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2016年11月28日月曜日

ダイヤモンドの仕分け⁉

 最近、さる業界誌を見ていると『もうダイヤモンドは投資の時代じゃない。ダイヤモンドの光は永遠じゃない』といったコピーを堂々と広告として載せているところがありました。そのことに関する評価はあえてしませんが、このようなコピーが、ましてや業界誌に載ること自体がまだまだ勘違いをしている人が多いんだなあという感想です。

 基本的にダイヤモンドが投資の対象とうたわれたことはないし、財産の保全という意味では世界中で一般的方法として考えている人も多いと思います。ただその延長線上でそれを投資用として考慮してきた人もいたし、現実に現状でもその傾向が多いのも事実です。

 ただダイヤモンドは鉱物としてのダイヤモンドを指しているわけではないと思いますが、いつも書くように光学用や宝飾用、財貨用、工業用等々分けるといくつかのジャンルになります。

 一般的には宝飾用の幅が広いのは多くの皆さんの知識の通りだと思います。ただ、ダイヤモンドの名前を利用するだけの美しくもないダイヤモンドの横行が現在も続いているので誤解をされやすいのかなとも思います。

 先週末初めてご来店をいただいたお客様が
『以前テレビショッピングでダイヤモンドを買ったんだけれど見てがっかりするくらい汚かったの』
仰ってっていましたが、内容的には毎度のことで《光らない》《疵が沢山見える》などの事を連呼しておりました。

 特に最近では百貨店の名を使ったTVショッピングが多く見られますが、いかにもといった内容がTVを通しても感じられる物があふれています。自分たちで扱っているものの価値を下げているだけだという事にも気が付いていないようです。

 さて、ダイヤモンドですが宝飾用のダイヤモンドであっても大きさによってその価値やその役割が違います。1ct以下の小さなサイズに関してはジュエリーの脇石だったり、婚約指輪としての役割があるわけです。それが大粒のダイヤモンドと同じように価値があるかと言えばそうではありません。

 ただ、情緒的な意味であれば婚約指輪などは十分な価値があるわけです。また継承するものとしての価値も十分にあります。又、大きなサイズのダイヤモンドにすれば情緒的な意味では継承するものとして、もしくは財産の保全用としても意味があるでしょう。さらには希少性や特殊性を備えるとそれこそ投資用としても十分に考えることができるでしょう。

 大きく分けるとこのようになると思いますが、ダイヤモンドが輝きを失ったような表現はそれを扱っている人間の事であって決してダイヤモンドそのものではないのです。
http://diamond-exchange.jp

 

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