ページビューの合計

2016年8月29日月曜日

ドジな話⁉

 海外ではよくドジな強盗の話がありますが、今朝TVを見ていたら携帯電話のショップに押し入った強盗が表のシャッターが閉じられ、閉じ込められたシーンが流れていました。これは裏の部屋に店員を閉じ込めたつもりで、実は裏には隣のお店とつながった扉があり、そこから表に出た店員が外からシャッターを閉めて閉じ込めたもようが流れていたものです。

 この様子を見ていて私自身が目撃をした事件を思い出しました。今から十年ほど前になりますが頻繁に通っていたニューヨークでのことです。いつものように仕事も終わり食事に行くためにタイムズスクエアを歩いているとドラッグストアが目に入り、ちょっと買い物をしていこうと店内に入ろうとした時です。

 入口の入ったすぐの所で大きな男二人が上を見上げていました。このお店は1階と地下一階に分かれていて入口のすぐの所に地下へ向かう下りエスカレーターと上りエスカレーターが揃っています。

 大男たちの視線の先のエスカレーター部分の上部には防犯用のモニターが5台ほど設置がしてありました。

 見ていると一台のモニターに映っている怪しげな男をカメラが追っていました。一方の男に何をしているのかと尋ねると、モニターに移っている男がどうも万引きをしているようだとのことで、一緒になってその様子を見ているとそれは地下の売り場の様子でした。

 画面に映っている男を見ているとやはり怪しげな行動をとり買い物かごではなくポケットに小さな物を入れたり、そこいらじゅうをきょろきょろ見ていました。気が付いてみると私の後ろにも50人を超える群衆が集まり、同じようにモニターを眺めておりました。

 セキュリティーである大男たちが同時に動き始めました。外面に映っていた男がやはりレジを通らずに昇りエスカレーターに乗ったのです。その様子を見てセキュリティー達はりエスカレータの脇に寄り、上がってくる彼から見えないようにしていたのです。

 彼が昇りエスカレーターも降り口に近づくころ目の前に大勢に群衆がおり、ここからがアメリカだなあ…と思ったのは、その彼を群衆が大声と歓声、拍手で迎えたのです。彼は何事かと思いつつもにが笑いを浮かべながら手を上げようとしたその瞬間に大男のセキュリティーに両脇から抱えられて御用となったのです。

 もちろんニューヨークですから万が一を考えると危ないことではありますが、セキュリティーがいたことや大勢の群衆もいたこともあり、一緒になってはやし立てていた自分がそこにおり、自身がニューヨーカーになったような気分でいたことを思い出しました。日本ではその前に退去をさせられるでしょうから考えられないことでしょうね。

 どこにもドジな強盗はいるものです。
http://ameblo.jp/diamonrow
http://diamond-exchange.jp
 

2016年8月27日土曜日

男のダイヤモンド⁉

今秋発売の雑誌『GOETHE』(ゲーテ)では男のダイヤモンドを特集しています。中にはとても興味深い内容の記事も載っていて楽しく読めるものです。

 中にはちょっと首をかしげるところもありますが大方はダイヤモンドの特徴なり際立った記事が書かれており銭おすすめです。

 男のダイヤモンドというとちょっと特殊なような気がしますが、本来古くからダイヤモンドはある意味男性のシンボルとして使用をされることが多く、むしろ女性向というのは近代の話だという気がします。

 私がこの業界に入った頃もジュエリーの高級品には男性用のシガレットライターやシガレットケース、万年筆、カフスボタン、タイピン、タイTAC等々男性用のジュエリーが所狭しと並んでいたものです。むしろ、なぜに今という感じもしますが・・・。

 確かに男性用ダイヤモンドジュエリーもあまり目にしなくなって時が経つようなきがします。最近目につくダイヤモンドジュエリーといえばスーツやジャケットの襟につけるタグ・ピン程度のものでカフスやその他の男性用ジュエリーはほとんど目にしません。

 ジュイェリーは本来は王や権力者の象徴でもあり、ソンお典型がダイヤモンドでもあったわけです。ダイヤモンドの語源の通り『誰も侵さざる物』『不屈』等々強い男性の象徴として」君臨をしてきたものでもあります。

 昨今では男性の中性化や女性化、さらには女性の男性化などが取りざたをされておりますが。決してそのせいだけではないでしょう。簡単に言うとダイヤモンドの高額化が一番の理由でもあるのかもしれません。それ以上に日常生活に必要なものが沢山あり、また、ダイヤモンドの価値観の低迷ということもあるのでしょう。

 今回のゲーテの内容はその辺を払しょくしてくれるようなものになっているのが頼もしく感じました。今回オリンピックがおこなわれていましたが、メダリストたちにはメダルもよいけど、普段何気に身に着けることのできるダイヤモンドを勝者の象徴として授与してい者です。

