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2025年10月21日火曜日

雇用なき経済成長⁉

 日米ともに株価が高騰し、優良株の所有者は寝ている間に資産が増えている状況にあります。

 勿論、金融が主導する経済成長には疑問があります。本来は実体経済に伴う経済成長が本来の形であるとは思うが、現実は狂ったように金融が膨らんでいます。

 物々交換の代替物としての貨幣を考えると、物に対してその価値が低下をしているということが想定できます。その典型が金の高騰だろうと思っています。

 日本のバブル期も同じような現象が起きており、1989年にはやはり3万9千円の株価を付け当時の為替は1ドル@130円前後だったと記憶しています。現在は為替@150円前後で45,000円を除く展開を考えると、率だけで言うと同じよな展開で、その後にバブルの崩壊が始まっています。

 しかし、このときは不動産をはじめあらゆる物の価格が高騰し、お金が経済を回している実感がありました。現在を考えると株価は高く、現物資産の金も高騰を続けていますが、実態は格差社会といわれるように一部の資産家の資産が増え、それを後追いしようかとする少額投資家がその後押しをしているように見えます。実際に利益を生むのは特別待遇を受けている富裕層だけですが。

 現在の金融市場はITを取り巻く半導体株やAI関連のDX株が高値を付けています。つまり、世間のAI化が進むことが現状の株価を押し上げ、さらなるAIの進化によりに人手不足が解消をされるという前提で進んでいますが、人手がいらないところまでの進化が進み始めている傾向がみられます。

 つまり、人は働くところが無くなり、結果的には市場にお金が回らなくなり、経済の血液といわれるお金が回らなくなるということを想像するのは私だけでしょうか?

 現物資産の金の高騰は需要に関係なく価格が上がっていきます。これは金融で余ったお金が避難所として金という居場所を求めているように見えます。結果的には現在の金融価値は現物に対してそこまでの価値はないということになります。

 結論を言うと膨らむ金融は数字ほどの価値はなく、その数字を膨らませた結果人々の働くところが奪われ、お金が市場に回らなくなり、実体経済に活力がなくなるのでしょう。また、資産が膨らんだ人々も実体経済で使える金額には限度がありますから、これによってもお金が市場には出回らなくなります。

 日本においてはアベノミクスなる富裕層優遇を進めたためにそれが顕著になっています。この政策を引き継ぐとして高市政権が誕生することは雇用促進とは逆方向に向かい、そこに助成金をまくという真逆な政策をとっているようにも見え、税金の無駄遣いとならないか懸念をしています。

 雇用なき経済成長は崩壊へ向かう序曲とならないか?

 必要のないAIの進化は本当に経済を回すのか?

 疑問だらけです。

2025年10月9日木曜日

金相場から連想すること‼

 金の高騰が止まらない。

 目先でみると低迷もしくは下落もあり得るが、長期的にはやはり価格が上り続けるだろうと考えるのが妥当かもしれない。米国の金利引き下げや有事の落ち着きが今後考えられることを前提にするといったん下がる気配が出るかもしれない。

 しかし、金融市場の異常さを考えると常に逃げどころとしての金市場はもはや仮想通貨状態になっています。総合的に考えると上昇気配を除くことはできないといえるのです。

 現物は金融市場にとって相対的なものではなくなってしまっていることが金の高騰の大きな要因ですが、現実には貨幣や金融の価値が現物に対して下がっているといえるのです。

 一人の人間の資産が数か月で数兆円も増えるという現象はその一番の証拠とも言えますが、そんなことに耳を貸す輩はいないとも言えます。

 日本政府自体が実体経済を動かすことより、金融経済を動かす方向に舵を切っているので国内の経済を親身に動かすつもりが無いようにも見えます。物価の上昇が賃金の上昇を上回っていることが何よりの証拠です。もし、分からずに行っているのだとしたら最悪ということです。

