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2016年5月31日火曜日

ダイヤモンドの行方⁉

 http://diamond-exchange.jp/ ダイヤモンドの価格



 最近ダイヤモンド全体を見渡した時に値下がり傾向にあるという話を書きましたが、実際はどうなのかと言うと5cts以上の大粒ダイヤモンドに関しては大粒に向かう程値下がり傾向という事はありません。ただ大きな問題は経済とここ数年の傾向でしょう。

 過去数十年に関しては多くの人々がダイヤモンドを持ちました。それゆえに1ctや2ctsくらいのダイヤモンドでは興味の対象としてそれほど大きくはないということです。勿論これらは全ての消費者というよりもダイヤモンドや宝飾品に興味を思っている人々という事になりますが…。

 さらには過去10年で見ていても3cts以上のダイヤモンドの値上がり、更には為替安と小売価格で見ると50%前後の価格上昇となっています。しかし、2cts以下のものに関してはここ数年御経済の状況も反映して決して強めな価格構成ではありませんでした。更には婚約指輪のダイヤモンド離れという事もあるでしょう。

 つまり、高価格帯は価格が上に行き過ぎて販売がしにくい、小粒に関しては経済状況も含めて需要がどんどん縮小気味にあるという事になります。富裕層が望む大粒は品不足、中間層が望む3~5ctsに関しては市場の望む価格との差が大きく、更には小粒に関しては市場が縮小とアベノミクスではありませんが苦悩の3本の矢状態な訳です。

 それでは今後のダイヤモンドはどうすればよいのかという事ですが、例えば投資用だったリ資産用のダイヤモンドはすでに普通の宝石店や百貨店が手を出すには難しい状況にあります。中サイズに関しても今までの掛け率では難しいでしょう。小粒は再三書きますが、婚約市場が戻らなければこれも難しいでしょう。

 一つの環境としてデザイン物がポピュラーになっていていますが、展示会等のなんちゃってデザイナーの台頭により信用を失いつつあるといっても、造りや良質素材によっては一般消費者や富裕層に対してのアピールはまだまだできます。

 キーポイントとして良質の素材、高い技術力という事になる訳ですが、現在は多くの海外製作品だったリ、専門学校上がり程度の技術が蔓延をしていますので、職人を育てることを念頭にじっくりと将来を見据えた商品開発という事になるのでしょう。

 ここ最近、海外のヴィンテージ品を取り扱っていますが、多くの消費者はその造りに注目をします。多くの業者は消費者に造りなんかわからないと勘違いをしています。実際には半端な販売員よりその見る目はあります。

 今後、今の難しくなったダイヤモンドの販売は他の色石と違う側面を持っている事を意識することによりまだまだ可能性はあると思っています。ダイヤモンドだけの力に頼らない戦略も必要なのでしょう。

 きれいなダイヤモンド。それだけでセールストークはいらないのは当然わかっています。しかし、現実にはその条件をそろえたダイヤモンドは極めて少ない(国内には)のが現状です。これからはそれぞれの切磋琢磨した知恵が必要なのかもしれません。

 それでもダイヤモンドは永遠に輝いています。http://ameblo.jp/diamonrow

2016年5月30日月曜日

ダイヤンドへの想い!?

 見つけたサイトhttp://diamond-exchange.jp/

 先週末、取引先の課長職にある人間と今後の展示会等々の話の中で
『社長は本当にダイヤモンドや宝石がお好きなんですね。こだわりがありますよね。』
という言葉があり、私はしばらくどう返答すべきか迷いました。

 その時に感じたのは彼ら40代の人たちには本来の宝石業界の姿を見ていないんだなという事でした。私が言っている事は単に自分の想いを言っているのではなく、決まり事というかルールとしての話をしていたのですがその辺の意味を理解していないようでした。

 彼が希望をしていたのは展示会での値引き率を上げてはどうだろうかという事でしたが、私自身が値引きに対してあまり良い印象を持っていないという事での相談でした。勿論私の答えはNOでした。

 私たち宝石業界は夢や誇りを売ることを一つの生業にしていますが私が彼に投げかけた言葉は何もそんなに難しい言葉ではありません。業種に関係なく、もし車を買おうとしたときに『決算ですから20%引きにします。もしそれでだめなら40%引きにします。今決めてくれたら50%引きにします』と言われたときにその車を買う気になるのかどうかという単純な発想です。