 ダイヤモンドは確かに成功者や勝者のものかもしれません。しかし、皆に自信や誇りを持たせてくれるものでもあります。ただそのことを知りうる機会がないのでしょう。多くの業者はその真逆を演出にさらには宝石の価値を下げることに汗をかいています。

 その点今回のゲーテの内容はまだまだ捨てたもんではないなという気持ちが業界外から出てきたことに安堵しています。ぜひ機会があれば目を通してもらいたいと思います。
http://diamond-exchange.jp
http://ameblo.jp/diamonrow
 

2016年8月23日火曜日

人造ダイヤモンド⁉

 以前『疑惑ダイヤモンド』というタイトルで人造ダイヤモンドのことを書きましたが、昨日来社した業者が輸入をしたジュエリー(特に香港、中国方面)の数点の一部に人造ダイヤモンドが入っていたということを嘆いておりました。

 人造ダイヤモンドといっても何種類かありますが、特に顕著なのがCVD(chemical Vador deposition)いわれる同方向に成長をさせていくものとHPHT法いわれるアンビルという装置を使用し6方向から加圧していくものとに分かれます。

 現在では大量のHPHT法による人造ダイヤモンドが中国で生産されておりますので前述の場合はこのHPHT法によるダイヤモンドの混入といってよいでしょう。混入という言葉が適しているのかどうかは意図的かそうではないかによりますが、多くの場合インドの会社が工場より購入し、それを中国の深圳(香港隣接)等で制作するものとなるので、ジュエリー製造者自身がそれを知らないということがあります。

 しかし、現在ではこれら両方の製造方法による人造ダイヤモンドの看破方法は100%とは言えませんが確立をしています。以前にも書きましたがG.I.Aにおいても1ピース10セント程度でその作業を行っています。さらに安価な簡易看破装置なるものをDTC,GIA等で開発をしており、間もなく発売がおこなわれるとのことです。

 現在ではある程度高価なものなので一部の鑑定機関、メーカー等で導入をし、検査を行っているようです。しかし、まだ十分ではないのも事実ですが、多くの場合安価な製品に使用される機会が多いようです。

 アンダーグランドで製造をしている分には悪意をもってすれば一定の利益を上げることができる人造ダイヤモンドですが、これだけ明るみに出てきている人造ダイヤモンドをさらに増産を考えているといわれる中国人のメンタリティーは理解ができません。

 彼らのことですから看破をしにくいものの研究に没頭しているのだろうけれど、そういう問題ではなく人造が多く存在をしていると周知されたとしたらダイヤモンドそのものの価値が下がっていくのであるからその作業自体が意味がないということが理解できないのであろうか。

 ちょっと話は違うかもしれないがルビーやサファイアの加熱処理ものが多く横行したことによりそれらの宝石そのものの価値が下がったことも事実です。しかし、現実には一回りをし、それ故に非処理のそれらの宝石の価値が上がっていることも事実です。

 宝石の条件の一つに換金性というものをうたっていますからここ数年の買い取りブームの中でも処理石にはほとんど価格が付かないという経験をされた方も多くいると思います。展示会やTVショッピング等で扱われているこれらの色石に関してはほとんどのものが処理石となっています。

 いずれこの時代が終わり、また本来の価値のある宝石が戻ってくることを願ってやみません。本来宝石は簡単に手に入ってはいけないものですし、販売する者の良識としてそれらを宣言し、そのリスクも公言しなくてはなりません。

 ただ今後は私自身も今までは処理石を扱ってきてはいませんでしたが、メレーサイズ等の小さなものに関しては目を光らせながら検品をしなければならないでしょう。意味のない無駄な尽力をしなければならないこの時代を憂います。

 今後は天然のダイヤモンドであるという価値観も別に生まれるとしたら、それはそれで時代の変化なのかとも思いますが・・・・。
http://diamond-exchange.jp
http://ameblo.jp/diamonrow

2016年8月22日月曜日

オリンピックの総括(自分なりの)

 オリンピックも終わり、み名から賞賛をされる結果になったことは喜ばしいことです。銅メダルが異常に多いことも今回の特徴といえますが、その銅メダルの多くはまだ十代、二十代初めの選手たちであるということは4年後の東京大会の時は丁度良いということになるのかもしれません。

 特に400mリレーの男子は米国のTV局の表現を使えば
『ボルトしか日本を止めることができなかった。』
という表現を使っていたその世界一のボルトが東京大会ではいないわけですから今回より輝くゴールドメダルが十分に考えられるわけです。

 ただ残念なのは男子のマラソンがさらに世界との距離が広がったということですね。長距離に強い日本で短距離に弱い日本というイメージはもう過去のものになったのでしょうか。

