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2025年10月30日木曜日

現状に見る現実⁉

   宝飾業界の不振が語られ始めて久しく、業界の変化も著しいものがあります。地金の高騰もあり、多くのメーカーは商品を作ることには消極的であり、更に消費者への直接の販売を試みています。

 現在行われている名前ばかりの国際宝飾展でも多くのインフルエンサ―を抱えたメーカーやリサイクル業者が幅を利かし、本来の商社は影を潜め凋落の様相を呈していました。

 これは欧米諸国よりもさらにジュエリーを対する文化のない日本にとっては致命的な現象であることは火を見るより明らかともいえるのかもしれません。

 宝飾品は本来関わる者たちの付加価値の創造により価値のあるものです。しかし、それを落としめるような販売方法行ってきた業者が国際宝飾店や通信販売で幅を利かしていることも事実です。それはいかにも自らの首を絞めることになるのです。

 しかし、生き抜くための手段としてはやむを得ないだろうし、メーカーが消費者にダイレクトに販売を考えることも必然でもあるし、本来の欧米的な宝飾店は自らデザインをし、顧客に提案し、販売する方法が原点であるので、ある意味製作をしている会社が販売をすることに違和感はないのです。

 問題は小売業であったり、百貨店に入っているテナントである。彼らは過去長い間メーカーからの委託商品に頼り、展示会に出展された消費者が興味を持った商品を進めるといった方法で半ばリスクのない販売方法に依存をしてきました。

 前述をしたように地金の高騰と販売不振もあり、多くのメーカーが商品を製作しない時代になると小売店やテナントにとっては死活問題ですが、そこに気が付いている人々が多いことも現実です。小売店やテナントは自らのマーケティングを行い、プロモーションを充実させ、自らのリスクにより商品を準備しなければ今後の生存は難しくなってきています。

 そこにいち早く手を付けるか、退場をするか、という場面に直面していることも事実です。長年にわたり市場を破壊し、そのエネルギーで販売結果を出してきた業界ですが、そのエネルギーとなってきた付加価値はすでに存在をしません。

 つまり、自転車に乗れない人に自転車が売れないように、ジュエリーをする場所がない人にジュエリーを売ることは難しいのです。自転車を売ろうと思えば乗り方を教え、サイクリングの楽しさと行動範囲の広がりの楽しさを教えることが必要です。それはジュエリーにも言えることです。

 ジュエリーをつける場所の提供とその楽しみ方やその意義を学んでもらわなければ誰もジュエリーを買わないのです。過去売れたのは先人たちが作り上げた付加価値があればこそで、その貯金を崩しながら蓄えることなく着た結果が今日なのです。

 


2025年10月23日木曜日

リベラルとは何ぞや⁉

   高市政権が誕生をして保守右傾化を懸念する人々も多くいます。しかし、その反対側としてリベラルという理念も存在します。そして、多くのリベラルな考え方をしている人々は声を大にして反高市を謳い上げています。

 リベラルとは何ぞやというと個人の自由や意見を尊重し、多様な価値観を強要し相互を尊重しようという概念ですが、勘違いをしている人々も多くいるように思います。

 高市氏や小野田外国人対策大臣を極右のように言っている人々もいます。私自身も最初はそのような取り方をしていましたが、ルールを守らない外国人という大前提があり彼らは提唱をしています。

 つまり、『郷に入らば郷に従え』という言葉がありますが、日本で生活をするのであればその中のルールや慣習を守ってほしいということです。

 本来のリベラルというものもルールを守り、それぞれの責任を尊重することにあります。何事も好き勝手にやってよいということではないはずです。何でもかんでも右左に分けることでもありません。

 そのリベラルというものを過信しすぎることにより社会の分断も起こりやすくなっているような気もします。

 例えば最近目立つ転職サイトですが、いとも簡単に自分探しと適職が見つかるような内容でCMを流し、転職を促す内容になっていますが、そんなに簡単なものではないし、ある意味での経験や履歴を積まなければ転職をしても意味がありません。入社して数か月で身につくものは知れています。(これは直接の例ではありませんが、身勝手を促している面はあるように思います)