 普通に考えたら疑念を持ち購入自体とその販売者を疑う事になる訳ですが、その事を普通に考えて行おうという事ですから意見を述べたまでです。これはこだわりとか思い入れという問題でもありません。

 どの業界にも基本となるルールがあります。私は思い入れやこだわりについて話せるのであればそれに越したことはないと思いますが、実際には本来の宝飾業にあるべきルールが無視をされている懸念なのです。車は左側走行ですが右側を走るべきではないという事を言っているだけなのです。

 催事業界おいては時々逆走が上手くいくこともあり、渋滞を回避しようと逆車線を走り、たまたま対向車が無く先に進めた状態を当たり前と思っているフシがあります。しかし、これらは非常に危ない事で長く続けるべきの事ではありません。

 免許を持たずに運転をしてきた他業種参入の催事屋さん達はそのルールを知らずにここまでやってきましたからその辺の変更は難しい事はよくわかりますが、もう時代は変わったのですからその辺を考慮すべきなのです。

 勿論自分のビジネスとしてのダイヤモンドへの想いはありますが其れもどちらかと言うと決まりごとの延長だったりもします。日本ではバブル後多くのビジネスが現れましたがその場で売れれば良いといった、それこそ逆走している状態が続いてきてたまたま最近対向車が現れて危ない部分や事故を起こしているだけです。私は単に交通ルールを守ろうといっているだけなのです。
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2016年5月28日土曜日

ダイヤモンドはどうなのかな!?

 サミットも終わり日本政府の思惑通りの声明は出せなかったようですが、世界は悪くないという話です。

 一見世界中の経済状況が良くなさそうに感じますが実はそうでもありません。今回のサミットでは安倍政権の思惑もあり、消費税増税延期のバックボーンとして世界の経済も良くないという環境条件を作ろうとしたのですが、世界の首脳は決してそのような認識はないという事になりました。

 米国も住宅着工件数も顕著に増え続け、悪い印象のあるドイツに至っても難民問題は有れど決して経済状況が悪いわけでもない、英国に至っても同じようなものですから、経済危機に直面しているという安倍政権の思惑通りの声明にならなかったようです。しかし、理由を付けても消費税の延期はやって来るでしょう。

 理由はどうあれ、消費税の延期は市場にとっては将来的に悪い影響がそれほどあるとも思いません。現実に年金問題、社会保障問題等々を理由にしていますが、財源を話し合われない税の投入はいくつもあります。

 まずは三本の矢を謳い文句にしたアベノミクスは正しかったのかどうかという事になります。多くの官僚、政治家の勘違いは物価が上がれば、デフレスパイラルから抜け経済状況が好転すると思っているところです。勿論物価が挙げれば経済状況は良くなるように感じますが、実際には逆で経済状況が良くなってきた結果物価が上がるのが本来でしょう。

 日銀をはじめ、財務省なども物価を上げれば市場が回復をするという勘違いをしているために益々経済が回らなくなっていくのです。簡単に言うと株価を上げる事に拘っていますが、これはあくまでも小手先の論理で、現在の様なバーチャルゲームの延長にある株式市場は数字が動いても現実が伴う訳ではありません。

 以前にも書きましたが今のデフレを勘違いをしているのは、各企業の努力により低価格を実現しているのであって決して経済状況が悪いがゆえでのことではありません。多分に官僚や政治家が日本の企業努力に対しての認識が著しく欠乏しているのだろうと思っています。それゆえに為替を安値誘導を行えば行うほど実際のは市場が落ち込みます

 現在の市場の特徴でもあるのでしょう。格差という言葉で表現をされることは多いのですが、本来あり得ない状況がダイヤモンド市場でも起きています。ダイヤモンド全体で考えると価格は下がっていると評価をされてもこれは事実です。しかし、全てかというと何時も書くようにすべてではありません。

 以前は1ctもあると宝石という前提がありましたが、今では2ct、3ct以上を指して宝石と位置づけをされるように、この宝石と言う言葉も情緒的な意味ではなく経済としての実質的な意味での宝石と言う事です。その宝石と言われるダイヤモンドに関してむしろ価格は強含みです。