 いずれにしても前回のロンドン以降選手強化費を増やし東京大会を見据えてきたことが少し結果が見えてきたのかなという感じがします。

 ローマは一日にしてならずという言葉がありますがな何事とも成し遂げようとすると簡単ではないということですね。

 今回最も評価を自身とてしたいのが伊調馨選手です。吉田選手とともに4連覇を目指し見事成し遂げたのは結果的に彼女しかできなかったわけですが、バッハ会長も閉会の挨拶の際に彼女の名をあげ『女性の格闘技での4連覇は普通のことではない』といった発言をしていますが、日本では吉田選手の陰に隠れがちではありましたが海外では今回の彼女の快挙は大変評価をされているということです。

 柔道で3連覇をした野村選手が『銀をとったヤワラちゃんの方が金をとった自分より報道も多くうらやましい』
と言っていたのですがそれなら連覇で目立とうとしたらヤワラちゃんも連覇をしたのでまた目立たず。それならば3連覇と思って頑張ったといっていましたが、報道の在り方もありますがその時代時代のスターの組み合わせで評価もされにくいこともあるのでしょう。

 それにしても日本選手団は頑張りました。他の目立たない種目にももっと目をむかると選手ももっと頑張れるのではないでしょうか。
http://ameblo.jp/diamonrow
http://diamond-exchange.jp

2016年8月19日金曜日

好きなこと⁉

 先日取引先の人間とダイヤモンドについて話をしていた時のこと
『高木さんは本当にダイヤモンドが好きなんですね。』
と言われて
『好きということではなく、仕事にしているんだから当然何じゃないかな。』
と私が言うと
『仕事というだけでだダイヤモンドの話をこんなに多くする人はいませんよ』
と彼が断言をするように言いました。

 しかし、もしそうなら好きなことを仕事にしていることは恵まれているということにもなるのでしょう。
時にはつらいこともあり、時にはうれしいこともあり、いろいろな経験をしてきたことは事実ですし、この仕事から一度も逃げたいと思ったこともありません。ちょっと悔しいですが彼の言う通りかもしれません。

 人間好きなことばかり選んで生きていけるわけではありません。ただ、好きなものがないということは不幸なことでもあります。ありがちなことは色々なものに目は行くけどどれもすぐに飽きてしまうということでしょう。

 私の経験からいうと目の移り気な人は仕事は遅いということです。目の前のこと一つに集中できないがために仕事に着手ができないのでしょう。沢山のことをやろうとして結果的に何もできていないというパターンです。

 例えば何かをやっている間に時間が少し空いているからTVを見よう、としている間にTVに夢中になり本来の仕事を忘れてしまうというパターンです。

 選択が多いということは必ずしも良いことではありません。忙しいと言っている人に限って仕事が遅いのもそのせいでしょう。脳を集中することを覚えることは大事なことです。

 一つのことに集中をするということは早く物事を進めることでもあり、そのことのスペシャリストになることでもあります。オリンピックに出場している選手の多くは小さい時から一つの競技を好きで続けてきています。ただ決して楽しかったり、面白かったわけではなく苦労もあり、試練もあったということはほとんどの選手が結果が出た後に話しています。

 自分のことはさておき一流になるということは好きになる気持ちと、集中する脳を持つことなのだと思っています。日々ただの食べていくための仕事と思っている人が一流になるわけも給料が高くなるわけもありません。

 取引先の彼から言われた一言がさらにダイヤモンドに集中をしていく気持ちにさせてもらいました。ちなみにその彼もよく勉強をしていてダイヤモンドの話をしていてとても楽しく感じます。最近のダイヤモンドに関するテクノロジーや今後の展開なども話が沢山の内容であってもスムースに話が続きます。本当は彼のほうがダイヤモンドに夢中なのかもしれません。

 いずれにしても好きでなくてはできない職種です。辛いだけの人は早めに退場をしたほうが良いのかもしれません。
http://diamond-exchange.jp
http://ameblo.jp/diamonrow
 

2016年8月17日水曜日

進化⁉

 リオ・オリンピックでの女子卓球のまずは銅メダルおめでとう。




 卓球の試合を見ていてもバドミントンの試合を見ていても思うことですが、あのラリーの速さには驚嘆します。もちろん以前から卓球にしてもバドミントンにしても見てきたわけですが、50年とは言わず20年ほど前でもあんなにラリーが早く、球種があんなに豊富だったろうか。




 テニス、体操にしても過去の映像を見ると『あれぐらいでメダルが取れたんだ』と思うほど技術の進化は顕著でもあります。人間はどこまで進化を続けるのだろうかとさえ思います。以前にも述べたようにドーピングに関してもDNAを使った薬物日頼らないドーピングの研究がおこなわれているそうですが、人間はどこを目指しているのだろうとさえ思います。




 決して科学の力を借りなくてもこれだけ進化をしていくスポーツがあるのに・・・。人間の怖ささえ感じます。




 一方、ダイヤモンド業界においても人造ダイヤモンドを作り出し、工業に使用する分にはよいと思いますが宝飾用の人造ダイヤモンドを創りだしてどうするのだろう?