 勿論、中には入ってみたら話が違ったということもあるでしょうが、それは入社前にリサーチをするためにアルバイトで体験入社をするとか、多くの会社はそれを受け入れているはずです。

 特に外国人には信教の自由もありますが、その国の慣習やルールを守ることが前提で宗教のためなら何をしてもよいということではありません。しかし、それらに声を上げると必ずと言ってよいほどリベラルを名乗る人々が反対を声を上げます。

 今回の高市政権は決して極右思想とは言えません。当たり前のことを掲げているだけだと思っています。むしろ、受け入れ側の習慣マナーを認め、自分勝手では共生できないことを理解し、相手側の存在や意見を尊重しなさいということだと思います。

 今後には懸念も残りますが・・・。


 


2025年10月21日火曜日

雇用なき経済成長⁉

 日米ともに株価が高騰し、優良株の所有者は寝ている間に資産が増えている状況にあります。

 勿論、金融が主導する経済成長には疑問があります。本来は実体経済に伴う経済成長が本来の形であるとは思うが、現実は狂ったように金融が膨らんでいます。

 物々交換の代替物としての貨幣を考えると、物に対してその価値が低下をしているということが想定できます。その典型が金の高騰だろうと思っています。

 日本のバブル期も同じような現象が起きており、1989年にはやはり3万9千円の株価を付け当時の為替は1ドル@130円前後だったと記憶しています。現在は為替@150円前後で45,000円を除く展開を考えると、率だけで言うと同じよな展開で、その後にバブルの崩壊が始まっています。

 しかし、このときは不動産をはじめあらゆる物の価格が高騰し、お金が経済を回している実感がありました。現在を考えると株価は高く、現物資産の金も高騰を続けていますが、実態は格差社会といわれるように一部の資産家の資産が増え、それを後追いしようかとする少額投資家がその後押しをしているように見えます。実際に利益を生むのは特別待遇を受けている富裕層だけですが。

 現在の金融市場はITを取り巻く半導体株やAI関連のDX株が高値を付けています。つまり、世間のAI化が進むことが現状の株価を押し上げ、さらなるAIの進化によりに人手不足が解消をされるという前提で進んでいますが、人手がいらないところまでの進化が進み始めている傾向がみられます。

 つまり、人は働くところが無くなり、結果的には市場にお金が回らなくなり、経済の血液といわれるお金が回らなくなるということを想像するのは私だけでしょうか?

 現物資産の金の高騰は需要に関係なく価格が上がっていきます。これは金融で余ったお金が避難所として金という居場所を求めているように見えます。結果的には現在の金融価値は現物に対してそこまでの価値はないということになります。

 結論を言うと膨らむ金融は数字ほどの価値はなく、その数字を膨らませた結果人々の働くところが奪われ、お金が市場に回らなくなり、実体経済に活力がなくなるのでしょう。また、資産が膨らんだ人々も実体経済で使える金額には限度がありますから、これによってもお金が市場には出回らなくなります。

 日本においてはアベノミクスなる富裕層優遇を進めたためにそれが顕著になっています。この政策を引き継ぐとして高市政権が誕生することは雇用促進とは逆方向に向かい、そこに助成金をまくという真逆な政策をとっているようにも見え、税金の無駄遣いとならないか懸念をしています。

 雇用なき経済成長は崩壊へ向かう序曲とならないか?

 必要のないAIの進化は本当に経済を回すのか?

 疑問だらけです。

2025年10月9日木曜日

金相場から連想すること‼

 金の高騰が止まらない。

 目先でみると低迷もしくは下落もあり得るが、長期的にはやはり価格が上り続けるだろうと考えるのが妥当かもしれない。米国の金利引き下げや有事の落ち着きが今後考えられることを前提にするといったん下がる気配が出るかもしれない。