 つまり、将来的資産という意味合いを多く考えても良いのですが、それらのダイヤモンドは努力によって安くなるものでもありません。つまり従来の理屈では計りようのない市場があり、本来の市場原理で誰かの思惑や理屈で市場がゼロではありませんが動くことはないのでしょう。単純に市場原理によりマーケットは動きその結果情報と頭の回転に優れた物のところにお金が集まるという資本主義なり、自由主義の究極に近い部分にいまは来ているのでしょう。

 単純に書きましたが、アベノミクスを見直す機会が今訪れているのでしょう。今は近代ではなく中世の格差があった時代の市場に似ています。お金がお金を呼び、金持ちは金持ちという構図です。

 勿論そこには這い上がっていくチャンスも当然あります。漫然と過ごすのか、変化を求めながら過ごすのか。それは人ぞれぞれでしょうけれどダイヤモンドは皆が手に入れるチャンスがある訳ではありません。人より情報を持つかお金を持つかです。しかし、その事に関しては皆にチャンスがあります。http://ameblo.jp/diamonrow

 

2016年5月27日金曜日

何の違い⁉

 本日、オバマ大統領が戦後米国の大統領としては初めて広島を訪問した。驚いたのは広島市民の殆どが謝罪を望んではいないという事です。街頭インタビューにおいても謝罪よりも事実を見て世界に発信をしてほしい、そしてそれが核の廃絶につながるようにという願いでした。

 日本人の未来志向を見たような気がします。近隣国のようにあくまでも謝罪と補償を要求し、戦後の清算をなるべくさせないようにする国柄とはどこが違うのであろうかと考えます。

 何処にその違いがあるのであろうかという事を考えると国民性といってしまえばそれまでであるが仕組みの問題もあるのではないだろうか。

 違いといえばもうヘキヘキとしますが舛添問題です。多くの首長は決められた経費に対してホテル代もセキュリティの問題等があった時には議会に申請をして、それ以外にオーバーをした時には自腹を切っているという事です。これは当たり前ですが・・・・。

 横浜の市長の問題もありましたが、これに関しては問題にする方がどうかしているのでメディア等もなぜに取り上げたのかと勘繰りたくなります。多分対立勢力の勇み足でしょう。7年間で8回広報用の番組出演の為にヘアメイクを使ったというくらい何の問題があるのでしょう。

 片方では最新情報では湯河原の別荘近くで子供のパジャマと紳士物の肌着を消耗品として歳費で落とし、それが何の政治活動なのかとさえ思います。それもバーゲン品だという事です。

 それぞれのお国柄の違いや人柄の違いというものがあるのでしょうけれど、共通しているのは情けや偏見でなく平たくみるとお金が欲しいんだろうなという単純な感覚になります。

 勿論皆お金が欲しいという事ではありますが、どのようにそのお金を手にれるかという所に人間性であったり、その人の人生哲学があるのでしょう。特に政治家の場合はある意味の潔癖性を前提に政治を行う事があるのですが、誰もそう思わないのは今までの政治家の責任でもあるのでしょう。

 仮に正月のホテルの過ごし方として会議をしていたとしてもそこを利用していた時間を考えると圧倒的に家族で使用していた時間が長いと思えば私費として考えるでしょう。百歩譲って半々であれば政治資金としても良いでしょう。しかし、本来であればホテルの場合訪問客と部屋で会う事はルール違反としていますので、それも問題です。

 その辺の問題を考えるとやはり見えてくるのはお金を欲しさゆえの政治家であり、謝罪補償請求運動なのでしょう。勿論純粋の考えての人も多くいるのではないかとも考えますが・・・。

 何事においてもそうですが、お金を稼ぐ手段としての仕事なのか、プロとしての仕事ゆえの収入なのかということにもつながりますが、同じように見えるようなことでも考え方、見方によってその意味とか結果が変わってくるのでしょう。

 いずれにしても就任当初のチェコのプラハでの核廃絶宣言、そしてこの任期最後での広島宣言という最初と最後だけのオバマ大統領でしたが、彼は何を行いこの二つの宣言の意味はどう違うのであろうか今夜TVでニュースを見るのが楽しみです。http://ameblo.jp/diamonrow