 アベノミクスはそれを前提に建付けを行われたわけで、阿部さんの言っていたトリクルダウンは18世紀の手法で、彼は現代のDXに進化について詳しくはなかったのでしょう。

 富める者が儲ければ必然的に下々の者にもおこぼれが来るという考え方は現金で世の中が回っていた時代の理屈です。彼は身近な近親者という富裕層を儲けさせれば民にも回るだろうということが実際には彼の周りを儲けさせただけになってしまったんです。

 それを継承しようとする高市早苗という人が、もし総理になったとしたら日本の経済は破綻するのだろうと考えます。

 そのことが有事となり、金の相場をさらに押し上げる要因とならないことを願ってやまない。

2025年9月3日水曜日

ダイアモンドの資産性指標⁉(2)

  前回に続いてですが、ファンシーカラーの資産性としてFCRF(ファンシー・~・リサーチ・ファンデーション)のリポートが資産性の指標になるという根拠は出現率や出現毎年数などを数値として示してくれるわけですが、条件としてGIAによるリポートがついていることが前提です。また、カラーだけのレポートの場合はレポートの発行はできません。

 大粒ダイアモンドに関しても現在はトレーサビリティ付きのレポートの発行が行われてきていますので、同じく産地を含めた希少性が明確になってくることを考えると価格の目安が今よりさらに鮮明になってくることになるのです。

 つまり、今までも資産としての存在はありましたが、実際には大粒の場合には基準とするものも少なく価格の幅も相場の持つ小粒よりはブレがありました。

 しかし、レポートの精度が上がってくることによりその価格の幅はより小さくなり、より資産性の指標になりやすくなってきていることも事実です。

 それは、換金性や価格変動幅の実利性をより明確にすることになり、資産としての取引により実効性を増すことになるのです。

 ただ、敢えて言えばダイアモンドという資産は別の意味あいも持っていますので、全てが透明化になることは本来の特殊な資産としての価値を持ち続けるのかどうかは疑問です。

 つまり、金のように証券化や登録制ではないのでガラス張りではないという特殊さもダイアモンドの特徴でもあります。

 現代のように全てがデジタルにより管理される時代は便利な一方、すべてが裸にされる可能性があり、もっと言えばプライバシーがなくなることさえ考えられるわけです。

 資産としての実効性が増すことはダイアモンドビジネスにとっては良い事ではありますが、人間社会は全てが白日にさらしてよいももばかりではありません。それ故の資産性であった事実も歴史上あります。

 しかし、今後AIを使ったグレーディングが進化し、すべてがブロックチェーンにより管理をされるようになるのかもしれません。

2025年9月2日火曜日

ダイアモンドの資産性指標⁉(1)

  ダイアモンドは以前から現物の資産として欧米諸国では当たり前のように流通をしてきましたが、現代では単純にダイアモンドということではなく、ある意味区分化が進み白系のダイアモンドであればとりあえず大きさ、更にクラリティをそれぞれ一つの区分にし、さらにGIA(米国宝石学会)などによる原産地を特定するトレーサビリティーなどといった、以前に比べより高度な区分仕分けが行われています。

 正直なところ原産地の18世紀には枯渇したといわれるインドのゴルコンダ鉱山であれば一つの希少性とも言えますが、その他の鉱山については閉鎖は日常茶飯事といってもよい状態ですからあまり意味もないのかも思います。特にグルコンダ産の殆どが今話題タイプⅡであることも付加価値の要因ともいわれ、あの有名なホープダイアモンドもゴルコンダ産です。

 更に、今後はFCRF(ファンシー・カラーリサーチファンデーション)がファンシーカラーダイアモンドのその整合性をチェックしたレポートを発行することによりその市場性がより担保される事になるはずです。FCRFは2014年に各界のエキスパートが集められ設立をされた財団ですが、サザビー・クリスティーなどのオークション会社なども歓迎をしており、ファンシーカラーダイアモンド区分化がより整合性を高めることになり価格の安定を図れるとコメントしています。

