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2014年2月22日土曜日

北山修とダイヤモンド!?

 今朝早めに起きてBSチャンネルを見ていると北山修さんが出演をしていました。北山修と言ってピンとくる年配の方達は多くいいると思います。そうです、あの伝説のフォークグループ“フォーク・クルセイダーズ”の一人です。1960年代にたった1年だけ活動をしたグループですが、多くの人の記憶に残っています。

 現代の若者には中学で習う『あの素晴らしい愛をもう一度』や『イムジン河』という歌で知る人も少なくないでしょう。コミックソングのような『帰ってきた酔っぱらい』は思春期の我々には衝撃的だったものです。

 そして、他のメンバーの加藤和彦やはしだのりひこは他の音楽活動へ向かうが、北山修は精神科医への道へと進みます。そのご、芸能界からは消え、TV出演も40数年ぶりとの事でした。

 その時の事を北山氏は
『人生の為に音楽をやるのは良いけれど、音楽の為に人生を送ろうとは思わなかった』
と言っておりました。

 今回は時間が経ったという事とサングラスを掛けてという事で出演をしたという事で、もう一人の自分を表現できる年齢になったけれどやはり何らかの化身をするスイッチが必要だったということでサングラスということでした。

 多くの人は建前と本音を持っている訳で、芸能人やパファーマーは建前で表現をしている事が多いので、沢山の人の期待に応えようと演じているのだと思います。しかし、そこには本音の自分もいる訳で、つまり、北山氏が言いたかった事は建前の為に自分の人生を送りたくはなかったという事でしょう。

 しかし多くの人は、仕事を持ち、それは誰かの期待に応えようとしている事も事実だし。建前にしろ本音にしろ、どちらも自分な訳です。その付き合い方は前回の浅田選手のところで書いたように
期待に応えようと建前だけを前面に出そうとするとやはり難しい物があります。そこには自分の為という本音も必要なのです。

 其々との付き合い方は人それぞれですが、やはり化身をする瞬間には何らかのスイッチが必要だろうと思います。私の場合は仕事柄ルーペを構えると気持ちがダイヤモンドの中へグッと入っていきます。

 人は人生を送る上でいくつもの岐路があり、その助けになるスイッチは必需品なのかも知れません。ジュエリーの起源は生きる為の化身から始まっています。最も弱かった哺乳類の知恵として化身をし、外敵を脅し、攻撃から逃げる為に用いてきた刺青や化粧、羽飾りが現在のジュエリーの起源です。

 化身をする事により自分が強くなったり、相手を脅したりといった物に実用性を加味し、それをより価値を高めてきたものが現在のジュエリーです。

 北山氏の発言は人間の本質を表わすものだと感じた訳です。人間という生き物は生きる為に二つの顔を持つが、やはり建前と本音を切り替えるスイッチは必要であり、そのスイッチは其々が経験をしてきた過程の中で見つけてきた物なのでしょう。

 ダイヤモンドは多くの人に自信を与えて来ました。それは人々が人工的に作ってきた権威や物語によるところも多いかもしれませんが、間違いなく人類の進化してきた過程のなかで培われてきたDNAに即していたものだったのでしょう。

 ダイヤモンドは間違いなく、気持ちを切り替えるスイッチとしての役割を担っているのです。大リーグやアメリカンフットボールにはダイヤモンドを入れたチャンピョンリングが授与されます。これは誇りと威厳を表わす為に与えられる栄誉です。

 ある大リーガーが言っておりました
『チャンピョンリングを手に入れる為に野球をやってきた訳ではないが、リングがあるのとないのでは人生の送り方が違う』

 彼は引退後にドラッグに染まるのですがリングがある事で立ち直れたと言っておりました。その時には只のドキュメントとしてしか見ていなかったので名前は忘れましたが、その事をフッと思い出しましたのが北山氏の言葉でした。

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