2016年5月26日木曜日

年の差⁉

 最近の話ですが、都市の差カップルが今は多いという話をしているときに、以前であれば10歳ちょっと離れているといろいろ言われたものだという事で、例でも女優の吉永小百合さんの話が出ていたのですが彼女はご主人との年の差は11歳くらいだったと思うのですが当時は親父が若い女性をたぶらかしたとかえらい騒ぎだったように覚えています。

 しかし、現代では10歳くらい離れているのは普通にいますし、女性の方が年上というのも珍しくはありません。増して20歳や30歳離れている人もまれにいます。私の友人の中にも奥さんが30歳近く年下という人もいます。当初は冗談ではありますが、男性がだましたというよりも、女性の方が財産狙いではと口の悪い者は言っていたものですが、それから十年近くたつと当たり前のように見えて何ら違和感がありません。

 以前から海外で多く見られる風景として飲食をするところで年齢を気にするようなところはなかったのですが、日本では居酒屋といえば中年サラリーマンの行く処で、スタイリッシュなところは中年サラリーマンの行くところではないといった様な年齢やスタイルで行くところの印象が決まっていたような気がします。

 現代では若い女性の『オヤジ化』もあり、またちょい悪ブームから親父たちもそれなりのところに行くようになり、ボーダーレスになってきているところもあります。また、差は出ますが熟年齢層の若さが目立つようになってきました。

 良い事か悪い事かは別にして、私たちの年齢で困ることが以前にはなかった現象として、公共機関での席の譲り合いです。先日も旧知の紳士がお店にやって来て怒り心頭なので
『どうしたんですか?』
と尋ねると、
『今電車で老婦人に席を譲ったんだけれど、(あまり年が変わらない様なのにすみませんね)なんて言うんだよね。頭に来ちゃった。』
という事でした。その方も70歳なんですが・・・・。

 世代的にも見た目で席を譲ることの難しさを感じていたのですが、多くの同世代の人が同じように感じているようです。私自身も同じような体験があり、病弱そうにも見える男性に席を譲ったのですが、その後の一緒にいた家族との会話を聞いているとなんと私より年が下なんです。

 確かに年が解っていても外見が若そうだと席は譲りにくいもので、例えば俳優の加山雄三さんが78歳だと分かっていてもあの外観を見ていると席は譲りにくいだろうし、先ほどの吉永小百合さんにいたっても70歳を過ぎていると分かっていても席を譲るのは失礼かなとも思います。

 多分、この方たちは公共機関には乗らないでしょうけれどね。

 今の時代は年の差を意識する時代ではなくなってきたのかなとも思う反面その意識のなさが故の事件や礼を失することが多くなったことを気にするのは私だけでしょうか?
http://ameblo.jp/diamonrow

2016年5月24日火曜日

ダイヤモンドとビットコイン!?

 ビットコインについては以前にも書きましたが、当時では日本在籍のマイナー(取引所)の問題の事件もあり、不透明な部分がありましたが、現状では大きな金融要因として浮上しています。米国をはじめ多くの主要国では認めない方向ではありましたが現在では安定資産としての目安にもなってきています。

 最近ではビジネスニュースでも取り上げられるほどになってき多ビットコインですが、その要因としては当初とてつもない相場の変動もあり、その安定性や資産性に疑問が投げかけられていましたが、現在では金相場と比較しても変動率が低い状態がここ数か月間続いて安定しています。

 資産の運用として変動率の低い世界共通の資産というのは最も信用性があるといって良いのですが皮肉にも現在ではそのジャンルにビットコインが入ってきたという事になるのでしょう。

 こういった側面を考えダイヤモンドを考察すると変動率が少なく(毎回の事ですが宝石としてのダイヤモンドです)さらには現物が存在をするという意味ではダイヤモンドに勝るものはないという考えにも到達するのです。

 しかし、問題は有限であることが逆に現在の金融や経済の中においては疑問がなげかけられるのです。本来であれば有限である希少性が資産としての要因であったのですが、バーチャル金融経済が大勢を占める現代においてはデリバティブを筆頭にある意味仮想資産が取引としての利便性を生み、それが主流を占めています。