 しかし、金融市場の異常さを考えると常に逃げどころとしての金市場はもはや仮想通貨状態になっています。総合的に考えると上昇気配を除くことはできないといえるのです。

 現物は金融市場にとって相対的なものではなくなってしまっていることが金の高騰の大きな要因ですが、現実には貨幣や金融の価値が現物に対して下がっているといえるのです。

 一人の人間の資産が数か月で数兆円も増えるという現象はその一番の証拠とも言えますが、そんなことに耳を貸す輩はいないとも言えます。

 日本政府自体が実体経済を動かすことより、金融経済を動かす方向に舵を切っているので国内の経済を親身に動かすつもりが無いようにも見えます。物価の上昇が賃金の上昇を上回っていることが何よりの証拠です。もし、分からずに行っているのだとしたら最悪ということです。

 アベノミクスはそれを前提に建付けを行われたわけで、阿部さんの言っていたトリクルダウンは18世紀の手法で、彼は現代のDXに進化について詳しくはなかったのでしょう。

 富める者が儲ければ必然的に下々の者にもおこぼれが来るという考え方は現金で世の中が回っていた時代の理屈です。彼は身近な近親者という富裕層を儲けさせれば民にも回るだろうということが実際には彼の周りを儲けさせただけになってしまったんです。

 それを継承しようとする高市早苗という人が、もし総理になったとしたら日本の経済は破綻するのだろうと考えます。

 そのことが有事となり、金の相場をさらに押し上げる要因とならないことを願ってやまない。

2025年9月3日水曜日

ダイアモンドの資産性指標⁉(2)

  前回に続いてですが、ファンシーカラーの資産性としてFCRF(ファンシー・~・リサーチ・ファンデーション)のリポートが資産性の指標になるという根拠は出現率や出現毎年数などを数値として示してくれるわけですが、条件としてGIAによるリポートがついていることが前提です。また、カラーだけのレポートの場合はレポートの発行はできません。

 大粒ダイアモンドに関しても現在はトレーサビリティ付きのレポートの発行が行われてきていますので、同じく産地を含めた希少性が明確になってくることを考えると価格の目安が今よりさらに鮮明になってくることになるのです。

 つまり、今までも資産としての存在はありましたが、実際には大粒の場合には基準とするものも少なく価格の幅も相場の持つ小粒よりはブレがありました。

 しかし、レポートの精度が上がってくることによりその価格の幅はより小さくなり、より資産性の指標になりやすくなってきていることも事実です。

 それは、換金性や価格変動幅の実利性をより明確にすることになり、資産としての取引により実効性を増すことになるのです。

 ただ、敢えて言えばダイアモンドという資産は別の意味あいも持っていますので、全てが透明化になることは本来の特殊な資産としての価値を持ち続けるのかどうかは疑問です。

 つまり、金のように証券化や登録制ではないのでガラス張りではないという特殊さもダイアモンドの特徴でもあります。

 現代のように全てがデジタルにより管理される時代は便利な一方、すべてが裸にされる可能性があり、もっと言えばプライバシーがなくなることさえ考えられるわけです。

 資産としての実効性が増すことはダイアモンドビジネスにとっては良い事ではありますが、人間社会は全てが白日にさらしてよいももばかりではありません。それ故の資産性であった事実も歴史上あります。

 しかし、今後AIを使ったグレーディングが進化し、すべてがブロックチェーンにより管理をされるようになるのかもしれません。

2025年9月2日火曜日

ダイアモンドの資産性指標⁉(1)

  ダイアモンドは以前から現物の資産として欧米諸国では当たり前のように流通をしてきましたが、現代では単純にダイアモンドということではなく、ある意味区分化が進み白系のダイアモンドであればとりあえず大きさ、更にクラリティをそれぞれ一つの区分にし、さらにGIA(米国宝石学会)などによる原産地を特定するトレーサビリティーなどといった、以前に比べより高度な区分仕分けが行われています。

 正直なところ原産地の18世紀には枯渇したといわれるインドのゴルコンダ鉱山であれば一つの希少性とも言えますが、その他の鉱山については閉鎖は日常茶飯事といってもよい状態ですからあまり意味もないのかも思います。特にグルコンダ産の殆どが今話題タイプⅡであることも付加価値の要因ともいわれ、あの有名なホープダイアモンドもゴルコンダ産です。

