっています。勿論米国は何時でも一番ですから市場レポートがないこと自体がありません。

 華やかであった日本のダイヤモンドマーケットは過去のものになったのでしょうか?

 いいや、そうではありません。現状のような世界ではもう国単位でダイヤモンドのマーケットを語ることはできません。多くの日本の富裕層は買い方自体を工夫しており、実際に一昨年の大粒ダイヤモンドの購入者の上位には日本人の名前を見る事が出来ます。そしてそれは今も続いています。

 世界から見た日本のダイヤモンド市場は網で漁をする漁場ではなく、一本釣りをする重要な市場となっているのでしょう。大きなサイズの案内は多く海外から来ます。勿論ほとんどが情報開示の数日後には消滅しています。

 ダイヤモンドビジネスのOB、特にアメリカではリタイヤ後にファイナンシャルプランナーになる友人が多くいます。それは資産運用に長けている人々が多い事を物語り、さらにはアメリカにおいてある程度のダイヤモンドを動かすにはその知識自体が必須であることを意味している訳です。

 日本においてダイヤモンドのビジネスが定着することは難しい事だとは思っていますが、ダイヤモンドがジュエリーだけのビジネスだと思っている人々が主流になっている間は世界から置いて行かれるような気がします。

 今朝ほどの空き巣に入られ4500万円ほどの現金が盗まれたニュースが流れていました。今なお9兆円ほどのタンス預金が市場にはあるといわれています。どれもこれも国に対する不信だったり、金融機関に騙されまいとする自己防衛なのでしょうが、マイナンバーのスタートがきっかけになり、ダイヤモンドのビジネスの新たなジャンルが日本に根差すことを願ってやみません。
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2016年1月2日土曜日

ダイヤモンド新年⁉

 ダイヤモンドの価格の決まり方については長い間触れてきました。4Cのグレードで価格が決まる訳ではないという理屈も多くの人には解ってきて頂いたように感じています。最初の頃は、販売員のセミナーで講師を行っていても多くの人々は4Cのグレードで価格が決まると思い込んでいました。

 単純な質問として『もしそうだとするなら、価格は全国一律という事ですね?』という質問をして初めて価格が同グレードであっても場所やブランドによっては違うという事に気が付いていただきました。

 大きな意味で大きさや品質や希少性で価格が違う事は何の品物でも一緒です。しかし、付いているグレードが価格を決定しているような錯覚をどこでしたのでしょうか。これらのシステムが持ち込まれたときには、販売側の人間が付けることにより、取り扱いダイヤモンドの価格の違いを説明するためのもので、いわゆる販売者の取り扱い説明書みたいなものだったわけです。

 それは販売する人々が信用されていた時代であったので、其々がグレードを付けていても疑われる余地はなかったわけです。しかし、ほとんど知識のない一攫千金を狙う販売者が増え、消費者も疑念を抱くようになり、第三者のグレーディングレポートを付け中立性や責任回避を狙ったのですが、これはまた問題があったわけです。

 ここには中立性をうたった鑑定会社があったとしても、ビジネスですから、顧客である販売者の意向に沿ったグレーディングをする事がまま多くなってきた訳です。本来公式なものでも保証のある物でもないことが前提にある訳ですから何の問題もない訳です。しかし、如何にも統一基準のように装って価格競争をする輩が増えてきて多くの消費者が犠牲になってきた訳です。

 本来のグレーディングレポートの意味やその基礎時代に携わってきた立場からすると、それらの販売方法はほぼ詐欺に近いものに見えていたものです。今になってわかることは販売していた人間たちも理屈を分からないで教えられたとおりに販売していただけでした。しかし、これももう過去の話です。

 昨今はダイヤモンドのタイプをはじめ色々な要素が価格を決めているという事も知られるようになり、昨年あたりではダイヤモンドのタイプⅡを前提に販売をするところも出てきて、鑑定会社も多くの間違いを基礎にして科学的に判定をするようになり、明らかに時代が動き始めている予感がするようになりました。

 最近よく触れている事ですが、ダイヤモンドの金融商品としても側面も多く現れるようになってきて、昨今のような格差社会が際立ってくると、さらなるその面が強調されるようになってくる予感がします。

 というよりダイヤモンドの本来の姿が明確になってくることに今年は顕著な傾向が現れてくるでしょう。ダイヤモンド新年というよりは回帰といった方が良いのかもしれません。

 回転ずしが本来のすし屋とは違う訳でもなんでもありません。寿司をより庶民化したものだと思っています。しかし、本来のすし屋がその為に衰退するわけではありません。回転ずしも皆が皆うまくいくわけではありません。寿司を知り寿司屋出身の社長がやっている回転ずしは良好なところが多いように思いますが、すしの基本を知らずして始めた回転ずしは皆退散をしています。

 今まで宝飾業界も展示会を主戦場にしてきた催事屋さん達のような、いわゆる回転ずしのようなところと、ちゃんとした寿司屋が如く宝飾品を扱ってきたお店と両方ありましたが、やはり市場が混乱に陥ってきたことは否めません。

 消費者にはその違いが判りませんから不幸な時代が続いたように思います。本物よりも偽物の方が解りやすいという事もあります。それはプロがちゃんとした知識を持ち説明することをおろそかにしてきたからです。今後は今までのようにはいかないでしょう。まがい物はやはり長続きしません。沢山の良識がある業者が残り、もう一度業界の需要がよみがえる年にしたいものです。
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