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2014年7月19日土曜日

戦争と平和⁉

 間もなくイスラエル旅立つにあたり、昨日イスラエルにTELを入れました。イスラエル軍がパレスチナのガザ地区に地上作戦を展開したとの事で様子をうかがうべく連絡をしたものです。

 過去にも多くの空爆等はあったものの地上作戦は珍しいことなので少し気にしての事だったのですが、取引所近くまでロケット弾のターゲットになっているが、ほとんどのロケット弾は事前に落とされているとの事でした。

 勿論、過去にもイラクからスカッドミサイル打ち込まれていた時にもイスラエルにはいたことがあるのでそれ程大きな心配をしていたわけではないのですが、今回は子供たちの惨殺が原因という事もあり両者とも譲れないものがあるのだろうと懸念をしたものです。

 多くの場合は圧倒的に強いイスラエル側の軍事力の批判が多くなるのですが、イスラエル軍は事前にどこを空爆するか、故に避難せよというコメントを先に出しています。しかし、ハマス側もそこに子供年寄りを集めて攻撃させまいとする行為が被害を大きくしていることも事実です。

 イスラエルとしても2000年前の思いがありますから妥協はしません。お互いの意地でもありますが、その結果尊い子供の命を失う事の無念さを感じます。

 戦争と平和を考えるのはそんなときですが、このような経験をしていると

『戦争は平和の反意語ではない。戦争がないからといって平和とは限らない』
と以前言った言葉を思い出します。

 イスラエルにこの瞬間がなければ、日本よりはるかに平和な国だと思うし、戦争がなくても諸問題を抱えた日本は本当に平和なのかと考えもします。昨今の集団的自衛権の問題もありますが軍隊を持っていても平和な国はいくらでもあります。しかし、軍隊がないために国を追いやられ不幸になっている人々も多く見てきました。

 イスラエルに縁があるから言うわけではなく、彼らも平和を望み年に一度イスラエル人とパレスチナ人のNPOがテルアビブで集会を開き平和について話し合っていることも事実で、その際にパレスチナ人が危険を感じることはほとんどないと言えます。今の日本人が隣国を訪れる方が危険を感じるかもしれません。

 どれくらいの日本人が今、平和や幸福を感じて生活をしているのでしょうか?
世界で起きていることは現実で、今起きていないことが将来起きないという保証もありません。勿論戦争には反対です。しかし、戦争をしている人々の中のどれくらいが戦争を望んでいるでしょうか?多くの人が望んでいるとは思いません。

 もし、将来の平和と幸福が望みなら、その準備が必要です。それが軍備なのかコミュニケーションなのかはわかりません。しかし、準備は必要だと考えます。

 ビジネスでもなんでもそうだと思います。結果を望むなら準備が必要です。準備をせずに結果を望むことは靴を履かずに富士山に登るようなものです。何万回に一人は成功するかもしれませんがほとんど望み薄です。

 今イスラエルを理解しようとしているわけではありません。しかし、ユダヤ人は世界で最も親日な人々であることは知っていてもらいたいと思います。

 国でも団体でも個人でも、必要なことは
『自らの存在を意識するより、多の存在を認めることが自らの存在意義』
だと考えます。相手を認める勇気が輪を作り、世の中を平和にするのだと思います。
しかし、人間は性善説だけでは解決できないものを持っています。だからこそ準備が必要なのです。
 

2014年7月18日金曜日

本分と本懐⁉

 今朝、TVを見ているとさる牛丼チェーンが『プレミアム牛丼』を出すというニュースが流れておりました。中身は90円ほど値上げをして材料を変えていくという旨でした。

 私が首をかしげたのはそこの社長のインタビューで
『今後はおいしさを追求していきます』
と述べられていたことです。

 食べ物屋さんの本分はおいしさを追求することではないのかと不思議に思ったわけです。もしかしたら多少不味くても価格対応ができればと考えたのかもしれません。しかし、そこには限界があるので、本来のおいしさの追及にしようと思ったのかもしれません。