 ダイアモンドの資産性においては我が日本は販売の特殊性もあり、なかなか浸透をしてきませんでした。しかし、近来多くの場所でその動きが顕著化しています。業界としての知識不足もあり、動き自体は牛歩といえるかもしれませんが徐々に浸透をしています。

 以前はダイアモンド・ディーラーが主体であり、日本にはあまり存在そのものが知られることのないビジネスが殆どでした。金の高騰が例にあるように、現物資産の重要性は顕著ではありますが、ダイアモンドもイコールかというと、そこは少し事情が違います。

 金価格に関しては現物とはいえ証券、先物化した状況にあり市場としても大きいといえますが、ダイアモンドに関しては現物資産とはいえそのものの存在が少なく、市場性は一部の人のものといえるです。

 しかしながら、GIAやFCRFなどの存在は区分性を今後ますます顕著化し、現物資産としてのダイアモンドの存在を大きくするものだと考えられます。

 次回へ

2025年8月29日金曜日

ダイアモンドマーケットの混沌⁉

  今、インドのダイアモンドビジネスが危機に面しています。それは勿論トランプ関税の50%という高関税に起因しています。

 例年であればこの時期は米国のクリスマスセールに向けての準備のために大忙しなのですが現状のインド・スーラットの取引所は人の姿もまばらということです。

 勿論、世界での優秀な商人であるインド人は手を拱いているばかりではありません。第3国を経由し、関税の低い国からの輸出を試みたり、ターゲットを中東ドバイに向けたり、欧州に向けたりしています。

 ここで問題なのはアメリカはロシアとの貿易に積極的な国への高関税を示唆していますが、インドは歴史的にロシアとは近い関係にあります。現状モディ首相はトランプに対しても強い姿勢をとっていますので、なかなか解決の道はないということです。

 今後を考えるとダイアモンドビジネスに関してだけ述べるとしたら、イスラエルなりベルギーにチャンスが出てくるのではないかと考えています。なぜならEUやイスラエルからの関税は抑えられていて、更にダイアモンドに関しては基本原産地証明をつけることにはなっていますが、ダイアモンド取引所を経由した時点でそれぞれの輸出地がそれに準ずることになるからです。

 現状のダイアモンドビジネスはといえば、宝飾業を前提をすれば欧米、日本共に悪くはありません。しかし、中身を精査すると本来の宝飾業というより、ブランドであったり、ファッション業界に近い部分での売上が大きな部分を占めています。

 さらに、ダイアモンドビジネスにフォーカスするとオーバーサイズを除く、1ctサイズのものの動きもあまりよくなく、商品が少なめの米国市場であっても堅調とは言えません。しかし、米国内研磨のダイアモンドはまだインド産のものよりは15%前後高めでもありますが、米国の大手独立系小売店は堅調を続け、委託からの売上は順調に推移しています。

 しかし、全体的にはラパポートをはじめ、多くの基本となる相場よりは価格も高くなっており、ロシア産のダイアモンドのアメリカに制裁も引き続き行われる様相も呈しておりますから、しばらくは市場でのせめぎあいが続くと思われます。

 デ・ビアスなども小規模なロットは市場から拒否をされることも多く、大粒の原石を中心に供給を行っております。そのことからも大粒サイズのものがしばらくの間市場の話題を占めるとは思いますが、絶対的な量の問題がありますので価格の問題がクローズアップされるとも思われます。

 総括としてトランプ関税は今後もインドの研磨市場にダメージを与えるでしょうが、ダイアモンドという商品の性格上新たな動きを作り出すかもしれません。特に大粒サイズのものに関しては従来の取引方法に多くの業者は拘らなくなる可能性は出てくると考えられます。

2025年8月28日木曜日

宝石、宝飾品の持っている意味⁉

  ジュエリーの歩みを考えるときに、元々は宝石というものが存在し、実用品である道具に宝石を施すことにより、宝飾品としての体をなしてきました。それは指輪然り、ネックレス然り、ブローチ然りです。

