ダイアモンド市場の厳しさは各鉱山会社の内容をみても、ほとんどが減益減収になっています。また、それぞれの鉱山会社の統合や身売り話も公然と行われるようになりました。
幸か不幸かその結果といってもよいのでしょうが、大粒の原石不足やその研磨が行われることが少なくなり本来の宝石としてのダイアモンドの意味が出てきているようにも感じます。
勿論その反動として3ct以下のダイアモンドの価値が損なわれている傾向もあります。つまり価格の下落が起きているということです。
それは流通在庫の過剰さが要因でもありますが、人々のライフスタイルが変わってきたということもあります。まだ、欧米諸国では身に着ける機会が多くありますので大きく減少することはないと思いますが、我が日本においては宝飾品を身に着ける機会が極めて減少し、必要とされなくなってきているような気さえします。
全体を表した経済指数だけで言えば好況を表している数字さえも実際には、その全体の多くの部分が一部の人に集中をしている現実があります。一部の人では市場の経済に限界があります。経済というものは多くの人の消費にかからなければ回りません。つまり、古くから言われることですがお金は経済(体)の血液なので一部ではどんなに多く回っていても不健康なわけです。
経済がより良く効率よく回るには多くの人々に行き渡ることにより景気が盛り上がり、人々の士気が上がり、集まりそして着飾り、消費がより盛り上がり、経済が回り税収も増え国が豊かになるということになります。
ここまでは日本の中身ですが、世界的に見て今後はどうかというと、やはり明るくはないというのが率直な感想です。
過去数百年にわたりダイアモンドを採掘し、またその技術も上がり効率よく採掘がおこなわれるようになれば当然在庫は余ってきます。しかし、研磨の技術および機械化が進みさらなる稼働を試み研磨量が増え、原石の供給量以上の効率化が行なわれ、結果的にはラボグロンの研磨まで行われなければ機械の効率化、採算が取れずやみくもに研磨をすることになり、ラボグロンの価格まで下落をするということになったのです。勿論研磨された天然ダイアモンドも市場にだぶつくことになります。
つまり、宝飾品というものは非効率的なものゆえに価値があり、効率化しては自らの足元を揺るがすものになるということです。しかし、現実には文明が進むと殆どのものが進化、進歩し、現状の結末は予想しえたものです。それゆえに有限資源であるダイアモンドは価値が上がると考えられてきましたが、消費材ではないダイアモンドは市場に溜まっていくわけです。
宝石の要件である希少性というものが消えていくには時間がかかりません。しかし、大粒のダイアモンドといわれる5ct以上になると事情は変わります。元々発生率が少なく、富裕層が所有する機会の多い大粒ダイアモンドは手放されることも少なく市場に還流することが少なく希少性という宝石の条件が外れることがないのです。
今後はラボグロンダイアモンド、宝飾本の材料としてのダイアモンド、そして、宝石としてのダイアモンドというカテゴリーになると考えられるのです。