 勿論そういう需要もあるのですから、それはそれなのですがその本人から『今後はおいしさを追及していく』といわれるとお客目線で行くと、どう映るのだろうと思う反面、世の中が要求していることは品質ではなく価格なのかもしれないと思わないこともないです。

 ファストファッションなども言葉としてはカッコよく聞こえますが、要は粗悪品(失礼)であることには違いがないし、着ている姿を見て決してセンスが良いとは思えません。つまり、見栄えにはデザインだけではなく素材も入っているわけですから。

 それぞれのファストファッションのオーナーたちのほとんどはハイクラスのブランドのものかオーダーメードのファッションを身に付けていることが多いのは何故でしょうね。

 本分とはその業においてすべき事で、本懐とはその業において望むものという事になる訳ですが冒頭の発言等を見ていても食べ物屋さんにおいてもファストファッション業界においても本懐はお金儲けであり、本分に関しては少し横においてきたのですがやはり今後は本分なくしては本懐もないと考え始めてのでしょうか。

 私の友人に、ダイヤモンドのプリンセスカットを考案した人間がいます。すでに過去の人となったのですが私より一つ下でした。彼に一度尋ねたことがありました
『なぜ、プリンセスカットの特許を取らなかったの?』

彼は言いました
『私は研磨工ですから、考案したカットが認められて、それによりダイヤモンド業界が発展し、皆が利益を上げることが出来たらそれで満足だよ』

 彼はいつでもニコニコとした笑顔で皆を見つめている事が多かったのですが、今朝にTVを見ていて本分が横におかれても平気な世の中になってきたのかなぁ・・と感じるとともに本懐を優先するがあまり、本分を少しはき違えられてきているような気がします。

 企業としては利益を上げなければいけませんが、本懐そして本分の上にそれが成り立っていかなければ、その業は退場をせざるをえなくなってしまうのではないでしょうか。

 私は第一に本懐があり、その上で本分を全うするような人がすきです。

 研磨工の名前は『モティ・イスラエル』私の友人であり家族でした。彼がなくなって十年の歳月が流れようとしています。彼を思い出すきっかけになった前述の社長の発言には感謝をすべきなのでしょうね。

 勿論、我々の業界にも言える事でしょうけれど、本懐と本分を考えてみてください。

2014年7月17日木曜日

聖パウロの言葉⁉

 私の好きな言葉で
暗いと不平を言うよりも、進んで明かりを付けましょう
という言葉があります。これは聖パウロの言葉です。

 いつの時代にも他のせいにして物事が解決を出来ないことが良くあります。目の前にある自分にとっての問題は自分が解決を出来る事なのですが・・・。

 私は立場がらかもしれませんが、よく経営者に方たちに社員やスタッフの相談をされることがあるのですがよく使う言葉に
結果を求めるのであればそれなりの対価を払わなければいけないのでは・・・。』
という事があります。

 しかし、それは同時に働いている人たちにも言える事なのですが、目の前に解決できる手段があっても、何もせず不満や問題点の話をしているだけの人々もいます。また、解決をしようとしている人に手を差し伸べることをしない人も多くいます。ところがそれは自らの問題も解決してくれる事であることに気が付いていないのです。

 多くの企業のコンサルタントもさせて頂いたこともありますが、何時も営業会議に出席をさせて頂いて不思議に思う事は『なぜ、売れなかったか?』という事に終始することです。『どのようにして売ろうか?』という事を解決することが本来の目的であるはずなのにです。

 他人が意見を出しても『理想ではそうですが、現実には難しいですよね』という意見です。これは正にそうであるのですが、理想なり総論に反対がないのなら如何にしてその理想や総論に沿ったことが行えるかを考えることが問題を解決する唯一方法なのです。

 勿論、
『どう売るかだけではなく、なぜ売れないか』
という事を解決することも同時に必要な事ですが、売れない説明を長々とするほどの時間を費やしてはいけないとも思います。

 一昨日、たまにこのブログに登場していただいている女性の建築士の方が
『一流のハウスメーカーは建物の材料自体が純正物を使っているので、リフォームはそのメーカーに頼まなければ出来ないようになっている』
と言っておりました。

