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2013年4月15日月曜日

ダイヤモンドの評価基準!?

 この世にある物や想定されている物は全て人間が考え出している評価によって規定されています。良い、悪い、高い、低い、醜い、美しい等々の形容的な表現の対象になっているのもは全て評価基準になっています。しかし、それらには個人差があり、国や地域、時代や人種、宗教によってもその差が出て来ます。

 価値という物は個別差が少ないものほど高くなっていることに気づいているでしょうか?
時々、例に出す事の多いミスインターナショナルですが、一番多くの人が総合的に美しいと思った人がグランプリに輝きますが全ての人が同調している訳ではありません。しかし、同調しなかったそれらの人であってもグランプリに輝いた人を美しいと思っている事には間違いがりません。

 ダイヤモンドの価値に関して同じことが言えます。ほとんどの人の美しいという評価があり、その価値を確定させています。但し、そこに向き合う機会を持つ人と持たない人の違いがある事は明白です。

 我々ダイヤモンドビジネスに携わる者の役割はその機会を創造することであると思っています。ところが現代の宝飾業界ではダイヤモンドの価値を評価すべき機会というより、さらに幻想的な表現をする機会を多くしています。

 具体的に言うとダイヤモンドそのものというよりはデザイン的な補助のものとしてだったり、ダイヤモンドそのもののバリューを利用して大きく見せる工夫をしたりと、ダイヤモンドそのものの美しさを裸にして見せるといった事ではなく名前だけを利用してダイヤモンドの完全ではない部分を隠してそれ以外を強調する様な事が多くあります。

 ダイヤモンドの美しさは宝飾品の素材や飾り物としてのものだけではなく、精神的なサポートさえしてくれるような部分もあり、その事自体は非常に大きな価値だと思っています。

 ダイヤモンドにおいての評価というものは人間がする訳ですが、その基準というのは多くの人が共通して持っているものですから少しでも多くの人に見てもらう事により、、さらに価値が高まるのだと思っています。もっと多くの人にダイヤモンド自体を見てほしい、その為にデザインされたジュエリーの中にあるダイヤモンドだけではなく、裸のダイヤモンドを見て欲しい・・・。

 そんな事を考えています。

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