 その価値がどこにあるのかを考えると結果的にはアンダーグラウンドでビジネスをしている分には儲かるかもしれませんが、その存在は周知の事実なわけですからその意味が解りません。一部の科学者の満足感なのだとしたらそのことによっての波紋を考えると不毛の研究ということになります。




 もちろん人間は進化を続けてここまで来たのですが、人為的ではない進化は意味があったのだと思います。水中から陸上へ、四足から二足へ、陸から空へとこれらは生き抜くための術として進化をしてきました。これらの進化とスポーツの技術向上は共通の部分もあります。




 しかし、原爆やミサイル等などの登場のころから少し変わってきているように思います。地球を30個以上吹き飛ばすことのできる原爆の量や米国のように人口をはるかに超える銃の所有数などは単に関連業界の都合のように思えます。これは進化ではなく退化の前兆のようにも見えます。




 ましてや人造の宝飾ダイヤモンドのそう出は何の意味もありません。これもやはり進化の過程になくてもよいもので無用の長物です。今後はそれを看破するための道具を商売をしていくことになるのでしょうがこの繰り返しは意味がありません。




 ドーピングをし、それを看破する手段を考えるそしてそれがビジネスになる。何の生産性もないことは進化であるとは思えません。


人間の進化はどこまで続くのでしょうか?




 オリンピックを見ているとその努力と輝かしさに乾杯をしたくなります。
http://madam-g.blogspot.jp/


http://diamond-exchange.jp

2016年8月16日火曜日

世相の移り変わり⁉

 オリンピックも後半戦に入り、日本選手団の活躍が目につきます。見ていて変わったなというのは選手それぞれの明るい笑顔です。結果に悔しがる選手や満足のいったような顔とそれぞれですが、総じてみな笑顔だし、『楽しみたい』という言葉を口にしています。




 五輪で『楽しみたい。』という言葉を耳にするたびに、過去水泳選手だった千葉すず選手のことを思い出します。彼女が五輪出発前の記者会見で『自分のためにも楽しみたい。』という言葉を世間中が叩いたのです。




 『税金を使っていくのに何たることか』とか『派遣選手から外せ‼』とかあらゆるバッシィングを受けたものです。いわゆる沢尻エリカ状態のように千葉すず選手はなった言ったのです。その後代表から外されスポーツ調停に持ち込んだりと今では当たり前とも言えそうなことが大騒ぎになったことを覚えています。




 国民も大人になり、また選手もプレッシャーを考えないように努力をしている結果でもあるのでしょう。多くの国でも発展途上国にはありがちなことなのかもしれません。今の中国や韓国などもその途上なのでしょう。つまり、一般の国民も国のためにガンバっているのだから国の代表である君たちはもっと頑張りなさいということなのでしょう。




 国もある程度豊かになり心の余裕ができたというより、あらゆるものに冷め始めた国民にとってはある意味結果はどうでもよいことなのかもしれません。それ故にスポーツとして純粋に楽しみ、興奮できればそれでよいのかもしれません。現実に過去のオリンピックから比べても視聴率はそれほど顕著ではありません。




 私自身も一度出た結果を何度もテレビ等で確認することはありませんし、むしろ何回も何十回も繰り返されるTVのVTRには閉口してしまいます。見逃した人がいるからという配慮を超えています。少しでも使いまわしをしようというTV局側の魂胆が見えます。簡単に言うとコストパフォーマンスを上げようという考えなのでしょうが今の中心世代を反映しているのでしょう。


 以前であれば資金も使い放題というところもあったのでしょうが一つのVTRの使い回しはTVから足を遠ざけるには十分な効果があります。見逃したことが興味をそそり、見逃さないようにTVにくぎ付けになっていた時代が懐かしく感じます。


 これらの行為は我々の業界にも当てはまります。経費を削減し、大廉売をする姿はその場の数字合わせだけで結果的には消費者に付加価値や興味を失わせることには十分な役割をしています。つまり、その物の価値をどんどん失わせることになり更なる窮地に追いこむといういわゆる『自分で自分の首を絞める』状態になっており、目先の利益を追っているばかりのように感じます。


 いずれにしても世相というものは常に変わるものですが基本の基の部分を忘れてはいけないのでしょう。車のデザイン等も時代とともにどんどん変わります。しかし、乗れない車はすでに車ではないのです。
http://diamond-exchange.jp