 それは人口が減り、やがて新築建築が減ってくるであろうことを想定し、生活形態が変わり親の家を子供たちが引き継ぐことを考え、リフォームというマーケットがやがて主流を占めるという事を前提としての事だという事です。
 

 次を見据えて問題点をハウスメーカーはリフォームというところに目を向けているのだと言っておりました。将来を考えて、いずれ出てくるであろう問題点を事前に解決をすることを目指すという事はそれなりの勇気がいることですが、自らしかその問題点は解決ができません。

 問題点が明確であれば準備ができます。準備ができなければ問題点も解決はしません。問題点に気が付いているのであれば自らが解決する方法を行う事です。

 報酬を得たいなら、それなりの行動を、結果を得たいなら、それなりの対価を払らはなければなりません。
 今回、書いてことはダイヤモンドの考え方に当てはまっていることで、ダイヤモンドとは払った対価の結果だけが出ます。もちろんダイヤモンドだけではありませんが・・・。

 感性の品物は値引いてもらおうが、髙く買おうが、買った金額がそのものの価値なのです。そして売り手はその金額の正当性を貫くだけの行動が必要で、購入側の消費者も値切ればその価値しかないことを理解すべきなのではないでしょうか?

 つまり、行っただけの結果が出るのが当たり前のことで、何もしなければ運が良くない限り、何も起きないし、何も解決はしません。今まで何回か書いた言葉ですが
『今日は昨日の明日、今日は明日の昨日』
という事です。

 今日が悪いのは昨日の過ごし方、明日を良い日にしたければ今日をその様に過ごせばよいだけです。

『進んで明かりを付けましょう』
 
 
 

2014年7月15日火曜日

人を結ぶもの⁉

  2004年秋、アメリカ合衆国コネチカット州グリニッジの駅に降り立ちました。マンハッタンから小一時間ほどのベッドタウンで多くの通勤客がこの駅からマンハッタンに向かっています。イスラエルからニューヨークに寄り、知人と待ち合わせをし、この駅におり立ったのです。

 この知人は日本でサービス業の派遣を行っており、この夏に話題になった本を片手にこの地を訪れることを切望していたのです。結果ニューヨークを訪れる予定だった私に付き合ってほしいとの事でした。

 話題になった本とはタイトルは忘れましたが『小売業とは?』といった内容の本でした。そこにはここでのサービスが話題を呼びニューヨークタイムスにも紹介されたとなっていたのです。その内容とはこの紳士服を取り扱うお店がお得意様からひと月前ほどに注文を受けたものをマンハッタンのオフィスに届けたところ、注文したものは紺のカシミヤのコートでしたが手元に届いたものは同形の黒のものでした。

 その顧客は三日後にはヨーロッパに向かいその時に身に付けていく予定のものだったそうです。そのミスに気付いた店主は深くお詫びをして必ず渡欧には間に合わせますという事でその場を収め、直ちに手配を行い、何とか間に合わせたという事でした。

 その内容とは普段使っている下請けだけではなくお金に糸目を付けず、あらゆるところに手配をし、出発の日の午前中に仕上げ、それをヘリコプターを使って届けたという内容でした。一般的な米国のお店だと間違ってしまい、出来なかったので仕方がないでしょうという事になるので話題になったのでしょう。

 駅から数十メートルのところにこの店はありました。お店と言っても規模は大きく1フロア200坪ほどで2フロアを店舗としていました。このお店を訪れ店員にその旨を告げると、たまたまオーナーがいるので会ってみたらどうですかと勧められました。

 しばらくすると、二階から白髪の紳士が笑顔いっぱいに降りてきて握手を求めてきました。内容を説明すると
『実は、20年ほど前に日本を訪れて百貨店に行ったときに(Mazal)という文字を目にしてその売場に近づくとダイヤモンドの売り場でした。ユダヤ人である私にはちょっとうれしいことでしたので、思わず家内に安いものでしたが購入を決め、帰国の日の午前中にはサイズ直しが上がるという事でした。当日、取りに行ってみると、なんとサイズが違っていたのです。しかたなく諦めようとしたのです・・。』
彼の話は続き
 『何時のフライトですか?』と販売員に問われるままに
『私のフライトは午後5時、もう6時間もないからやむ得ない』と彼がいうと
 『何とか間に合わせます』と販売員が言って、
その後、その販売員は見事それを実行してくれたそうです。