 それゆえにいざとなった時の不安要因もあるのです。リーマンなどはその典型的例であり、ライブドア事件などはそれを悪用した詐欺事件なのでしょう。つまり、物が移動をしない状態で資産の運用が行われるのですから瞬時に行われる資産の運用は非常に危険をはらんでいるという事になります。

 ビットコインなどは一切の金融機関が仲介しませんから非常に危険をはらんでいる事には変わりありません。しかし、現状のバーチャル経済は其れに近い部分があることには違いがありません。

 そういった意味では現物があり、有限である資産はダイヤモンドに関わらず限界があるかもしれませんが、実体経済であることは間違いがありません。仮にそこでバブルが起きたとしても、ダイヤモンドが1ctで瞬間的に一億円にならないであろう事が想像できます。

 しかし、仮想経済においてはその現象が起き得るという事になります。勿論その逆もありうるわけです。世界中が現状がギャンブルをしているという事になる訳です。それに秀でている者が富を得、そこに疎い者が置いて行かれそれが格差社会なのです。

 ただ最後は現物が確実と考えてはいます。http://ameblo.jp/diamonrow

2016年5月23日月曜日

社会を斜(ハス)に見る⁉

 G7も近づき何かとメディアや首都圏の警備の方が慌ただしくなってきています。何時も気になる事ですが、G7は山の中か孤島で行えばよいのではないかという事です。確かにぞの前後で近隣に若干の経済効果があるかもしれませんが、今回も数十億掛けてメディアセンターを造り、終了後に取り壊しを行うという事です。これらの財源や防衛費等々の財源はついぞ話し合われることはありません。

 社会保証、介護、育児支援となると財源がとか増税の話がよく出てきます。その上で時間ばかりかけ、結論はなかなか出てきません。これらに起因することは何だろうと考えるとやはり、今回の舛添問題が全てではないかと思います。

 法律に触れない範囲内で自分たちの利益を確保しようという政治家、官僚の思惑が全ての要因にあると思いませんか?

 行政府の如何に税金を使おうかという官僚が草案を造ったものを政治家が成立させるといった悪しき習慣そのものに全ての根源がある様な気がするのは私だけでしょうか。

 議員立法というのがありますが、これは政治家が個人で調べ立案し、国会に提出し法律にするものですが、かの田中角栄氏は30代で二十数案の議員立法を成立させていたという事ですが。今の議員の殆どがこれを出来ていません。何のために政治家になったのか?その答えが舛添問題だと思っています。

 彼は今まで税金の無駄遣い等々や使い道に厳しい姿勢を売りにしていました。しかし、歳費の削減に関しては何故か反対をしてきたのですがその理由が『政治にはお金がかかるから、歳費を削減したらお金持ちの子息しか政治家になれない』という理由でした。

 彼は政治学者ですから、今回の政治資金規正法に関しては精通しているのでしょう。多分法律自体に触れることはしていないという事になると思います。しかし、前にも書きましたが法律は万能でもなく、目安でしかありません。つまりそれを作る政治家はそれを守れば良いのではなく、その上の倫理としての姿勢を貫く必要があるのです。

 彼の一連の行動を見ていると、政治でお金を稼ぐという政治屋という職業としての典型的な行動パターンを示しています。国民や都民の事を考えてではなく自分の懐が第一としている心情のように見えます。勿論それは彼だけではないでしょう。極端な話が政治屋さんたちの半分はそうゆう状態なのだろうと思っています。故に今回焦っている議員は他にも沢山いるのでしょう。

 しかし、東京都知事はまずい。政治資金規正法というザル法といわれる法律は政治屋たちが造ったものなのでこれはある意味仕方が無いと思いますが、都知事は世界に向かっての顔ですから彼の顔という訳ではなく考え方が良くないと思います。

 政治への不信と疑念は尽きることもありません。そして財界は『パナマ問題』これらの問題は現代でありながら格差や身分制度の変形の名残なのかもしれません。法律には必ずある階級に都合よく造られています。その部分を逆に巧みに利用する庶民が成りあがっていくのでしょう。

 つまり限りなく黒に近い灰色部分を渡り歩く精神と頭が今の時代の成功には必要なのでしょう。勿論庶民は白い立場から物を見るので、それらは疑念と不信となって蔓延するのです。

 これはあまりにも社会を斜(ハス)に見過ぎなのでしょうか?http://ameblo.jp/diamonrow