 つまり、宝石というものの存在は実用品に宝石そのものを関することにより宝飾品に確固たる意味を存在させてきたわけです。

 ブローチなどは北方民族の毛皮の前を止めていた道具に長者が宝石を施したことにより始まったともいわれています。勿論、指輪にしてもネックレスにしてもそれが始まりといわれています。

 さて、その宝石ですが、宝石そのものも前回の話に重複しますが、自然が作り上げて出土したものに自然が起こす現象やその稀有さ、その美しさや希少性を物語にして時の権力者への献上品としてその価値を高めてきたものでもあります。

 結果としてその宝石を身に着ける方法として権力や宗教上の儀式における宝物や道具に施したわけです。それにより王室の王冠や笏などが権力の象徴として成立してきたわけです。

 その結果フォーマルな場所での着用品として宝飾品つまりジュエリーが成立をしてくるわけです。

 宝石やジュエリーに関してはその成り立ちから言っても付加価値のある創作物語が付与され始めてその価値が見いだされるわけです。

 昨今の販売方法としての文字や数字を前提とした価値やその場のセールストークのみで販売するには難しいものです。顧客が欲しがっている前提であればその内容でも成り立ちます。

 しかし、顧客が欲しがる前提というものは、美しさや好みもさることながら、それはその全体としての物語があることが必須なのです。つまり、物語のないところに本来のジュエリーの価値は感じてもらいにくいわけです。

 それはブランドイメージだったり、誰かが身に着けていたということも含め、ストーリーが必須なわけです。今の販売方法に一番欠けるところであり、現代の販売員の最も苦手とするところでもあります。

 今後の大きな課題でもあり、これがなければ日本の宝飾業はますます推移体をするのでしょう。我々は宝石のためにも物語、つまり付加価値を創造し続けなかればならないのです。

2025年8月25日月曜日

DX化の懸念⁉

  ダイアモンドと直接の関係はありませんが最近のDX化に幾ばくかの疑問や懸念を持っています。技術の効率化を行うIT化に関しては日本ではうまくいっていませんが(特に日本政府が)、アナログに関しての技術の効率化、アナログをいかに生かすかという意味でのIT化は長年イスラエルで見てきていますからある意味の安心感もあります。

水が少なければ灌漑事業のIT化、人が少なければ労働力のIT化といったようにイスラエルではその技術の先進技術を見事に生かしていますが、日本では省庁の省益が前提となっている手前なかなかIT化も進みません。

 しかし、民間を中心にしたDX化に関しては日本のみならず世界でも先へ先へと進んでいます。現代ではそこまでの機能も効率も必要がないだろうと思えるぐらいに進化をしています。AIを活用するようになるとさらにその進化は急進的なものになっています。

 過去何億年と続いた地球上での営みは身の丈以上の進化を続けるとその後の破滅を迎えることは珍しくはありません。自らの巨大さを持て余した恐竜然り、紀元前の人類の発展然り、いろいろな分野で進化しては滅亡しを繰り返しています。

 私の懸念は現代の進化は果たして身の丈に合っているのだろうかということです。必要のない進化を続けているのではないかということです。AIの進化の将来の懸念も持っています。本当に必要だったのだろうか?ということです。

 多くの現代人は進む過ぎる進化に何かを失っていると感じています。進化イコールある部分での退化であることも十分理解をしているつもりですが、それがある意味何かに比例をしているのならこのような懸念を持ちません。

 ダイアモンドのようなアナログな仕事をしていると、我々仕事もIT化は進められてきましたがある意味その価値を上げる手段であったり、その効率化を求めていたものでした。

 実際、現代のDXは新たな価値を組織なり、システムに生み出すということだと思いますが、現代のフィンテックを見ていても数字上の価値や仕組みを生み出していますが、人や物に対する価値を高めているようには見えません。

 むしろ、アナログの価値を軽んじて、その価値を損なわせているような気がします。

 つまり、いつの時代にも人や物がその価値に見合った進化を続けることが必要で、身の丈に合わない進化をその物を押しつぶし、結局、破滅の道を歩むのではないかとさえ感じるんです。

 単なる懸念であればと願うばかりです。