 『つまり、日本で学んだ感激と経験を今の仕事に生かしたのです』
という括りになり、
 
 『その時の販売員の貴方がわざわざここへ訪ねてきてくれるとは・・・。』
私はハタと遠い記憶に中からその事を思い出し始めていました。

『なぜ、私だと分かったのですか?』

 『ちょっと私のオフィスに来てください』
と言いながら2回の彼のオフィスに通されると

 『この写真を見てください。毎日のようにこの写真を見ています』と彼、

 私は口から胃袋が出るのではないかというくらいにびっくりしました。そこには若き日の私の姿が成田空港で旅行客であるこのオーナーと肩を並べて移っている姿があったのです。

 『私はすぐにわかりました。そして大変驚きましたが最初は人違いかなと思ったのですが、ダイヤモンドのビジネスをやっているという事だったので間違いがないと確信しました』

 
 その時の様子はまだ忘れることが出来ません。その後彼と一時間ほど話をし、マンハッタンへ向かう為に駅に着くとその店の店員であろう人々がコーヒーを準備をしながら駅に佇んでおり、何をしているのかと尋ねると
 『間もなく帰ってくるだろうお得意様にサービスのコーヒーを用意しているんだよ』
という事でした。朝も通勤に向かうお客様に新聞とコーヒーを用意しているのだという事でした。

 勿論、一緒に行った知人もこの出来事にびっくりするとともに
『対応サービスは人の輪をつなぐものですね。良い勉強になりました』

 しばらくぶりにこの事を思い出し、書き出してみたのは自身も経験と年齢を重ねたために忘れかけた本来の日本の小売スタイルをもう一度認識してみたいと思ったせいかもしれません。

 日々反省は続きます。常客は己の人生を豊かにしてくれますよね。 

 ちなみにMazalとはヘブライ語で希望や信頼を表す言葉でダイヤモンドの契約締結後にこの言葉とともに握手を交わします。これは大きな意味があり、契約書類に優先しますので破棄することはできません。ユダヤ人が最初に『神』とかわした契約の時に使った言葉と言われています。

 我々ダイヤモンドマンには特別な言葉です。

2014年7月14日月曜日

3EX(トリプルエックス)⁉

 ダイヤモンドのカット表記にExellentが3っつ付くと3EXという表現をし、もっともすばらしいカットとされていますが、日本以外では必ずしもベスト評価にはならない場合もあります。

 勿論、投資市場のような数字を大前提とする場所ではトップ評価となることは言うまでもありません。現在のところですが・・・・。

 3っつのエクセレントとは対称性、研磨状態、そして数値がいかに理想のプロポーションかを評価するものですが、これらが理想に近いかどうかが第三者的に見ても同一見解の評価が出るものだけで表しているものです。つまり、機械で測っている物そのものです。

 しかし、米国宝石学会では総合評価としてのものとは使っていません。なぜなら、人の目によって評価が変わるものを表現することを是とはしないからです。もっとも、カラーにしてもクラリティーにしてもそうだと思いますが、それはさて置き・・・。

 人間でいえばスリーサイズというのがありますが、例として良いかどうかは別にしてB/W/Hというやつですが、バスト、ウエスト、ヒップのサイズが理想的な割合でも、見た目のバランスというのもあります。つまり、B/W/Hの床からの高さの割合というのがある訳です。足が短く、同が長い場合にスリーサイズの割合が素晴らしくても決してスタイルが良くは見えません。

 あえて言いますが、男女関係なくです。

 過去にも何度か書きましたが総論と各論という問題がありますが、各論が素晴らしくても総論から照らすと必ずしも正解ではないという答えがあります。

 
 米国宝石学会においても、人それぞれの感性による評価に対してはコメントの根拠を明らかにしていません。なぜなら現在において理想とされるカットはあくまでも白色透明なものを前提としていますので、低クラリティーのものやファンシーカラーに当てはめることはできないという事になっていますので低カラーつまり、ライトイエローやブラウン等には当てはまらないという見解があるからです。