 更に、今後はFCRF(ファンシー・カラーリサーチファンデーション)がファンシーカラーダイアモンドのその整合性をチェックしたレポートを発行することによりその市場性がより担保される事になるはずです。FCRFは2014年に各界のエキスパートが集められ設立をされた財団ですが、サザビー・クリスティーなどのオークション会社なども歓迎をしており、ファンシーカラーダイアモンド区分化がより整合性を高めることになり価格の安定を図れるとコメントしています。

 ダイアモンドの資産性においては我が日本は販売の特殊性もあり、なかなか浸透をしてきませんでした。しかし、近来多くの場所でその動きが顕著化しています。業界としての知識不足もあり、動き自体は牛歩といえるかもしれませんが徐々に浸透をしています。

 以前はダイアモンド・ディーラーが主体であり、日本にはあまり存在そのものが知られることのないビジネスが殆どでした。金の高騰が例にあるように、現物資産の重要性は顕著ではありますが、ダイアモンドもイコールかというと、そこは少し事情が違います。

 金価格に関しては現物とはいえ証券、先物化した状況にあり市場としても大きいといえますが、ダイアモンドに関しては現物資産とはいえそのものの存在が少なく、市場性は一部の人のものといえるです。

 しかしながら、GIAやFCRFなどの存在は区分性を今後ますます顕著化し、現物資産としてのダイアモンドの存在を大きくするものだと考えられます。

 次回へ

2025年8月29日金曜日

ダイアモンドマーケットの混沌⁉

  今、インドのダイアモンドビジネスが危機に面しています。それは勿論トランプ関税の50%という高関税に起因しています。

 例年であればこの時期は米国のクリスマスセールに向けての準備のために大忙しなのですが現状のインド・スーラットの取引所は人の姿もまばらということです。

 勿論、世界での優秀な商人であるインド人は手を拱いているばかりではありません。第3国を経由し、関税の低い国からの輸出を試みたり、ターゲットを中東ドバイに向けたり、欧州に向けたりしています。

 ここで問題なのはアメリカはロシアとの貿易に積極的な国への高関税を示唆していますが、インドは歴史的にロシアとは近い関係にあります。現状モディ首相はトランプに対しても強い姿勢をとっていますので、なかなか解決の道はないということです。

 今後を考えるとダイアモンドビジネスに関してだけ述べるとしたら、イスラエルなりベルギーにチャンスが出てくるのではないかと考えています。なぜならEUやイスラエルからの関税は抑えられていて、更にダイアモンドに関しては基本原産地証明をつけることにはなっていますが、ダイアモンド取引所を経由した時点でそれぞれの輸出地がそれに準ずることになるからです。

 現状のダイアモンドビジネスはといえば、宝飾業を前提をすれば欧米、日本共に悪くはありません。しかし、中身を精査すると本来の宝飾業というより、ブランドであったり、ファッション業界に近い部分での売上が大きな部分を占めています。

 さらに、ダイアモンドビジネスにフォーカスするとオーバーサイズを除く、1ctサイズのものの動きもあまりよくなく、商品が少なめの米国市場であっても堅調とは言えません。しかし、米国内研磨のダイアモンドはまだインド産のものよりは15%前後高めでもありますが、米国の大手独立系小売店は堅調を続け、委託からの売上は順調に推移しています。

 しかし、全体的にはラパポートをはじめ、多くの基本となる相場よりは価格も高くなっており、ロシア産のダイアモンドのアメリカに制裁も引き続き行われる様相も呈しておりますから、しばらくは市場でのせめぎあいが続くと思われます。

 デ・ビアスなども小規模なロットは市場から拒否をされることも多く、大粒の原石を中心に供給を行っております。そのことからも大粒サイズのものがしばらくの間市場の話題を占めるとは思いますが、絶対的な量の問題がありますので価格の問題がクローズアップされるとも思われます。

 総括としてトランプ関税は今後もインドの研磨市場にダメージを与えるでしょうが、ダイアモンドという商品の性格上新たな動きを作り出すかもしれません。特に大粒サイズのものに関しては従来の取引方法に多くの業者は拘らなくなる可能性は出てくると考えられます。