 特に日本人は数字に強いという事もあるのでしょうけれど、文字や数字には特に弱いという気がします。数字や評価というのはある種の前提があっての正解です。前提が変わればそれこそ昨日までも正解だったことが今日は間違いという事にもなります。

 大切なことは恒常的に変わらぬ大前提をもち、その上で評価をすることが大事なのだと思います。今日生きれればよいのではなく、明日からも生き抜く術が正解で、今日売り上げが出来ればよいのではなく、明日からも売り上げを上げることが出来る方法が正解なのです。

 何事に関しても言えることですが、数字や文字は人間の生きる術が既にあり、それを数値、文字化したもので、それらに合わせて進化や変化をしてきた訳ではありません。本来の魅力や価値を見出すときに、時には自らの本能や感性を信じてみることをお勧めします。


 

2014年7月11日金曜日

ダイヤモンドと工芸品⁉

 最近では工芸品的なものに貴金属をあしらい、ジュエリーとして販売をしているものも多い、デザイナーブランドとして展示会等に出店している物とはと違い、メインとなる素材自体は価値がないがその技を生かしているものです。

 一時はカメオや琥珀のように素材も自然界のものを使い、さらに匠の技を施しているものもありましたが、最近では漆や象嵌を施しているものも少なくない。その技が素晴らしくても認める人々がどれくらいいるかにより芸術性も変わってくるものです。

 これらは販売する人々の適性や品性にもよってくると思いますが、価格はそれこそあってないようなものになります。ゆえに、商品の説明や素材の価値をどれくらい説明できるのかという事が大きな要素になります。安い価格を設定しても売れるものでもないし、又、高額に設定したら売れなくなってしまうものでもありません。

 もっともまずい方法は設定上代からの値引きです。勿論、駆け引きの中の値引きを言っているわけではなく、創り上げた職人の技を愚弄するような物を差しているわけですが、それは職人や消費者を否定するようなことになる訳です。つまり、あってないような値段と言われ、信用を落とす序曲と言ってよいでしょう。

 一方、ダイヤモンドはどうかというと、一時のような4Cグレードを使ったのまやかし商法は別にして素材そのものの価値が存在するものでも、販売方法によっては同じことが言えます。ダイヤモンドの価値を決まるものは確かに4Cではありますが、4Cのグレードが価格を決まる訳ではありません。4Cグレードとは車でいえばカタログみたいのものでレポートが取扱説明書になる訳で、決して本体そのもの乗り心地や運転のしやすさのような本体自体を表しているものでもありません。

 つまり、根拠のない価格というものは宝物にもなる工芸品や宝石をまやかしの道具としてしまいます。それは、扱っている人間の品性であることは前述のとおりですが、文化や芸術といったものをその時にお金になればよいという発想のもとに虐げたり、販売する側の将来を危うくしかねない行動なのです。

 まして販売者というものは消費者に忠誠を尽くすべくき立場にいるもので、決してメーカーに忠誠を尽くすべき立場いないという事です。でなければ業界そのものが終わってしまいます。

 売上が良いだけなら詐欺師に敵うものはいませんが売上をげつつ価格の維持をする者こそ本懐であり、真のプロと言えるでしょう。以前にも書きましたが、さる会場での部長の発言である『価格ではなく、価値の説明を・・・。』という言葉がむなしく、思えることがあります。その部長の意図に反して、それは価格の説明においても『何故貴女のために価格を下げるのか』という説明を延々としている業者の姿を見ているとむなしくさえなります。

 消費者への忠誠のための値引きは何度も言いますが、否定はしません。しかし、値引きを前提としているのにその責任を消費者に擦り付けるような言動は決して許せません。そのような業者に限り、『ここの販売員やお客さんは値引きがきついんですよね』といって自己弁護を平気でします。

 工芸品やダイヤモンドのような宝石は取り扱う人間によって価値が決まるものでもあります。勿論価値を感じる方がいくら払ってもかまいません。つまり、ある意味では人間性そのものが宝飾業界の価値を表しています。人間性の良さで販売している方も多くいます。その人々の足はいつまでも引っ張れるものではなりません。

 あえて、書きます。
どの業界であれ消費者を欺くことになった者はそれなりの報いを受けています。
『メーカーに忠誠を尽くすのではなく、消費者に忠誠を尽くすべき』なのです。
 

2014年7月3日木曜日

ダイヤモンドからの意識⁉

 業界についてのネガティブな意見を最近は随分述べてきたような気がしますが、自分自身の中で意識を変えるために認識をしていたかったという事もあります。

 最近、十年程会っていなかった友人と連絡を取ることがあり、昔話などを話しているときに話題となった共通の知人がすでに亡くなっていた事実を知りました。その知人とはやはり十年程前に会ったきりなので当然元気でいるという意識でおりました。

 つまり、自分の頭で存在しているものは現に存在をしているという意識です。本来は目の前にある現実のみが実在するという事が事実なのですが、人というものは過去を書き換えていないものや過去書き込まれてきたものは事実のような錯覚をするところがあります。TVチャンネル数がいくらあっても見ていない他のチャンネルは存在しないのと同じなのですが、他のチャンネルも回せば存在をするという思い込みがあります。

 しかし、現実の世の中は思い込んでいる過去の事実とは全然違う事はいくつも存在します。時速1000キロで走る車の上で人間が存在をするという事は誰も考えませんが、実際に地球の自転速度は時速1600キロでさらに地球は時速10万7000キロというスピードで回っていますが勿論振り落されることはありません。

 何を言いたいかというと人間の意識の占める割合というものは人間の存在だったり、個人の人生において占める現実に大きな働きかけを行っているという事です。過去において埋め込まれる意識と同時に未来に対する意識というものも大きく人間や個人の未来を左右するものです。

 人が頭に描いたものは現実になるという事は多くの分野で証明をされています。身近な例でいえば手塚治虫が描いた『鉄腕アトム』の中の背景によく空中を走るハイウェイが描かれていました。しかし、今現実に首都高、高速道路はビルの間を走り回っています。子供の頃の我々は単なる空想上の未来都市として憧れていました。

 旧約聖書の中で神が起こしたという奇跡は既に一般人が当たり前におこすことが出来る現実になっています。つまり、人は自身の意識を変えることにより、将来が変わってくるという事を認識しなければならないのです。これは量子力学の世界ではある意味常識になっている事とされています。

 前回にも書いたかもしれませんが、原始宇宙から始まり、現人間の意識というものは宇宙のエネルギーから創造され、人間やその意識もエネルギーから構成されているわけですがその意識をどう持つかという事で人の人生も決まってしまうという事です。

 ポジティブを勘違いする人もいます。頑張って将来金持ちになるぞという考えはポジティブ思考ではなくネガティブ思考なのです。なぜなら、今はお金がないという意識が強いからで、お金というものは概念なので、今幸せだという意識が支配することにより幸せになっていくのです。

 遠回りをしましたが、ダイヤモンドの輝きを見て不幸だと思う人はまずいません。しかし、残念ながら過去のプロモーションによりダイヤモンドには優劣があるというニュアンスを刷り込まれていますので、その幻想が拭われてはおりません。単純にダイヤモンドを直視し、眺めるだけでよいのです。

 勿論、例外もありますが数千年前には人間がもっていない意識を皆さんは持っています。そして、その意識を作り上げてきた一端には宝石を見て美しいとか、何かポジティブさを感じる要素があったわけです。

 つまり、本来の最低限しか手の加わっていない宝石は人の意識をポジティブにする力があります。ダイヤモンドを見て幸せな気持ちになったり、癒されるのは失われた過去の書き込みではなく現在も実在をする意識なのです。つまり、ダイヤモンドは幸福へ誘ってくれる大事なアイテムなのです。

 ダイヤモンドを改めて眺めてみてはいかがでしょうか?

意識を持つことが現実への道であることは歴史も証明しています。